再び夜の世界へ⑦
そしてあっという間に一ヶ月が経った。ついにグランドを去る日がやってきたのだ。
代表は士気が下がるから僕が辞めることを誰にも言わないと言っていたが噂が広まるのは早いものでいつの間にかほとんどのスタッフが知っていた。
営業時間中、ユウキがやたら僕を厨房に連れて行った。僕はどこか異様な雰囲気に一人戸惑っていた。
この日は給料日ということもあって女の子の出勤も多かった。他のボーイも珍しく全員そろっていた。僕はやることがなかったのでホールに出ようとすると今度はギャル男たちが僕を厨房に戻した。
まるで僕は邪魔者のように扱われていだ。所詮、辞めていく人間なのだから何もするなという冷たい目が僕に突き刺さった。
女の子たちも何故かその日はよそよそしく、あまり視線を合わせてはくれなかった。
これが逃げ続ける人間の運命なのかと、僕は恐怖さえ感じていた。
そうこうしているうちに時間は過ぎていき、やがて閉店の時間を迎えた。これで終わりだと僕は心の中でそう思っていた。
毎日のように渡していた女の子たちの財布も今日で最後。気がつけばどれが誰の財布かも分かるようになっていた。
のど飴も買ってくることはもうなくなる。そう思うと何処か寂しい気もしていた。
店の片付けが終わると、みんな給料を手渡しでもらっていた。そして僕の番がやってきた。給料を受取り僕は代表に怪く挨拶をするとやがて代表がみんなの前でこう言った。
「今日で健次が店を辞めることになる。本人の強い希望で別の仕事をはじめることになった。短い間だったけど健次から一言メッセージを」
突然のふりに僕は戸惑っていたが、今の気持ちを素直に伝えることにした。
「みんなに出会えてよかったと思ってます。短い間でしたけどありがとうございました」
数科書通りのセリフしか浮かばなかったがいい思い出になったと深々と頭を下げた。これで終わったと僕はそう思っていた。
すると思いもよらないプレゼントが僕を待っていたのだ。
アイがイタズラっぽい顔をして背中から黄色いバラの花束をそっと僕に渡してくれた。僕はかなり戸惑って花束を見つめアイに視線を送った。
「え?俺に?」
「うん」
この時、何故ユウキやギャル男たちが僕をホールに来させなかったのかが理解出来た。
みんなのよそよそしい雰囲気だったのもこの花束のことを隠していたからだった。
その事を聞かされた僕は初めてみんなの前で泣きそうになった。
それでも人前で泣くわけにはいかないと必死に耐えていると今度はボーイのみんなが色紙を渡してきた。その一人一人のメッセージに僕は再び泣き出しそうになった。
アイが最後に、
「健ちゃんお疲れ様!」
と優しく言った。約束を守れなかった男にはもったいなさすぎる言葉だった・・・。
暗くなった店内で僕は一人佇んでいた。
(またご飯食べにいきましょうね)
(健ちゃんまた遊びに来てね)
(のど飴、いつもありがとう)
(健ちゃんご苦労様でした)
スタッフみんなのそんな声が響いていた。もったいなさすぎる言葉だった。
帰りの電車の中で僕はアイから受け取った黄色いバラの花束を見つめていた。「女は花だ」と名言を残す父親の影響で花言葉を調べる癖がついていた。
きっといい言葉なのだろう、僕は期待していた。
赤いバラは愛、ピンクのバラは感銘、黄色いバラは何だ?
その意味を知った時、僕の頭にしばらくクレッションマークが浮かんだ。
もしかして君もこの店を辞めたいのかい?
それともエリカに対するものなのか?
その真相を知る機会はいまだに訪れていない。
・バラ、黄色 花言葉(嫉妬)




