復讐編24 ドライバーの誇り
都市統治機構本庁下層部から轟音と爆炎が上がった時、どよめきとも悲鳴ともつかない声があちこちから上がった。
前線対策本部にいてちょうど本庁に背を向けるようにしてSTRと打ち合わせしていたサラは、音に驚いて振り返った。
「……爆発!? 何があったのよ!?」
「賊ですな。賊の仕掛けた爆薬に火がついたんでしょう。あの建物の強度なら、全体が崩落する危険性はないと思われますが……」
傍にいたSTRの指揮官はそう冷静に解説してくれたが、サラの耳には届いていない。
「サイ君、サイ君は……? あの中には、サイ君がいるのよ――」
彼女は完全に顔色を失っていた。
「ショーコ、すぐに通信回線を開いて! サイ君に連絡をとって! あの様子じゃあ、幾らCMDに乗っていたって、無事で済むかどうかわからないわ!」
哀願するように、ショーコの両肩をつかんだ。
相手をしているショーコも焦りこそしたが――いざとなれば度胸がすわる彼女は、すぐさま自分がすべき行動を見つけて身体が動いていた。
「サラったら、サイ君は賊と交戦中なのよ! 表側の賊も沈黙したことだし、あたしが見に行く! ――シェフィ、聞こえてる!? 本庁前に機体を回して! 庁舎に乗り込むわよ!」
その指示を聞いて、今度は肝を潰したサラ。
「な、何を言っているのよ!? あの中へ飛び込もうっていうの!? 死ぬに決まってるじゃないのよ! バカな真似はやめて!」
「死にやしないわよ、んなもの。DX-2に同乗して行くんだから、だーいじょうぶだって!」
「大丈夫な訳ないでしょ! あんなに爆発が起こっているのよ!?」
またドドーンと爆音がした。外壁の一部が吹っ飛んでいる。
それを見たサラはおっかぶせて
「ほら! これじゃ死にに行くようなものよ! やめて! お願いだから!」
「んなこと、やってみなきゃわからないじゃん。中でMDP-0が作動不能になってたらどうするのよ? なおさらあたし達が助けにいくべきでしょ?」
口論しているうちに、ズシズシとシェフィのDX-2が姿を現した。
サラと言い合っていても埒が開かないとみたショーコは、彼女を捨てて機体の方へと駈け出して行く。
「シェフィ! あたしも乗っけて! サイ君を救出にいくわよ!」
こうなると、サラは悲痛である。
「ショーコ! お願いだからやめて! あなたまで何かあったら、私は――」
「何もありゃしないわよ! 今なら行けるから! ――シェフィ! ハッチを開けて!」
『はい! 行きましょう!』
興奮しているらしく、シェフィは躊躇すらしなかった。DX-2に片膝をつかせると、あっさりとコックピットハッチをオープンした。
「おっしゃ! ちょいと狭いけど我慢ね! こいつの強度なら、多少の爆発でもいけるわ!」
下ハッチに足をかけて飛び乗ろうとしたショーコ。
そこへ、追いついてきたサラが背後からかじりついた。
「ちょっと! バカなことはしないで! あなた達にまでもしものことがあったら、私は――」
「ええい! 離しなさい、サラ! だったら、サイ君に何かあってもいいって言うの!?」
「そんなことは言ってないでしょう!? 少しは冷静になって! お願いだから!」
「冷静にならなきゃいけないのはあんたでしょ、サラ!」
ショーコは振り解こうとするが、サラは頑強に離さない。
周囲にいるSTR隊員や警察機構の者達もさすがに手を出しかね、揉み合う様を呆然と眺めていた。
「……」
ナナもまた、どうしていいのかわからないといった面持ちで佇んでいる。
