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復讐編20 星の輝き、再び

 小さなテレビ画面に映像が映し出された。

 最初はぼんやりとしていて何が映っているのか理解できなかったが、やがて鮮明になってくると、それが余りにもショッキングなものであることがわかった。

 無機質な白い壁を背に、中央には椅子に縛り付けられている男がいる。

 少しして、画面の中に覆面をした数人の男達の姿が現れた。

 彼等は身動き一つ取れずに椅子の上でうな垂れている彼の傍に近寄って行くなり拳を振り上げた。

 それに気がついた男は必死の形相で叫んだ。

『た、助けてくれ! 私は何も、君達に恨まれるようなことは――ぐあぁっ!!』

 寄ってたかって男を殴りつけ始めた。

 凄惨な暴行は数分間にわたって続けられた。

 やがて覆面の男達が画面から姿を消し、息も絶え絶えになっている男性だけが残された。彼は顔中を腫らして鼻や口、額から血を流し、ぐったりとしている。

 プツッ

 そこで映像は途絶えた。

 何とも言えない表情をしているサラ。

「これは……?」

「メディアには公開されていない、犯人側からの、いわば復讐のメッセージとでもいうのだろうか。残酷きわまりないことに違いはない。ただし、本当ならば彼がこういう報いを受けずに済ますことができた筈だった、というのも正しいだろうね」

 リモコンをテレビの傍らに置くと、ゆっくりとこちらを向き

「……さて、少しお話させていただけるかな? Star-line、サラ・フレイザ隊長」

 N地区に設けられた、都市統治機構仮庁舎の一室。

 そこへ、サラは内密に呼ばれて出向いてきていた。

 目の前にいるのは、ヘーゼル・ガイスリーという齢六十になろうとしている男である。

 ファー・レイメンティル州都市統治機構総務局局長。

 肩書きはもう一つあって、州副知事。つまり、この州で二番目に偉い人間である。

 本来なら、サラのような一市民がこうして一対一で談じ合う機会など一生に一度もないであろう。一見すると少し傲岸な風があるものの、耳は真摯にこちら側へと向けられているらしい。それに、言葉遣いが丁寧で品がある。

 もし話し合いの余地がないならすぐにでも席を蹴ってやろうと思っていたサラは、ちょっと意外な感じがしている。権力の塊と化している都市統治機構にも、こういう人間がいたものだろうか。

 が、油断をするつもりはなかった。まだ、彼が自分をここへ呼び出した真意がわからないからである。

「お話と申しますと? 私達は現在、都市統治機構総務局が発した業務停止命令によって警備会社としての活動を封じられている立場です。そのことについてでしょうか?」

 やや、語気を強めて言った。

 対面のソファにゆっくりと腰を下ろしたヘーゼル。

 彼はちょっと視線を落としたが、すぐにサラの方へと上げながら

「……君は信じないかも知れないが、あの命令に私は同意した記憶は一切、ない。そういうことになっているというのも、恥かしい話だがついさっき聞いたよ。カルメスが無事に生きて解放されたならば、じっくりと経緯を聞いてみたいと思っている」

「それでは、彼が独断でやったと?」

 ヘーゼルは自嘲気味な笑みを口元に浮かべ

「そうと言えばそうなるし、そうじゃないと言えばそうじゃない。――実のところ、統治機構組織には業務管理規定という厄介な決まり事があってね。本来の権限が私に属する事柄であっても、内容によってはその下の人間の判断によって決済できてしまうものがある。ここの人間は、入ってから退職するまでそいつが組織の最高権力者だと信じて仕事をしているのさ。州知事といえども、この規定から逃れることはできない。おかしなものだよ。人間が管理しているようで、逆に人間が管理されているのだからね」

 そういうことか、と内心頓悟しているサラ。

 かつて治安維持機構に所属していた頃、その奇怪な規定によって彼女自身もまた振り回されていたからだ。

 紙切れ一枚に低身叩頭せざるを得ないのが役所だといわれてしまえばそれまでだが、不可解なのはその矛盾や欠落を修正するのも人間であるはずなのに、その人間達がやはり紙切れ一枚のために動くことを拒否するという現実である。そこには進歩も改革もない。一方的に退廃していくことを選択した人間社会の縮図が見えるだけのことである。

