悪魔は妻になる
これ以降は、18時に一日1話投稿。
一章終わりまで、掲載確約。つまり、ジョーンが『人生』終わるまで。
一緒にいる、ということは。
家族である。
家族とは。
親兄弟姉妹、祖父母、孫、伯父叔父伯母叔母、従兄弟従姉妹とあるが。
妻に逃げられたのだから、席は妻が空いている。
「女の子に化けるのは、面倒だから、周囲がジョーンに似合う女の子に誤認するように、魔法かけとく。でないと、ジョーンに合わせて老化したり、微調整しつづけることになるから。いつか、よさげな赤ん坊拾ってくるか、あんたが孕ませた女から引き取って、生まれた子を、なんかあれこれして家族作り出してもいいけれど。けど、一番の問題点がある」
「なんだ」
「あの女が帰ってきたら、ほだされて許して家に入れそうなあんたの、性格」
「さすがに もう」
「あざといから、この女」
駆け落ちの置き手紙の文末に「愛をこめて」とか書き添えるろくでもない女である。手紙の締めの定型ではあるが。
駆け落ち相手と破局して、舞い戻り、
「ジョーン、許して。気の迷いだったの。あなたしかいないのー」
そんな風に泣きつかれたならば、拒絶できるのかと、問われたジョーンは呻いた。
大柄で筋肉質の、見るからに肉体労働者の、浅黒く焼けた体に対して、精神があまりにも柔らかいというか、優しすぎる。
「だから、ヤっておこう。抜いておきさえすれば、あばずれの色香に惑わされにくいから」「そんなっ。破廉恥な。あと、ケッティーはあばずれじゃない。・・・たぶんあいつが帰ってきたと知ったときから、俺とは、ふれあわなかったし」
「どこまで都合のいい糞だよ、あんたわっっ」
気弱さを強調する垂れ目がさらに力無く下がった気がした。
「僕は、あんたの、妻を演じるということで契約は決定した。で、だ。女につけいらせないために、名実共に、寝台も共にしたほうがいい、と提案した。嫌なの? 女の子じゃないと無理なら、僕が犯す方に回ろう」
「そういう問題じゃない。今日初めて会ったのに、何も互いを知らないのに、そういうことをするのは、おかしいだろう、って言ってる」
ジョーンは超お堅かった。
手っ取り早く体を繋げて、他人枠から身内枠になりたかったカイγーンだったが、今夜のところは諦めた。
感覚的に、一度寝てしまえば、ジョーンはまず裏切らない。それは悪魔の嗅覚が教えてくれている。
だから、急いたが、嘘がわかるため、ジョーンが本気で互いのことをよく理解しないのに、そういうことをするのはどうか、と言っているのもわかったので。
「今日のところは、夜も更けてきたし。お互い一〇個、質問し合って互いを知るというのでどうだろ」
と、カイγーンは妥協した。
夫婦の寝室は、わずかに女の気配が残り、カイには不愉快だったが、いずれ全部自分の匂いに塗り替えるつもりでいる。
「まず、正しい、名前を。俺は、ジョーン。三番アパートのジョーン。ケヤックの息子で、港に着いた船からの荷を下ろす人足をしている」
「カイγーン。呼びにくいだろうけれど、うーん、カイかカーン好きな呼び方を」
「カイ・・・けほっ、無理だな(呼べなかった)。 じゃあ、カイと呼ぶ」
クッションに座り直し、互いを見て。
まるで見合いのように。
自己紹介を繰り返す。
「二十五歳。学校には通わなかった」
「二歳、母親が主にいろいろ教えてくれた」
「は? 二歳?」
「悪魔は七・・・ヶ月(7週間だと引く、と察して言い換えた。さっきのも、20歳にしておけばよかった、と思ってる)ぐらいでほぼ大人扱いだから」
「二歳って聞かされて、あれこれできないよ」
「種族が違うんだって・・・。えーっと、犬猫いるだろう? あれらは生まれて二年もすれば交尾して子供作るだろ」
「カイは犬猫じゃないじゃないか」
カイは仕方なく、久々に獣の姿になろうとして、なんか予想より大きくなりそうだったから、調整した。
そして可愛い黒猫風の何かになり、ジョーンの膝の上に乗り、にゃんっと鳴いてみた。
ちなみに、カイは猫だと思っているが、親も猫だと思っていたが。
成長したら、黒豹である。
「かわいい」
それは本心からの賞賛で、とろけるような甘い言葉で。
「はにゃ」
親たちも惜しみなくその言葉をくれたけれど、今回は精神に直撃した。
