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寝取られジョーンのヒモ生活  作者: 無夜
ジョーンはヒモになった 上
23/31

 農夫のジョーン夫妻の葬儀

 体を壊して、二人は家で寝ている、ことにしておいたらしい。

 人生終了のケリを付けるためには、やはり葬儀はしておくべきだろう。

 自分の葬儀に参加する、というのも変な話だが、起きるまで待っていてくれたのは、気を遣ってくれたのだ。

 ジョーンという男の、本当に最後の儀式になる。

 ジョーンが亡くなり、妻のカイも後を追うように亡くなったので、葬儀は一緒に、ということになっている。

 孫という扱いの憤怒の悪魔と、その妻役の暴食の悪魔が喪主になる。

 この二人の間には、娼館の訳ありの売られた娘が実子としているので、村長からの横槍はない。ついで悪魔(暴食)も、ジョーンの曾孫役で、跡継ぎ息子の跡継ぎを演じている。

 曾孫娘は村との架け橋で、村に嫁がせるつもりだった。

 よそ者を養子にして、その娘は他の町に嫁ぎ、跡継ぎにした孫息子はやはり外から嫁をとっている。

 よそ者の一家への、嫌がらせが増えた。

 悪魔たちが仕返ししないように、押さえておくのは、結構大変だった。

 だいぶ前だが、村の若者数名が、祭りの日にカイを強姦しようとしたのは許せなかったので、領地の悪魔たちが連れ去るのを許した。

 殺さないように、とだけ伝えた。

 カイはどうとでもしただろうし、人間に何かされることはないだろうと信じているが、そんな村の男達を適当に解放すれば、ジョーンの知らないところで犠牲者が出るだろう。

 対外的には孫の嫁、となる暴食の娘にも、たびたび危害が加えられそうになっているというので、結婚という融和は必要だった。


 棺にそれぞれの体重ぐらいの丸太や小石を詰め、幻術でジョーンとカイに見えるようにしておく。

 司祭と村長には夫妻が亡くなったことを告げて、二日後に葬儀をする旨を告げた。

 司祭と村長はつるんでいたので、『そんな急にはできない』と言いだした。

「ならば町から司祭様を呼びますので」

 と、言ったら、司祭が慌てた。職務放棄がばれるからだ。

 村からの参加者はなかったが、娘であるエリーゼ夫婦が駆けつけたのと、にぎやかしで、悪魔たちが知り合いや取引相手の振りで参加したので、それなりの人数が参加した。

 遅刻して司祭がやってきて、一応まともに聖句を唱え、すぐに帰っていった。その背に当主になった悪魔は「あれだけ祖父が寄付を欠かさなかったのに、こんな適当なことをされたんでは。来月から寄付はいらないということか」とこれみよがしに言葉を投げつけた。

 その祖父、当のジョーンは笑いを堪えた。



 葬儀のさなか、領地ではカイγーンが目を覚ましていた。

 ここ数日、魔力増過多のための知能低下を起こしていて、会話すら通じなくなっていた。

 色欲系の悪魔たち曰く

「旦那様が70歳を超えてからほとんどいたしてなかったのに、抜かず三発もしてしまいましたら。ましてや、若返って濃厚な最初の精をもらっちゃったら、こうもなりますねぇ」

 とのことである。どこまで信じるかは別として(色欲は別に性交渉で力を得たり強くなったりしないので)。

 領民は皆、カイγーンのための特別な唯一の魂が、ジョーンであることを知っていた。誰も口には出さないけれども。

 カイγーンは領地内(高550×幅550×長さ12000メートル)をうろうろしたあと、

「にゃーんにゃーん(ジョーン、ジョーンどこぉ)」

 と、どこにもいないので、身も世もなく鳴き始めた。

 領地で留守番している悪魔たちが「旦那様は葬儀にいってますから、待ちましょうね」と、口々に声をかけるが、会話は成り立たない。

 ずっとずっと声よ枯れよとばかりに鳴き続ける。


「耐えられない」

「こんなん聞かされ続けたら吐き気してくるぐらいしんどい」


 ジョーンッ ジョーン

 ジョーンどこぉー


「駄目だ、俺は、ご主人を、旦那様にお届けする」

「でも、葬式に、理性のないご主人つれていくとトラブルになりそう」 


 悪魔たちが、カイγーンの作る上鉄銭を食べていなければ、ここまで影響はなかっただろう。年に二回、50年近く食べ続けているので、領主であるカイγーンの喜怒哀楽に影響を受けやすくなっている。


 にゃーんにゃーん

(ジョーン、ジョーンどこぉ)


 根負けした領民は、黒猫を抱えて人間界への扉をくぐった。



 葬儀は司祭が帰ったところで、仲間達で棺を墓地に埋めるところだった。

 村の墓地ではなく、義父母も眠るこの家のための墓地だ。井戸や水源をよけた、山の反対側にあたる。あちらは開墾していない。手を加えると、山崩れが起きて、反対側にも影響が出る、と亡くなったヨハンは常々言っていた。親族の遺体を眠らせる場にすることで、手をつけないようにとしたのは先代たちの知恵だろう。

 蔓草とあまり背の高くない木々が斜面を這う。一部だけ開けて、そこが墓地だ。

 部外者が多く来て、棺を担いだときのために、人一人分の重さになるようにしてあったが、悪魔たちしか担がずになんとかなった。

 エリーゼ夫婦も老齢といっていい年だ。村に数人いたジョーンの友人達も残っているのは一人だけで、やはり年齢的にも無理はしなかった。わりあい、急な斜面なので、やりたそうでも我慢して貰った。

 彼らは棺にシャベルで土をかけるのを手伝った。

 しんみりと。


 なぁんなぁんなぁんっ。


 若い男に、従者らしき者が黒い仔猫をうやうやしく捧げて、猫は荒れ狂ったように飼い主に頭突きをかましながら、鳴き続けていた。


 しんみり?


