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出会い①


大都会東京。


新宿、原宿、渋谷、秋葉原といろんな町が集まる日本一の大都会だ。

そこで働く人間は数多く存在している。そこに魅了され、そこにこだわり続ける人間が数多く存在する。


東京と聞いて何を思い浮かべるだろうか。圧倒的に多いのは、都会というイメージである。あとは人が多いということだろう。

それぞれが育ってきた環境によって、都会という言葉のイメージはさまざまだろうが、高層ビル、文化の集中、ネオン、コンクリートジャングル、可愛い服がたくさんある、おいしいレストランがある、最先端のアミューズメントと考える人もいるだろう。


田舎者ほど都会に憧れる。別に可愛い服が着たいわけでもないし、おいしいレストランに行きたいわけでもない。彼ら、彼女たちが憧れているのは、都会というイメージであり、東京というブランドなのだ。


一概に東京といってもさまざまな顔があるが、来てみたらこんなもんかと思う人がほとんどだろう。

そしてやがて苦痛になる。人の多さが原因だ。

ここで働きアリたちが活発に活動を始める。その光景はすれ違うだけで「何なんだお前らは!」と思うほど。人、人、人。

新宿、原宿なんて行った日には平日と祝日が分からないほどの人、人、人。そしてまた人。


僕は愛知県生まれの中途半端なレベルの町の人間だ。そしてその中途半端な人間ほど上を目指すもので、気づいた時には落ちぶれていることが多い。


東京駅に着いた後、周りを見渡し、人の多さに驚いた。名古屋にいた時に比べたら倍以上だろう。名古屋のセントラルタワーズが一番デカイと思っていた僕は六本木ヒルズを見て仰天した。上には上があるものだ。


僕は前もって借りておいたアパートに入るとその狭さに驚いた。さっき見たヒルズも僕のアパートも同じ東京なのかと愕然とした。

しかし、僕はこれから一人で生きていくのだ。そんなことで落ちこんでいる場合ではない。


一人暮らしのアパートで僕が一番最初にやったことは、コンビニに行って求人雑誌を買うことだった。そこには僕を魅了する求人募集がたくさんあった。時給四千円という見出しには驚いた。キャバクラでも無理な話だ。

よく見るとそれはホストクラブだった。華やかさ、新しさ、お金、すべてが東京らしかった。そのホストクラブに入店することを勢いだけで決めた。


面接の日、恐る恐る僕が門を叩くと美しい顔立ちの男前がたくさんいた。同じ人間とは思えないほどのレベルだ。これがほんとの美男子。

それと同時に同じ臭いがプンプンする人間もいた。「お前はここにいたらいけないぞ」という感じの奴らだ。


ホストという仕事は簡単に言えば、お酒を飲んで女の子と話すだけなのだが、現実はそんなに甘くない。

普通の女がわざわざお金をとられてまで男と話しに来るわけがないからだ。もちろん、居酒屋のように待っていれば客が来るわけでもない。じゃあどうすればいいのか。

答えはナンパをして女の子をお店に連れてくるしかないのだ。


しかし、声をかけられて付いてくる女はそうそういない。ではどうやって店は収入を得ているのか。

簡単なことだ。女が大金を使ってまで店に来たいと思えるほどの良い男をそろえるのだ。


そんな男は女に一晩で何十万と使わせる。居酒屋が夕方から深夜まで必死に働いて稼いだ金額とほぼ同じなのだ。

そんな男をお金を持っている女がほっとくわけなく、客が客を呼び、噂が噂を呼ぶ。

ミーハーな人間が多い女性にとって、良い男とは人間ではなく、一種のプランド品なのだ。


ホストの世界では、女に好かれれば好かれるほど金が入る。そしてそんな男がもし僕の教育係だったとしたらどうだろうか。

それはただ幸運だったとしか言えないだろう。

彼は僕を見るなり眼を輝かせた。そして実の弟のように可愛がってくれた。

そんな光太郎さんとの出会いが僕の人生を少しだけ変えていったのだ。


「健次っていうのか?」


「はい」


「ホストの経験はなし?」


「はい」


「源氏名はどうするよ?」


「特に考えてないです・・・」


「そうか。じゃ、本名でいくか?」


「はい」


「俺は光太郎。よろしくな」


「はい」


僕はそう言って光太郎さんの後姿を見送った。

日頃から人をけなして生きてきたひねくれ者の僕でさえ、彼の圧倒的なオーラに魅了されていた。僕もあんな人になりたい。いや、なってみせる。きっとそのために東京に来たのだ。その時の僕は直感的にそう思っていた。


