村祭りにて再度愛を
魔女狩り騒動が起きたのは、麦の収穫の1ヶ月前。
落ち着かないまま、収穫時期になり、びくびくしながら村人は麦を収穫した。
葬儀から8年。
ジョーンの友人だった男も神に召されたが、その息子は60過ぎになっていた。顔は似ていないが、声や性格はとても似ている。正面からより、後ろ姿が、彼を思わせた。
そして、彼、ルパートは父の友人を記憶していた。というより、彼の妻が。
女の方が人の顔を覚えているんである。
言われて、ルパートも半信半疑だったが、会話をしているうちに、確信した。
あ、この人、ジョーンおじさんだ、と。
父とよくチェスをしていた。うちに来るとき、家で焼いたというパンやパイを持ってきてくれた。美味しかった。
「司祭はろくでもなかったが、教会は村人にとってより所でもあります。壊さないで頂きたい」
と、ルパートは村を代表して言いに来た。ジョーンに。
一応村長宅に、責任者悪魔がいるのだが、だって一番言いやすい。知り合いだから。
「他者に信仰を強制しなければ、むろん自由だよ」
と、ジョーンは答えた。
領地の悪魔曰く。
「騎士爵見習い、ぐらいまでは信仰心の厚い連中からの賛美歌聞いても、祝詞聞いても、『だるく』なりますが、準男爵から上はなんともないですよ」
と。
今の教会内に入っても、平悪魔達は平気らしい。
魔女狩りのおかげで、穢れているから。
信仰と取り仕切る司祭たちの潔斎具合で、教会という場は、悪魔にとって立ち入り禁止の聖域になるが、この時代『地方の独立した教会』の一部にしか、そんなたいそうな『場』は作れていないと。
教会の司祭は、異端審問官の下っ端でまだ人を殺したりしていなかった者に悪魔が化けて祭事を執り行い、本物が必要なときだけ、娼館から当人を連れてきてやらせている。まあ、ほとんど必要ないのだが、葬儀と子供への祝福は本物が良い、と村人が言うので。本当は見習いなのでちゃんとした司祭資格がないのだが、悪魔にお祈りされるよりはましだからと。
当初は怯えていたのに、言うようになったな。
「あとは、そろそろ祭りだから、ルパートが指揮をとって、準備してくれ。新規者との交流に丁度良いだろう」
残っていた村人達が、悪魔に反感を持たないのは、反村長派の彼らは『エレン』が犠牲になったあとの次の魔女にされる予定だったと、村長と司祭が言っていたのを聞いたからだ。
一度、人の道を踏みはずすと、あとは転がり落ちていくだけ。
新規者は屋敷にいた者の12家族で、人数は赤子や老人も含めて62人になる。
移住12家族としたのは、家族丸ごと『主犯・賛同』で消えて、空になったのが12軒だったので、ジョーンと悪魔で中を確認したり、いらない荷物を運び出したあと、明け渡した。
他にも空になっている家はあるが、親や親族がいなくなったが、相続権のある赤ん坊や幼児が残った家で、子らが成人したら返すので、悪魔が一時的に暮らすことになっている。
子らは親族か、隣家が面倒を見るか、その家に引っ越した悪魔が、『子』として預かることになる。
村人には、誰が悪魔かわからない。
悪魔は主に足に顕著に獣性が出るのだが、幻術で隠している。
広場に、長い薪が四角く組まれていく。
麦の穂が広場の入り口の瓶差し込まれ、咲いていた色とりどりの花がかき集められて、テーブルに飾られる。
食べ物が用意された。
といっても。
パンとスープと、肉。
酒。
ぐらいだ。
パンは中にナッツや干した果物や野菜が練り込まれて、多少は食感や味が違う。今回は量は少ないが、カボチャのパイも置かれた。
スープも三種類ぐらいある。キノコがメインのもの。野菜がメインのもの。山羊乳にタマネギと芋が入ったもの。
肉は山羊か豚で、丸ごとただ焼いて、食べる分を切り取り、塩をふって食うだけ。
