大物⑧
「・・・あの!」
僕のその声に彼女は振り返った。
「・・・健次君。話って何?」
淡々とした口調で彼女が言った。面識もなく、初めて話すにもかかわらず意外にも彼女は僕のことを知っていた。
「あれ?俺の名前知ってるの・・・」
戸惑っている僕を見て、彼女は少し微笑みながら言った。
「知ってるよ。陸上部の健次君は有名だよ」
その言葉にまた僕は戸惑った。意外に僕は有名らしく女の子の間でも人気があるらしい。ついこの間、百メートル走で県大会に出場したのがきいていたのだろうか、僕は少し照れてしまった。
「それで、話って何?」
彼女は僕を見て、少しじれったそうに言った。
そう、僕は今から彼女に告白するのだ。勇気をもって彼女に気持ちを伝えることにした。
「・・・実は俺、君のことが好きなんだ。だから付き合ってほしい」
僕は勇気を出してそう言った。鏡の前で何十回も練習したかいがあり、噛むこともなくはっきり言えた。しかし、それを聞いた彼女はうつむいて黙ってしまった。
「どうしたの?」
たまらず僕は問いかけた。すると、彼女は静かにこう言った。
「気持ちは嬉しいけど・・・」
何故か彼女は戸惑っているようだった。僕も若干の自信があったので簡単に引き下がるつもりはなかった。何より戸惑いの理由を知りたかったのだ。
「好きな奴でもいるの?」
僕の質問に彼女は答えた。
「いないよ」
「じゃあなんで?」
僕もまた少しじれったさを感じていた。どうせふられるならストレートに言ってほしい。
それでも彼女は理由も言わず黙ったままだった。辺りに重たい空気が流れていた。
僕はどうすればいいのか分からず、壁の隅に隠れている友人に視線をおくると、まるで他人のように目をそらされた。
「なんだよ」
そう思いながらも、僕はうつむいたまま黙っている彼女に再び視線を戻すことにした。
そしてこの時、何故か父親が話していたことを思い出していた。
「女は花だ。花のひとつでもプレゼントしてやれ」
さすがに花束を買うお金はない。でも僕はポケットから用意していたあるものをとりだした。
「これプレゼント」
その言葉にうつむいていた彼女も顔をあげた。そして袋に入ったプレゼントを受けとると彼女は沈黙をやぶった。
「これ、私に?」
彼女の言葉に僕は頷いた。気に入らなければ父親を恨むだけだ。
「ストラップ?」
「うん。気に入ってもらえるか分からないけどど・・・」
「可愛い花がついてる。なんて花?」
「ハイビスカス」
「ハイビスカス?聞いたことある名前だ。有名だよね」
「まあね。それより気に入ってくれた?」
「うん」
「よかった」
「花言葉とかあるの?」
その問いに僕はすぐ答えた。彼女は僕のプレゼントを気に入ってくれているようで少し安心した。やっぱり女の子は花に弱いようだ。
花言葉を教えるとやがて彼女は静かつぶやいた。
「ありがとう」
そう言うと彼女は僕の両手を優しく握った。
「じゃあ、これから大切な思い出作っていこう」
「え?って事は付き合ってくれるの?」
「うん、いいよ」
彼女が恥ずかしそうに言った。僕はたまらず両手を握り返した。
僕の愛の告白は見事に成功したわけだ。
壁に隠れていた友人がすかさず割り込んできた。
「みなさんお聞きください。ここに新たなカップルが誕生いたしました。男、健次がやりました。やってくれました。そのうち二人でやりまくるでしょ・・・」
「コラコラ!」
卑猥な発言が出そうだったので僕は止めた。友人は僕と彼女の手を繋がせると満面の笑みでその場から去っていった。
一体何だったのだろう。でも僕は彼女の手を握りそっと微笑んだ。
彼女もまた微笑みかえしてくれた。この時の僕は、心から幸せを感じていた。