 だから彼女は、ヴォルデという改革者を戴いているスティーレインを選んだ。

 改革がなされるところ、そこでは誰もが主体者である。主体者である以上、誰もが全力にならざるを得ない。しかし、その全力を笑ったり否定したりする者は誰もいない。全力を惜しむことこそ恥ずべきであるからだ。建設の苦しみは大きかったが、辛苦は彼女をそれ以上に逞しくした。

 歳月を経て、明暗は判然とした。

 都市の優れた守護者として国内外にその名を轟かせているStar-line。

 片や、悪事を隠蔽して世間の糾弾を浴びたばかりか、賊に蹂躙されて手も足も出なくなっている都市権力。

 が、それはサラ一人の胸にしまっておくべき思いであり、今のこの場で都市権力者の一人たるヘーゼルに向かってぶつける筋合いではないような気がした。

「まあ、その話はとりあえず措かせてもらおうか。――事前にヴォルデ会長には相談させてもらったのだが……話は聞いているかな?」

「ええ、伺いました。ずいぶんなご指名だと思いましたが……」

 くすりと笑ったサラ。

 ヘーゼルも相好を崩し

「……それで、率直な意見を聞きたいのだ。サラ隊長としては、どう考えるね?」

 彼女は居住まいを正すと、正面からヘーゼルを見据えた。

「局長。さきほどご覧になった通りです。今やジャック・フェインは治安維持機構部隊を制圧し、国軍が近づけば補佐室長を殺害すると宣言しています。そして、主犯格のウィグ・ベーズマンは私達Star-lineとの決着を要求している。残された選択肢は幾つもないと思いますが……ご判断をお願いいたします」

 ジャック・フェインは最初に出した犯行声明文の末尾に、妙な一文を入れていた。

『この都市の優れた守護者たるStar-lineの諸君、君達との堂々たる決着を我々は望んでいる』

 声明を受け取った都市統治機構は、あえてこの一文を削除した上でマスコミに公表した。今の今までサラをはじめStar-lineの一同が知らなかったのはこのためである。州副知事であるヘーゼルですら、そのことを知らされていなかった。

 しかし、先日の合同会議に招集されたヘーゼルは、配布された極秘資料によってその事実を知った。つまりは彼の下にいる何者かが、彼に報告する前に故意に犯行声明文を改ざんしていたということになる。

 国家統治機構や国家公安機構に必要な意見具申をして裁可を得た彼は、州に戻ってくるなり難を逃れていた広報局の連中を呼びつけた。

「これは一体、どういうことかね? なぜ、賊から寄越された犯行声明文が私の手元に届く前に変わっているのだろう? 君たちの仕業かね?」

 広報局の者達は、顔色を失っている。

 やがて、一人がおずおずと

「それは……治安維持機構本部からの要望でありまして……」

 ヘーゼルは呆れ返った。

 この非常事態に際して、まだ面子維持にこだわっている馬鹿者達がいたらしい。

「わかった。即刻、治安維持機構本部に連絡を入れたまえ。――この事件が収束次第、組織全体の改変と人事刷新を断行する、とな。知事には私から話しておく」

 治安維持機構各隊は先日、警備体制の不備を衝かれて賊の襲撃を受け、多数の死傷者を出すという不祥事を組織ぐるみで仕出かしている。であるから、時期も申し分ない。治安維持機構の幹部連中は慌てて飛んできて平謝りを繰り返したが、後の祭りである。もはやヘーゼルの凄まじい怒りを解くことはできなかった。

「腐りきった給料泥棒に用はない。さっさと帰って次の就職先でも探していたまえ」

 彼等を追い返すなり、ヘーゼルはスティーレイン財団へ連絡を試みた。

 直接の電話で事情を聞いたヴォルデは厳しい口調で言ったらしい。

「だから、言ったことではないですか。総務局などという実務を離れた部署に権限を一極集中したりするから、下部組織が自主的に行動を起こさなくなるのですよ。あなた程の方が、それに気付かなかった筈がありますまい」

