ジョーンという男
苗字などないから、幼少期はケヤック(の息子)のジョーン。
自立してからは、港の荷はこびのジョーン、となるはずが。
ジョーンという名前の荷はこびの男はいっぱいいすぎた。
金髪のジョーンは先に2人。
グレー(の瞳)のジョーンも一人いた。
のっぽのジョーンもすでにおり。
結果。
三番アパートのジョーン、がそれまでの呼び名。
そして数日前からは
寝取られジョーン
という悪意ばかり感じる呼び名になった。
幼い頃から、ふらふらしていた幼なじみ。
それに惚れていたケッティ。
ケッティに惚れたジョーン。
幼なじみは順調に、ろくでもない大人になり、ついには事件を起こして港町から出て行った。
さすがにケッティはついていくことはせず、泣きじゃくり、ジョーンはそれを慰め。
ついに。
「もう、ジョーンと結婚する」
と、ケッティは泣きながら言ってくれて。
結婚したのは半年前だ。
そして、7日前。
あの人と一緒に行きます。
探さないで
キャッティーナより愛をこめて
(作者より。ケッティは愛称で、本名はキャッティーナなのですね、この女)
と、書き置きを置いて、ケッティが出て行った。
文字が読めなかったジョーンは、宿屋の主人に手紙を読んで貰い、結果この話は彼から客や業者、宿に併設している酒場に広まってしまった。
妻に逃げられたことも、しんどい。
周りから笑われることもしんどい。
まじめに暮らしてきたのに、なぜと、思う。
もう貴方しかいないの、とすがってきて、今度で最後の最後と許して結婚したのに、このありさまに、ジョーンは絶望した。
絶望のあまり、悪魔を呼び出してしまうほど。
朦朧とした意識の中で、呼び出したらしき少年に愚痴っぽくこの話をして、話を聞いてもらったら、少しばかり気持ちに区切りがついた。
話を聞いた、少年のような悪魔カイγーンはからりと笑い、言った。
「お兄さん、馬鹿なの?」
笑っているが怒っていた。
酒場や仕事場の連中の、小馬鹿にした笑いではなかった。怒るのをごまかそうと、笑う顔をしている、のがわかる。
「怒れよ、あのあばずれがって。裏切りやがって、って」
「いや、傷心につけ込んだのも、俺、だったから」
「あの女から誘われてんじゃん」
ちなみに、駆け落ち妻の名前が猫っぽいため、カイγーンは意地でも口にしたくない気持ちになっている。
「もー、で。望みは・・・誰か一緒にいて欲しい・・・なんかもう、悪魔の僕が泣きそう」
魔界に帰ったところで、家族もないし。
今の時間の流れの差は10倍で、こちらで50年生きて魔界に戻れば、5年しか寿命が減っていないことになる。
フェアリー系の物語で、7日あちらにいって戻ったら、現地は70年過ぎて自分は老人になったというのがあるが、逆なら、そういうことだ。
野良悪魔には美味しい、安全な時間と実質寿命と経験増。そして相性の良い魂を食べれば、野良でなく騎士爵や準男爵になれるかもしれない。
「いいよー、お兄さんが死ぬまで一緒にいてあげる」
軽い気持ちでカイは言った。
ま、人間界に長くいればいるほどに、僕には美味しいから。
今の僕の寿命ぎりぎりの55年だってつきあってあげる。
魔力で契約書を作り出し、お互いにサインをした。
それがまさか千年以上の付き合いになるとは思いもせずに。