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帰郷①


(人は何のために生きているのだろう)


新幹線の中でそんなことを考えていた。

何かの本で誰かがこう言っていた。「人生とは人が生きるものではない、人が生まれるものなのだ」と。


僕はその意味が分からなかった。人は生きるために生まれた。生きていることがすべてだと思っていた。しかし、その人は言った。「生きるのではない、生まれるのだ」と。何が生まれるというんだ。


「卵サンド頼んだのにトイレ行ったらハムサンドに変わってるってどういうこと?」


「そう言われましても・・・」


「まあ、いいや。お詫びにお姉さんLINE教えて」


「あの、困ります。業務中ですので・・・」


後部座席の方からそんなやりとりが聞こえてきた。売店の女性を困らせている男の声が徐々に近づいてくる。こういうタイプとは関わらないほうがいいと僕は経験上知っていたので寝たフリを決め込んだ。


「あれ?」


その声に僕は思わず目を開けた。そこにはなんとホスト時代にお世話になった光太郎さんの姿があったのだ。


「光太郎さん」


「おお!やっぱり」


「あ、お久しぶりです。どうしたんですか?」


「休みもらって久しぶりに実家に帰ろうと思ってな。ついでに可愛いお姉さんからLINE教えてもらっちゃった。お前は?」


「あ、ああ・・・僕も実家に帰るとこなんです。光太郎さん実家はどちらなんですか?」


「大阪だよ。お前は?」


「名古屋です」


「たまたま見覚えのある奴見つけて声をかけたんだ。声をかけるのが仕事だから。なんつってな」


光太郎さんが一ヶ月しか働いていなかった僕をいまだに覚えていたことが嬉しかった。


「卵サンドがハムサンドに変わっててさ。俺ハムだめなんだよね」


「ああ、カツサンドならありますけど・・・。まだ口つけてないんで」


「お!マジ!くれくれ!かわりにハムサンドあげる」


カツサンドを渡す時、「いい言葉ベストテン」のメモ紙をふと光太郎さんが見つめた。僕は隠そうとしたがすでに遅かった。


「なになに、『人生とは生きるものではない、生まれるものなのだ』か。お前が書いたのか?」


「・・・いえ」


「だろうな。こんなこと書ける奴が逃げ出すわけないもんな。ハハハ」


光太郎さんは僕に嫌味を言いいながらもどこか気を遣っている様子だった。


「冗談だよ。意味が分からないんだろ?」


「光太郎さんには分かるんですか?」


「なんとなくね」


「どういう意味なんですか?」


光太郎はカツサンドを口にくわえながらこう言った。


「漢字っておもしろいよな。同じ字でも意味がまったく違ったりする。ほら、『楽』っていう字も「らく」と「たのしい」と意味が違うだろ?『生』っていう字も「いきる」と「うまれる」って意味が違うじゃん」


「ええ」


「何処の国より日本語が一番難しいっていうし、治安だって日本が一番いい。日本人も捨てたもんじゃないよな」


「・・・いや、僕が聞きたいのは人生の意味についてなんですけど。人は生きるものじゃない、生まれるものって、生きてるだけじゃ駄目なんですか?生きることはいけないことですか?」


カツサンドを食べ終えた光太郎は僕の目をじっと見つめた。そして背もたれに深く腰掛けた。


「生きるだけならホームレスにも出来る。生きてんだか、死んでんだか、わからん生き方してる奴が山ほどいる。そういう奴は心が死んでるんだ。お前の心はまだ生きているような気がする。生きながら何かを感じてそして何かが生まれる。それが人生だと、思うな」


「それが人生・・・」


光太郎さんの言葉が心に響いた。


「健次」


「はい・・・」


「自信の持てるものが見つかったか?」


その言葉に由美と小池さんの顔が浮かんだ。


「はい!」


その表情を見て光太郎さんが優しく微笑んだ。


「そうか。いい顔してるよ」


「はい!」


ホスト時代よりも少しだけ成長しているような気がした。一瞬だけ光太郎さんとまた仕事をしてみたいと頭を過ったが小池さんを裏切るわけにはいかない。脚本家として僕は頑張るんだと決めていた。

実家に帰ってもそのまま居心地のよさに甘えてしまいそうで、そんな弱い自分と決別するため父親に手を合わせたらすぐに帰るつもりだった。


「まもなく名古屋〜名古屋にとまります」


気がつけばあっという間に名古屋に着いていた。


「じゃあな。またいつでも連絡くれ。ここ指定席だった。怒られないうちに俺も戻るわ」


降りる準備を終え、僕らは一緒に立ち上がった。

光太郎さんは手を振って見送ってくれた。

最後に光太郎さんにある言葉を告げた。昔、どうしても言えなくて悔しい思いをした言葉だった。


「健次、いちいち気にするな。お前の人生はお前だけのものだ。ま、責任はかかるけどな」


光太郎さんを乗せた新幹線はゆっくり走り出した。僕はその新幹線が消えるまで見送っていた。

ホストを逃げ出した僕に光太郎さんは変わらず接してくれた。知らないフリをしてもいいのに。面倒くさいだろうに。それでも僕の存在を認識してくれた。認めてくれた。それが嬉しかった。


「光太郎さん、ありがとう」





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