再び夜の世界へ②
「遅れてすみません」
「・・・」
男性は僕の言葉を無視して話を進めていった。
「履歴書は持ってきた?」
「はい・・・」
「どういう店か知ってるよね?」
「イマイチよく分からないですけど・・・」
確かにそうだった。携帯サイトの中ではこう説明されていた。
(キャバクラではありません。バーでもありません。女の子大量募集、ボーイも募集)
なんじゃそりゃ。
サイトを見た僕は始めにそう思った。しかし、好奇心旺盛な僕はその意味不問で不思議な世界にも興味をそそられていた。
一度見てみよう、そう思ってこの店にやってきた。そんなことを男性に話すと、少し笑みを浮かべてこう切り出しだ。
「確かに女の子とお酒を飲むところだけど、キャバクラとの違いは何か分かるか?」
「いえ・・・」
キャバクラすら想像でしか理解していない。
「同伴やら罰金やらもない、服装も自由。そして何より現役の女子大生を雇っている。素人の店としてみんなで盛り上げようというのがこの店のコンセプトだ。店長だっていない、みんながやりたいようにやればいい。それがこの店のやり方だ」
「自由にですか?」
「そうだ。初めのうちは俺が動くけど慣れたらみんなでやっていけばいい」
その言葉に僕は他の店と何かが違うような気がしていた。オープニングということもあるのかもしれないが、自由にやれるというスタイルが僕のやる気に火をつけていた。
店長にでもなればお金だって稼げる、そんな甘い考えも持っていた。
「じゃ頑張って」
あっけなく採用が決まった時は凄く感しかった。そして男性は僕にこう言ってきた。
「どのくらい続ける気なんだい?」
「一年くらいですかね」
「その理由は?」
「キリがいいと思うんで」
「なかなか面白いこというね。そうか。やるからには長く続けられるほうがいい」
「そうですね」
「昔、君くらいの年齢の青年がいたよ。その青年は自分で事業をやりたいと言ってきた。今まで居酒屋、ファミレスといろいろやってきたと言った」
「それが何か?」
「青年はすべて仕事を三ヶ月で辞めていたらしい。俺は『君は何もやってこなかったんだね』と青年を馬鹿にした。どういうことか分かるか?」
「・・・続けることが大事ってことですか?」
「そう。三ヶ月やそこらじゃ何も分からない。結果が出るのは一年、二年頑張った後だ。だからすぐ辞める人間はこの店には必要ない」
その話を聞いた時、内心、僕は後ろめたさを感じていた。
自分も東京に来て三ヶ月で仕事を変えていたからだ。しかし、あえてそのことを履歴書には書いていない。あたかも他人事のように僕はその話を聞いていた。
「じゃあ。長く続ける自信があるんだね」
「まあ」
「他にやりたいことはないのか?」
「特には」
「じゃあここの店長でも目指してみればいいじゃないか」
「まあ、出来れば」
「夢とかもないの?」
「夢ですか・・・」
その質問に僕はいつかの新幹線で出会った社長のことを思い出していた。東京に来れば何か見つかると思って僕はやってきた。でも、実際には何も手に入れられない自分がいた。その劣等感を認めたくなかった僕はとっさにでたらめなことを言った。
「ミュージシャンになりたいと思ってます」
気がつくと社長に言ったセリフと同じ嘘をついていた。
「へぇ」
男性は頷きながら少しだけ僕に興味を示していた。こういう中年の男性はみんな夢や希望などの話が好きなのだろうか、そう思った時、僕の口から自然と言葉が出てきたのだ。
「自分の音楽が世界に通用したらいいなって。ギターが好きなんでそれで」
僕の言葉に案の定、男性はくいついてきた。
「へえ。俺はミュージシャンじゃないから分からないけど、この店でも勉強出来るんじゃないか。いろいろなお客さんも来るだろうし、今まで経験したこともないだろ?」
「ええ」
「俺の知り合いでも女子プロゴルファーがいてな。夢を追う大変さを語ってた。『私たちプロゴルファーは結果が出ないと食べていけない。一日二十四時間練習したって本番で結果が出なかったら食べていけないのよ。普通の人はいいわよね。時給とか、月給があって』ってな。だから君も甘い気持ちでやるならやめたほうがいい。ここで店長にでもなったほうが楽だぞ」
そう真剣に語る男性の言葉に僕は少し後悔していた。口だけでごまかしていた僕はこれ以上何も言えずにいた。ただ、志は持っていた。東京で何かを残したい、本当にやりたいことを見つけたい、何か見つかるまでこの店で働いてみよう、そう思ったのもこの店に入るきっかけでもあったのだ。
僕にはもうひとつ気になることがあった。中年の男性の隣にいた大学生くらいの女の子だ。初めは秘書かと思ったが、やけによそよそしかったので違うのかと思っていた。
彼女は面接を受けている僕の話を黙って聞いていた。僕はその存在が気になっていたので軽く会釈してみた。すると、彼女も軽く会釈を返した。きっと一番最初の店の女の子なのだろうと思った。
「じゃ、面接はこのへんで」
男性が席を立った。その女性がこう問いかけできた。
「あなたハイドランジアみたいだね」
「え?」
「そういう花があるの」
父親の影響で花にはうるさかった僕だが、その花は聞いたことがなかった。
「気にしないで。あなたを見てたらそんな気がしただけ」
いきなりそんなこと言われて気にしないほうがおかしな話だ。それでも初対面で緊張もしていた僕は、ただ笑ってごまかしていた。
グランドという店に来て初めに出会った女の子。それはホスト時代の光太郎さん以来の印象に残る出会いでもあった。
この店に入ったことが吉と出るか凶と出るかは分からないが、僕はしばらくこの店で頑張ろうと思った。
帰りの電車の中で彼女が言っていた花の名前を調べてみることにした。あわよくば話のネタにでもなれば仲良くなれるかもしれないという下心もあったのだ。
そんな思いもむなしく花言葉を調べた途端、僕は固まった。
「ハイドランジアって・・・」
花言葉は「移り気」。浮気や気まぐれという意味。皮肉にもまるで今の僕を象徴しているかのようだった・・・。