「まったく、お恥かしい限りです」

 ジャック・フェインからの要望に関しては隊の意向を聞かなければ返答のしようがない、と答えヴォルデは電話を切った。

 そして彼からサラへ打診があり――こうして彼女がヘーゼルの元を訪れることになったのである。

 ヘーゼルもまた、ただの男ではないらしい。

 彼女の視線を逸らすことなく真っ向から受け返し

「残された選択肢は幾つもない、か。……確かに、その通りだ」

 やおら腰を上げると、背を向けて窓の傍に立った。

 彼は窓の外、遠く聳え立っている都市統治機構本庁の建物を見つめながら 

「サラ・フレイザ君。私もこの立場にあって、軽率をするつもりはない」

 そのまま、口をつぐんだ。

 何やら、沈思しているような雰囲気がある。

 サラは今こそ言うべき事を言わねばならないと思った。

「局長。私達は、今回の事件の真相に気が付いています。そもそもを辿れば、全ては都市統治機構と治安維持機構の騙し討ちに端を発している。あれがなければ、ジャック・フェインはここまでファー・レイメンティル州都市統治機構を恨んだりすることなどなかったでしょう」

 サイが持ち込んできたナバラの手記によって、Star-lineの一同は今まで隠蔽されていたD-ブレイク事件の真相を知ることとなった。国家統治機構による公表よりも、ほんの少し前のタイミングである。公表ではなおも触れられていない事実があったが、手記の写し自体を手に入れていたサラは全てに目を通している。

 そして、知った。

 なぜ、兄が死ななければならなかったのかを。

 死の突撃命令につながる無謀な強行突入を開始させた元凶が、どこの誰であるのかを。

 だが、それはすでに過ぎ去ってしまったことであり、もはや取り戻すことは叶わない。とはいえ、過去へと時間を戻すことはできないけれども、将来に向かって一歩を踏み出していくことは出来る。

 で、あればこそ。

 ――立ち上がるのは自分達しかいないと確信している。

 卑劣な都市権力、そしてテロ組織に着実に培ってきたStar-lineの正義を存分に見せ付ける時期が到来したのだ。名も無き庶民出身の若者達が心の奥深くに宿した、誇り高き崇高なる魂が放つ不朽の正義を。

 彼女が発した真相、という言葉にヘーゼルは

「真相か。……どこまで、気が付いたかね?」

「彼、カルメス・エルドレストがあのように凄惨な暴行を受けなければならない理由まで、ですが」

「そうか……。真実に被せる蓋はない、とは穿った言葉だな」

 彼は小さく呟くと、こちらへ振り返った。

「四年前の事件、私も当事者の一人として詳細は知っているつもりだ。あのカルメスが強引に治安維持機構部隊を投入するきっかけとなったこともな」

「……」

「この都市の頂点にいる私がこういう事しか口にできないのは実に情けないが、ここ数日の全土封鎖によってすでにファー・レイメンティル経済は疲弊状態にある。あと数日続けば、完全に破綻をきたすだろう。それだけは間違いない。たださえ不況のあおりで失業率が急上昇している。これ以上、一刻の猶予もならないのだ」

 いつしか、彼の相貌には満面の誠意が漲っていた。

 そのあまりな真剣さに圧倒されたサラ。思わず、自らも立ち上がってヘーゼルと相対していた。

 急に室内に光が差し込んできた。

 雲間を割って太陽が顔を出し始めたらしい。

「……今となっては、遅きに失したかもしれん。だが、我々が打てる最後の手ならば、もはやそれを拒む理由などないに等しい」

「では……」

 ヘーゼルはゆっくりと、しかし深く頷いて見せた。

「只今をもって、ファー・レイメンティル州基本条例16条8項の3に基づく警備会社『Star-line』への業務停止命令を、ファー・レイメンティル州副知事ヘーゼル・ガイスリーの名において解除する。――どうか、Star-line諸君の全力を挙げて存分にやってくれ給え。あとのことは全て、私が責任を持とう。むしろ、この通りだ」

 彼は、深々と頭を垂れた。

「……」 

 サラの目に涙が溜まっている。

 この状況が何を物語っているか、すでに彼女は悟っていた。

 ついに、時はきた。

 我が手をして兄の仇を討つ瞬間が。



 サラがN地区へと出向いていたその頃。

 相変わらずすることのないStar-lineの面々は固まってテレビの報道特番を眺めていた。

 事態が膠着しきっているから、これといって新しい情報もない。

「サイくーん。ヒマだし、模擬戦でもしようかねぇ」

「やるんですか? 万が一どっか壊れても、部品が手に入らないかも知れませんよ」

 それを聞いてえっ、という顔をしたシェフィ。

「や、やめましょうよ。今、機体を壊しでもしたら、大変じゃないですか!」

「壊さなきゃいいでしょ。それに訓練しとかないと、いざという時腕が鈍るわよ?」

 そんなどうでもいい会話をしていると

『えー、たった今、都市統治機構広報局から先日の発表について訂正の連絡がありました!』

 画面の中のレポーターが慌てて原稿を受け取っている。

『お伝えします。事件発生直後にジャック・フェインから出された犯行声明文、これに一部追伸があったとのことです。追伸の内容ですが、えーと――この都市の守護者たるStar-lineの諸君、君達との堂々たる決着を我々は望んでいる、とのことです!』

