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上京②


「わかるわけねぇだろ!」


僕は夢を大切なものだと思っている。

どんな夢であれ、それに向かって努力している人は凄いと思っていた。だから、夢をぶち壊そうとするこの男の言葉にとても腹が立った。


僕が叫んだことで一瞬辺りが静まり返ると、隣の男性はもちろん、他のお客さんもびっくりした表情で僕を見つめた。

そのことに気づいた僕はふと我にかえりうつむいた。しばらく僕は男性と視線を合わせなかった。

せっかくの新生活なのに変な親父に話しかけられるわ、恥はかくわで、いてもたってもいられなかった。


「君は?」


隣の男性がまた話しかけてきた。僕は無視していた。こんな人と話したくなかったからだ。それでも男性はしつこく話しかけてくる。僕は嫌々ながら相手をすることにした。


「何ですか」


「ああ、やっと話してくれた。さっきはびっくりしたよ。急に叫ばれたから・・・」


自分の胸に手をあててよく考えてみろ、と思ったがあえて何も言わなかった。


「で、何ですか」


「そうそう、夢とかあるの?なにかデッカイ夢とか。ほら、うちの息子は小説でベストセラーとって印税生活をエンジョイするとか言ってるけど。君は?」


「夢ですか・・・」


僕は正直困っていた。今の僕にとって夢なんてなかったからだ。空を飛ぶことに興味があると言ってもどうせ馬鹿にされる、それに今は空を飛ぶための努力をしているわけでもない。

走ることが得意だからってマラソン選手になりたいとも思わなかった。ここは適当に答えておこう、どうせもう二度と会わないだろうし。僕はそう思った。


「ミュージシャンになりたいと思ってます」


「ミュージシャン?歌手か?」


「いや、バンドやっててギター弾いてるんです」


「へえ。ギターねぇ。いいじゃないか、ちゃんとした夢があって。でも、ギターで食ってくのも大変だろ? ミュージシャンになりたい奴なんて沢山いるじゃないか。それでもやりたいのか?」


「ええ・・・まぁ」


適当に言った言葉にやけにくいついた男性は半分説教じみた言葉で僕にそう言った。


バンドなんてやったことないし、ギターだって弾けない。そう思っていたが、今さらどうすることも出来ず、自分で自分の首をしめていた。

元々、ミュージシャンになるつもりもなかったので音楽のことは実際よく分からなかった。

だけど、男性には適当に答えることにした。この人に嘘をつくことにさほど抵抗はなかったからだ。

しかし男性はなおも話しかけてくる。


「夢っていうのはこうなりたいじゃ駄目なんだ。こうなるんだって思わないと叶わない。生きることも一緒だ。明日生きられるかな?生きられたらいいな、なんて考るやつはいない。毎日生きると思い込んでいるから生きられる。つまり、思い込みが肝心だってことだ。願えば叶う。願わなければ叶わない。つまりはそういうことだ。えへへ。ちょっとカッコ良かったかな」


「・・・」  


えへへじゃねぇよ。

そう思っていたが心にしまっておいた。でも、考えてみれば男性の言うとおりなのかもしれない。夢を実現させるのは大変だと思うけど一番大事なのは自分を信じることだ。こうなるんだという強い気持ちがきっと夢に近づく近道なのかもしれない。


僕は趣味でよく成功者の体験談などの本を読んだりしていた。成功するには?金持ちになるには?異性にモテるには?など、いろいろな本を読んでいた。

でも本を書く成功者たちはみんな口をそろえて同じことを言う。「自分を信じることだ」と。


夢を持っている人間は凄いと思うし、それに向かって努力している人間は尊敬出来る。男性の話を聞きながら僕はふとそんなことを思った。


「東京に知り合いはいるのかい?」


男性の質問に僕は答えた。


「いえ」


「じゃあ、一人で生活するわけか」


「はい」


「色々大変だぞ。一人で生きていくのは。炊事、洗濯、家賃の支払い」


「はい・・・」


僕は男性の言葉を受け入れたつもりはなかった。しかし、一人で生活する不安がまったくないわけでもなかった。

確かに今まで炊事、洗濯などすべて母親に任せていたため、どうしていいのか分からない部分も多々あった。でもだからといってこの人に心配される義理もないし、大きなお世話だと感じていた。

そしていつの間にか新幹線は新横浜に到着した。


「新横浜~新横浜です」


アナウンスで新幹線はゆっくりとスピードを落としていく。隣の男性はカバンとスーツを持って降りる準備をしていた。やっとこの人と離れられる。僕は内心ホッとしていた。


「いやぁ、話につき合わせちゃって悪かったね」


「いえ」


「あ!そうだ。ここで会ったのも何かの縁かもしれないし、よかったら名刺もらってくれないかな?」


「名刺ですか・・・」


はっきり言ってそんなものはいらなかった。でも男性は嬉しそうにスーツの胸ポケットから名刺をとりだし僕に渡した。


「また気になったらいつでも連絡してよ」


男性は笑顔で新幹線を降りた。もう二度と会いたくないと思っているのに何故こんなものを渡すんだ。

きっと営業マンの職業病なのだろう。少しでも知り合えばすぐに自分を売り込む、やっぱりサラリーマンは駄目だとつくづく思った。


新幹線はゆっくり走り出した。どうせろくでもない会社の平社員なのだろうと思い、受け取った名刺を何気なく見た。

名刺には代表取締役社長と書いてあった。しかも大手の株式会社だった。


「今のが社長・・・」


僕は驚きを隠せず名刺を片手にしばらく固まっていた。どおりでやたら説教くさかったわけだ。夢の話になると妙に熱く語っていた。

僕が叫んだ時だって話を止めることはなかった。世の中の社長というのはみんなそういう人なのだろうか。きっと自分に自信があるのだろう。だから何事にも動じない。自分を信じて正しい道を選んだから成功した。


たった今、隣にいた男性が有名会社の社長だと知った僕は何故か物凄い劣等感に襲われていた。

きっと男性から見た僕はただの世間知らずのマヌケにしか見えていなかったのだろう。

ニート呼ばわりされても今の僕には返す言葉はなかった。

天と地ほどの実力の差を感じていた僕は東京についた後もそれだけがただ悔しかった・・・。


・キンセンカ  花言葉(嘆き)




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