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復讐編17 父と娘

 久々の親子の対面は、のっけから修羅場の様相を呈していた。

「もう、止めにしないか。我が儘も、ここらでよかろう」

「何言ってるのよ、パパは! あの時あたしがどういう気持ちだったかなんて、何にも知らないクセに! 自分が偉くなれば、それでいいんでしょ!」

 頭から喧嘩腰のユイ。

 同席しているサラには、何がなんだか事情が飲み込めない。

 確か数週間前、ヴォルデが都市統治機構本庁へ乗り込んでカルメスと直談判し、当面については引き続きこちらに預けてもらうということで話は済んでいたのではなかったか。少なくとも、サラはそれ以上の情報を得ていないし、恐らくヴォルデもセレアも、そのように思っているであろう。

 涙声の彼女の訴えにも、カルメスは冷淡な調子を変えず

「お前がそう聞き分けがないようなら、ここの方々にご迷惑をおかけすることになってしまうぞ」

 それまで黙って成り行きを見守っていたサラが、初めて反応した。

「……補佐室長。それは一体、どのようなお話なのでしょう?」

「未成年者保護条例違反。構成員の生命に関わる危険業務とわかっていながら、未成年者を意図的に雇用したということだよ」

「……何ですって!?」

 ようやくサラは理解した。

 ヴォルデには言い分を呑むとは言ったものの、先日の襲撃事件を奇貨としてユイをStar-lineから引き剥がしてしまおうと思い立ったらしい。

 が、それは表向きであろうという気がした。

 要は――ヴォルデによって治安維持機構B中隊の面目を丸潰しにされたことへの報復なのであろう。というよりも、治安維持機構の非違を認めたという人物によって、カルメスは何らかの面白からざる指摘を受けたに違いない。同部隊の主管組織は都市統治機構総務局都市治安対策室であり、さらにいえば、その総務局員である彼もまた、大なり小なり治安維持機構に対する発言権を持つ人間の一人なのである。今のこの事態は、そういう立場のカルメスが思いつきそうな仕返しである。

「親馬鹿とでも何でも、罵ってくれて結構。私は親として、これ以上娘を危険に晒しておく訳にはいかないのでね」

「パパの馬鹿! 自分の出世しか考えてないくせに! 死んでしまえ! もう来るな! 出て行け!」

 泣き叫びながら、ユイは部屋を飛び出して行った。

 カルメスはソファから腰を浮かせつつ

「ユイ! ユイ! 待たないか――」

 叫んだが、追いつかなかった。

 娘に「死ね」とまで罵倒された挙げ句逃げられてしまった彼は「クソッ!」と小さく舌打ちしている。

 カルメスとユイ親子の経緯について、サラはショーコやヴォルデから話として聞いていたに過ぎない。

 ゆえに出来るだけ自分は口を出すまいと思って同席していたのだが――どこからどうみても、カルメスには親であるために最低限必要な意識すら欠落している。これでは娘に愛想を尽かされて然るべきであろう。