ホストの世界で成り上がるためには三つの壁があるという。ナンパする度胸、人を惹きつける魅力、あきらめない忍耐力だ。

一番簡単なのはナンパする度胸だと思われがちだが、実際は辛いものがある。すれ違う綺麗な女性に声をかければ無視をされ、しつこく迫れば警察に連行される。


そして屈辱的なのはブスな女でも無視をされることだ。内心、「お前なんかに声かけたくないんだよ」と思っていてもこっちは仕事だ。

何処から金が転がってくるか分からない。だからブスにも平気で声をかける。その点だけは「ビーセン」の僕にとっては何の苦労もなかったが・・・。ここは笑うところ。


ある日、新宿の交差点でホストの先輩とナンパをしていると、遠くのほうから一人の綺麗な女性が歩いてきた。

先輩はすぐさま声をかけに行った。女性は何処かに用事があるのか、先輩に視線を合わすことなく足早に去っていった。そして僕とすれ違うと小声でこうつぶやいた。


「このクズ共」


ホストというのはこういう仕事なのだ。綺麗な女性にクズと言われる仕事なのだ。

僕はその女性の言葉を聞いて、ああ、そういうもんだよね、とは思えなかった。田舎者の心はピュアなのだ。

この言葉を聞いてホストの世界で生きていく気が失せかけていったのも事実だった。本当にこの世界で生きていけるのだろうかと、その日は一人もナンパに成功することなく僕らは店に帰っていった。


肩を落としながら店に戻るとそこには信じられない光景が目に映った。あれほどナンパで捕まらなかった女性たちがまるでバーゲンセールのように大勢店にたむろしているのだ。

いつの間にこんなにたくさんのお客さんが来たんだとビックリしている暇もなく僕はすぐに接客にまわされた。 

接客と言ってもただお客さんの話に頷いていればいいだけの話し相手に過ぎなかった。


そしてひときわ輝きを放っていたのが光太郎さんだった。ひとつのテーブルについては五分もしないうちにまた別のテーブルにつく。休む暇もなく接客をしていた。

それもそのはず、この大勢のお客さんのほとんどが光太郎さん目当てでやってきたのだ。その事実に初めて気づかされた僕は唖然とし、鳥肌がたった。


閉店後、店の片付けをしていた僕に光太郎さんが声をかけてきた。


「健次!」 


「はい?」


「金持ちになりたいか?」


突然の言葉に僕は動揺した。気に入られるために綺麗事のひとつでも言おうかと思ったが、光太郎さんの眼はすべてを悟ったように澄み切っていた。そんな人に嘘などつけるはずがなかった。


「金持ちになりたいです」


僕はそう言い切った。光太郎さんは笑顔で僕の肩を二、三回叩いて店を出て行った。

その時の僕はまるでその行動の意味が理解出来ずにいた。


翌日、僕は再びバイトに向かった。終電で出勤するのがいつもの日課だった。片道約一時間かかる新宿までの道のりを僕はただの好奇心だけで毎日通っていた。今まで経験したことのない世界、それが何より嬉しかった。


電車の中でよくこんなことを考えていた。もし、今頃実家にいたら僕はきっと駄目人間になっていただろう。今の世界に飛び込んでいなければ僕は生きている意味も見出せていないだろう。

劣等感を嫌っていた僕は自分の選んだ道は常に正しいんだと、それだけを心に刻んでいた。


父親の顔も母親の顔も思い出さないようにした。



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