父の死⑥
「あんたに何がわかるのよ!」
さらに憎らしい表情をする由美に僕は仕方なく父親が死んだ理由を話すことにした。
「親父は由美のお父さんと同じで交通事故で死んだ。知り合いの葬式に出た帰り、みんなでお酒を飲んで珍しくベロベロに酔っ払っていた親父は赤信号にもかかわらず突然飛び出してきた車にはねられた。笑える話だろ」
「笑えないよ!」
「ひかれた親父も親父なら、ひいた人間もひいた人間さ」
「どういうこと?」
「五分前まで一緒に飲んでいた友人」
「・・・」
「親父はあんまり酒飲めない人間なのにその日に限ってベロベロに酔っ払って。大親友の葬式だったってよ。それがまた別の友人にひかれて死ぬとは本当笑える話だよ。大笑いだ。ハッハッハッ・・・」
僕だって最初は信じることができなかった。突然すぎて悲しくもなかった。
いつも僕のそばにいた父親が死ぬはずがない、無口でシャイだったけど気の利く言葉を何度も僕に言ってくれた父親が簡単に死ぬわけがないと、そう思っていた。
東京に来る前に「お前には福運がある」と言って肩を二回叩いた父親の顔が皮肉にも僕が見た最後の姿だったのだ。
「笑っちゃうよな・・・」
人目を気にするタイプの僕が人目も気にせず泣いていた。男が泣くのはカッコ悪いと思い必死に涙を隠していた。隣に座っている由美の前でとてもカッコ悪かった。それでも何故か涙が止まらなかった。
「健次・・・」
由美はそうつぶやいて僕の頭を優しく撫でた。その手はまるで母親のように温かく感じた。
「泣きたい時は泣いたらいいよ」
涙が止まらなかった・・・。
閉店間際の花屋に僕と由美は立ち寄った。
「ギリギリセーフ!」
「少しは元気出たみたいだね」
由美の言葉に僕はイタズラっぽく笑った。そしてある花を探していた。
「あ!これだ」
迷うことなくゼラニウムを選んだ。それを由美にプレゼントした。
「ありがとう。きれいな花ね。『女は花だ』ってやつ?」
僕が照れながら頭をかくと、由美はとびきりの笑顔で抱きついてきた。その花の意味は由美と小池さんに対する僕の素直な気持ちだった。
「健次、今日泊まって行っていい?」
「・・・泊まる?」
「うん」
「・・・あ、いや。ちょっと部屋とか散らかってるし」
「冗談よ。泊まるわけねぇだろ!ザコ」
「なんだよ」
「ハッハッハ。じゃ、また明日ね。ちゃんと物語書いて来なさいよ」
由美は花を嬉しそうに見つめながら僕に背を向けた。僕はまた頭をかきながら彼女の後ろ姿を見送った。
「ザコか・・・」
自分のプライドが徐々に薄れていくのがわかった。彼女にだったらなんと言われてもかまわない。こんな感情は初めてだった。それが愛というものなのだろうか。
翌日、事務所で小池さんが言った。
「書いてきたか?」
その言葉に僕は原稿用紙片手に答えた。
「書いてきました!」
元気よくそう言って五枚の原稿用紙を渡すと小池さんは静かに読み始めた。
感想など実際どうでもよかった。ただ、これで駄目ならあきらめようと思っていた。読み進めるにつれ小池さんの表情は少し冷たく感じた。
「健次」
「・・・はい」
しばらく小池さんは黙っていた。
「本当に自分で書いたのか?」
「・・・はい。なんか変でした?」
「いや、なんというか」
小池さんは五枚の原稿用紙を何度か見直し僕の顔をじっと見つめてこう言った。
「いい話だ」
「えっ!」
「ちょっと泣きそうになったよ」
「・・・あ、ありがとうございます!」
意外な返答に僕は思わず戸惑い気味に頭を下げた。天邪鬼な小池さんは僕を驚かせようとわざと冷たい表情をしていたようだ。やがて原稿用紙を僕に返した後、小池さんは続けた。
「健次、しばらく休暇をやる」
「えっ」
「いい話を書いた褒美だ」
「でも」
「お前には行くべき所があるはずだ。お前はトイレ掃除をするためにこの事務所に来たのか?」
「いえ」
「実家に帰ってやれ」
小池さんが優しく微笑んだ。
「・・・あ、ありがとうございます」
僕は深々と頭を下げた。ふと由美に視線を送ると微笑みながらゆっくり頷いた。
「これ、交通費だ」
小池さんが封筒を取り出した。中身を見ると往復どころじゃない交通費が入っていた。
「東京名物でも買ってってやれ。あと、花もな」
由美がまた微笑んだ。
僕は小池さんに何度も頭を下げながら身支度を済ませ事務所を後にした。
事務所の窓から由美が不安そうに叫んだ。
「また戻ってくるんでしょ?」
振り返った僕は由美の顔を見て笑顔で頷いた。
僕の記憶の中の父親はこの原稿用紙の中にまだ生きている。僕の信じた道は間違ってなかった、そう思った。
そして一度は捨てた名古屋行きの切符を買いに東京駅へと向かった。
・ゼラニウム 花言葉(尊敬と信頼)