サイが必ず無事で戻ってくるとは思っているものの、今の彼女の思いは明らかに強気の直感からくるそれではない。ほとんど祈るような気持ちであった。かといってショーコやシェフィが爆発の中へと飛び込んでいくことを肯定もできないのだが――そういうジレンマをして、ナナを動けなくせしめているのだった。
ショーコとサラの揉み合いは続いている。
そちらに気を取られていた周囲は、ふと背後から巨大な気配が近寄ってくるのに遅れて気が付いた。
ハッとナナが振り返ると、そこにはずんぐりと武骨な作業用CMDがいた。
『――おーいナナ、そこをどけぃ! ちょっと通るからな!』
「……お爺ちゃん!?」
「ガイトさん!?」
その声に驚き、サラもショーコも動きを停めた。
楕円形のキャノピーがパカと開いて、コックピットにいるガイトが拳を上げて見せた。
「……?」
どこからCMDを調達したのであろうとよく見ると、スティーレイン系列土木建築会社のマークが入っている。そこでサラは頓悟した。
(ヴォルデさんが……)
しかも、ガイトが乗る一機だけではない。
後から続々と、見るからに頑丈そうな土木作業用CMDの群れが従っている。昔の会社の従業員達まで総動員してしまったらしい。STRや警察機構の者達が、慌てて左右に分かれて道を空けているのであった。
『こういうことは、その道一筋の我々に任せてもらおうか。なんの、歳はくっても、まだまだ腕は落ちてねェさ』
外部音声のスイッチが入っているらしいが、地声が大きいからほとんど騒音に近い。
「ど、ど、どーしたんですか、おじさん!? 何で、こんなところに――」
ショーコが大声で尋ねると
『スティーレインの会長さんからの依頼だぁ。都市機構の本庁がヤバそうだから、手ェ貸してくんねぇかって、な。――まあ、会長さんにはこないだからさんざ世話んなってるし、工事でも喧嘩でも、一丁恩に報いるつもりで来てみた訳さ』
もし賊との乱闘でも、やれと言われればこの親父はしでかしたであろう。
彼は身体こそ思うように動かないものの、CMDに乗せれば何だってやってしまう血の気の多い年寄りであるということを、ナナは知っている。本庁を固めていた賊機はちょっと前にサイとシェフィがあらかた片付けてしまったが、賊にすればそれで幸運だったかもしれない。この荒くれ男達に取り囲まれたが最後、いかに腕利きのジャック・フェイン工作員であろうが、タダでは済まなかったであろう。
喧嘩はともかく、建築関係のその道の連中がやってきたとなれば、話は別である。
建物内部に爆薬がまだ残っているかも知れないという不安はあった。
が、今は一刻も早く、サイの安否を確認しなければならない。華奢なDX-2なら危険度も高いが、全体的に強度と安定性が売りの土木作業用CMDならば、機体そのものを爆破でもしない限り、ある程度は安全であろう。
咄嗟に顔を見合わせた、サラとショーコ。
一瞬の間の後、互いに頷き合うと、サラはガイトの方へと駆け寄り、ショーコは機体から飛び降りた。
「シェフィ、任務は変更よ! おっちゃん達の突入を補助! 生き残っている賊機がいないかどうか、周辺を警戒しながら庁舎まで警護して頂戴!」
「了解です!」
ハッチを閉じると、シェフィはDX-2を立たせた。
「ガイトさん! お言葉に甘えます! うちの機体が誘導しますから、後に続いてください!」
サラがそう依頼すると、ガイトはニッと笑って見せ
『おおよ。頼んだぜ! こったら広い建物だからな、迷ったらカッコ悪いよなぁ! ハハハハッ』
キャノピーを閉じようとした。
「あの、あの……どうか、サイ君を、よろしくお願いします!」
サラが必死な形相で懇願しつつ頭を下げると