「……はい?」

 一同、固まっている。

 ジャック・フェインから名指しで挑戦を受ける理由がわからない。

 サラだけはヴォルデから事情を聞いていたから知っているものの、誰にも伝えずにN地区へと出かけてしまった。ゆえに、残っている全員がジャック・フェインからラブコールを受ける意味など知らないのである。

「……なんでぇ? なんで今ごろ訂正されるワケ? 事件が起きてから何日経っているのよ……」

 ややあって、ショーコがぼそりと呟いた。

 すると、乾パンをかじっていたリベルが

「アレだな。治安機構かどっかの横槍だろう。テロ組織にうちらの名前を出されちゃカッコ悪いってんで、削らせたんだろうさ。だらしがねぇ」

 乾パンを口に放り込んだ。

「あ、リベルさん、それ全部食べないで……。最後の一袋なんだから……」

 ティアが青い顔をしている。ここ数日ろくな食事が摂れなくなったせいか、彼女は精彩を欠いていた。

 それは皆同じなのだが、ミサだけは相変わらずにこにこして「いいダイエットですよぉ。私、五キロも痩せちゃいましたし」嬉しそうに言った。

 こんな時にダイエットもくそもあるか、ティアやユイは思ったが、空腹のあまりもはやツッコミを入れるだけの元気はなかった。

 ショーコは腕を組んでじっとテレビの画面を睨みながら

「……サイ君たら、あの時変な約束しなかった? また戦いましょう、みたいな男臭い約束とか」

「するワケがないでしょう。あんな面倒くさいヤツの相手は二度と御免ですよ」

 即答したサイ。

 ウィグが乗っていたのはやたらとギミックが多い機体で、彼はさんざんに苦労させられた。あの重力を無視した奇っ怪な動作を思い出すだけでもぞっとすると身震いしていたのを、ナナは思い出していた。

「それにしても、堂々たるってどういうことでしょうね? 団体で模擬戦をやるとか?」

 ユイにはジャック・フェインのコメントの意味がわからないようであった。

「まっさか。近づいてきても人質は殺さないってイミね。逆に受け止めれば、やれるものならやってみろってことよ。……言ってくれるじゃない」

 苦笑いしながら答えてやったショーコ。

 強がる訳ではないが、正直今のStar-lineならばジャック・フェインと戦っても負ける気がしなかった。サイにいたっては、あの整備不良なMDP-0でもって首謀者・ウィグの乗るWSSをほぼ相討ちながらも退けているのである。シェフィもまた、猛烈な射撃訓練を繰り返して小銃だろうと大型ライフルだろうとかなりの精度で命中させられるまでになった。射撃の腕に関していえば、彼女はすでにサイを上回っているであろう。

 しかし――

「といっても今のあたし達、カゴの中の鳥、ですけどね……」

 情けなさそうに、ティアが言った。

 その通りである。

 業務停止命令が解除されない限り、ジャック・フェインからいかにご招待されようとも、機体を担いで敷地の外へ出ることはできない。ぼへっとテレビでも観ているしかなかった。

 ところが。

「みんないる? 緊急ミーティングを開くわよ!」

 サラが戻ってきた。

 いつもの彼女らしくなく、どこか興奮しているような調子である。

「おかえりー。全員、目の前にいるわよ。ただしリファを除く」

 かったるそうな声で答えたショーコ。

 すると、サラはデスクの上に車のキーを放り出してから応接ソファのど真ん中にどっかと腰を下ろし

「じゃ、みんな聞いて。――本日午後1426をもって、Star-lineの業務停止命令は解除されたわ。都市統治機構総務局局長直々のお沙汰よ」

「おおーっ!」

 一斉に唸った一同。

 その声にサラは笑みを漏らしたが、すぐに真剣な表情に戻り

「で、話はもう一つ。――これより、テロ組織『ジャック・フェイン』制圧のため、Star-lineは直ちに行動を開始します。特殊緊急出動態勢、レベルゼロを発令するわね」

