復讐編25 歩き出す者達
テロ組織リン・ゼールの実行部隊「ジャック・フェイン」有力幹部の死亡は、大きなニュースとなって世界各地に報道された。リン・ゼールはじめ協同していたテロ組織には大きな衝撃を与えたらしく、その後しばらく彼等から声明が出されることはなかった。
警察機構は実行部隊であった末端組織テリエラのメンバーを一網打尽に捕えることはできたが、空路逃走したジャック・フェイン工作員の逮捕には及ばなかった。人質の安全確保を最優先にしたという事情もあったが、それ以上に世論は四年前の事件に強い関心をもっており、現時点で彼等を徹底的に追跡することは得策ではないという政治的配慮の方が大きかったかもしれない。結局、ジャック・フェインメンバーはアミュード・チェイン武装勢力の区域内へ駆け込むことに成功したらしい。警察当局に身柄を確保されたのは、都市統治機構本庁前庭にいたCMD搭乗員の数名のみということになる。
が、何よりも大きな波紋を呼んだのは、堵列してテロリストの遺骸を送る男達の写真であった。
治安維持機構や都市統治機構ではこれを問題視し、内部では今後報道管制を布くべきだという声もあがったという。都市権力の人間達は、四年前から何も変わってはいなかった。
しかしながら、四年前に彼等が引き起こした過失があらためてクローズアップされるに及び、彼等の責任を追及すべきだという世論も高まっていった。ファー・レイメンティル州都市統治機構ではその釈明に躍起となったが、もはや火の付いた世論を止めることなどは不可能であった。州副知事・ヘーゼルは直ちに記者会見を開き、マスコミに対して
「この度の不祥事により、多数の市民の皆さまにご迷惑をおかけした旨、深くお詫び申し上げます」
そう謝罪した上で
「都市を混乱から守るべき都市統治機構、そして治安維持機構が徒に混乱を拡大させる一因になってしまったことは痛恨の極みであり、今こそ鋼鉄の意志をもって組織改革を断行せねばならないと思っています」
宣言した。
結果として、一連の事象に関与した都市統治機構ならびに治安維持機構幹部の何人かが更迭されるという事態をもって、全ては収束の方向へと向かっていったのであった。
だが――
今日も世界のどこかでテロ行為は後を絶たず、罪もない多くの人々が傷つけられている。
社会、国家、そして世界全体に常に矛盾はつきまとう。その矛盾によって苦しむ人々は数え切れない。
しかし。
暴力をもってその矛盾を正すことは絶対にできない。
暴力は所詮、怨恨、それに新たなる暴力しか生み出さないのだから――。
事件から一週間後。
ファー・レイメンティルの都市は非常警戒宣言を解除され、徐々に人々は日常を取り戻しつつあった。
話によれば、四年前の事件を引き起こした張本人であるカルメス・エルドレストがみすみすテロ組織の人質になったその責任――というよりも、四年前に無謀な突入を指示した責任の方が重大であろうが――を問う声が大きくなっているという。こうなれば、総務局補佐室長の座を追われるのも時間の問題であろう。もはや、望んだところで彼が栄達する日は永遠に訪れないことは、誰の目にも明らかであった。
そしてL地区・Star-line本部舎――
「おはよう、みんな!」
サラがオフィスに入っていくと、皆揃っていた。
「おっはよーございまーす!」
サイにナナ、ユイ、シェフィ、ティア、ミサ、リベルにブルーナ、そしてショーコの姿がある。
自分のデスクにやってきたサラは
「みんなが揃うのは一週間ぶりね。なんだかんだで、出払ったりしていたものね」
と言ってサラは、ユイに視線を送った。
彼女は相も変わらず、作業服姿でニコニコしている。
無事解放され、保護された父親に会ってきたユイ。
あの傲岸だった父親は黙ってうなだれていて、見ているユイが哀れになったらしい。
彼女は自分の父親に、一言だけ伝えたのだった。
「……あたしはStar-lineにいることが誇りなの。この街の全ての正義が、Star-lineなのよ。あたしが言いたいのはそれだけ」
カルメスは、俯いたまま首を縦に振って見せただけだったという。