『何、問題ねェだろうさ。内部でちょいと爆発に崩落があったようだが、外側は十分保っているみたいだからな。全部崩れちまったらそれこそまずいが、この程度じゃあ、あの坊主は死にやしねェわさ。いい機体に乗せてもらってんだろう? 怪我の一つもすれば可愛いもんだがな……あはははは』
彼女の心配などどこ吹く風、ガイトは笑い飛ばしている。
ただ、一言だけ付け加えた。
『……あいつは、俺の大事な弟子だ。あいつがどれだけ強いか、俺も知っているつもりだよ、嬢ちゃん』
「……」
『よーしみんな、行くぞ! 現場は脆いから、足場固めて強度に気をつけていけ! いいか!?』
『おう、おやっさん!』
続々と現場の荒くれ男達がビルへと進んでいく。
連続していた爆発は収まったらしく、今は黒い煙が外壁の継ぎ目から漏れてもうもうと立ち上っているだけであった。
ピーピーピーピーと鳴り続ける警告音で、サイは意識を取り戻した。
凄まじい激震に揺られて、軽く意識を失っていたらしい。
メインモニターはすでに機能を停止していて外の様子がわからない。潰れてしまったのかどうか確認のしようもないが、どのみち電源も限界をきたしているようであった。
中は真っ暗で、バッテリーアウトの警告灯だけが唯一の光源である。
が、二・三分もすればそれも途絶え、いよいよ闇に包まれてしまうに違いない。
(そういや、補助電源があるんだよな、こいつには)
機体を動かす本電源はどうにもならないが、万が一の場合に送風機や照明を点けるための補助バッテリーというものがCMDには搭載されている。配線が簡易だから、よほど断線していなければ、使用することは可能な筈であった。
メインコンソールの下部、足元に取り付けられているスイッチを手動で上げてやると、消えていたコンソールの各種表示がパパパパッと点灯した。上手く、生きていてくれたらしい。
手動グリルを回してハッチを開けようとすると、途中までしか開かない。建物の瓦礫に阻まれているようである。とはいえ、無理をすれば、何とかすり抜けられない幅ではない。
胴体両脇に取り付けられている照明を点灯させてから、サイは外へ出ようとした。
「よっ……こらしょ……」
ハッチの縁に手をかけたとき、俄に手の平に痛みがはしった。
見てみれば、手の平の皮がすっかり破れ、血が滲んでいる。
交戦中は無我夢中で気が付かなかったが、余りにも激しく操縦レバーを操作した結果、なってしまったらしい。リミッターを解除したMDP-0は、やはりサイとて操ることは至難の業なのであった。
が、今はそのことはどうでもよい。
死闘の果てに彼が退けたウィグの安否こそ心配である。
彼が乗っていたWSSは、すっかり瓦礫の下敷きとなっていた。
コックピットブロックはひしゃげており、到底ウィグが無事でいるとは思えなかった。
「……」
一箇所だけ、ハッチが歪んでほんの少し、中が見えそうな部分がある。
「……おい、あんた! 生きているのか?」
呼びかけてからやや間をおいて、中から呻くような低い声が聞こえてきた。
「……まだ、な。だが、もう保つまい」
「コックピット、潰れているのか?」
「いや、強電流が逆流してショートを起こしたようだ。内爆しちまったのさ」
ウィグの声に力がない。
CMDのドライバーは、格闘戦に及んで外側から操縦席を潰されて死傷する場合もあるが、最も避けるべきはこの内爆という現象である。強電流が電導部から逆流を起こした際にこれが起き、ショートに弱い操縦機関系などはいっぺんに吹っ飛んでしまう。ドライバーにしてみれば、目の前にあるモニターやコンソール機器が爆発するものだからひとたまりもない。運が良くても重傷、悪ければ即死する。
WSSのコックピットは、中途半端に強度を持っていたらしい。