「……」

 今度は沈黙した一同。

 サラの話が飛躍しすぎていて、何がなんだかわからない。

「サラったら、意味がわかんないじゃないよ? 何で業務停止命令が解除されていきなりジャック・フェイン制圧になるのよ? ちゃんと説明してよね」

 興奮しすぎて、大事な事を何一つ説明していなかった己の迂闊さに気が付いたサラ。

 思わず笑い出し

「ああ、ごめんごめん。みんな、何にも聞いていないのよね。そうだった」

 彼女はヴォルデから打診があったこと、それにヘーゼルとの面会の一部始終を話して聞かせた。

「うわ……それって俺達、都市統治機構から直接ジャック・フェイン制圧の依頼を受けたってことですよね?」

 サイの言葉にサラは頷き

「そう、これは正式な依頼よ。州副知事から直々に、ね。この挑戦を受けて立つ以外に、事態を打開する術はないの。あと数日この状態が続けば、ファー・レイメンティル州の経済は破綻する。そうなれば、私達が最も尊敬しているヴォルデさんが大変になるのよ? そんなこと……黙って見過ごせる?」

 一応皆に打診の形こそとっているが、彼女は誰も反対する者がいるとは思っていない。

 都市統治機構によって抑圧された彼等のエネルギーは、ジャック・フェイン討伐という正義のベクトルを伴って強い勢いで発動するに違いないとみていた。

 案の定、僅かの沈黙ののち

「……できるワケ……ないでしょーが」

 不敵な笑みと共にショーコが呟いたのをきっかけに

「俺は、ヴォルデさんの恩に報います。受けて立とうじゃないですか」

「……サイに同じく」

「おおよ。ボーズの言う通りだぜ。とことんやってやれ! CMDなら、なんぼでも俺が直してやらぁ!」

「あたしものりまーす! ダッサいザマのパパとママに吠え面かかしてやるんだから!」

「行きます! このまま黙って引き下がっている訳にはいきません!」

「だよね。大体、街がいつまでもこんなんだったら、あたしがケーキ食べられないし」

「……はい……」

 ――全員、了解。

 サラは嬉しそうに何度も頷き

「ありがとう。ありがとう……みんな!」

 ちょっと泣きそうになったサラだったが、代わりに力一杯笑って見せた。

 こうなれば、一同の勢いに火がついたも同然である。

「さ、まずは何から始めましょーか!? サラ隊長どの!」

 メンバーの中でもっともエネルギーが有り余っているショーコが急き立ててきた。

 サラは頷いて皆の顔を見渡しながら

「じゃあ、早速指示を出すわね。――まずショーコ、MDP-0への耐衝撃緩衝シートの圧着作業は?」

「何を言っているのよ。さんざんヒマだったんだもの、分かっているでしょ? もう二、三枚、はっつけておこうかと思ってたわよ」

 実際にやりかけたのを、サイに止められている。

「了解。そうしたら、電源は各機4T分を用意しておいて頂戴。出動したら最後、途中で戻ってくることはできないわ」

「あいよ。4Tでも8Tでも積んでやるぞ」

 リベルは血が騒ぐのか、妙にニヤニヤしている。

「トータルケアのナナちゃんとミサは、持てるだけの補修備品を準備して欲しいの。特に電導系部品は、在庫がカラになっても構わないから、全部積んで頂戴」

「了解です!」

「……はい!」

 その他一通り必要な指示を出し終えると、サラは調子をあらため

「それから――ユイちゃん」

「は、はい!」

「……あなたのお父さんは、私達とSTRが必ず救出します。だから、あなたが今できることに、あなたは専念して頂戴。いいかしら?」

「もちろんです、隊長!」

 いつもの元気なユイである。サラはそんな彼女の姿を微笑ましげに見つめていたが、ふと

「それと……あと、もう一つだけ、みんなに聞いてもらいたいことがあるの」

 腰を浮かしかけていたメンバーは動きを止めて彼女の方を見た。

「リファのことなんだけど……彼女はかつて、ジャック・フェインの構成員だったの」

「……はい?」 

 成り行きで事情を知っているショーコ、サイ、ナナはともかく、あとのメンバーは目を丸くしている。

「隊長、それって、一体どういう……?」

 リファの過去について掻い摘んで話したサラ。

「――今この場でみんなに伝えたのは、これからの事と次第によってはリファがすごく悲しい思いをして、もしかするとStar-lineにいられなくなるかも知れないってことを、知っておいて欲しいの」

