父の死②
眩しく光る太陽に照らされながら外に出た僕はコーヒーを片手に自動販売機の前で物思いにふけっていた。
失敗など考えて生きている人間などいないと思って僕は生きてきた。それが信念だった。そんなネガティブな人間など絶対に成功しないと思っていた。それが唯一の信念だった。
しかし、ネガティブに生きている人間も成功していると小池さんの言葉を聞いてそう思った。
自分を否定されているようでとても悔しかった。
「またサボってる」
ふと我に返ると、由美が僕の目の前に立っていた。
「なんだよ」
不機嫌に言うと彼女はいつもと違う優しい口調でこう問いかけた。
「・・・お父さん、亡くなったんだって?」
僕は彼女をふと見つめた。
「何で知ってるの?」
「小池さんから聞いた・・・っていうか、さっき二人が話していたのが聞こえてたっていうか・・・『親の死に目にも会えないのにやりたいのか』って」
「・・・ああ、あれね」
「ごめんね」
「なにが」
「私、全然知らなくて。遅刻したのはただの寝坊だと思ってたから」
由美は両手を合わせて頭を下げた。
「ああ、いいよ。別に・・・」
「でも・・・」
「昔のドラマであっただろ?『同情するなら金をくれ』って。今はそんな気持ち」
「・・・そう」
僕は父親の死よりもこれから自分はどう生きていけばいいのか不安だった。だから由美の言葉もあまり耳に入ってこなかった。
「ねぇ?」
「何?」
「脚本家目指すんでしょ?辞めないよね?」
「・・・分からない」
「何で?お父さんが死んでも家に帰らないで仕事しに来たんでしょ?凄いことよ」
「・・・分からない」
「分からないって、一体どうしちゃったの?」
「もうほっといてくれよ」
「健次!」
「いいからほっとけよ!」
気がつけば由美を怒鳴っていた。頭の中は真っ白だった。何も考えられない。
その言葉に彼女は少し怯えた様子で僕から離れていった。
「ごめんなさい・・・」
この時の僕には理性も夢も希望もなくなっていた。
自分と違う考え方の小池さんについて行くべきなのか、ネガティブ野郎なんかについて行っていいのだろうか、と僕は迷っていた。もう絶対に仕事は辞めないと誓ったはずなのに。
そんな時、僕の携帯に一本の電話が入った。
「もしもし」
「健次?今どこ?」
「母さん」
「いつ帰れるの?お父さんが待ってるのよ」
「・・・帰れないんだ」
「何で?どうしたの?」
「・・・仕事で」
「そんなのどうにでもなるでしょ!」
「・・・いや、そういうわけには」
「親が死んだっていうのに帰ってこれないの?どんな仕事なのよ!この親不孝もの!」
「・・・母さん」
「もういい!」
母親はそう言って電話を切った。
わがままな僕の言うことを何でもきいてくれた母親。アイスクリームをわざと落としても黙ってまた買ってくれた母親。東京へも黙って送りだしてくれた母親。とても優しかった母親の姿はそこにはなかった。
そう思った時、僕にはもう帰る場所なんてなくなっていた。くだらない自分の意地のために親からの愛情をすべて失ってしまったような気がしていた。
さっきまで晴れ渡っていた空が急に曇り空に変わりカラスたちが不気味に飛びまわっていた。
もう後戻りは出来ないのだろうか、何故東京に来たのか、ふと昔のことを思い出していた。
地元の友達と遊びまわっていた日、恋人と一緒にいた日、母親と泣きあった日、父親と語り合った日、すべての事柄が走馬対のように浮かび上がっていた。今思うとそれが幸せだったのかもしれない、当たり前の暮らしが一番幸せだったのかもしれない。
目の前の幸せが見えなくて、幸せを探して、それでも何処にもなくて、遠くを見たら幸せそうに微笑んでいる人達がいた。その方へ歩いていけば幸せになれるだろうと、そう思って東京にやってきた。
でも現実は違っていた。目の前のものが見えない人間に先を見ることなど出来ないのだ。
世間知らずの若い頃はそんなこと気にもしなかったし、知りたくもなかった。
大人になっていくにつれてどんどんそんなことに気づかされていくようになった。
目の前の幸せが僕には見えなかった・・・。