カイも実は親が死んで精神的にかなり弱っていたところで。
そこに嘘偽りのない甘い声が、心の傷に響く。傷に蜂蜜を塗るように。
「可愛いなぁ。ああ、こんな子がずっといてくれたら、寂しくないだろうな」
頬を額や顔の横にすり寄せて、ジョーンが囁く。仔猫を脅かさないように、小さな声で。
そのうちに、妻の出奔などで疲れ切っていた精神と、眠れないでいた肉体の、限界だったのだろう。
仔猫の姿のカイを抱きしめながら、うとうとして、
「ああ、今日はもう、寝てしまいなよ。また明日、ジョーン」
カイが囁き、寝台に誘導すると、ことんと寝入った。
「明日は仕事にいかせて、シーツと布団洗おう。服も洗ってないな。そこらへん、全部、きれいにして。ご飯食べさせて」
悪魔は眠らない。とはいえ、『怠惰』なカイは眠れはする。平悪魔なので睡眠はとても短いが。
にゃんっとかわいらしく鳴いて窓から外へ出た。
ここらへんの人間の通貨価値がわからないから、金を持っているけれど治らぬ病気の者を見つけて、治す代価に十人分の食事を百日分用意させ、治ったと判断できたら一家四人が五年暮らせる金をよこせ、と告げてみた。
大量の、パンやスープ、焼いたかたまり肉に、焼いた魚、果物や菓子を、その男は使用人に命じて用意させた。とりあえず、百日分にするためにありったけ、かき集めたようである。
その大量の食料を母の作ってくれた小さな巾着にすべてしまい込むと、金持ちは本当の悪魔だと悟ったらしく、治ったかもわからぬうちに、ねだった金額の三倍くれた。
悪い部位を治すぐらい簡単で、この男の場合は特に、背骨の骨が歪んで痛みが酷いだけだったから、元の形に整形すればおしまいだった。痛みで筋肉が堅くなっているから、しばらくは少し痛むだろうけれど。
ともあれ、この食べ物とお金があれば、二人なら十年ぐらいはなんとか生きられるし。
また、
にゃんっ♪
と、楽しげに鳴いて、屋根を飛び跳ねて、
ジョーンの元に戻り、懐にもぐりこんで寝た。
朝になったら、ジョーンに温かい具だくさんのスープとパンと果物一つ、出した。
悪魔は固形物は食べないので自分はスープの上澄みの部位だけ、マグカップに入れて。
ジョーンは泣きそうな顔をして、温かいスープを飲み、おいしいと呟いた。
「帰ってきたら、お肉があるからね。そしたら、また質問し合おうよ」
一緒に、温かい食事をすることが、こんなにも心にしみるのだなと、ジョーンはパンをもそもそと頬張って、飲み込んで。
カイを見て、ようやくふんわりと笑った。
「ありがとう。おいしかった」
伸び放題の髭を剃らせ、服は仕方ないから、昨日のままで、荷はこび仕事に、ジョーンは出かけていき。
カイは不愉快な臭いを追い出すべく、洗濯物をがんがん洗い、干し。
昼に果物を一つ、絞って果汁を飲み干した後。
棚の上のホコリも全部叩き落として部屋を掃除して。
ふわっとしたシーツに布団の上で、猫になってまるまった。
寝るのではなく、こしこしと頭をすりつけて、ここが自分の縄張りだとマーキングしたのだ。
それがすむと、また人型に戻り、服を着て、歪んだ骨を治すだけの病人で、金持ちな者を捜したり、うわさ話などに耳を傾けたりして、お金や食べ物を楽に仕入れるための準備をした。
まあ、母のくれた巾着はあれでもう目一杯だから、しばらくは使えないのだけれど。
母が知り合いと一緒に作り、父が使っていた、遺産の一つだ。
母の角にも、物を収納できるはずだが、まだそんな風に使いたくない。
部屋に戻って、皿や器、コップを磨き。
朝とは違うパンを出して。
スープは茸のスープにした。
念のため、味と香りを確かめて。
味が少し足りない。
急ぎで作らせていたからなと、台所を漁ったときに出てきた塩を足して、こんなものかなと、整えた。
少し出したから、調味料なら巾着に入りそう。
次にねだるのは、胡椒や塩、砂糖なんかのお高い調味料を、庶民十年の給金分で、とかいいかもな、と思った。
市場で、ちょっと見たが、肉の塊一つ分と同じ大きさの砂糖が、ずいぶん長く、飾られているみたいだった。買い手がいないんだろう。潮風で溶けそうというか、溶けてた・・・。削りながら、計り売りしてるみたいだった。
帰ってきたジョーンにお帰りなさいと迎えと、夢でも見ているような顔をして、ただいまと応じてくれる。
