再び夜の世界へ③
オープンを翌日に控え、僕らはグランドにいた。
ここで僕らと言ったのはもちろん他にも従業員がいたからだ。
僕が店に来た時、中年男性は女の子の面接をしていた。中年男性のことを僕らはいつしか代表と呼ぶようになったが、今まで呼んだことのない役職名で呼びにくいのも確かだった。
僕の登場に代表は得意のしかめっ面で奥の席に座らせた。僕は言われるがままに奥の席に腰かけた。すると、そこには二人の青年が僕より先に座っていた。
茶髪にロン毛、ピアス・・・いわゆるギャル男の雰囲気を漂わせていた彼らは、僕と軽く挨拶を交わすと何処か落ち着かない素振りを見せていた。
「どうしたの?」
僕がそう尋ねると一人の男が口を開いた。いや、今、面接受けてる子、実はオレらと同じ学校なんですよ」
「知り合い?」
「いや、顔は見たことあるけど話したことなくて。学校にこのバイトばれると厄介なんで・・・」
「へぇ」
その話に興味はなかった。それより、この二人の青年はホストをしていた頃に嫌というほど見てきたギャル男丸出しの風貌だった。今の大学生はみんなこうなのか。チャラいなと偉そうに思っていたが、所詮僕もホストを逃げ出した男だ。人様を見下す権利はない。
女の子の面接が終わった後、別の女の子の面接が始まった。僕らはその間ずっと待ち続けていた。
やがて面接を終えた女の子が僕らの席にやってきた。初めに話しかけたのはギャル男たちだ。
「同じ大学だよね?」
女の子もギャル男たちが同じ大学だと気づいていたらしく、こう言い返した。
「学校の人には秘密ね」
「こっちも」
彼らはお互いそう言い合いながら会話は終わった。
もっと盛り上がらないのかよと思ったが、知り合いでもなければ、初対面の状態で会話が弾むわけもなかった。
しばらくして、一人の男が店に入ってきた。
スーツを着込んでいるその男は、僕らのように奥の席には座らず代表の隣に座った。
手には何やら買い物をしてきたのか、ビニール袋が握られていた。
それを代表に渡した時、この人は代表のパートナーなのかと思った。だとしたら挨拶しなければならないと思っていたがよそよそしさがあり何か雰囲気が違っていた。だから僕は何もせずにただ座り続けていた。
やがてすべての面接を終えた代表がようやく僕らに声をかけた。何をやるのかと思えばお酒の陳列、伝票の書き方、接客の仕方など基本的な指導が始まった。
ホスト時代とは違った接客スタイルに僕は少しわくわくしていた。これから楽しい日々が始まる、そう思っていた。
代表はとても熱い男でもあったが、とてもくどい男でもあった。接客の指導の時に同じセリフを何度も言った。
「お客さんに失礼のないようにしろよ」
「あ!あ客さんに失礼のないようにな」
「そう、そう、お客さんには失礼ないように」
もう分かってるよ、と思っていても何度も繰り返した。お客さんじゃなくてお客様だろ、と思いながらそのうち僕らも聞いているふりをするようになった。それは経営者の癖なのだろうと自分に言い聞かせた。
一時間ほど経ってある程度の基礎的なことを学んだ後、代表は僕らを席に座らせ再び長い長い話が始まった。
経営理会から始まり、スタッフの協調性、これからの自分の夢など代表は僕らに延々と話を続けた。
代表の言う言葉は確かに大切なことを言っているのだが、僕ならその半分の時間でまとめる自信があった。僕が台本でも書いてやろうかと思ったほどだ。でも、この時は代表についていけば自分も成功するのではと何故かそう思い込んでいた。
オープン当日、代表から突然電話がかかってきた。
「早めに店に来れるか?」
特に予定のなかった僕はすぐに了解した。
僕がグランドに向かうと店の前ですでに一人の男が待っていた。
その男は前日にグランドで出会ったスーツの男だった。僕らは顔を合わすと軽く挨拶を済ませた。ギャル男たちの姿はなく、呼び出されたのは二人だけのようだ。
「いくつですか?」
スーツの男が僕に尋ねた。僕は八月で誕生日を迎えていたため、二十歳になっていた。
「二十歳だよ。君は?」
「ハタチです。タメだね」
「こういう仕事経験したことあるの?」
雰囲気がそうものがたっていた。
「キャバは何度か」
「ここ、やっぱりキャバクラと変わらないよね」
「確かに」
「名前は?」
「カズです」
「俺は健次。よろしくね」
カズと話したのはこの時が初めてだった。小柄な男で年上女性から可愛がられる雰囲気を出していた。スーツを着込んでいるその様はワルになりきれないちょっとしたチビっ子キャングのようだった。
「今から何かやるのかな?」
カズがそう切り出した。
「さあ?」
僕は首をかしげた。予定の時刻になっても代表は店に姿を現さなかった。代表が姿を現したのはそれから5分後のことだ。
「悪い、悪い」
代表はそう言って店の鍵を開けた。遅れた理由など言わない。僕らも聞く気などなかった。
店に着くと僕らは女の子の履歴書の整理やフードの買い出しなどをやった。
フリーターで出勤率のいい僕とカズは代表にとっていいパシリなのだ。それも覚悟の上で僕は一生懸命頑張った。
やがてオープンの時間が迫ってきた。業者により無数の花束が置かれ、店にはホストらしき人達が集まり始めた。
「なんだ・・・」
僕は内心、勘弁してくれよと思っていた。
よく事情を聞いてみると彼らはグランドが閉店した後、チェルシーというボーイズで働いている従業員だった。ボーイズといっても簡単に言えばホストなのだがそれよりも雰囲気はよく、無理な接客もしないという。確かに礼儀正しい雰囲気だった。
キャバクラのようなキャバクラじゃないグランドという店があり、ホストのようなホストじゃないチェルシーという店がある。夜は色んなスキマビジネスがあるようだ。
厨房を任されていた僕は買出しの品を冷蔵庫にしまっていると一人の中年の男性に声をかけられた。
「君が厨房担当か?」
「はい」
「綺麗に頼むよ」
「はい。失礼ですけど・・・どなたですか?」
僕はおもむろにそう言った。今思えば恐ろしいことだが、何も知らない僕にとって怖いものなどなかった。
その中年男性は優しく微笑んで自己紹介をしてくれた。聞けばチェルシーの経営者で代表の兄貴分でもある人だった。つまり偉いさんというわけだ。
そんな人に僕は平然と誰ですかと聞いてしまった。この業界ではそういうのはタブーとされていて、運が悪ければボコボコにされてしまう。僕は運がよかったのだろう、気がつけばそんなこともこの店で学んでいた。運だけは昔から良い方だった。