その結果として、ウィグは即死こそしなかったが、かなりの重傷を負ってしまったようであった。
「しっかりしろよ。じきに救助もくるだろうから」
「情けないこった。……高い機体の筈だったんだ、が……ぐっ」
「だから、これ以上、喋るな」
彼が死んでいいなどとは、サイは少しも思っていない。むしろ、助けてやりたいのだが、この状況下である。何ができるとも思えなかった。黙っていれば、サイの命もないのである。
「おい……」
ウィグが呼びかけてきた。
「何で……逃げなかった? 君には、生きてもらわないと、負けた俺の面子ってモンが……」
この期に及んで、彼の声にはどこか可笑しそうな調子があった。
サイが最後まで踏みとどまった理由。
それというのは、彼が身の危険を冒してまでここへやってきたことと無縁ではない。
「一つだけ、どうしても伝えたかったことがあるからな」
彼は一つ一つ、言葉を選ぶようにして
「あのH地区の自爆テロがあったよな? 何だかんだ言われてたが、結局お前らの仕業じゃなかったらしいけど」
「ああ……あれは、ゴーザ派の仕業さ。俺達ジャック・フェインは、ああいう真似はしない」
「あの夜、リファさんが怪我を負ったんだ」
そう告げると、一瞬ウィグは絶句したらしく
「……!? なぜ、なぜリリアが負傷など!?」
サイはやや憤然として
「なんでって、わからないのか? ――お前を探して街へ出たのさ。さんざんに歩き回って倒れそうになっていたところで、あの自爆テロに巻き込まれた。意識を失ってもなお、うわ言を繰り返していたって聞いたぜ? お前の名前を呼び続けていたんだ」
「そうか、そうだったのか……」
様子までわからなかったが、ウィグは愕然としたらしい。
そのまましばらく声が途切れていたが、やがて
「俺は、結局……お前の言う通り、覚悟ができていなかったようだな……」
「……この期に及んで、後悔なんかしてんじゃねェよ。バカ野郎。悔やむくらいなら、生きてリファさんに顔でも見せてやりな」
「そう、だな……。だが、お前を見ていると……俺が生きてきた意味が、わからなくなるな……」
「もう、いいよ。その辺でやめておけ。帰ってから聞くよ」
これ以上喋っては、怪我に障ると思った。
が、ウィグはちょっと黙った後
「……頼みがある。リリアに、伝えて欲しい」
命を諦めているような物の言い方に、サイは嫌な予感がした。
「本当に、本当に、すまなかった。例えあの時捕まってでもいいから生きて、リリアの傍にいることを選ぶべきだった。一人の女を想うことの重みに比べれば、組織だの国家だの、軽いものだな。これからは、お前や、Star-lineの皆と共に、生きていって欲しい、とな……」
次第に、ウィグの声から力が失せていっている。
「俺は、ずっと、あいつを……リリアを――」
ウィグの言葉は、そこで途絶えた。
ただならぬ気配を悟ったサイは必死に
「おい! しっかりしろ! 死ぬな!」
ガンガンガンと、何度も何度もボディを連打した。
「おい! おい! リファさんが待っているんだぞ! もう少しだけ、保ってくれよ! おい!」
呼びかけども、もう返事はなかった。
その場にがくりと膝をついたサイ。
(馬鹿な奴……)
何とも言えない空しさを感じていた。
貧しくとも、たくさんの人に囲まれて支えられて生きてきたサイ。
才能があったにせよ、最期まで孤独の呪縛から解き放たれることのなかったウィグ。
自分のことではない、他人の生き方の末路なのに、サイは悲しい気持ちになっていくのをどうすることも出来なかった。
この結末を知ったならば、リファはどう思うのであろう?
