上京①
新幹線の切符を片手に僕は駅のホームにいた。
始発でもぱらぱらと仕事に出かけるサラリーマンの姿がある。
僕はこの光景を見て、無性に嫌な気持ちになった。サラリーマンというのは日本人のイメージとして強く定着している。スーツを着て汗をダラダラかきながらあっちこっちと動きまわる、まるで働きアリだ。
高度成長期で先進国になったと言われているが所詮、たまたま宝くじに当たってみんなにチヤホヤされていただけのこと、お金がなくなれば誰も相手にしなくなる。日本はそういう国だ。
そして、その日本を支えているのがサラリーマンだ。土台が駄目ならこの国が駄目になるのも無理はない。
この時の僕はこれから新しい生活が始まるという期待のほうが大きかった。
やがて新幹線がホームに到着した。僕は持っていた切符を何度か確認し指定席に座った。
一度、指定席を間違えて他の人の席に座り激怒されたことがあった僕は特に慎重だった。
何年かぶりの新幹線に僕は少し興奮していた。
愛知にいた時は電車もあまり乗らなかったので乗り物の感覚がほとんどなかった。慣れない手つきでシートをいじる僕はもたれかかっても倒れない背もたれにイライラしていた。
そしてふと手元のボタンに目をやった。
「これか」
そう思った僕はボタンを押しながら背もたれにもたれかかった。するとゆっくりとシートが倒れた。
無性に堪しくなって何度もやっているうちに後ろの席から咳払いが聞こえた。
その意味を理解した僕は慌てながらシートを戻し売店で買った駅弁と緑茶をとりだしいつもより少し早い朝食をとることにした。
今頃、母親が起きて食事の準備をする頃だろう。そして父親を起こす、姉を起こす、僕を起こす、けれど僕はそこにはいない。驚く母親、寝ぼけた父親の目も覚める。そんなことを想像していると何故か笑みがこほれた。
僕はどこかで両親を困らせてやろうとずっと思っていた。
無限の可能性があるにもかかわらずサラリーマンという無難でつまらない職業を選んだ父親。そしてそれに黙ってついてきた母親。
間違って警察につかまって以来、何度も家出を試みたがすべて失敗に終わった。無理もない、無知でお金もなかった僕にとって帰るところは決まっていた。
でも今は違う、この歳になってようやく両親から離れることが出来た。僕はもう子供じゃない、前のように両親がいないと何も出来ない子供じゃないのだ。
そう思うとますます今の状況が楽しく思えていた。この先、もっと楽しくなるだろうと思っていた。
名古屋を出た新幹線はやがて静岡についた。僕はふと昨夜父親が言ったことを思い出していた。
(お前には福運がある)
一体どういう意味なんだ。そして父親にはその福運はなかったのか、父親が僕に福運の話をした時、まるで自分の人生を後悔しているように見えた。
僕は気がつくとそんなことはかり考えている。しばらくそんな余韻にふけっていると、後ろから声をかけられた。
「あの、隣いいですか?」
僕はその声に振り思った。そこにはスーツをビシッときめている中年の男性がいた。
どうやら指定席が僕の隣のようだ。リュックを置きっ放しだった僕は慌てて自分足元に寄せた。
「あ!すみません」
僕のその言葉に男性は軽く頭を下げて腰を下ろした。怒っているかと思ったが意外に穏やかそうな顔をしていたので、僕は少し安心した。せっかくの新生活を壊したくないと思っていた僕はなるべく周りには気を遣うようにした。
静岡を出た新幹線はまたゆっくりと走り出した。食事を終えた僕は、音楽を聴いていた。大好きなバンドに僕はおもわず歌詞を声に出していた。
ノリノリで歌っていた僕に隣の男性が冷たい視線を送っていた。
調子に乗りすぎたかと思い、僕はまた気を遣っておとなしく曲を聴くことにした。内心、クソサラリーマンが偉そうに、と思っていたが、それは心の隅に置くことにした。
すると急に隣の男性が立ち上がった。やばい殴られる、そう思ったが男性はトイレか何処かに移動しただけだった。
僕はほっと一息ついて窓の外を見ていた。二、三分ほどたって男性は戻ってきた。
手には缶コーヒーが握られていた。僕はまた窓の外を見た。
ここはどの辺だろう、緑が多く周りは田んぼと畑ばかりだった。キンセンカの花が咲きみだれている。まるで実家にいるようだ。
