目覚め
二章が見切り発車のため、毎週日曜日18時に更新ですー
悪魔の男爵カイγーンは契約者が起きるまで眠りについていた。
骨の形を整える、皮膚をくっつける(傷を塞ぐ)などはカイγーンは得意なのだが、男性から女性に、女性から男性にしたときの生殖機能まではうまくいかなかった。練習あるのみだ。
契約者ジョーンに施した、若返らせは、そんなに難しくない。対価があれば。
それはムーщがカイγーンの生み出す上鉄銭(銀の鏡のような四角い魔力通貨)を食べて、対象の生命力を爆上げして、それを利用して利益はないが赤字はなしで、若返らせることができる。
抱えているエーラとディーラという二人の娼婦を実験で何度も若返らせた結果、あまりに頻繁に、かつ幼いまでに若返らせると精神の摩耗が激しくなるのがわかった。
ちなみにこの二人、ジョーンの元妻ケッティに唆されてカイを犯そうとした男達で、契約で子供を産むまで、ないしジョーンの人生が終わるまで女体化してずーっっっと売春することになっていた。
あれこれ実験した結果、思春期と呼ばれる年まで戻すと、感受性の高さ(青春期・若さ故の潔癖な青臭さとか)まで戻るのに、記憶や経験はそのまま残るので、その黒歴史で精神が削り取られやすく、精神が弱ると魂ももろくなるので、良くないなと結論した。思春期より下の年齢になると、摩耗がさらに著しかった。
安全マージンをとると、ジョーンの若返りは20歳というのが領地の悪魔総出で考えた結論である。
旦那様の身の安全は、領地の安定に直接影響するのでみんな真剣である。
ここで、ジョーンが20歳から70歳を繰り返すことが決定した。
エーラとディーラはジョーンの一度目の人生が終わるよりだいぶ前に子を孕んで、無事に産めたのでお役目は終わっている。赤子は特に問題のない、普通の人間の子だった。15年ぐらいかかった。カイγーンはようやく人体の神秘に勝ったのである。
廃人寸前の実験動物に、機嫌良く聞いたものだ。
「子供、寄越してくれても良いよ。育てたいなら、売春以外の仕事の世話もするし」
エーラは子を捨て、逃げていき。
ディーラは子を抱きしめて泣いて、カイγーンがアルバイトで手に入れた郊外の屋敷で洗濯女として生活することになった。子とともに。ついでに、そこは当初は悪魔が半分と、誘拐されたりして売り飛ばされて娼館に連れてこられた子たちが半分ほど住み込みしている。純然たる被害者に身売りさせると、それがばれたときのジョーンの反応が怖かったので、仕方ないよね、とお屋敷での保護を画策した。
怒られるより、幻滅される方が怖い。
娼婦は村の男も何人かいる。よそ者のカイをレイプしようとしたあほがいたので、折檻して契約にサインさせて、50年間ほどの縛りで送り込んでいるので、数は足りている。放蕩息子たちだったので、いなくなっても誰も真剣に探さなかった。
5年10年なら大したことはなかっただろうが、娼館の経営も45年を超え、悪魔に助けられ悪魔に忠誠を誓う、俗に言う悪魔崇拝者の数もけっこう増えてしまい、どうしたもんかと思っている。
屋敷では保湿クリーム(微魔力入りでよく効く)などを作って、アルバイトで知り合った大商人を通じて売って金を得て、屋敷の人間を養っている。外の人間と結婚して出て行くときには、屋敷のことは喋りませんと契約していくが、なんだかんだと使用人同士で結婚して居座るので、増えていく。
今となっては屋敷は5人の指揮する悪魔と70名の人間で回っている(働けない子供や引退者は除外しても)。屋敷というより、工場だ。
そっちの屋敷の子らの様子をたまに確認しながら、
「本当は一回目のジョーンの人生で、子供作りたかったなぁ」
と呟いた。
あ、これは夢だなと半分わかっていたから。
領地の悪魔で練習してからにしましょうと、に里長とムーщに説得されてしまったのだ。
万全な状態で、子を産みたいというのもあるし、爵位が下の者の子を孕むと階級が下がってしまうので、領民は反対した。
いっそ旦那様が産んで欲しい、とさえ領民達は思っている。口に出して言わないけれど、カイγーンは嘘はわかるので。
本当に、ままならないなぁ。
ジョーンの人生が終了して14日目。
ジョーンの体には生命力が溢れ、老人斑や皺は消えていた。減って細くなっていた白髪も、今はつやつやの金髪だ。
20歳まで若返ったところで、この儀式は終わった。
ジョーンにほかの悪魔の魔力を纏わせたくなかったので、カイγーンは自前の魔力を削って、つまり赤字で若返らせている。娼館が黒字なので、問題はない。
ちょっと疲れたな、と14日間爆睡する程度にカイγーンも疲労はあった。
それでも黒猫の姿で、カイγーンはむくっと起き出した。
ジョーンの顔を眺める。
初めて会ったときより、幼さがある。
契約したときよりも5歳も若いのだから、そうだろう。
子供のジョーンも見たかった、と邪念が沸いた。ジョーンの魂にかかる負荷が大きいから、やらないけれども。
ちょっと前まで濃厚だった死の影もない。
睫と瞼がびくびくと痙攣して、ゆっくり開く。灰色の透き通った瞳が虚ろに現れ、何度か瞬きをしたあとゆるっと優しい意思を光らせて。
「おはようカイ」
と、かすれた低い声とともに、頭を撫でてくれた。
「お帰り、ジョーン」
ジョーンは老人だった頃の癖で、よく見ようと目を細め、そうしなくても周囲がよく見えることに気が付いた。
「ああ」
手足が少し動かしにくいのは、ずっと寝ていたからで。
動かし、意識すると体内に血液が巡っていく感じがして、やがて指先までぽかぽして、動きが滑らかになっていく。
痛む膝、腰、重い肩。都度、カイは治したり軽減したりしてくれたが、年齢的にすっきりなくすことはできなかった。
すべてから解き放たれていた。
掌に、胸に、額に、頭をこつんつん当てて、カイが甘えてくる。
それはジョーンにとって何よりもの幸福だった。
「さあ、ジョーン。せっかく若返ったから、抜かず三発いくにゃっ」
「生き返った直後にそれ、きつい、かな」
「にゃんにゃーんっにゃん!」
「待って、待ってっ。せめて、人型になろうか、カイ」
目覚めたのを感じ取って、ムーщ、リム、里長が挨拶に来たが、
「にゃんにゃーんっにゃん!」
という主人の声を聞いて、扉の前で止まった。
「明日に改めましょう」
と里長は常識的なことを言い、ドアにぴたっと張り付いた二人の首根っこを捕まえて、引きずっていった。
ムーщ「旦那様の」
リム「二周目の人生」
里長「はじまります」
無事に儀式済んで良かったーと、領地はお祭りになった。




