転落③
「おい!何処行くんだ」
振り返るとそこには友人が僕を睨みつけながら立っている。僕はトイレに行くとごまかしたが通用しなかった。
やがて友人はおもむろに僕の腕をつかみながらこう言った。
「大物の道はここにある。あいつを殴ればみんな認めてくれるぞ」
友人のその言葉に僕は首を振った。こんなことで大物になりたくない、そう思っていた。
「なんで俺が・・・。あの人に恨みもないのに」
「だからお前を連れてきたんだ。関係ない奴が人を殴るのを見たくてな。兄貴も楽しみにしてた。ほら行けよ」
友人はそう言って僕をあおった。小柄であまり力のない僕は体格のいい友人に連れられてまた集会場に戻された。もう全員殴り終わったのか、あたりは静まり返っている。
そして何故か僕が殴らなければいけない空気になっていた。
その場にいる全員が僕に注目している。殴らなければ僕も彼のように殴られかねなかった。
震えながら僕はそっと彼の方に近づいていった。人を殴ったことなんて今まで一度もない、ましてや赤の他人を傷つけることなど出来るはずがなかった。
でもやらなければこっちがやられる。辛い決断の中、僕は彼の目の前に立ち無防備で怯えている彼に視線をおくった。彼の顔は血でベトベトで見る影もなかった。
彼にも親がいるのだろうか。いや、きっといるだろう。お腹を痛めて産んだ我が子がこんな姿になっていると知ったらは親はどう思うだろう、そんなことが頭をよぎり、どうしてもためらってしまった。
「おい!早くしろよ!」
髪を引っ張ったまま彼の隣にいる総長がしびれをきらしている。そして後ろの友人をふと見ると同じように早く殴れと怒鳴っていた。
「殴れ!殴れ!」
まわりからそんな声が響いている。やらなきゃこっちがやられる。血だらけになっている彼をふと見た時、一瞬、僕を睨みつけているようにも見えた。その目を見た僕は恐怖とまわりのあおりで思わず拳を振り上げた。仕方がないことだ、許してくれ、心の中でそうつぶやいていた。
その時である。
「やばい!警察だ」
パトカーのサイレンが鳴り響いた。
その音でみんな一斉に逃げ出した。友人も僕を連れて原付で走り出した。僕は半分放心状態で後ろに乗っていた。
「健次、大丈夫か?」
友人の声も届かず、僕はショック状態のまま気を失った。
きっと僕の人生はこれで終わりだ。少年院でも何処にでも連れて行けばいい。心のどこかでそう思っていた。
次の日、友人が何とか家まで送ってくれたのだろう。僕は自分のベッドの上で目が覚めた。
学校に行こうと時計に目をやると、もうお昼をまわっていた。遅刻してまで行くのも面倒だった僕はため息を吐きながら再びベッドに横になった。
やがて一本の電話と共に母親が慌てて僕の部屋に入ってきた。
「あんたはなんてことしたの!」
母親は物凄いけんまくで僕を怒鳴りつけると、反論をする間も与えず制服に着替えさせ車に押し込んだ。
「どうしたんだよ」
「どうしたじゃないでしょ!黙ってついて来なさい」
車を運転しながらそう言った母親の目に少し涙が浮かんでいた。
この時の僕はまだ、ことの重大さに気づいてはいなかった。
やがて学校に着くと校長室に連れて行かれた。中学では優等生でもなく、また不良でもなかった僕にとって初めて入る場所だった。
校長室には担任と昨日の友人も母親と一緒に来ていた。僕らは目を合わすとようやく呼ばれた意味を理解した。
やがて鬼と評判の担任が僕と母親を席に座らせ話を始めた。
「実は、息子さんお二人が傷害事件に関わっているということを他校の生徒から聞きまして、本人たちに詳しく聞こうと思い、お忙しい中お呼び致しました」
担任の話に僕は友人とまた目を合わせた。ふと母親に目をやると、ハンカチを片手に今にも泣き出しそうだった。
それを見て校長は静かに口を開いた。
「それで家で変わった様子は?」
「特にはないですが•••」
「ご家族ともみんな仲がいいと?」
「・・・健次は父親とはあまり話しませんけど」
「あまり仲がよろしくない?」
「•••はい」
「最近多いんです。父親との不仲から非行に走る若い子が」
「・・・本当にすみません」
「お母さんを責めているわけではありませんよ」
「・・・本当にすみません」
母親は自分のことのように謝っていた。もちろん傷害事件に関わっていたことは事実で、僕は何も言えなかった。そのうち母親は謝りながら泣き出してしまった。慌てて先生たちもなだめている。
「少しお子さん達と話がしたいので、お母さん方、どうか席を外してもらえますか?後ほど内容は報告します」
校長の言葉で僕の母親と友人の母親は校長室を後にした。残っているのは校長と担任、僕と友人の四人だけになった。
さっきまで立っていた担任も腰を下ろし、しばらく重たい空気が流れていた。どうやら校長も担任も真実を知っているようだった。何かその不気味な雰囲気に僕と友人は戸惑っていた。
「今朝、亡くなったよ」
校長はおもむろにそう僕らに打ち明けた。集会でみんなに殴られていた元幹部の人は亡くなっていた。僕は驚きのあまり言葉が出なかった。
「それで、傷害じゃなく殺人となると、かなり学校でも問題になってね」
校長は友人より僕のほうを明らかに見ていた。
「信じたくはないんだが、他校の生徒の話によれば君が一番最後まで殴っていたそうじゃないか」
その言葉を僕は完全否定した。
確かに殴りそうにはなったが、その前にパトカーが来て彼には指一本触れていなかった。そのことを証言してくれる友人もいる。かばってもらおうと思い、僕は友人に視線を送った。
しかし、友人はうつむいたまま、まるで視線を合わせてはくれなかった。それを見た校長は友人にも問いただしている。
「健次くんと一緒にいたそうだね。だったら君も知っているだろ?健次君が最後まで殴っていたのかね?」
友人はそのことを完全否定してくれると思っていた。しかし、友人が発した言葉に僕は愕然とした。
「・・・確かに、健が最後まで殴ってました」
友人のその言葉が決め手となり、僕は両親と共に警察に連れて行かれることになった。僕は信用していた友人に裏切られたショックで、しばらく口を利けなかった。
きっと友人は自分を守ったのだ。本当のことを言えば自分の兄弟が捕まる、そうすればもちろん自分も捕まる、友人は、初めて集会に来た僕に責任を押しつけることで、暴走族にも迷惑がかからず自分も助かる。そう考えたのだろう。きっとそうだ。
しかし、僕がそんなことに気づいたところで事態が変わることはなかった。僕はその日から人を信用することが出来なくなってしまった。
警察についた後も僕は何ひとつ語ることもなく、両親とさえも口を利かなかった。
心の中ではひたすら自分との葛藤が続いていた。友人を殺してやろうと考えたこともあったが、そうなれば本当の殺人犯になってしまう。あんな奴のために少年院に入るのは馬鹿らしいと思った。
しかし、現実に僕は警察に連れて行かれた。それはテレビドラマとは違いとても格好悪い光景で、半ばもうあきらめていた。しばらくは近所を歩けないだろう、無実にもかかわらず僕は罪を償うはめになるのだろう、そう思った。