「……」

「もちろん、あのコはそんなに弱いコじゃないし、きっと立ち上がってくれるって信じている。でも、それは私の希望。実際にあのコがどう受け止めるかは、別の話なのよね」

 すると、腕組みをして黙っていたサイが口を開き

「……それはつまり、だからといってジャック・フェインに対して遠慮なんかするな、と。こういうことでしょうか?」

 役割上、ジャック・フェインと直接戦わねばならないのは彼である。そして確証はないとはいえ、高い確率でリファの想い人――ウィグと再び合間見えなければならないのもサイなのだ。

 皆、リファの胸中を想像して一瞬考え込んでしまったが、サラは毅然として即答した。

「その通りよ。だからといって、決してリファを傷つけていいとか、そういうことじゃない。……だけど、ジャック・フェインを沈めてこの街を守る以外に、私達は前に進むことができないの。どう転んでみても、彼等と戦う以外に道はない。だから、思う存分やって欲しいのよ」

 指揮官の澱みない決断くらい、部下達に安心をもたらすものもない。

 メンバー達は、そこここで納得したように頷いて見せた。

 一同が理解してくれたことを悟ったサラはさらに声を励まし

「ここのところ色んな事柄が複層しちゃってて、みんなも大変だったと思うの。でも、これが正念場よ。――各自、遠慮は要らないわ。全力をもってテロ組織『ジャック・フェイン』を仕留めること。いいわね!?」

「了解。言われなくたって、やってやるわよ」

「一丁キメますか! Star-lineの実力、見せてやりましょう!」

 サラの想像以上にチームの士気は高い。

「一つ、補足ね。作戦はSTR並びに警察機構との協同作戦になります。とはいえ、CMDを駆使して堂々と戦えるのは私達だけ。――サイ君、シェフィちゃん、任せたわよ!」

「はい!」

「……了解です」

 話し終えたサラはショーコに目線をやった。

 ショーコは大きく頷いてから立ち上がると

「みんな! 出動は1600、行く先はM地区都市統治機構本庁! 目標はテロ組織『ジャック・フェイン』の制圧よ! 急いで準備をお願い!」

「ショーコさーん!」

ユイの元気な声がとんできた。

「何?」

「各機装備の指示をお願いします!」

「言うまでもないわ。オートライトガン他、あらゆる武装の携行を許可します。E-FFよ」

 Star-line創設以来、初めての許可が出た。E-FF。つまりフル装備ということである。

 ただし、とショーコは補足した。

「オートライトガンはシェフィのDX-2が携行すること。サイ君はMGN77を懐に入れていって頂戴。格闘戦の邪魔かとは思うけど……念のためだからね」

 CMD仕様の銃火器としてはもっとも強力な大型ライフル・オートライトガンはMDP-0の分も保管されている。が、機体そのものが最強の武器たりうるサイにとって、そんなものは荷物でしかないから、持たせるだけ無意味なのである。改良された耐衝撃緩衝シートを全身にまとったMDP-0ならば、よほど強力なものでない限り銃火器を装備したCMDなど相手にもならないであろう。