お帰りなさいのキスをしようとしたら、とめられてしまった。
「まだ早い」
その言葉に腹が立ったので、ジョーンが寝たら、この猫舌ざらざらで口を舐めてやろう、と思った。
ゆっくり静かに、生活は続いた。
寝るときは、カイが猫になり、ジョーンに抱きしめられて、撫でられながら、ジョーンが寝付くのを見守った。が、数日もするとカイもつられてまとまった数時間眠るようになった。
悪魔は眠らないが、『怠惰』と『強欲』は眠れるのである。
人間界に来て、十二日目に、足の悪い金持ちのおばあちゃんに、膝のすり減った軟骨を戻してやって、痛みがかなり軽くなるようにしてあげたら、好きなだけもっておゆきと、食料庫の調味料をくれたので。
キャンドルみたいな砂糖の塊を容赦なく、一本だけしか残さずに持っていくことにした。
お茶の葉も貰えた。
「茶葉は時間が経てば、味が悪くなっていくからね。たくさんもっていくなら、注意しな」
「巾着の中は、時間進まないから平気だよ」
「ふん、ならいいねー。好きなだけもっておいき」
胡椒や岩塩。
砂糖を八本入れたから余裕がない。巾着にもう入らなかった。
ジョーンには昼用にパンは持たせているのだけれども、ほかは暑さで傷みそうだからなかなかお弁当を渡しにくい。
作ってもらって悪いからと、五日に一回、ジョーンも帰りに屋台でお酒や食べ物を買ってきてくれるので、食料が思ったより減らない。
「この痛みがなくなったんだから、ほかにも持たせたいぐらいだがね。まあじゃあ、たぶん、同じ病気の友人が丘の上の屋敷に住んでるから、その巾着に余裕が出来たら、いってみな。早めにね。年寄り、すぐ死ぬからね」
なかなかブラックなことをからから笑って言った。
カイが魔法で出来ることは、魔界では役に立たないことが多い。というか、身を守る魔法ではない。
〇嘘がわかる
〇相手の寿命(生命力)と引き替えに、身体に関わる影響を与えられる。「若返り」「病気を治す」「記憶を消す」「姿を変える」など。
〇幻術のような周囲へのごまかしは、父親の角で行っている。これは人間や平悪魔相手には成り立つが、騎士爵以上には効かない。
そして骨を整形する、軟骨を元通りに増やすぐらいは寿命をもらわずとも、ちょいちょいと治せるので濡れ手で粟な、もうけ口である。
だから、ものすごい対価は要求していない。金持ちを選んで、最初の男があんなにあっさりお金をくれたのを基準にして、庶民の年収十年分ぐらいを目安にしてもいいんだな、と察した。
ジョーンからは生活費をもらっている。
最初の四日分は僕が用意するけれど、あとはお金ちょうだいねと、告げたら、
「あ、すまない。いつもここに入れてあるから、必要に応じて持っていってくれ」と、棚の引き出しを教えてくれた。
お金が入っていた。
不用心だな、とは思った。
誰もいないときに、あの女が忍び込んでもっていく、のもありえる。
まあとにかく、お金はもらった。
お金を持たせると、男はろくでもないからね、と洗濯していたらおばちゃまたちに忠告されたので。
「当人はアレでもね」
「まわりのくそどもがね」
先輩や同僚が、金あるなら付き合えと、女を買いにつれていってしまうのだそうな。
まだ初夜どころか、キスもしてないのにっ。
ということで、適切に金はむしることにした。
だって、妻だからっ。
おばちゃま方には、自分はジョーンに昔から惚れていて、ようやくあの尻軽なケッティが出て行ったと噂を聞いて押しかけ女房しにきた物好きな若い娘、であり。
そこそこに可愛がられていた。
ケッティがあんまり、こういう家事などをしなかったせいもあり、よく思われていなかったところに、まめまめしく夫の服を洗いに洗濯場にきて、料理もして、休みの日は夫と市場でお酢や野菜などを買って和やかに、かつ過度にいちゃいちゃすることもなく連れ添っている姿に、好感度が高くなっている、らしく。
そしてまた、カイも人間の常識がないのがばれぬように、にこにこ微笑みながら、相手の話を聞くに留めるから、品の良い子、とも思われている。
キス一つ、してもらってないが。
自分からはざりざり舐めてるけれど。
周囲からはもうすっかり『ジョーンのお嫁さん』な認定は貰えていた。