 つい口をついて言葉が出ていた。

「……補佐室長。こういうのも、何ですが」

 サラの視線が真っ直ぐにカルメスをとらえている。

「深刻な家庭の問題を解決しようとなさるのに、社会不安と都市条例を盾にとられるというのは」

 情けない、と言おうとしたが、直接的な感情表現だけは避けようと思い

「些か、親として哀しいことであるように思います」と、遠回しに言った。

 それにせよ、痛烈な皮肉である。

 親として無能だと言われたにも等しい。

「……」

 しばらく彼女を睨みつけていたカルメスは、やがて無言のまま部屋を出て行った。

 はあっと一つ、大きな溜息をついたサラ。

 Star-lineが戦わなければならない相手というのは、何もテロ組織だけではないらしい。



 ふと、背後に気配を感じた。

 振り返ると、ウィグが独り立っていた。起きぬけらしく、手の平で眠そうな顔をこすっている。

「……少しはお休みになられましたか?」

「ああ。起きてきたら、レヴォス君の部屋から灯りが漏れているのに気がついたものでね。――まだ、計画に何か上手くいかない部分でもあるのかな? 徹夜なんかするなよ」

 彼は机の上に散乱している書面を覗き込むようにした。

 今日はどういう風の吹き回しか、気になっているらしい。

 普段は計画のことなど一切任せっぱなしにしているのに、とレヴォスは内心おかしかったが

「いえ、今のところ変更の必要は発生していません。ケレナから直近の状況報告が届いたものですから、念のため計画と摺り合わせしていたのです」

 一枚の書面を手にとってウィグに差し出した。

「ほう、ケレナからねぇ……。彼女は上手くやっているかい? あの固っ苦しい建物の中にいて、ストレスでも溜めていないといいけどねぇ」 

「彼女が自ら志願した担当ですから。報告の中に、面白いことが書かれてありますよ」

「うん。彼女らしい、実に詳細な報告だね。様子が目に浮かぶようだよ。……小説家になっても、十分食っていけるかも知れないな」

 ぶつぶつ言いながら、ぎっしりと文章で埋め尽くされた書面にさあっと目を通しているウィグ。

 一通り読み終えた彼は、レヴォスに視線を向けた。

「……Star-line封じ?」

「ええ、そのようです。これは一昨日きた報告なのですが」レヴォスは別の書面を取り出し「先日の一件で我々が包囲を破って逃走したあと、Star-lineと治安維持機構との間でひと悶着あった模様です。治安維持機構側がStar-line隊員数名に同行を強制し、激しく揉み合いになったとか。結果的にヴォルデ会長の強い抗議によって都市統治機構側が折れ、双方合意の上で表沙汰にはならなかったようですね」

「呆れたものだ。連中、いよいよ見境がなくなってきているみたいだな」

 書面を机の上に放り出したウィグ。「ま、そういうきっかけを作っちまったのは結果的に俺達だけど、さ」

 スタンドの暗い明かりに照らされた彼の表情は、どこか浮かない。

 ああいう形での対決になってしまったことについて、ウィグとしては必ずしも快くは思っていないということを、レヴォスは知っている。そもそもはテリエラの連中が指示を聞かずに独断専行してしまったがために、わざわざウィグが愛機を担いで援けに行く羽目になったのだ。

 そして――よりによって二度と会うつもりのなかった想い人に会ってしまったという事実も、レヴォスは何やら雰囲気で察している。

 彼は、何も風向きは悪い方にだけ流れているのではないと教えてやるべきだと思い

「ただ、これによって今後都市統治機構がStar-lineの活動に何らかの歯止めを講じる可能性が出てきていますから、我々の計画にとってあながち悪い話ではありません。それに――」

「それに?」

「ここです」

 書面をウィグに示しながら、一部分を指で指して見せた。

「詳しい事情はよくわかっていませんが、一件以来ターゲットに大きな動揺が見られるようです。俄かに総務局で持ち上がっているStar-line封じの動きと、無関係ではないかも知れませんね。今、まさにこのタイミングは追い風となりそうではないですか」

 状況の好転を強調して述べたつもりだったが、ウィグは興なさげに頷いただけであった。

 少しの間じっと書面を睨んでいたが

「……レヴォス君、これだけは確認しておくけど」

「はい」

「敵は、Star-lineじゃないからねぇ」

 言い捨てておいて、ウィグはふらふらと部屋を出て行ってしまった。

 あとに独り残されたレヴォス。

(Star-lineが出てこなければ助かるのは、我々もあの人も同じな筈だが……)



「はい、はい、ええ……そうなんです。私もそのように伺っておりましたので、まさかこんなことになろうとは――」

「ああっもう! いい加減にして欲しいわ! 何よ、その言い草は! この状況下でユイちゃんを失ったら、Star-lineの戦力はどうなるのよ!」

 セレアに電話で報告しているサラの横で、ショーコがキレまくっている。

 対面の模様を触りだけしか聞いていないのだが、すでに怒りが大爆発してしまったのであった。そこへ折り返しになっていたセレアからの電話が入ったからたまらない。

 うるさくて通話どころではないサラ、ついに受話器を手で押さえ

「ショーコったら! 今セレアさんと電話中なのよ? 怒るのはいいけど、少し静かにして頂戴!」

 一喝が炸裂した。

「……ごめん」

 これにはショーコも沈黙せざるを得なかった。

 普段穏やかなだけに、サラがキレるとこの上なく恐ろしい威厳がある。

「――あ、どうもすみません。隣でショーコが……あ、ええ、あはは、いえいえ、そんな――」

 再び朗らかに喋り始めた。その目の前で、固まっているショーコ。

 独り黙って事務処理に勤しんでいたブルーナは、つい笑いそうになったがぐっと堪えた。

 すでに事情は聞き知っている。

 隊員、というよりも重要な戦力を一人失うかどうかの瀬戸際なのである。

 ショーコのことを笑うに笑えない。 



 オフィスで新たな問題が持ち上がっているその頃。

 ぽつんと空いてしまったハンガーで独り、相棒のいない空間を眺めているサイ。

 MDP−0は電導部の全面的な修理ならびに機体全体の電導試験が必要となるため、メーカーに里帰りしている。

(俺も、まだまだだな。あんな攻撃なんかで、機体を全損させてしまうなんて……な)