 サイもまた、それが当然という顔をしている。

「ショーコさん、もう一点いいですか?」

 今度は彼が挙手した。

「MDP-0は戦況に応じ、負荷耐性リミッターを解除したいと思いますが」

「リミッター解除!? でも、それじゃ、サイ君の負担は――」

 これにはさすがのショーコも難色を示した。

 するとサイがニヤリと笑って

「……結構いいデータ、取れると思いますけど?」

「オッケー! 許可します!」

 その心変わりの早さに、一同は呆れた。

「それじゃ各自、すぐに準備!」

 ショーコの号令一過、皆ばたばたと勢い良くオフィスを飛び出して行った。

 業務停止を解かれたこととこれからの使命の重大さに、誰も彼も気持ちがこの上なく高揚しているようである。

 そんな中、後に二人残ったサイとナナ。

「……サイ」

「ん?」

「今回の出動、相当危険なものになると思う。……でも、大丈夫よね。絶対に、サイは負けないから。必ず、あたしの元へ帰ってくるわ」

 それがもはやナナの直感ではないことくらい、サイは見抜いている。

 彼女の祈りであった。無事に自分の元へ戻ってきて欲しい、という。

 が――サイには不思議と恐怖感がない。

 Star-lineの面々をはじめ、ナナやガイト、その他たくさんの人達が、彼を支えてくれている。

 庶民の力は、どんな国家権力よりも強い。

 ウィグというあの男は、きっと――思いかけて、サイはやめておいた。

 対峙する瞬間がくれば、わかることである。

「……俺も、そう思う。みんなとナナが支えてくれている以上、やられる気がしない。むしろ、勝てる気がしすぎてちょっと怖いくらいだな」

 彼の傍で、微笑んでいるナナ。

「……」

 彼女の目をじっと見つめていたサイは、黙って片腕に彼女を抱き寄せた。

 抱き寄せるや、その唇に自分のそれを重ねた。

 すぐにナナは、両腕をサイの首に回した。

 ややしばらく二人はそのままでいて――やがて離れると、サイは不敵にニヤリと笑った。

「……全世界のテロ屋に教えてやるよ。貧乏庶民を敵に回したら、どうなるかって、な」

「そしてあの人の失敗は、あたし達をご指名したこと、でしょ?」

「ああ。だけど本当は――あいつも、こんなことは望んでいなかったのかも知れないな。今はそんな気がする」

 愛する人――リファ――と二人、静かに暮らせた方が良かったに決まっている。



 皆が出動の準備に大わらわな中、サラは独り宿舎棟へとやってきた。

 行く先は一つしかない。

「――リファ、あたしよ、サラ。緊急な話よ」

 ドアを押すと、意外にもカギはかかっていなかった。

 中へ入ると、リファはいた。パジャマ姿の彼女は、窓際で幼子のように膝を抱えて小さくなっている。

 テレビが点けられており、M地区の事件について生中継の番組が流れている。ウィグのことがよほど気になって仕方がないのであろう。その気持ちはサラにも十分理解できた。

「……」

 怯えたような瞳でこちらを見たリファ。

 サラは彼女の前で屈み込み

「ついさっき、業務停止命令が解除されたの。都市統治機構から、正式に」

「……」

「だけじゃない。合わせて、今回のテロ行為に対する制圧の依頼もきたのよ。だから、私達は、これからジャック・フェインが立て篭もっている都市統治機構本庁へ、突入するの」

「え……?」

 表情のなかったリファの顔に、たちまち驚きの色がはしっていく。

「ね、聞いてリファ。あの中には、間違いなくウィグって人がいる。あたし達としては投降を呼びかけたいけれども、ここに至った以上、どういう保証もない。ただ一つ決まっているのは、サイ君が彼を止めに行くということだけ」

「それって……」

 サラの眼差しが、しっとりと優しいものになった。

「ええ。サイ君は全力で彼を止めてくれるわ。間違いなく。――だけど、推測ながらもウィグ・ベーズマンはサイ君に対して真っ向から勝負を挑んでいる。そうなると、考えたくはないけど、無事に彼の身柄が確保される可能性は限りなく低くなる。聞いた情報では、庁舎内には爆薬も仕掛けられているっていうし」

 彼女には、暗い予感があった。

 ジャック・フェインの構成員達はともかく、首謀者であるウィグ・ベーズマンは四年前の復仇を果たすと同時に、自らを含めた全てにピリオドを打つつもりなのではないか、という。その全ての中には、リファとのつながりも含まれている。ウィグが自らにピリオドを打つということは即ち――リファとの今生の別れを意味する。それ以外に、過去の全てを清算する術などはないように思われるのであった。

 甚だ不本意ではあるが、その万が一を想定した場合、リファが独りこの暗い部屋でその報を聞く、というシチュエーションにサラ自身が耐えられない。

 強制するつもりはなかったが、できることなら彼女を伴って現場へ赴きたかった。

 そうすれば――決して、彼女は独りじゃない。

 どんな結末が待っていたとしても。

 サラは腕時計に目をやった。

 出動の時刻が迫ってきている。残酷なようだが、決断を求めなければならない。

「私としては、リファにも一緒に来て欲しい。今度こそ、自分の目で全ての決着を見ていて欲しいの。無理に、とは言わないけれども……。どうする? 行く?」

 適当な口実を述べたつもりはない。

 これが今の彼女にできるリファへの思いやりであると思っている。

 自分の目で決着を見て欲しいという言葉に、リファはぴくりと反応した。

 ややあって、彼女はぽつりと呟いた。

「……行く」

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