新たなる一歩④
その日の帰り道、僕は一人あの居酒屋に寄っていた。
子供が出来ないにもかかわらずいつも笑顔で接客している大将を見ていた。
その笑顔をいいことにカウンターでまたうだつの上がらないサラリーマンのように愚痴り始めていた。
「ひいきだよな。絶対」
「どうしたの?」
「出来の悪い奴は嫌いなんだよな。きっと」
「仕事何やってるの?」
「脚本家だよ」
「へぇ、凄いじゃないか」
「嘘、そのアシスタントだよ。馬鹿でも出来るアシスタントさ」
「へえ、アシスタントさんかい。お手伝いさんみたいなもんかい?大変だね」
「全然、お手伝い以外。だってトイレ掃除しかしてないんだから!」
「それも立派な仕事さ」
第一線で働く大将に下っ端の気持ちなど理解できないだろう。使う立場と使われる立場は違うのだ。
「大将!」
「お?どうした?」
「大将にとって大事なものって何?」
「うーん。家族かな」
「家族かぁ・・・ありきたりだな」
「そうかい?」
僕はウーロンハイを勢いよく飲んだ。
「なんかこうもっとおもしろい話ないの?」
「おもしろい話なんてないよ。今の仕事でいっぱいいっぱいだからね」
大将はテキパキ料理をしながらときおり僕の話に耳を向けてくれた。数人の従業員を抱えながら器用に店を回している大将に問いかけた。
「店とか維持していくのは大変?」
「そうだね。続けていくのは大変だよ。でも楽しいよ」
「楽しい? やってること同じじゃないの?」
「同じに見えるかもしれないけど、毎日違うんだよ」
「へえ、そんなもんかね」
僕は居酒屋を小馬鹿にするように焼き鳥をくわえた。
それでも大将は笑顔で僕に話しかけてくれた。
「作家さんってのは感性で生きているもんだろ? いろいろ感じたりするのかい?」
「俺は別に作家になりたいわけじゃないから。金持ちになりたいだけだから」
その言葉に大将は不思議そうな顔をした。
「お金ってそんなに大切かい?」
「大切でしょ!金があったら何でも買えるもん。綺麗ごとを言ってる奴もいるけど、世の中は金がある奴が勝ち組になれるんだよ」
「そんなもんかね?」
「そんなもんよ」
僕も負けじと、世の中お金がすべてだ、というような態度を見せた。しかし、少し寂しげな表情の大将を見て調子に乗りすぎたと思った僕は話題を変えることにした。
店を見渡した僕の目に飛び込んできたのは一際目立つオドントグロッサムの花だった。
今日は、隣に青い花が並んでいる。
「大将、あの青い花は?」
「ああ、あれか、シラーっていう花らしいよ。親父がまた持ってきてくれたんだ」
「へえ」
シラーという青い花を見て綺麗な花だなと思いながらも僕はオドントグロッサムに目をやった。やっぱりオドントグロッサムの方が格好がいい。
「あれいつ見てもいい花だよね?」
「そうかい?ありがと。親父も喜ぶよ」
オトントグロッサムは大将の父親が買ってきたものだという。その花を見つめながら僕も自分の父親を思い出していた。
小さい時から当たり前のように一緒に生活をしていた父親から離れた僕は何を得てきたのだろうか。
自分を生んでくれたという母親の存在は大きいが、いつもあまり家にいない父親の存在とは何なのだろうか、僕はそんなことを考えていた。
「父親って寂しいよね」
「どうしてだい?」
「存在意義っていうか、何ていうか・・・」
僕の言葉に大将の手が少しとまった。
「俺の親父も寂しかったのかな」
「何かあったの?」
「あ、ああ・・・俺も昔はヤンチャでね。迷惑をかけたりもした」
「へぇ、グレてたの?」
「まあね、昔の話さ」
大将はそう言ってまたテキパキ料理を作り始めた。その話を聞いた時、ふと頭に原稿用紙が浮かんだ。もしかしたらいい物語が書けるのではとひらめいた。
「何かそのネタ使えそうだね」
「ネタ?」
「実は原稿用紙に物語を書かなきゃいけなくて。そのネタを探してたんだ。もしよかったら詳しく聞かせてよ」
「・・・ああ、こんなネタでよかったら使ってくれ」
大将は苦笑いを浮かべながらも物語にすることを承諾してくれた。
「マジでヤンキーものって結構ウケるんだ。感動的だし」
「そうなのかい?」
「うん。詳しく教えて!」
こうして僕は大将の過去を物語にすることにした。まるで自分の話かのように書いてやろうと思った。小池さんを驚かす作品を作ってやる、これで由美にも一泡ふかせてやるとそう思っていた。
意気込みも新たに僕はさっそく大将に少年時代の話を聞こうとした矢先、母親からの電話が鳴った。
「もしもし、母さん?」
「健次・・・」
いつも明るい母親の声が、この時はまるで元気がなかった。その声に僕は少し戸惑った。
「母さんどうしたの?」
「落ちついて聞いてね・・・」
「何だよ、どうしたの?」
「お父さん・・・死んじゃった・・・」
・シラー 花言葉(悲しみ)




