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帰郷③最終話


「俺は変わるんだ」


東京行きの最終新幹線で僕はそうつぶやいていた。

ふと父親の遺影が頭に浮かんだ。そういえば野球のチケットが遺影の隣に置いてあったのを思い出した。妙な胸騒ぎがして母親に連絡することにした。


「もしもし」


「どうしたの?健次」


「おやじの遺影のとこに野球のチケットあったんだけど、期限きれてるよ」


「ああ、あれね。あれはあんたが誕生日の時に一緒に観に行くってお父さんがチケット手配したみたいよ」


「そうなの?」


「そうよ!でも、あんた何も言わずに東京行っちゃったでしょ。お父さん寂しそうにしてたわよ。あんたとお父さんうまくいってなかったし、お母さんも何も言えなかったけど。あんたが東京に行った後も、『健次はいつ帰ってくるんだ』ってあんたの心配ばかりして。勝手に置き手紙なんかして居なくなるんだもん。お母さんもびっくりしたわよ。それでもお父さん『あいつの人生だから』って寂しいの我慢してたわよ」


「・・・そう」


初めて知った。


「ずっと一緒に行きたかったみたいね。仲直りのつもりだったのかな。親っていうのはね、子供の幸せを一番に考えるものなの。お母さんもおじいちゃんと仲が悪い時期があってね。親になってはじめて親のありがたさに気づいたわ。だからあんたも早く結婚して子供作りなさい」


「簡単に言うなよ・・・」


「お父さんが言ってたわ『自分を好きでいることも大事だが、自分を愛してはいけない』ってね。『愛するものは家族だけだ』って。お母さんもその言葉を聞いて納得したわ。今の子は自信ないとか将来不安とか言ってるけど、それはいつの時代も変わらない。問題なのは気持ち。幸せになると思ってる子は幸せになれるもんよ。前向きにね」


母親の言葉になぜか虚しくなった。


「・・・ああ。そろそろ電話切るよ」


「わかった。元気でね」


電話を切った後、新幹線の窓から真っ暗な空を見上げて僕は目をこすった。僕が知らないところで両親は僕のことをずっと考えてくれていたのだ。逆に僕は迷惑をかけてやろうと思って東京にやってきたのに僕の人生なんて見透かされていた。そんな状況が虚しくて涙が止まらなかった。未だに両親を超えられない。



翌朝、僕は小池さんの事務所に向かった。


「おはようございます!」

 

元気よく挨拶した僕に小池さんは少し驚いたような顔をした。由美もまた少し戸惑った顔をしていた。


「どうしたんですか?」


僕は不思議に思ってそう聞くと小池さんが言った。


「実家にいなくていいのか?」


「ええ、すぐに帰ってくる予定でしたから」


「そうか・・・」


由美が駆け寄ってきた。


「お父さんのそばに居なくていいの?」


「いいの!いいの!さあ仕事だ」


僕は再び自分の仕事を始めようとトイレに向かった。


「健次」


少し間をあけて小池さんに呼ばれた。


「別の仕事があるんだが」


「何ですか?」


「取材だ」


「取材?」


「ああ」


「どんな取材ですか?」


「夫婦の物語を書きたくてな。情報が欲しい。亡くなったご主人を支え続けた奥さんの話を聞きたいんだ。身近にいないか」


僕の頭に父親と母親の顔が浮かんだ。小池さんはイタズラっぽく微笑んだ。


「それって・・・」


小池さんはゆっくり僕に近づいてこう言った。


「仕事ってのはな、なんとかなるもんだ。それより大事なことを人間は忘れそうになる。原稿用紙五百枚だ。書き終えるまで帰ってくるな」


「小池さん・・・」


少し戸惑っている僕を見て由美が微笑んだ。僕にとってそれは思いもよらない言葉だったが小池さんの言葉に甘えることにした。


「俺みないにはなるな。自分の欲のために家族を犠牲にするなよ」


小池さんは俯きながら僕の肩を二、三回優しく叩いた。

僕は深々と頭を下げた後、事務所を後にした。


階段を駆け降りると由美がまた窓から顔を出した。


「今度はいつ戻ってくるの?」


「書き終えるまで帰れないからなー。いつかなー」


「それは言葉のたとえでしょー!健次の実力じゃ何年もかかるよ」


「心配してるの?」


「当たり前でしょ!逃げ続ける男なんだから」


「ひどい言い方だな。まあ、でも俺は特別だから」


「なに言ってんの?」


「俺は『桂馬』だから。自由だってこと!じゃあな」


「意味わかんない!もう帰ってくんな。ばーか!」


そう言って由美はイタズラっぽく笑った。僕もイタズラっぽく笑っていた。


東京に来て僕はどう変わったのだろう。

光太郎さんとの出会い、グランドでの出会い、小池さんとの出会い、由美との出会い。

僕は父親の言っていた「福運」という言葉の意味が少しだけ分かった気がした。「福運」とは、きっと”意味のある出会い”のことなのだ。


家に向かう僕の顔はまるで幼稚園の徒競走で一番をとった時のようだと、父親がそう言って微笑んでいるような気がした。



・オドントグロッサム 花言葉(特別の存在)


                   END



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