大物⑤
ある日、僕は友達二人と公園で遊んでいた。ブランコに乗りながらたわいもない話で盛り上がっていると、いつしか話題は父親についての話になった。
「お前のとこの父ちゃんパイロットなんだってな。かっこいいよな」
「お前のとこだって着防士だろ?すげーじゃん」
「そういえば、健次の父ちゃんは何の仕事してたっけ?」
友達にそう聞かれた僕は、すぐに答えられなかった。パイロットとか消防士とかみんなすごい仕事なのに、ただの町工場で働いてるなんて言えなかったからだ。
「・・・一応会社作ってる」
僕はでたらめな見栄をはった。
「会社作ってる?え!じゃ、社長か?すげーじゃん」
「・・・まあね」
「あれ?お前んち工場勤務じゃなかったか?」
もう一人の友達の言葉に僕はドキッとした。
「え!そうなのか?」
「ああ。確かそうだよ。こいつの父ちゃん作業着で家に帰って来るの見たもん」
「マジかよ。じゃあ社長ってのは嘘か?」
「ああ、こいつ嘘ついたんだ。最悪だよ」
「嘘つきは最低だ。帰ろ、帰ろ」
そう言って二人は帰ってしまった。
「あっ・・・ちょっと待ってよ」
僕の止めるも聞かず、ただ帰っていく二人の後姿だけが違くに離れていった。僕は内心、悔しい気持ちでいっぱいだった。本当の仕事をばらした友人に腹を立ててもいたが、やっぱり一番悪いのは父親だと思った。
父親さえもっとカッコいい仕事をしていればこんなことにはならなかった。そう思うといてもたってもいられず、この日は早めに家に帰ることにした。
その日の夜、僕は父親が帰るまで起きていた。腹にたまったものを吐き出そうと思ったからだ。父親はいつも帰ってくるのが遅い。遅くまで起きている僕を見て母親は僕を早めに寝るようほどこした。正直、僕も眠かったが変に意地を張って寝ようとはしなかった。夜中の一時をまわっても父親は帰ってこなかった。
「お父さん、今日も遅いわね」
母親の言葉にも耳をかさず僕は時計を睨みつけていた。それから三十分くらい経った後、飼っている犬のポチが吠えるのをきいて僕は玄関に視線をおくった。
ようやく父親が帰ってきたのだ。帽子のあとがくっきり残ったまま疲れきった顔で帰ってきた父親。作業着は油で真っ黒だった。でも、僕にそんなこと関係なかった。
長時間待たされたことで更に怒りが増していた僕は、父親にその思いをぶちまけた。
それを聞いた父親は、何がおきたのか分からない表情で僕を見た。その顔にまた腹が立った僕は、もうそれ以上何も言わず父親を睨みつけ部屋を後にした。
何もかも嫌だった。顔、体、汗の臭い、油の臭い、汚れた服、なんでこんな父親なんだ、なんでこの家に生まれたんだと僕はずっと思っていた。ただ漠然と父親に対する嫌悪感だけが頭の中をうずまいていたのだ。
「健次はどうしたんだ?」
「学校で友達にいろいろ言われたみたいよ」
「何を?」
「あなたの仕事のことよ」
「仕事?」
「ほらその格好」
「格好って」
「油男」
「そうか・・・」