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新たなる一歩①


グランドを辞めた後、僕は脚本家のアシスタントとして働くことになった。

と、言っても実際は雑用ばかりでグランドで働いていた時のほうが数倍楽しかった。


脚本家という仕事に多少は興味を抱いていたのでなんとなく充実感はあった。自分はこの道で成り上がっていく。東京に来た意味はこの出会いのためだったのだと自分の選んだ道を肯定していた。


「健次、ボールベンを買ってきてくれないか?」


小池さんにそう言われ、僕は近くのコンビニに走った。小池さんとの出会いはきっと運命なのだ、僕も月収百万円以上稼げる男になるのだとその足取りは早かった。


コンビニに入ろうとした時、僕の行く手をさえぎるように一人の女性と対面した。

僕が右に行こうとすれば右に来る、左に避けようとすれば左に来るというその繰り返しだった。


「ちょっと!急いでるんだけど」


先にそう言ったのは彼女だった。彼女は迷惑そうに僕を睨みつけた後、コンビニを後にした。

僕はどっちが悪いんだとムカっとして、彼女の後姿を睨みつけた。


「買ってきましたー」


「おお、ありがと。実は紹介したい子がいるんだ」


小池さんは仕事の手を休め僕に一人の女性を紹介した。その女性と視線を合わせた時、僕は驚いた。ついさっきコンビニで対面した彼女だったのだ。


「あっ!」


「あっ!」


僕らはお互い顔を見合わせた。


「何だ、知り合いか?」


小池さんは不思議そうな顔をして僕らを見つめていた。僕はコンビニで会ったことを話すと続けざまにこう切り出した。


「彼女は何なんですか?」


「ここで一緒に働いてもらうよ」


「えっ!」


「彼女は専門学校出てるから基礎があって役に立つ」


「僕はどうなるんですか?」


「君も今までどおり働いていてもらうよ」


「雑用ですか?」


僕の質問に小池さんは少し微笑みながら頷いた。それを見ていた彼女も少し微笑んだ後、自己紹介をした。それが由美との出会いだった。


僕の仕事といえば雑用ばかりで、トイレ掃除が基本だった。一方、由美はというと大事な原稿をまとめたり、スケジュールをチェックしたりまるで僕とは仕事内容が違っていた。

僕のほうが先輩なのにいつの間にか追い越されていたのだ。そんな光景にいい気持ちになるわけもなく、ゴミを捨てると見せかけて事務所の外でタバコを吸っていた。


「まったく!小池さんは女に甘いな。基礎が出来てるからって何なんだよ」


僕はうだつの上がらないサラリーマンのように愚痴っていた。愚痴る奴は出世しないと知っていたが、僕の気が収まることはなかった。

すると二階の事務所から階段を下りる足音が聞こえた。僕は小池さんかと慌ててタバコの火を消していた。


「サボってんの?」


由美の姿を見て小池さんじゃなかったことにホッとしていた。


「何だ、お前か」


「お前って失礼ね。何サボってるのよ!」


「お前こそ何やってんだよ」


「私は郵便物を取りに来たのよ」


そう言って由美はポストから手紙を取り出した後、僕にこう問いかけた。


「脚本家になりたいの?」


その質問に僕はしゃがみ込んでこう答えた。


「なれたらね」


彼女は呆れた顔でため息をつきながら言った。


「そんなに甘い世界じゃないよ。専門学校も行ってないのに口だけなら辞めたほうがいいわ」


その言葉に僕は少しムッとした。それくらいのことは自分でも分かっていたからだ。

どの世界に行っても甘い気持ちでは通用するわけがない。実際、僕だって脚本家を目指して東京に来たわけでもないし、今はただのつなぎにしか思っていなかった。

そんな僕の気持ちを悟ったように彼女は再び口を開いた。


「私はあんたみたいな中途半端な人間が大嫌いなの!やるなら真剣にやりなさいよ」


きつい一言ではあったがこの時の僕はそれほど感情的にはならなかった。そして彼女に問いかけた。


「あのさ」


「何よ!」


「あんた脚本家目指してるの?」


「当たり前でしょ!だから小池さんのところでお世話になってるんじゃない」


「小池さんも苦労してそうだな。歳のわりにはふけてるもんな」


「失礼なこと言わないでよ!私は尊敬してるんだから」


「そっか」


「で、何が言いたいの!」


「俺はただ漠然と夢を追いかけてるんだ。楽して金持ちになろうかなって」


「馬鹿じゃないの!」


由美との口論が激しくなりそうな言葉だったが、僕は気にすることなかった。反論には慣れている。


「親父みたいなサラリーマンになりたくないからさ」


すると由美は急にうつむき黙りだした。


「どうした?」


僕は心配になり、そう問いかけると由美は静かに答えた。


「・・・あなた、名前、健次だっけ?」


「そうだよ」


「・・・お父さんがいるだけいいじゃない」


「何で?」


「私にはいないから」


嫌みったらしく話していた由美が急に寂しげな顔になった。気の強そうな女が悲しい顔をするギャップはなかなか辛い。僕は少し反省していた。彼女はゆっくり腰を下ろして話し始めた。


「私が小さい時にお父さんが交通事故で亡くなって、お母さんが一人で私を育ててくれたの。だから脚本家になってお金稼いでお母さんには少しでも楽をしてほしいの。あんたにその気持ちが分かる?」


由美が初めて明かしたプライベートだった。僕はその話を聞いて何も言うことが出来なかった。励ましの一言すら出なかったのだ。

由美はそんな僕の態度に腹を立てたのか、ため息混じりに睨みつけ背を向けた。その後姿に僕は思わずこう言ってしまった。


「悲劇のヒロインぶるなよ!」


その言葉に彼女の足は止まった。真昼間というのにひと気のない建物の前でしばらく沈黙が続いていた。

やがて由美はゆっくりと振り返り脚本家の卵らしい言葉をはいて事務所の階段を上がっていった。


「悲劇のヒロインぶってるんじゃないわ。悲劇のヒロインなの!私の人生は私だけのものだから」





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