酒は一種類。
生ぬるい赤ワイン。
樽で4つ用意されている。
大きな火を中心に踊るのも、せいぜい曲数は3曲で、夜通し延々リピートである。
まあそれでも。
年に一度の祭りであり。
祝いであり。
子供らにとっては朝まで外にいていい日であり(ということになっているが、日付が変わる前にだいたい帰される)、恋人たちは語らう日でもあり、好きな子をダンスに誘って告白する日、でもある。
ルパートはこれが開催できて、ほっとした。
あと、この(祭りの采配した)結果、村の代表にされてしまった。
村長、は悪魔がやっている。というより、この村は実質ジョーンおじさん(若返り)に支配されたが、彼に村の総意を申し上げる立場はルパートになった。
ちゃんとした太鼓は二つだけ。
夕方、日が残照になるより少し手前に祭りが開催される。
壊れた鍋釜を火箸なんかで叩いて拍子をとりながら、村人が個人個人で持っている笛の音が添えられて、最初にみんなで歌う、豊饒を感謝する曲が流れていく。
それから、
ルパートと村長が、
「新しい村の時代を祝い、善き日々がつづかんことを願って」
と唱和して、乾杯の音頭をとり、さらっと飲み食いした。
暗くなるので、あちらこちらにランプが置かれ、点けられ、真ん中の組まれた薪に火が投げ込まれる。
燃え始めると、踊るための楽曲を叩きだそうと、太鼓や笛を構えた村人も、踊るために火の周りに集まった人々も、静まりかえった。
入り口から、ジョーンと、人の姿のカイが現れたからだ。
真っ白なワンピースっぽい長シャツのカイ。
スリムなパンツとジャケットの、準フォーマルのジョーン。
「カイおばちゃんも生きてるんだ、若返って」
と、ルパートがしみじみ呟いたのを、村長役悪魔は聞いて「いや、ご主人は年取らないから若返ってないですよ」とつい答えてしまった。幻術を解いただけである。
カイは恋人募集という意味で、左耳の上に白い花を差していた。
そして、会場に足を踏み入れる前に、ジョーンが
「カイ、どうか、この花を身につけて下さい」
と、青い花を差し出した。
「喜んで」
白い花は抜かれて、ジョーンの胸ポケットに差され、青いリンドウの花がカイの艶やかな黒髪を飾った。
この村特有の、カップル成立の儀式である。
そして、村人たちは自然に、彼らのための踊る場所を空け。
音楽が流れた。
「ああ、思い出すね、ジョーン。初めてこの村祭りに参加した日を」
あの日は、彼氏募集中という意味の飾りをつけさせてこの祭りに参加させようとした連中がいたけれど、イライザが急いで教えてくれて、会場前でこうして花を替えたのだった。
「すごく遠い昔、のようで昨日のことのようだ」
その連中は、全員娼館にぶち込まれた。
だって、花を身につけさせられたら、そのまま野合(こらへんの草むらでヤる)がありという、ルールがあり、ルールを盾にしての強姦・輪姦のもくろみであったから。
50年近く踊ってきたのだから、誰よりも上手く3曲踊り、二人は輪から外れた。
「この花は永久保存だにゃん。ジョーンの今回の人生、初めての求愛の花だから」
花飾りにぶつからないように、ジョーンはカイにキスをした。
「死んだからと遠慮して祭りに出なかったが、もうこれからは少なくても最初の三曲を踊ってもいいんだから、毎年花を捧げるよ」
「うん、僕ね、ひさしぶりに参加するまで気にしてなかったけれども、こうしてみんなの前で気持ち表して貰えるの、うれしかったんだよね」
「愛してるよ」
「僕も。いっぱい、大好き」
カイが子供っぽく、こんぐらーい好きと両手を広げる。
ジョーンは張り合わないで、ただとろけるように優しく笑うと、カイを抱き上げ、ぐるんと回した。
笑い声や穏やかな話し声、雑だがリズミカルな音が響きながら、祭りは続いた。




