農夫のジョーン
カイが悪魔としてあちこちでアルバイトした結果、金持ちにつてが出来た。
肉体のあれこれを治したり、整えたりが得意なカイなら、ほんの児戯な治療だが、痛みのある骨や筋肉の歪みを持つ者たちにとっては、全財産捧げたくなるようなありがたい治療だった。
ちょっと港町から離れた山の向こうの麦畑の農家の夫婦に恩を売った。
子供が二人とも、戦争と病気で相次いで死亡して、跡継ぎが居なくなってしまったという夫婦。
奥さんは視力が衰えて針仕事が出来なくなっていて(その上心臓の持病だ)、旦那は長年の畑仕事で腕と手首に痛みが走るようになっていた。
長く勤めていた洗濯女も、風邪をこじらせて死んだため、生活がままならなくなっていた。
黒猫の姿で、二人と交渉した。
「治してあげるから、養子にジョーンっていう男をとって、この田畑家屋、譲ってくれるかにゃん?」
「まともな男ならかまいませんが、そうでないなら、曾祖父が開墾した土地なので、荒らすような者にゆだねられません」
「そこは心配ないのにゃ。くそまじめで、勤勉な男だにゃん♪」
ということで、危ない荷はこびはやめて貰い、ジョーンには農夫になってもらうことにした。
マーリオ一家や竈仲間の奥様たちと別れるのは辛いが、カイは毎日、冷や冷やしながらジョーンを仕事場に送り出すのは嫌だった。
農家の前に、娼館を持っている男から、中の娼婦ごと建物を貰ったりしたが、ジョーンにそんなところに勤めさせたくなかった。
ちなみに、カイに触れた男二人は、女体化されて、そこで売春させられている。『強欲』と『傲慢』属性が代わる代わるに、経営しているが、そのうち元から居た娼婦の一人がやり手婆的な存在になって、切り盛りを手伝ってくれたのでなんとか運営できている。
娼館には女子供が売られてくるので、最初に来た八歳の女の子を胎児にまで若返らせて、記憶を消して、ジョーンとカイの間に出来た子、にした。
話を聞くと、両親が死んで、引き取った叔父(兄夫婦殺したっぽいのだが)に即日に売春宿に売り飛ばされたという。嫌がったら爪の間に針を突き刺されて、爪が四本、塗ったように真っ赤だったり、青黒くなっていたりして、目が死んでいた。
売買の際に、契約書を交わすのだが、自身に所有権のない娘を売った場合、寿命を半分貰う、という項目があるのだが、みんな本気にしないので、カイはここで魔力的に黒字になっていた。
叔父の寿命は42だったので、10日後にぱたっと倒れて、そのまま心臓が止まった。通常なら姪に対しては所有権持ちだが、娘の成人まで面倒を見ることを条件に兄夫婦の遺産を継いだので、アウトである。彼が引き取りを拒否していれば、母方の祖父母が引き取ったはずである。
ここですぐ死なれると面倒なので、寿命がゼロになる場合、10日間分、残しておいているのである。ちなみに、半分とは残りから半分ではなく、トータルから半分である。
だから、誘拐犯はここにきて10日後に死んでいる。
誘拐された返せる子は親元に届けて、礼金を貰った。
話を戻す。
子連れ若夫婦として、ジョーンは農家に養子縁組された。
老夫婦は、久しぶりに子供と若者の居る活気に、とまどったり、喜んだりしながら、三人を迎え入れた。
山の上の方に農地と家があり、麓近くの村とは付き合いが悪い。
村長が、自分のところの三男を、跡継ぎにどうかと押しつけようとしてきて、嫌になったらしい。何度断っても、しつこくされて。
三男が性質が良ければともかく、まともに農作業も出来ない男だったのでなおさらだ。
義父になったヨハンは厳格で勤勉だった。
丁寧に、農地の作業をジョーンに教えた。
