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父の死④


居酒屋で僕は大将にこんなことを話していた。


「大将のネタ、やっぱりやめたよ」


「どうして?」


「自分の実力をはかるのに人の力を借りては駄目だと思うから」


「そうかい?」


「ただひとつだけ聞きたいことがあるんだ」


「何だい?」


「父親のこと好きだった?」


「ああ、大好きだよ」


「そっか」


僕はそんなことが聞きたかったのではなく、大将のその表情が見たかった。

大将は満面の笑みでそう言った。その言葉に嘘ひとつ感じなかった。目は口ほどにものを言う。人というのは言葉より目のほうが感情が出やすいものだ。

僕は今までに口だけの男たちを何度も見ていたが大将の目には嘘など感じなかった。


「君は?」


大将は当然のように僕にも問いかけた。

僕は初めこそ黙っていたがそのうちこんな言葉が出てきた。

  

「好きなのかな・・・」


焼き鳥を片手に僕は父親のことを考えていた。

確かに嫌いではない、けど人前で大将のように「大好き」とはどうしても言えなかった。父親のことを素直に認めることがいまだに出来ないのだ。


翌日、僕はいつものように事務所に出勤した。

そしていつものようにトイレ掃除や雑用やらをひととおり終わらせ原稿用紙を睨みつけていた。

小池さんからの言葉を聞いて確かに感銘を受けたが、それとこれとは話が別で一向に話の内容がつかめずにいた。


楽しかったこと、大事なこと、どうしても僕の頭にはピンとこなかった。

やっぱりこういうものは向き不向きや才能というものが関わってくるのだろう。僕は半分あきらめかけていた。それでもここで書くことを辞めてしまえば事務所を追い出され今度こそ居場所がなくなる。僕は必死に考え一週間の時を得て小学生レベルの作文を提出していた。


「何のまねだ」


それが僕の作品を読んだ小池さんの第一声だった。白紙よりマシだと思った僕それでも少しは自信があったのだ。


「一応、自分なりの物語を書きました・・・」


「話にならん」


「やっぱり才能ないですか・・・」


「そういう問題じゃない」


「一週間じゃ足りなくて」


「そんなことはない」


「でも・・・」


「何故父親のことを書かなかった」


小池さんはまっすぐ僕の目を見てそう言った。


「・・・それは」


「親が死んでも家に帰れない今の気持ちを何故表現しなかった」


小池さんの言葉に僕は何も言えず黙り込んだ。小池さんの目は父親のようにとても寂しそうだった。

僕はその目を見続けることが出来なかった。僕の書いた話は幼少期に友人と遊んだ思い出で父親は話に出てこなかった。


寂しそうな目をしていた小池さんはやがて厳しい目に変わっていった。まるで僕を見捨てるかのような目に思わずこう言った。


「もう一度チャンスをください!今度こそ」


「もういい」


「もう一度!」


「もういい!」


小池さんに怒鳴られた僕はそれ以上何も言えないまま自分の席に戻った。

書けないものは書けないのだ、と言いわけをしたくもなったが「だったら辞めろ」と言われるのがオチだった。

別に辞めたって何の問題もないのだが自分から頭を下げてまで仕事をしている以上、簡単に引き下がることも出来なかった。


やがて由美が近づいてこう言った。


「元気だしなさいよ。怒られたくらいで」 


由美は珍しく僕を励ましていた。しかし僕は可愛げもなく言い放った。


「いいよな。お気に入りは」


「それって嫌味?」


「別に」


「嫌味とか妬みとか一番タチ悪いんだけど」


「いい気なもんだよな。人が怒られてるの楽しそうに見てたくせに」


「バレた?あんた今にも泣きそうな顔してたからね。マジうける」


「どっか行けよ!ひとりにしてくれ。俺にはなんの才能もないんだ」


「もう!何でそんなにマイナス思考なの?そんなんじゃ駄目だよ」


「だめ人間ですから!」


ふてくされて視線を合わせようとしない僕にため息をついた由美は小池さんの方へ向かって行った。

何やら話し合いをしている雰囲気に関係ない素振りをしていた僕だが内容が気になっていた。


やがて話し合いが終わると由美は原稿用紙を持って僕の所へやってきた。


「はい」 


「な、何?」


「ラストチャンス」


「どういうこと?」


「小池さんがもう一回見てくれるって。明日まで」


「お前が頼んでくれたのか?」


「他に誰が頼むのよ」


「そっか」


「じゃ、がんばって」


「あ、ちょっと!」


「何?」


「何で頼んでくれたの?」


「あんたがいつまでもウジウジしてるからよ。そのマイナス思考をプラスに変えてみなさいよ」


「変えるって簡単に言うけど人はなかなか変われないんだぞ・・・」


「その考え方がダメなの!わかる?かわいい子ほど厳しくするものよ。感情が浮き沈みするってことはそれだけ人間らしいってことじゃない。プラスに考えなきゃ損よ」


「そ、そっか・・・」


「そうよ。それに」


「それに?」


「答えはひとつじゃないんでしょ?」


由美は不敵な笑みで僕にそう言った。


「お前が何でそのこと知ってんだよ!」 


「知ってるよ。ほら」


由美は『健ちゃんが選ぶいい言楽ベストテン』そう書かれたメモ用紙を片手に僕に見せびらかした。

それは僕が心にこもった名言を書きとめていたもので小池さんが言ったセリフも入っていた。とにかく見られると恥ずかしいものなのだ。


「お前が何で持ってるんだよ!」


「落ちてたから。捨てようかと思ったけどいい言葉だからね」


「返せよ!」


「嫌だよ!悔しかったらとってみな」


「返せって。もう」


「自分のこと健ちゃんとか、キモ!」


「返せよ!」


「『女は花だ』何これ」


「マジで返せって!」


僕は子供のように逃げ回る由美を追いかけていた。由美が初めて笑っていた。


「・・・」


そんな彼女の顔を見た時、妙な感情が僕の中に入ってきた。

今まで何度か味わったことのある特別な感情だった。


「どうしたの?」


「・・・え?いや、別に。早く返せよ!」


「嫌だって!」

 

「おい!うるさいぞ!」


小池さんの言葉に僕らは冷静さを取り戻した。


まさかそんなわけはないと自分でも信じられなかったが、僕は間違いなく彼女に好意を寄せはじめていた。







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