サイはウィグとの戦いに真っ向から挑んだ。
死闘の末にサイはウィグを下し、これによって四年前に端を発する一連の事件は終止符を打たれようとしている。
だが、皮肉にも、この戦いは逆に終わりのない悲しみを生んでしまった。
今もリファは、もはや生きて帰ることのないウィグの無事を願いながら待ち続けている。
こんなにも救いようのない話があるだろうか。
(こんなんじゃ……無意味じゃねぇかよ)
今となっては想像でしかないが――ウィグはそもそも、生き長らえるつもりはなかったのではないかという気がした。
取り戻せない過去を、自分の命と引き替えに清算しようとしたのではなかったか。
リファという愛する人を、未来へと向かって進ませるために。
今際の彼の言葉をどう考えてみても、四年前にリファを置き捨てて逃げたことを苦にしていたとしか受け取りようがない。といってこの男は、再びとリファの前に現れることを望んでもいなかった。
だとすれば、どう転んでもこの戦いの結末に希望はなかったといっていい。
彼は暗然とした気持ちのままでしばらく座り込んでいた。
その時である。
『――ィ! サイ! おーい、いるかぁ! ワシだ、ガイトだぁ!』
瓦礫の山の向こうから聞こえてきた声に、サイは感傷も忘れて仰天した。
(しゃ、社長!? 何で、こんなところに……?)
都市統治機構本庁前庭・前線対策本部は動き回る人の群れでごった返していた。
賊機との交戦を終えたシェフィのDX-2、警戒にあたっていたミネアノス警備の機体が、それを取り囲むようにして佇立している。
「……おじさん、大丈夫かしらね?」
「ええ……」
食い入るようにして本庁を見つめているサラ、そしてナナ。
二人とも、サイの無事を祈っている。
その激しく切ない思いが伝わってきて、ショーコはそれ以上話かけるのを憚った。
ややあって、本庁舎側面の大穴から一機の土木作業用CMDが姿を現した。
両肩にある開閉式のサーチライトが、チカチカと点滅を繰り返している。
「……!?」
一斉にどよめきが起こった。
「あ、あれ……何かしら?」
「さ、さぁ? でも、あれは、ガイトさんが搭乗している機体じゃないかしら……?」
ギョン、ギョンとこちらに向かって近づいてくる。
よくよく見れば、水平に固定された左腕のあたりに、人の姿が見える。
やがて、目視できる距離になった途端、
「……ぃやっほうっ! サイ君、無事だったのね! あれ、サイ君よ! サイ君の姿だわ!」
目のいいショーコが真っ先に飛び跳ねた。
その声にサラやナナは一瞬ハッとした表情のあと、みるみる笑顔になり
「ああっ! 良かったぁ……! 私、私、もう、心配で心配で……」
ガクンと膝をついて蹲ったサラ。
一時に力が抜けて、立てなくなったのである。我が子の生存を確認した親のようになっている彼女に
「隊長、しっかりしてください! サイのこと、出迎えてあげなちゃ!」
そう声をかけたナナの目は真っ赤になっている。
「そうね、そうよね! 私ったら、どうしちゃったのかしら?」
思わず込み上げてきた涙に顔を濡らしながら何度も頷くと、サラはゆっくりと立ち上がった。
「庁舎内に突入したStar-lineのドライバー1名、生存確認! 緊急医療搬送車は!? 手配できているか!? 担架を出せ、ドクターが来ていれば、こっちに――」
警察機構職員の誰かが声を限りに叫んでいる。
それを耳にしたショーコ、それよりも大きな声で
「要らないわよ、んなもの! うちのサイ君をなんだと思ってるのよ! ヴィルフェイト最強のドライバーなんだから、ケガなんかするわきゃないでしょーが! あの無事で元気な姿が見えないの!?」
「は、はぁ……。しかし、念のため一応医師の診断を……」
いきなり怒鳴られた職員が口ごもっている。
「ショーコったら、怒るのは後になさい。――その、ヴィルフェイト最強のドライバーが帰還してるのよ?」