ヨハンの妻、イライザは娘になったカイに服の仕立て方や台所仕事を教えた。孫娘エリーゼが成長すると、彼女にも教えた。
教わった技術は100年後でも1000年後でも、基礎力として役に立った。
特に、イライザから教わった、蜂蜜とレモンピールと生姜を入れた紅茶は、ジョーンが風邪をひいたときには飲みたがったので、カイはこれを作るたびにイライザの痩せた手や穏やかに説明する声を思い出した。
イライザは庭に植えた茨を大事にしていた。
ヨハンからプロポーズされたときに、貰って植えたのだと。
小さな白い花は、この家に似合っていた。
この夫婦にとても、しっくりと似合っていた。
村長が娘のエリーゼを狙って、30歳も年上の三男を婿にと言いだした時には、四人で腹を立てたが、幸いエリーゼは町で知り合った男(元はケッティの子だった)と恋仲になり、相手が裕福な家だったので嫁いでいった。
村長がならば、とまた跡継ぎにと三男を押してきたが、ジョーンより年上である。本当に、ふざけている。
カイは領地から悪魔を呼んで、人間の振りをさせて跡継ぎにした。娘夫婦の記憶を改竄(最初の出産が双子だった。悪魔は次男役)して孫、を引き取ったことにしたのだ。
これにより、この農場は今後、悪魔管理のものになった。そのうち、村も乗っ取るがそれはずっと後のこと。
老夫婦が亡くなり、故人の思い出の茨の世話をしながら、ゆるやかに穏やかに年を重ねた。
ジョーンからのカイへの愛は変わらなかった。
ケッティは彼の愛を受け止められなかったが、それはそうだろう。
ジョーンのそれは永遠に近しい時間を生きるような悪魔の孤独を埋め尽くす愛だから、人の身には過ぎるのだ。
起きあがれず、ベッドに身を横たえたまま
「カイは変わらないなぁ」
と、72歳になったジョーンは、農作業で日焼けして痣のようなものが浮き出た手で、カイの手を握った。
血が繋がっていないのに、娘をちゃんと愛して育てた、親になった手だ。
血の繋がらぬ親二人を看取り、葬儀を執り行って、妻の役のカイを愛し続けた、普通にまっとうで誠実な人間、ジョーンの一生が終わろうとしていた。
「俺の人生の、半分以上、一緒にいてくれてありがとう。幸せだった」
「もう寂しくない? 辛くない?」
「ああ、ああ。 カイと出会って、カイが居てくれて俺は、本当に幸せだった」
ジョーンはそう告げて、目を閉じた。
カイは黒猫の姿になった。
まだ。
まだだよ。
最後の一呼吸まで、この人生はジョーンのもの。
老いた顔を間近で見つめて、最後の息がふぅっと漏れるのを鼻先で感じて。
悪魔カイγーンは契約者の唇をざらりと舐めた。
「契約は不備なく完遂された。あなたは僕のもの。ずっとずっと、だにゃん」
黒い魔力がジョーンとカイγーンを包み込む。
「若返って、また僕と一緒にいようね、ジョーン。何度でも。何回でも、僕と」
黒猫はいつものようにジョーンの胸の真横で丸くなった。
「貴方が戻るまで、僕も眠るの」
領地では悪魔たちがベッドごと二人をこちらに移動させると、門を閉じた。
「ご主人と旦那様が儀式に入られた。最短でも、12日、長引けば35日かかる。儀式が終わるまで、魔界側の門は開けない」
「門を閉じたとはいえ、お二人がお戻りになられるまで、警戒は怠らないよう」
こうして、ジョーンの一回目の人生は、わりと波瀾万丈な感じで終わった。
ラストのこの話を思い描いたとき
夢で もし逢えたら
素敵なことね
あなたに逢えるまで 眠り続けたい
という歌詞(夢で逢えたら – 大滝詠一)がエンドレスで頭に回ってた。
一章、寝取られ編、これにて完結。
次から、ヒモ編。
ただ、次のは、脇役さんたちの人生




