大物⑨
後々聞いた話だが、そもそも戸惑い気味だった彼女が何故僕の告白に応じたかというと、彼女は最初、僕の告白を断ろうとしていたらしい。
顔に自信がなかった彼女は僕の告白を遊び半分で楽しんでいると思っていたそうだ。しかし、意外なブレゼントと真剣な僕の顔に、彼女の疑いはすぐに消えた。
そして僕の愛の告白を素直に受け入れてくれたのだ。女心は変わりやすいというが、まさにそのとおりだった。
僕は彼女と一緒に近くの公園で話をしていた。たわいもない会話だが、お互いの距離がどんどん近づいていくのを感じた。そしてまた彼女のことが好きになっていった。
「健ちゃんは県大会行ったんだよね。凄いよね」
「そんなことないよ。好きな事やってるから別に辛くないし」
「健ちゃんだけに、健大会なんちゃって!」
「・・・微妙だな」
「おもしろくなかった?ショック•••」
「冗談だよ。おもしろい。おもしろい」
「健ちゃんは走るの好きなんだね?」
「好きだよ」
「ねぇ」
「何?」
「・・・私とどっちが好き?」
彼女はどさくさにまぎれて真剣な表情でそう聞いてきた。僕はしばらく何も言えず黙っていた。
夕方すぎだろう。
夕日の逆光で彼女の顔が眩しく映った。その逆光がやがてすっと落ちついた頃、僕はおもむろに彼女の目をじっと見つめた。
彼女は少し不安なのか、小刻みに震えている。
僕は走ることが好きで幼稚園からずっと一番だった。誰よりも練習をして、誰よりも速く走ることを望んでいた。だから走ることなら誰にも負けなかったし、走ることは僕にとって一番大切なものだっだ。だから彼女の質問に答えるのに少し時間がかかった。
でも僕は走ることよりも大切なものがあることにこの時気づいていた。そして素直にその思いを伝えた。
「君だよ」
僕のその言葉に彼女は恥ずかしそうにうつむいた。僕もまたはにかんでいた。
やがてお互い視線が合うと僕はそっと彼女の肩に手をあてた。
夕日がさらにムードを高め、彼女がそっと目を閉じると僕は優しく彼女の唇にキスをした。
わがままな僕だがこのまま時間が止まっても文句は言わなかった・・・。
その日の夜、僕はベッドの上で植物図鑑からプリントした写真のハイビスカスを見ていた。愛の告白がうまくいったのも父親のアドバイスのおかげか、ふと気がついてみると父親の言葉が耳に残っていた。
(女は花だ。花のひとつでもブレゼントしてやれ)
いつも反発していた父親だが、この時ばかりは認めざるを得なかった。それでも父親のことは好きになれなかった。何故もっと別の生き方が出来なかったのかをずっと疑問に思っていた。
父親だって少年時代があって夢を持っていたはずだ。でも現実はそんなかけらすら見えない。
そんなことばかり考えている僕だが実際には今、父親に対して強い敗北感を感じていた。
背を向けたまま聞いたあのアドバイスのおかげで僕は彼女を作ることが出来た。逆を言えばもしあのままアドバイスも聞かず部屋を出ていたらもちろんプレゼントも用意していなかったし、彼女と付き合うことも出来なかっただろう。
それが父親の実力なのか、まだ超えられないのか、そう思うとつくづく父親に対しての敗北感を感じた。
さすがに自分より何倍も長生きしているだけのことはある。恋愛経験がそれほど豊富とは思えない父親だが、なんだかんだ言って女心は分かっているようだ。脳裏に「まだまだだな」と勝ったような表情で僕に微笑んでいる父親の顔が浮んだ。
少しムッとしていたが、そんな父親を見直している自分もまたそこにいた。
・ハイビスカス 花言葉(繊細な美しさ)