サラはたしなめつつ、ピッと敬礼をした。
その横で、同じ姿勢をとっているナナ、ティア、ミサ、そしてリベル。
シェフィはといえば、何を思ったかDX-2に敬礼のポーズをとらせていた。
彼女達の周囲では、STRや警察機構職員も整然と並んで敬礼。
――一方、その集団に接近しつつあるガイト機では。
「……ありゃ? 社長、なんか、みんなこっち向いて敬礼してますぜ? すげぇ近づきにくいんですけど」
「ハハハハッ! バカ言ってんじゃねぇよ、サイ! 男の晴れ舞台だぁ! 一丁、キメてやれ!」
「うす。社長の弟子として、その通りにいたします!」
おちゃらけつつも、サイは表情を引き締めて自らも敬礼をした。
そして一団の少し手前で機体は停止し、サイはひょいと飛び降りた。
駆け足でサラの前まで行って立ち止まると、そこで再度敬礼を見せて
「……ファーストグループフォワードドライバーサイ・クラッセル、ただ今戻りました。交戦の結果、機体の損傷が激しく、メーカー修理を要するものと思われます。申し訳ありませんでした!」
笑いもせずに報告した。
無用の報告ではあるのだが、強いてそれをやったのには多少の意味が込められている。
「……馬鹿」
小さく呟いたサラ。
この場で堂々とそういう戯言を吐く彼がやや腹立たしくも、何よりも彼自身の口からそういう具合の報告が返ってくるのを誰よりも待ち望んでいたのは彼女自身であった。
パチ……パチ、パチ、パチ……パチパチパチパチ――
片隅から拍手が起こり、それは程なくその場に波及して大きなものとなった。
サイはちょっと笑みを浮かべたが、すぐに表情を消すと大股でサラ達の後方へと足を動かしていく。
彼が立ち止まったその足許には――冷たいアスファルトの上にぺたりと座りこんで小さくなっているリファの姿があった。
立ったまま、少しの間彼女を見下ろしていたサイ。
何を言ったものかと考えている様子だったが
「リファさん……」声をかけた。
「……」
彼女は俯いたまま、顔を上げない。
「俺は、あいつに、俺なりの信念を伝えたつもりです。あなたがどうとか、そういうことを言ってはいけない気がしたから」
丁度、瓦礫の中からMDP-0が搬出されてきた。
装甲は銃弾と爆発、瓦礫のせいですっかりボロボロになっている。
明るいところであらためて眺めると、よくもまあここまで保ったものだとサイも思う。
「……!」
ふとそちらを見やったリファの目が、大きく見開かれた。
「……全力で、やりあったんです。見た目ももちろん、可動部もほとんどボロボロになってます。あいつと戦う前に、リミッターを外しましたから」
「リミッターを……?」
それがどういうことなのか、CMD全般に無知なリファでも十分理解している。
不具合を起こしたら最後、もう後戻りできない一方で機体の性能を最大限に引き出せる状況を自ら設定して戦いに挑んだということになる。
サイはそこまで言って、ちょっと黙った。
躊躇うようにしていたものの、やがて意を決したように
「……俺の、勝ちです。ウィグの機体を制しましたから。勝負はそれで済んだけれども、あの人の機体は内爆を起こしていた。助けようと思って何度も声をかけたんですが、応答がなかった。だから、きっと……」
リファの動きが停まっている。
瞬きすら忘れているようであった。
が、サイにとって意外だったのは、彼女がどういうリアクションもとらなかったことである。
恐らく、泣き叫ぶかつかみかかられるかするかも知れないという予想をしていたのだが――。
「でも、あいつは最期に何かを悟ったんだと思う。俺が全力でぶつけたことを、あいつはわかってくれたはず。ドライバー同士にしかわかりあえない、心の中にあるものを。だから、生きて戻ることができたら、最初にそれをあなたに伝えようと思っていた。……上手く言えないけれど」
