大物⑥
その頃から父親は僕に対して気を遣い始めた。
口数も少なくなり、馬鹿な冗談も言わなくなった。
僕が中学に入る頃にはますます話すことも減り、なんだか妙な空気が流れはじめた。明るかった食卓もその頃からだんだん暗くなっていった。ちょっとした親子の行き違いが確実に何かを変えようとしていた。それはまた思春期に入る僕のせいでもあるのだろう。
中学に入ってからの僕は、日に日に貫禄のなくなっていく父親と同じ血が流れていることすら恥じていた。休みの日だって何をするかといえば、寝ているかパチンコに行くぐらいの無趣味な父親だ。
周りの友達の父親はサーフィンをしていたり、ギターが弾けたり、講演会を開いて大勢のお客さんの前で堂々と演説をする父親だっていた。
そんな光景と僕の父親とを照らし合わせた時、やっぱりこの人と同じ血が流れているとは思いたくなかった。
完全に父親を毛嫌いしていた僕だが、それでも家族との食事は大切にしていた。
とある日の食事中、父親が急にこんなことを言い出した。
「彼女でも出来たか?」
父親の質問には極力答えなかったが、このジャンルの場合は別だった。少し黙って僕は答えた。
「・・・好きな子くらいはね」
意外な反応だったのか父親は少し笑みを浮かべて続けた。
「可愛いいのか?」
その言葉に少し黙って僕は答えた。
「・・・普通だよ」
父親は僕との距離を縮めようと、この話に身を乗り出して聞いてくる。
「芸能人に例えればどんな子だ。ほら、いろいろいるだろ。女優とかアイドルとか」
父親の言葉ひとつひとつに何故か嫌味を感じていた。実は興味がないくせに話を合わせようと必死になっているように思えたからだ。根本から父親を嫌っていた僕はこんな会話くらいで心変わりすることはなかった。
「もう、どうでもいいだろ!」
我慢しきれず、思わずそう言ってしまった僕は茶碗を下ろして席を立った。初めて怒った僕の姿に母親は驚いた様子で動揺していたが、父親はまったく動じることなく、何事もなかったかのように話を続けた。
「いいか健次、女は花だ。花のひとつでもプレゼントしてやれ。母さんもそれでつれた」
僕の後姿に父親はそう言い放った。しかし、僕は何も言わず部屋を後にした。何を言われようとやっぱりこの人には僕の気持ちなんて分かりっこない。同じ血が流れているとは思いたくなかった。
「ブスだな」
「誰が?」
「健次の好きな子だよ」
「なんで分かるの?」
「分かるんだ」