サイやナナ、それにショーコもまた、色々と後処理のために外出する機会が多かった。それで事件以来ようやく今日になってメンバー全員が揃ったという訳である。
「サラってば。一人だけ、揃っていないわよ?」
ショーコが突っ込んだ。
相変わらず、リファの姿だけがない。
が、サラは落ち着いている。
「ああ、そうそう。そのことなんだけどね……」
「リファさん、どうなんですか? やっぱり、心の傷が大きいんじゃ……」
愛する人を目の前で喪ったのである。
そのショックが大きすぎて、もしかすると今後の復帰は難しいのではなかろうかと皆は思っていた。
しかし、サラの表情は決して暗くない。
「いいえ。あのコは、そんなに弱いコじゃないわ。完全に大丈夫とは言い切れないけど、」
一同、妙な顔をした。
サラは自分のチェアに腰掛けると、メンバー一人ひとりの顔を見渡し
「リファ、さすがに数日間は立ち上がる気にもなれなかったみたい。でも、私達が気付かないうちに、あのコは自分なりに覚悟を決めていたのよ。もう、以前の二人に戻ることはできなくて、こういう終わり方がやってくるかも知れないってことを。――だけど、そうやって悲しみに暮れているよりも、自分で前を向いて歩いていかなくちゃいけないからって、あのコは自分からドアを開けて私のところへやってきたの」
「……」
「いきなり、ごめんなさいって、謝られちゃった。私の兄のことを、誰かから詳しく聞いていたのね」
ショーコの顔が驚いている。
「へぇ……あのコが? どんなにドジふんでも、絶対にごめんなんて言わなかったのに」
サラは微笑みながら
「あとは……ガイトさんね。おじさんが心の底から全力で励ましてくれて、それで自分は一人ぼっちなんかじゃないんだって、思うことができたんだって言っていたわ。あの時、精神の平衡を欠いていたリファを全力で励ましてあげていたのはガイトさんだけだったものね。私も、結局は何もしてあげることができなかった」
ちょっと悲しそうにいうと、ショーコは首を横に振って
「そうでもないわよ。すごく辛い時に余計な言葉をかけられたって、何にもならないもの。ガイトおじさんだからこそ、リファの心を開くことができたのよ。……そう、思いましょ?」
「おお、さすがは社長だなぁ。どんな時でも、しっかりみんなの心をつかんでいるんだなぁ」
サイが腕組みをしてしみじみと頷くと
「そのお爺ちゃんを元気にしたのはサイよ。お爺ちゃんも、サイに助けてもらっているのよ?」
嬉しそうに微笑んで見せたナナ。
「そうか。そういうものかも知れないな……」
サラもゆったりと首を縦に振って見せ
「ガイトさんだけじゃないわ。ここにいるみんなとかヴォルデさんとか、たくさんの人が支えていてくれたんだって気が付いたようなの。だから、これからはみんなのために何かしなくっちゃ、って」
「おおー」一斉に唸った一同。
途端に、空気が一変したようである。皆、事件の前よりもどこか明るくなったようにサイは思った。
すると、ティアが
「じゃ、リファさんはどこにいるんですかぁ? どっか、出張とか?」
「もう数日したら来るわよ。サイ君の相棒と一緒に」
これには皆、驚いた。
「はぁ? MDP-0と? なんでまた」
ウィグと決戦に及んで小破し、また崩れ落ちた瓦礫を浴びて多少の損傷が見られたこともあり、MDP-0は修理と調整のため、あの次の日にG地区のスティケリア重工セカンドラボへ持ち込まれていた。その納品は間もなくだという話だけはサラから伝えられていたが、まさかそこにリファを派遣しているなどとは、誰も予想だにしなかった。
不思議そうな顔をしている一同に、サラは穏やかな顔で
「あのコが、自分から申し出たのよ。とにかく、何かしたいからって。少し重要な仕事を与えてあげたらいいのかなと思って、リファに担当させたのよ」
「はーっ。大丈夫かしらねぇ、あのコで」
ショーコがそんなことを言ったが、決して悪意ではないことに皆気が付いている。
「意外と、向いているかも知れませんよ? 二日酔いでメンテしているショーコさんよりは」
ユイが茶々をいれた。