そう言って、サイは彼女の元を離れた。
リファは一言も発さなかった。
ただ、サイは自分のするべき使命を果たしたつもりである。
ウィグが最期に頼んだ彼女への伝言だけは――どうしても口から出すことはできなかった。
言えば、リファは悲しみの余り生きていく気力を失ってしまうような気がした。
ふと見ると、その先にナナがこっちを向いて待っていた。
目に、涙がいっぱい溜まっている。
祈るようにして、胸の前で両手を組んでいた。
「……サイ。お帰りなさい」
「よう、ナナ。ナナの言うとお――」
言い終わるのを待たず、ナナはがばと首に抱きついてきた。
「サイ、サイ……」
彼の身体を力一杯抱き締めているナナ。
生きて帰ることを待つのは、何よりも切ない。
しかし、待っても戻らない人を待つことはもっと辛い。
背後にいるリファが哀れであったが、もはや自分にできることはすべて終了しているということを、サイは知っていた。この期に及んで、慰めや励ましなど不要であるということも。
陽が落ちて辺りは大分暗くなったが、損壊した本庁舎からの機体や瓦礫の搬送作業は続けられている。
やがて――原型を喪ったWSSとともにウィグの遺体が運び出されて来たとき、リファはほとんど我を喪っていた。
周囲の制止を振り切って遺体に縋り付き
「ウィグ! ウィグ! 目を開けてよ! あたしよ、リリアよ! ウィグ! ウィグ――」
泣き叫んでいる。
そっと目を背けたシェフィやミサ、それにユイ。
すでに目を真っ赤にしつつも、サラはじっとその様子を見つめている。少し離れた位置で装甲車にもたれているショーコも、辛そうな表情を隠さない。
「離れてください! 離れてください!」
警察機構職員が制止しようとすると
「いやぁ! 離して、離して! あたしは、あたしはもう――」
半狂乱になっているリファ。
死亡したのがテロリストとはいえあまりにも悲惨極まりない光景に、警察機構や治安機構などその場にいる人間の中には目をそらす者も少なくなかった。
「ウィグ、ウィグ、ウィグってば……」
激しく泣き叫び、取り乱している彼女を制止できる者はいない。
遺体の搬送にあたっていた警察機構職員達は呆然としたまま、担架に触れようとはしなかった。
しばらくというもの、現場は停滞した。
すると。
「……お嬢ちゃんよ」
つかつかと割り込んで行くなり、リファの肩を分厚い大きな手でつかんだ者がいる。
「あんたァ、本当にこの人が好きだったんなら、この人の生き方を認めてやんなきゃならんぜ。そうやって騒いでいても、喪われたものは戻っちゃこねェんだ」
ガイトであった。
「俺ァ、サイに聞いたよ。……こん人は、ドライバーとしての誇りを持っていて、最後に自分の生き様を確認しようとしてサイのヤツに戦いを挑んだんだそうだ。だから、サイは堂々と受けて立った。あいつは、誰よりも真っ先に、この人の生き方を認めたんだよ。わかるかい?」
「……」
「俺も愛していた女房を急に亡くしているから、気持ちはわかるぜ。――だが、人は前を向いて生きていかにゃならん。それでこそ、あんたとこの人の絆は確かなものになるってこった。生きていたって、お互いに通じ合えないんじゃ、それこそ虚しいだけだよ。なぁ?」
取り乱していたリファの動きが止まった。
「あんた、独りじゃねェよ。サイもナナも、あの隊長さんに会長さん、すぐそばに山ほど人がいてくれんじゃねェか。それでも不満かね?」
彼女の肩から、一時に力が抜けたようになった。
「辛くたって、支えてくれるみんなの思いだけは粗末にしちゃなんねぇぞ。いいか?」
想像を絶した苦難を乗り越えてきたガイトの、胸の奥深くにある思いから出た言葉。この男も、ドライバーから叩き上げられた人物である。はっきりとは言えなくても、ドライバーとしての思いや誇りは誰よりも強くて深い。彼に一から教わったサイもまた、その思いを受け継いでいたといっていい。