 エリーゼ夫妻はどちらも、黒い仔猫に対して、魂に刻み込まれた畏怖と感謝がある。

 愛を伝えようとして、伝えきれずにパニック気味に頭突きと体を擦りつけるのをせわしなく繰り返している猫に、エリーゼは目を奪われたのだが。

「可愛いな、本当に」

 しみじみと、男が落ち着かせるように猫を撫でながら言った。その深く優しい声。

 そのシルエット。その背中。

「え、パパッ」

 エリーゼはジョーンが28歳のときに生まれた(ことになった)娘で、今はもう46歳である。子も大きいどころか、孫もいる身。

 対外的に、両親を『父』『母』ないし、『お父さん』『お母さん』と呼ぶ程度には取り繕えたが、衝撃で子供の頃のように呼びかけてしまった。

 黒鶫リムが、周囲を飛翔して、時間を一瞬止め、仲間達(レジスト力が高い悪魔は効かないが、半数は一緒に停まってしまっている)がエリーゼの夫とジョーンの友人を担ぎ出して、家屋の庭先にあったテーブルと椅子に座らせて、ジョーンを偲んでのチェスをすることになった記憶を植え付けて、とりあえずそこに。

 双方、そのままテーブルに用意したチェスを、疑問もなくし始めた。

 友人はチェス仲間で、婿は会話が続かないのでやはりジョーンとはチェスをすることが多かったのである。

「打つ手がジョーンに似てるね」

「義父にはよく教えて貰いましたので」

 時間停止はほんの20秒ほどだったが、その間に、墓の側には親子だけになった。

「な、んで、気が付いた」

 五〇年分以上、若返っているのに。

 娘は16で嫁に行ったその時までの、自分と同じぐらいの父親の記憶の方が濃く記憶に残っているので、むしろここ最近の老いきったジョーンの記憶があまりない。

「え、声と歩き方が、パパだよ? あ、お父さんよ」

 言い直せる程度に、衝撃から回復した。

 ジョーンは嘘は苦手だが、それなりに生きて方便ぐらいはわきまえていた。そしてまんざら嘘でもない。

 娘を抱きしめて、

「お前と最後に一言も話せずに逝ったのが、心残りで、ついここに来てしまったんだ。今後も良い人生を。私はお前の父であれて、幸せだった」

 と、告げた。

「ぱぱぁ」

 そんな祝福を受けて、エリーゼは泣きじゃくった。

 そして、ジョーンの肩にいた黒猫のカイγーンは唐突に、周囲のことが理解できるようになった。ついさっきまで、ジョーンしか見えなかったのに。


 ああ、娘が


 泣いている


 しゅるっと人型に代わり、服は勝手に体に巻き付いた。

 シルエットのすっきりした生成のワンピース。義母となったイライザがくれたもので、ロングシャツに近いので、着やすい。娘の記憶の中のカイはいつもこの服に、エプロンをつけていた。



「ママっ わたし、わたしねっ、ずっとずっと、ここに帰れば、二人が居るって、居てくれるって思ってたの。ここが、いつまでも帰る場所なんだって信じてて。二人同時にいなくなっちゃうなんて、思ってなかった」




 僕は

 この娘とジョーンの膝と腕を

 奪い合いながら

 じゃれあいながら

 この子の人生が良いものであるように

 そう確かに願った

 嫁ぐ日に

 ああ、もうこの娘は


 この台所に共に立つことはないのだと


 思った瞬間に


 鳥肌が立って

 涙ぐむぐらいには


 愛していた




 カイとジョーンは育てた娘を抱きしめて、白髪の見える額に交互に口づけをして。

「次は、旦那さんや子供のために、あなたが帰る場所になって。どうか幸せに。エリーゼ」

 祝福した。


「やだやだやだ いかないでっ」


 その悲鳴のような言葉を最後に、エリーゼは気を失わされた。




 つぎに、エリーゼがはっと気が付いたときには馬車の中で、乗り込んできた夫が手を握って大丈夫かいと声をかけてきた。

「葬儀が終わったら、君は倒れたんだよ」

「夢で、父と母にあったわ」

「そうか。義父も義母も、あまり付き合いができなかった君の祖父母も、君をとても愛していたのは、よく知っているよ。最後に挨拶が出来て良かった」

「うん」

 やや子供っぽく返事を返し、エリーゼは爪を見た。

 赤く塗るのを怖がって、嫌がるから、母と祖母は結婚式の日に、爪をつやつやに磨いてくれた。

 年齢とともに、筋が入ったり、がたがたになったり、割れたりして、磨くだけでは取り繕えなくなってしまったけれど。

 親指だけ、母が磨いてくれたときのように、つやつやとしていた。

 また、泣きたくなった。

 一つ

 一つ

 愛されていた記憶をたどりながら。

 偽りの息子に、

「父さんと母さんの守ってきた畑をよろしくね」

 と、頭をこつんとぶつけ、頼み、馬車は出発した。


 ジョーンの一度目の人生はここで区切られた。


 ケヤック(の息子)のジョーン。

 荷はこびのジョーン。

 寝取られジョーン

 救助者ジョーン


 そして


 農夫のジョーンないし麦畑のジョーン。



 時間がすぎれば忘れ去られるはずだった男。


ちゃんと、正しく誠実な人生を送り、ちゃんと親子をしてきたからこその、この葬儀になります。

旦那様起きたから、葬儀予定を組んだら、カイが知能低下起こして、どうにも日程ずらせなくて、こんなばたばたしてますけれども。


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