再び夜の世界へ⑤
仕事にも慣れ始めた頃、新人も入ってくるようになった。
オープニングスタッフの僕らにとって後輩が出来るのだ。その後輩の中にギャル男も面接に来ていた。
「またか」
僕はそう思っていた。いい加減そのジャンルの連中とは関わりたくないと思ってたのであまりいい気持ちでは迎えていなかった。しかし、話してみると意外といい奴だった。
普通のカジュアルな風貌だったら友達にもなれたかもしれない。その男の名はユウキといった。
オープニングの二人のギャル男より男前でもあり、モテそうな気がしたが女の子たちからは多少嫌悪されていた。この店で働く女の子の多くはギャル男を嫌っていた。しかし、ギャル男たちは気にする様子もなく、いつの間にか男同士で意気投合しカズを含め四人で仲良く飲みに行ったりもしていた。
ジャンルの違う僕だけが浮き始めた。女の子たちも次第に派閣化し決して仲が悪いわけではないが、一緒につるんでいるグループは決まっていた。
そんな中、どこの派閥にも入らない女の子がいた。最初にその子を見たのは彼女が接客している時だった。
「あれ?あんな子いたんだ」
僕はグラスを拭きながら角のテーブルを見つめていた。僕の隣にはギャル男の一人がいた。
「ああ、あの子がお客さん連れてきたみたいですよ。元キャバ嬢らしいです」
「へぇ」
「可愛いですよね。あの子」
「そうだね」
「手を出しますか?」
「いや、そういうのじゃないから」
僕はそう言って会話を終わらせた。
次の日、いつものように早めに店に到着した僕は開店準備をしていた。するとそこに一本の話が入った。
「お電話ありがとうございます。グランドでございます」
「あのー」
「はい?」
「エリコですけど」
「エリコちゃん?」
「今日は体調悪くてお休みしたいんですけど・・・」
「ああ、そう。じゃあ代表に言っとくね。お大事に」
僕はそう言って電話を切った。その時の僕はエリコって誰なんだと思い、顔が浮かばなかったが後々の話でお客さんを連れてきた元キャバ嬢だと知った。
その日の帰りのことだった。たまたま最寄駅が近くのギャル男の一人と駅のホームに立っていた。電車の到着を知らせるアナウンスと共にゆっくりと電車が停車した。僕とギャル男はその電車に乗り込んだ。
ふと横を見ると見覚えのある顔がそこにあった。それは当日欠勤したエリコの姿だった。
「あれ?体調悪かったんじゃないの?」
僕の質問にエリコは戸惑い気味に答えた。
「もう治ったから・・・」
「どこ行ってたの?」
「友達とにんにくを食べに・・・」
エリコからそう聞いた瞬間、こいつはサボったなと確信した。それでも僕は何も言わず代表に報告はしなかった。
しかし、今思えば後悔している。何故ならこのエリコという女はとても性格が悪かったからだ。この時はまだそのことに気づかなかった。
何処の世界にも一匹狼的な存在がいる。それがカッコいいのかは分からないが少なくとも僕は好きだった。特にすぐ群れたがる女の子の中であまり群れたがらないどこか不思認な女性に僕はよく惹かれていた。エリコもまたその一人だった。
とある日、シフトのことでカズとエリコが何やら口論しているのが目に入った。すぐに止めに入ろうとしたが、カズが我慢したようだ。厨房でカズはイライラをつのらせていた。
「やばい、マジ切れしそうになった」
「どうした?」
「あいつムカつくわ」
とばっちりをくらいそうだったので僕はそれ以上何も聞かなかった。やがてカズがホールに戻ると今度はエリコが厨房で怒りをぶつけていた。
「どうした?」
「マジ、ムカつく」
「カズと仲良くしろよ」
「嫌いな人に嫌いって言って何が悪いの!」
「言い方があるだろ」
「あたし、そういう人間だから。悪い?」
「この店は協調性が大事なんだよ。頼むよ」
僕のその言葉に彼女は少し冷静になった。そしてゆっくりとわけを話し始めた。
「あたし人見知りだからあんまり女の子とかとしゃべれないんだ。カズとかいうボーイも生理的に受けつけないっていうか。マジ無理だから。ここのボーイもしょぼいよね。女の子が呼んでも聞いてないし、カウンターでぺちゃくちゃしゃべってるし、お客に文句言われるのあたしたちなんだから。しっかりしてよ」