思いが伝えられていくならば、それはいつかきっと、大きく花開く日がやってくる。
「この人のドライバー魂、俺達が確かに受け取った! これから先、この人はずっと俺やサイや、ここにいる野郎どもの胸の中にいるからな! ――なぁ、野郎ども!」
振り返って叫ぶと、荒くれ男達が間髪を容れず呼応した。
「おうっ! おやっさん!」
彼の招集に応じて馳せ参じてきたこの連中は、人情味にあふれる自分達の元社長を今も愛している。
じっと一部始終を見つめているサラ。
皆がリファのことをそっと後ろから支えようとしている姿に、哀しくはあったが限りなく温かいものを感じていた。彼女をこの場へ連れてきたことは、間違ってはいなかった。
「……」
胸に強く響くものがあったのか、どうか。
それ以上、リファはもがかなかった。
伝えるべき事を伝え終わったガイトもまた、あとは口にすべき言葉もない。
ふと見やると、サイとナナがウィグの遺体に向かってじっと敬礼している。
その姿が、彼に発作的に不可解な命令を出させた。
「野郎ども! 整列しやがれ! ドライバー仲間を丁重にお見送りしろ!」
大声を張り上げた。
「おうっ! おやっさん!」
一糸乱れぬ荒くれ男達の声が返ってきた。
多少異様な光景でなくもない。
いかにも現場くさい汚れた作業服姿の男達が一列に並んで道を空けている。中には、CMDから降りずに、機体ごと並んだ者も多くいる。その後ろでは、Star-lineの面々が、やはり整列して敬礼を送っていた。
同じCMD乗りに対する、心からの哀悼の意。
辺りには、一種厳粛で、神聖な空気が流れている。ぐっと涙を堪えている荒くれ男もいる。
担架を先導していた警察機構職員はちょっと驚いていたが、やがて背後の人数に向かってゆっくりと頷いて見せた。
担架が動き出した。
CMDとそのドライバー達に送られるように、ウィグの遺体は進んでいく。
辺りが暗くなっていたから気付かずにいたが、彼の死相が驚くほど安らかであるのを、サイは目にした。もしも彼の魂というものがあって、まだこの辺りにいるとしたら――きっと、例の子供っぽい無邪気な笑顔を見せて照れているだろうと思った。これだけ多くのドライバー仲間達が見送ってくれていることを、ウィグは何よりも喜ぶに違いない。
「……くっ、くうぅぅ――」
堪えきれず、泣き崩れたリファ。号泣する声が辺りに響き渡っていく。あまりにも悲痛であった。
しかし、彼女は再びと――遺体に追いすがるようなことはしなかった。
いつやってきたのか、ウェラが傍にいてその背中を優しく抱いてやっている。
「……」
厳めしいその顔をぐっと険しくしていたガイト。
思い出したように、隣にいるサイへ
「――なぁ、サイよ」
「なんすか、社長」
「……治安機構や都市機構の連中、これ見てどう思っとるんだろうなァ」
ガイトもまた、四年前の事件はもちろん、統治組織の官僚連中がどういう思想と性質の持ち主であるかは知っている。まだ会社が続いていた頃、建設工事を巡って幾度怒鳴りこんだものか、彼自身がはっきりと覚えていない程なのである。
知れている、サイは口に出さねど思った。
数多の誇り高きドライバー達の、都市権力への無言の意思表示。
きっと、ウィグの無念は果たされた筈だ――と。
「……?」
サラの傍で敬礼していたショーコ。
そっと、彼女の横顔を覗き見ると――彼女もまた、必死に嗚咽を堪えていた。
リファへの同情というよりも、もっと大きな思いから出ているということを、ショーコは知っていた。
「……素晴らしい指揮指導だったわよ、サラ。お兄さん、喜んでいると思うよ」
泣きながら、微笑んでみせたサラ。
「ありがとう、ショーコ。――すべて、報われたような気がして、つい……」