父の死①
翌日、僕は新幹線の切符を片手に東京駅の改札にいた。
父親が交通事故で死んだということがまだ信じられなかった。
一刻も早く実家に帰りたい思っていた僕は仕事を休む連絡を入れていなかったことにふと気づいた。
慌てて小池さんの携帯に連絡を入れる。
「もしもし」
「なんだ健次か?」
「はい。あの、父親が昨晩亡くなったみたいなので、今日は実家に帰ろうと思うんです。だから仕事は休みます。すみません」
僕はそう言って電話を切ろうとした。と、いうよりも肉親が亡くなったのだから休むのは当然だと思っていた。
しかし、小池さんの反応は予想外だった。
「事情はわかった。いつもどおり事務所に来い!でなきゃクビだ。今まで働いた給料も支払わない。いいな」
「は?でも!父親が亡くなったんですよ!」
「関係ない。仕事は仕事だ!」
「あ!でも・・・」
僕がそう言いかけた時、すでに電話は切れていた。親が死んでも会えないなんていったいどんな仕事だと思いながらも、結局新幹線には乗らなかった。
親の死と仕事とどちらが大事なのか迷ったが、僕は結局仕事をとっていた。それほど好きでもなかった仕事をとった理由は自分でも分からなかった。
いつもの出勤時間より一時間送れて事務所にやってきた僕に小池さんは再び厳しい言葉を浴びせた。
「遅刻だぞ!時間に遅れる奴は信用されない。常識だ!」
「でも!」
「いいわけするな!黙って仕事しろ!」
「・・・はい」
この仕事を放り出して今すぐ新幹線で実家に帰ってやろうかと思ったが、お金のない僕が切符を捨ててまで戻ってきてそんなこと出来るはずがなかった。
僕が半分ふてくされながらトイレ掃除をしていると由美が近づいてこう言った。
「これが脚本家の仕事よ。甘くないって言ったでしょ」
「・・・ああ」
「なんかあったの?」
「・・・別に」
由美は僕が父親を亡くしていたことを知らないのだろう。あからさまにそんなことを聞いてきた。以前、由美が僕に言っていたことをふと思い出していた。
「お父さんがいるだけいいじゃない、私にはいないから」
気がつけば僕の父親もいなくなっていた。その事実を彼女に言おうとしたが言えなかった。
小池さんからもらった五枚の原稿用紙に僕なりの物語を書くまでは黙っていようと思った。理由なんてなかった。ただ物語を書き終えた後に伝えたかったのだ。由美は気づけば姿を消していた。
僕はトイレ掃除を終え、ひととおり雑用を終わらせた後、原様用紙を見つめていた。僕が書こうとしていた大将のネタはやめようと思った。
人の力を借りず、自分の力だけで書いてみようとペンを持った。
小池さんが言っていたこと。何が楽しかったのか、何が大事なのか、僕はからっぽの脳みそをフル活用して必死に考えていた。
やがて一時間、二時間が過ぎても僕のペンは一度も動くことはなく時間だけが刻々と過ぎていった。そんな光景に小池さんが僕にゆっくり近づきながら話しかけてきた。
「健次」
「・・・はい」
「なんで俺が仕事に来いと言ったか分かるか?」
「・・・いいえ」
「夢を実現させるためには他のすべてを捨てなきゃならん。そう言っただろ」
「・・・はい」
「親の死に目にもあえない世界だ。それでもやりたいのか?」
この時の小池さんは僕をどこか試しているように思えた。僕の頭の中で答えはすでに決まっていたが、それでも素直にそう言おうとはしなかった。
僕もこの人が本当について行くべき人なのか少し試したかったのだ。
「小池さん」
「なんだ?」
「小池さんが僕の歳くらいの時、何を考えて生きていましたか?」
突拍子もない僕の質問に小池さんは少し動揺した様子で僕から視線を外した。
「小池さん!」
僕は本当にこの人についていっていいのかと迷っていると小池さんは静かに答えた。
「毎日、毎日、失敗することを考えて生きていたよ。だから今がある」
失敗することを考えて生きていた?
そんな言葉が返ってくるとは思わなかった。
小池さんの答えは僕が想像していたものとは真逆だった。
新幹線の中で出会った社長も、ホストの光太郎さんも、グランドの代表も、みんなポジティブな考え方を持っていた。自分に自信を持っていた。
だから小池さんもポジティブな考え方の持ち主だろうと思っていた。
僕が今まで読んだ本の成功者たちもみんなポジティブな生き方をしていた。自分に自信を持って常に高いレベルを求めていた。だから成功者である小池さんもきっと同じようにポジティブな考え方で「夢があるなら頑張れ」って応援してくれると思っていた。
しかし、小池さんからの答えはネガディブなものだった。
(毎日、毎日、失敗することを考えて生きていた)
その言葉が僕の心を揺さぶっていた。
そんな成功者聞いたことないし、僕は認めることが出来なかった。自分が想像していた成功者とは明らかに違う成功者が僕の目の前に立っている。自分が頑なに信じていたものはなんだったのか。僕の中の成功への方程式はなんだったのか。崩れていく理想がだんだん恐怖へと変わっていった。
「どうした?」
小池さんの問いかけに僕は何も答えることが出来なかった。
そんな僕の顔を見て小池さんは不思議そうに首をかしげたが、それ以上何も言わず自分の机に戻っていった。
僕は小池さんの後ろ姿を見ながら自分とは発想が違う人だと肩を落とした。
「こいつ無理だ・・・」
そして原稿用紙に目をやることもなくペンをゴミ箱に捨て事務所を後にした。