どこに行っても緑はあるが、僕は緑ではなく、大きなビルが見たかった。それでも仕方なく僕は窓の景色を見ることにした。
すると、隣の男性が様子を伺いながら話しかけてきた。
「新幹線は初めてかい?」
僕と目が合うと男性はおもむろに話を続けた。
「いやあ、やたらキョロキョロしているから初めてかなと思ってね」
正直、話すのも面倒だったが、景色にも飽きていたし、見た感じ人のよさそうな男性だったので、しばらく話をすることにした。
「どこに行くの?」
「東京です」
「そうか。私は横浜なんだ。兄ちゃんはどっから来たんだ?」
「愛知です」
「愛知か。いいとこだよな」
「知ってるんですか?」
「知ってるよ。仕事であちこちまわってるからね」
「仕事?」
「結構有名な会社なんだぞ。君は学生かい?」
「いえ」
「じゃあ、何の仕事してるの?」
「別に何も」
「流行りのニートってやつか」
「ニート・・・」
その言葉に僕は黙った。僕の表情を気にすることもなく話を進める男性に少しイライラした。
「まあ、いいんじゃないか。一度きりの人生楽しんだほうがいい。私も若い時には今の自分は想像できなかった。頭もふさふさしててハゲてくるなんて思いもしなかった」
男性は薄くなった頭を恥ずかしそうになでながら言った。その言葉に僕はまたイライラした。
僕が何も考えていないとでもいうのだろうか、なんの覚悟もなく旅行でもしていると思っているのだろうか。このくそサラリーマン。
見た目はしっかりしているように見えるけど頭の中はからっぽだなと僕は思った。やっぱりサラリーマンは駄目だ、こんな人間にはなりたくないとつくづく思った。
僕は窓の外に視線を戻した。しかし、男性の話は止まらない。
「しかし、今の若い子は夢とか持っているのかね。私らの若い頃はみんな夢を持っていたよ」
そう言って昔のことを思い出しているのか男性は物思いにふけっていた。僕はあきれた顔をして窓の外を見続けた。話など聞く気はなかったからだ。
外は雲ひとつない天気で珍しく飛行機雲が浮かんでいた。
昔、僕は空に憧れていた。大空を自由に飛びまわる鳥のようになりたいと思っていた。歴史上の人物で言えば、多分ライト兄弟も同じ気持ちだったろう。でも彼らは凄い。実際に研究し実行した。そして歴史に残る有名人になった。それこそこの世に生まれてきた価値があるというものだ。
テレビでそのことがドラマ化されたり特集されたりしているのを見て、益々興味をそそられていた。出来ることなら僕もライト兄弟のように挑戦してみたかった。
でも僕には仲間もいなければ知恵もない、莫大な費用を借りるコネもなかった。だから空を飛ぶ夢はあきらめていた。
所詮、走ることしか取り柄がないのだ。決して前向きではない、そういう悲観的な考え方は僕の悪い癖だと自覚していた。
「君はいくつだい?」
物思いにふけっていた僕にまたサラリーマンが話しかけてきた。
「十九です」
「うちの息子と同じくらいだ。うちの息子もニートなんだ。でもな、ちゃんと夢は持ってる。小説家になりたいんだと。家でワープロいじって自己満足の話を作ってる。一度見せてもらったが、まぁおもしろくもない話だな。例えば『エイリアンリターンズ』という話。エイリアンとゾンビが戦ってエイリアンが勝って地球が平和になってめでたしめでたし・・・なんじゃそらって感じだろ?ストーリーもまるでなってない。これでプロになってお金貰おうなんて甘い考えもいいとこだよ。親としては恥ずかしいね。まったく」
その言葉に僕はムッとした。一生懸命やっている子供の作品をそんな言い方するなんて酷い。僕は許せなかった。
「本人にそう言ったんですか?」
おもむろに僕はそう問いかけた。すると、男性は答えた。
「そりゃあ、おもしろくないって言ってやったよ。そういうことは、はっきり言わないと。親の威厳っていうのが保たれないだろ」
「威厳?」
「そうだよ。親の言うことは絶対だって教えないと子供は駄目になる」
「駄目になる?」
「そう。今の時代、甘い考えの奴が多いから何事にも厳しくしていかないと駄目なんだよ。君も分かるだろ?」
わかるだろ?その問いに僕は思わず叫んだ。
「わかるわけねぇだろ!」