何よりも寝酒を大事に思っているショーコは声を大にして
「あれはあれで必要なんだからね! あたしから酒をとったら、何が残るのよ?」
言い切った。
すると、ナナが静かに
「……残りますよ、色々と」
「色々って、何よ?」
と、珍しくショーコは深追いしてきた。
ナナが答えようとすると、一足先にサイは
「決まってるじゃないですか。ショーコさんっていう人が残るんです。……酒があろうとなかろうと、ショーコさんはショーコさん」
事も無げに言ってのけて、あとはゆっくりとお茶を啜っている。
わかったようなわからないような答えだったが、何となく納得のいったショーコであった。
「さて、と。じゃあ、これからのStar-lineの体制について、みんなに伝達します」
頃はよし、とみたサラが立ち上がり
「MDP-0の納品は明後日の予定です。それまではセカンドグループをフォワードとして変則D1NC体制をとりますが、MDP-0の納品をもって通常日勤体制へ移行します。ですから、あと二日間の辛抱ということになるかしらね?」
悪戯っぽい表情でショーコの方を見た。
それに気がついた彼女は
「なによ、それ!? まるで、あたしが心の底から寝酒を待ち望んでいるみたいじゃないよ! カッコ悪いからやめてよね!」
憮然として反論した。
「なぁに? 寝酒はもう、卒業したの? これからはどんなに夜勤が続いても耐えられるってこと?」
そう返されると、途端にショーコは小さくなって
「いや……やっぱり、寝酒もあった方が、あたしとしては……」
聞いていた一同から爆笑が起こった。
こうして――Star-lineの面々もまた、ようやく平穏な日常を取り戻そうとしていた。
リファが戻ってくるというその日、サラとショーコは二人揃って彼女を迎えに出た。
途中、サラの希望で立ち寄った場所がある。
C地区にある、私設墓地であった。
ここにはD-ブレイク事件で殉職したサラの兄、キール・フレイザが静かに眠っている。
空は青くどこまでも晴れ渡り、陽気がことのほか暖かかった。
兄が眠る墓のところへやってきたサラは墓前に額づくと、持参してきた大きな花束を手向けた。それからしばらくの間というもの、彼女は手を合わせたまま俯いていた。
背後ではショーコも同じ所作をとっている。
都心部からは大分離れているから、辺りは騒音もなく静かである。聞こえてくるのは、鳥のさえずり声と木々のざわめきくらいなものであった。
――やがて、ゆっくりと頭を起こしたサラ。
「……さ、これでよし、と。これからもよろしくお願いしますね、お兄ちゃん!」
立ち上がって振り向いた彼女の相貌は、実に晴れ晴れとしていた。
「じゃ、行きましょ? ラボでリファが待っているわ」
「あ、うん……」
サラは先に立って歩き出した。
彼女の後ろについて歩きながら、ショーコがふと
「……サラ。あんた、もう、いいの? 大丈夫?」
念を押すように尋ねた。
「ん? ああ、兄の仇の話? それはもう、大丈夫よ。ようやく私自身が、何もかも吹っ切ることができたみたい」
それは彼女だけのことではない。
先日、他州にいる母親から手紙が寄越されてきた。
長い文面には、キールを喪った時の母の苦しみが延々と綴られていたが、その末尾には
『でも、今回の事件でのあなたの活躍を知って、本当に嬉しく思っています。今まで心に重く圧し掛かっていた何かが、すっと消えていくような気がしました。お母さんも、一歩前に進めるような、そんな気がしています。本当にありがとう、サラ。あなたは、私の自慢の娘です』
目を通したサラは思わず目頭を熱くした。
こんな形で自分の戦いを認めてくれる人がいるとは思わなかったからだ。
彼女の母もまた、忌まわしい事件の傷跡を乗り越えて、将来に向かって進もうとしている。
そうしたこともあってサラの胸中に渦巻いていた過去への悔恨は綺麗に雲散霧消していた。
サラは静かに微笑み
「それよりも、ああやってみんなが私に力を貸してくれたんだもの。感謝しても感謝しきれないと思っているの。――だから、私もみんなのために、前に進まなくちゃ」
<復讐編 了>