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出会い②


そんなある日のことだった。

いつものように開店の準備をしていた僕たちは先輩たちに急かされながらも必死に仕事をしていた。

それでも世の中にはいろんな人間がいるもので、僕のように真面目に掃除をしている人間はほんの数人で、あとの大半は下っ端にもかかわらず掃除もせず呑気に携帯をいじっている連中ばかりだった。


そんな連中を見るたびに僕は絶対にこいつらには負けたくないと思っていた。

やがて光太郎さん率いる幹部の人達が出勤してくると携帯をいじっていた連中は猛スピードで掃除をしているふりをはじめた。

そのスピードを最初から出せよと思っていたが、いつも心の中にしまっていた。


光太郎さんは僕に一度視線を合わせた後、更衣室に向かった。男から見ても惚れ惚れするようなカッコよさが全身から溢れ出ていた。

これがナンバーワンなのかと、僕はレベルの違いに圧倒された。


しばらくして光太郎さんの指示でミーティングが始まった。そしてシャンパンコールの練習が始まる。


それが一番嫌だった。


芸人でもないのに馬鹿な真似をして女の子を楽しませる。それが仕事だと理解していても僕には苦痛だった。


そんな僕に光太郎さんは言った。


「恥なんて捨てろよ。お前は周りを気にしすぎる。周りを気にして生きていくならこの世界は無理だ。昼間のサラリーマンになれ!」


その言葉に僕は動揺していた。サラリーマンなんてなりたくない、だから東京に来たのだ。だから光太郎さんの言うことを素直に受け入れた。


しかし、笑っていても顔が引きつるのだ。おもしろくないのに笑わなければならない、興味のない話を聞かなければならない、時には女の靴まで舐めろと言われる。全部ノリだ、空気を読め、金だ、我慢だ、僕の頭の中で呪文のように毎日、毎日流れていた。


「金、金、金」


そのうち店も休みがちになった。


気が付くと僕は知らないマンションから飛び降りようとしていた。

屋上は一部が花壇になっていて、マリーゴールドの花が咲いていた。


その時のことは今でも背筋が凍るような思い出として記憶している。マリーゴールドの鮮やかなオレンジ色がはっきりと脳にこびりついていた。

きっと光太郎さんからの電話がなければ僕はきっと飛び降りていただろう。


「もしもし」


「健次か?最近見ないけど元気か?」


「・・・僕はこの仕事向いてないです」


「どうした?」


「向いてないんです・・・」


僕が電話ごしに弱気な発言をしていると、光太郎さんは僕の気持ちを悟っているようにこう答えた。


「向いてないとか関係ないと思うぞ」


「・・・いえ、向いてないです」


「逃げてるだけじゃないか?」


「・・・逃げてる?」


「そう、逃げる奴は一生逃げ続ける」


「・・・別に逃げてるわけじゃ」


「だったら店に来い。面と向かってみんなの前で辞めますって言えよ。自分のケツくらい自分でふけよ」


「・・・」


「俺たちホストは確かにクズだよ。お前が思ってるように馬鹿なことを平気でやる」


「光太郎さん・・・」


「俺だってたまに思うよ。なんでこんなことやってんだろって。でもな、俺はこの世界じゃなきゃ生きられない。きっと昼間の仕事なんて出来ない。だから嫌でもこの世界にいなきゃいけないんだ」


「・・・辞めたいと思ったことあるんですか?」


「当たり前だよ!お前みたいに若い時はすぐに辞めたいと思ってた」


「・・・でも、今は成功してますよね」


「それだけのことをしてきたからな。思い出したくないこともたくさんあるよ」


「・・・僕は成功出来ますか?」


「何か自信を持てるものがあるか?」


「・・・」


「無理だな。お前じゃ」


「ですよね・・・死にます」


「いや!ちょっと待て!今は無理ってことだぞ。お前がこの先伸びる人間ならば自分で気づいていないだけかもしれないしな。人間は持って生まれたものがひとつはあるもんだ。それを探してみろ」


「・・・はい」


「もう、店に来なくていい。また気が向いたら遊びに来い。じゃあな」


「・・・あ、光太郎さん」


「何だ?」


「・・・いえ、何も」


「そっか。そうだ、ついでだから言っとくけど、俺はお前のことかってたんだけどな。他の連中と違って真面目に掃除してたし。お前の人柄っていうのかな。俺は好きだったけどな」 


「・・・光太郎さん」


「じゃあな」


光太郎さんはそう言い残し電話を切った。

僕はたった一ヶ月しかホストの世界で働いていなかったにもかかわらず、光太郎さんは僕をちゃんと見ていてくれた。気にとめていてくれたのだ。

そう気づいた時、ありがとうと言えなかった自分が悔しくてたまらなかった。


なぜ言えなかったのだろう、そんな簡単な言葉がなぜ口に出せなかったのだろう。

光太郎さんが言っていた、持って生まれたもの、も自分では分からなかった。

やっぱり僕は中途半端な男なのだ。劣等感を嫌っていた自分がそんな劣等感に襲われた時、初めて両親のいる実家に帰りたいと思った・・・。



・マリーゴールド(絶望)



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