新たなる一歩②
事務所に戻ると小池さんと由美が仕事に追われていた。
僕も何か手伝おうと右往左往していたが結局何もできず仕事はトイレ掃除ばかりだった。
小池さんと由美の仕事がひと段落したのは夜中の一時をまわった頃だった。
「お疲れ様」
小池さんはぐったりした顔をして僕を先に帰した。由美はまだ仕事をしていた。
僕は小池さんたちと別れた後、仕事の疲れを癒そうと一人居酒屋で飲むことにした。
「いらっしゃい」
カウンターごしで忙しそうに仕事をしている大将の顔が、この日は何故か男らしく感じていた。仕事をしている男の顔だ。
ふと辺りを見渡すと花瓶に生けてある真っ赤な花に目を奪われた。
「綺麗な花だね」
僕の問いに大将は一瞬だけ花に視線を送った後、こう言った。
「ああ、あの花は親父にもらったやつだよ」
「親父さんに?へぇ、なんて名前?」
「オドントグロッサムって言ったかな」
「オドントグロッサム?変わった名前だね」
父親の影響で花にはうるさかった僕はたまらずこう切り出した。
「花言業とかあるの?」
その質問に大将は首をかしげてこう言った。
「いや、忘れちゃったよ。兄ちゃん花に興味があるのかい」
「ええ、多少。父親の影響で」
「そうかい。花に興味のある男はいい男って親父が言ってた」
「お父さんいつくですか?」
「もう還暦迎えてるよ」
「大将はいくつなんですか?」
「三十八だよ」
「結婚してるんですか?」
「ああ」
「子供は?」
初対面にも関わらず僕の質問攻めにも笑顔で答えていた大将だったが、その質問に大将の表情が少し曇った。
僕は聞いてはいけないことを聞いてしまったのかと戸惑っていた。
少し沈黙した後、大将は苦笑いを浮かべてこう答えた。
「子供が出来てりゃとっくに作ってるよ」
やっぱり聞いてはいけないことだったと僕はとっさに謝っていた。
「すみません・・・」
「いや、いいんだ。俺は子供が作れない体なんだ」
大将がそんなことを口にした時、少し居心地の悪さを感じた僕はテーブルに残った焼き鳥を一気に食べ終えた。
「もう帰るのかい?」
「用事思い出しちゃって・・・」
とっさに嘘をついて会計を済ませた。
世の中には子供の出来ない人もいる。父親になりたくてもなれない人もいるのだと僕は改めて気づかされていたのだ。
帰り道、屋台のラーメン屋で楽しそうに子供とふれあう家族を目にした時、そんな当たり前の光景が何だかすごく幸せそうに思えた。