その言葉に僕は何も言い返せなかった。確かにカズは暇さえあれば何処でもパラパラを踊りだすし、ギャル男たちはタバコをふかして世間話をしていた。その光景は僕も確かに知っていた。だから僕はそのことについて代表に報告した。
「なるほどね。カズもシフト作成とはいえイスに座りっぱなしもよくない。他の連中も確かに私語が多いな。ボーイも本当は三十歳以上にしようと思っていたんだ。ある程度しっかりしてるからな。一度男だけでミーティングしてみるか」
僕はその提案に静かに頷いた。
やがてボーイたちでミーティングが始まった。代表はボーイの大切さ、必要性、存在などこと細かく語り出した。この話がまだ長かった。代表の話にいつものように割って入ったのがカズだ。
「いつそんな苦情が出たんですか?」
「この間だ」
「俺らはぼーと立ってなきゃいけないんですか?」
「そうだ」
「意味あるんですか?」
「やれば分かる」
さすがのカズも代表の威圧感に負けたのかそれ以上は何も言わなかった。翌日から僕たちボーイはまるで軍隊のようにしっかりと仕事に集中するようになっていた。
「だるいな・・・」
カズは独り言のようにつぶやいた。
そんなある日、今度は別の問題が起きた。週七日出勤していた僕はストレスの限界に達していたのだ。やることなすことにイライラし始めていた。フードの注文が入っては覚えたての料理を見よう見まねでやってみたり、忙しくなると言葉遣いも荒っぽくなっていた。
やがて僕の怒りはユウキに向けられた。お客様からグラスと氷を頼まれた僕はすぐにカウンターの中にいたユウキに頼んだ。僕はフードのオーダーが入っていたため、すぐに厨房に向かった。やがてカズが僕にこう言ってきた。
「グラスと氷がまだ出てないんだけど。お前接客してたよな」
「ユウキに引き継いだよ」
「聞いてないって言ってるぞ」
「はあ?」
僕は料理の手を止め、ホールに戻った。すると、ユウキは何も聞いていなかったような顔で僕を見つめた。その顔に僕はまた怒りを覚えていた。
僕は黙ったままカウンターに入ってグラスと氷を取り出すとお客さんに手渡し、ユウキとカズを無視するように厨房へと戻った。その後をつけてきたのがカズだった。
「ユウキにちゃんと伝えなかったお前が悪い」
その言葉にも僕は何も言わなかった。その態度にカズもイライラしたのか舌打ち混じりにホールに戻った。
料理を作り終えた後、ベルをならしてボーイを呼んだ。しかし、誰一人として出てこなかった。仕方なく僕が自分で呼びに行こうとした時、ようやくギャル男の一人がやってきた。
「これどこですか?」
「ホールの奴に聞いて」
僕はそう言って料理を運ばせた。とにかくその時の僕はストレスのかたまりだった。
しまいには女の子にも八つ当たりしそうなほどだった。これでは駄目だと思った僕は一人厨房で気持ちを落ち着かせていた。
誰も来るな、来たら怒りが爆発する。そう思っていた時にタイミング悪く厨房にやってきたのがユウキだった。
僕は視線を合わせないようにひたすら下を向いていた。目が合えばすぐに怒りが爆発してしまいそうだったからだ。しかし、無情にもユウキは僕にこう言った。
「またシカトですか」
「はぁ?」
その言葉に僕は思わずユウキと視線を合わせた。お互い睨み合ったまま一歩も引くことはなかった。
「喧嘩だったら買いますよ」
「上等だ」
「店終わった後で殴りあいましょうよ」
「ああ」
そしてその場は何とか収まった。僕は去って行くユウキを睨みつけながら怒りを抑えていた。
やがて店も閉店の時間を迎えた頃、僕は洗い物に追われていた。この日はお客さんの引きが悪く、閉店時間を回ってもダラダラと客が残っていた。
そのせいで僕は終電に間に合いそうもなく大急ぎで駅に向かった。駅についてみると一分前で何とか間に合った。電車の中で僕は何か忘れていることに気づいた。
「何か忘れてるような・・・」
僕は一人頭を巡らせていると、そうだ、ユウキと決着をつけていなかった、ユウキとタイマンで決着をつける予定を思い出した。よし、引き返して殴り合おうか、と思わなかった。疲れ果てていたこともあり、面倒くさい気持ちもあったので、その日は家に帰ることにした。
「まっ、いっか」
僕はそうつぶやいて電車で寝落ちした。