 相手が飛び道具を駆使したとはいえ、外傷は思いの外軽かった。

 が、問題は断導ナイフによってやられた怪我である。

 サイにしてみれば、大破させられたにも等しい。自分の恥、というよりも機体に対して申し訳のない気持ちがある。上手に乗ってやれなかった、という。

 独り後悔めいた暗澹たる気持ちで佇んでいると

「――サイさーん! スティリアム物理工学研究所から電話です。イリスさんとかいう女性の方ですけど」

 シェフィが呼びにやってきた。

「イリスさんが?」

 思わず眉をしかめたサイ。

 名指しで連絡を受ける心当たりなどない。



 ――そして数刻後。

 サイはA地区にあるスティリアム物理工学研究所の一室にいた。

 通されたのは応接室ではなく、イリスのプライベートルームである。

 窓のない閉鎖された空間。壁一面にはルームシアターよろしく満天の星空の映像が映し出されている。

 なんだってこんなひどい部屋をあてがわれているのだろうと思っていると

「……すみません、お呼びだてして」

 コーヒーを持ってきてくれた。

「あ、いえいえ。今、隊にいてもすることもないですから」

 情けなさそうに言った。

 が、イリスは首を横に振り

「データは見せていただきました。あの絶望するような状況下で、よくあれだけの働きをしたものです。損傷は一部の装甲とセンサーだけで、五体は全く無事だったそうじゃないですか。この研究所では、その噂で持ちきりですよ? スティケリア自体でも大変な評価だって聞きました。――うちの女性研究員もみんな」彼女は壁に掛けられた額縁を指差し「あれ、欲しがっていましたよ?」

 悪戯っぽく笑った。

 額縁の中には、いつぞや彼が名前を書いてやった色紙と、ツーショットの写真が入っている。

「はぁ……。恐縮です」

 ナナに知られたらきっと怒られるだろうと思った。

 彼女は所用でスティケリア重工のラボに出向いている。そういう用事がなければ、きっと彼女も一緒に来ていたことであろう。

 サイは入れてくれたコーヒーをずずっと一口すすり

「それはそうと、随分密閉されたお部屋ですね。セキュリティ上の理由ですか?」

 適当な質問をしたつもりだったが、イリスはこっくりと頷き

「ええ、そうなんです。研究員達のプライベートルームはどれも、こんな感じなんです。だから、こうやって自然の風景とか、プロジェクターで投影して気晴らししているんです」

 映像が切り替わり、一転して明るい南国の海中の様子になった。

 そういえば、とサイは思いだした。

 Star-lineが本格的にテロ組織と対抗するようになって以来、この施設は幾度か標的になっている。

 重点警戒特区内に施設があるStar-lineならまだしも、こんな僻地に位置している以上、独自にセキュリティに気を遣わねばならないというのが現実らしい。Moon-lightsの騒ぎ以来ろくな休みも与えられないStar-lineも大変だが、常にこういう苦労をしている人達もいるものだと、サイはあらためて思った。

「本当は、こんなむさ苦しいお部屋に入っていただくつもりもなかったのですが……。どうしても、他の人達には聞かれたくなかったので、ここへお呼びしたのです」

「……?」

 イリスはちょっと俯いたあと、顔を上げてサイを正視した。

「実は、先日お貸しした装甲シートの圧着が上手くいかなかったという報告を聞いたものでして。今ならまだ間に合うと思って、来ていただいたんです」

 心持ち、彼女はぐっと上体を前に乗り出している。

 ああ、そんなことか、とサイはやや相好を崩しつつ

「どうも、化粧崩れのせいみたいなんですよ。こればっかりはうちのメンテに関わることだからってそう言ったのに、うちのショーコさんが余計な電話を入れてしまったかもしれませんね」

「いえ、いいんです。塗料劣化くらいで剥がれるようなら、まだまだ開発が不十分だという証拠です。

――それで、これなんですけど……」

 彼女は3センチ角くらいの小さなサンプルを手にしている。

「つい昨日、どうにか試作段階を終えたものです。耐衝撃緩衝材の、一番新しい改良タイプのものです」

「え……? 改良型?」

 サイはサンプルを手にとらせてもらった。

 まるでオブラートかセロハン紙のように薄く、その上ほとんど重さを感じないほどに軽い。しかし弾力があり、指で曲げても折れることなく強い力で復元する。

「先日、ジャック・フェインとテリエラの襲撃を受けた際に零距離銃撃による攻撃を仕掛けてきたようですね。スティケリアからもらったデータを見る限り、MGN77級の強力なものだったのではないかとのことですけれども」

「そうなんです。あれはまだ避けようもあったんですが、もしミドルレンジで狙撃を受けたらどうなるかわからない。MDP−0の装甲は従来の機体に比べて格段に強固ではあるんですけれども、断続的な銃撃による衝撃への耐性ということについては、いまいち強度に保証がない。それで無理を言ってシートを貸与していただいたんですよ。なのに、圧着が上手くいかなくて、しかもその隙に襲撃ときた」

 サイは情けなさそうに首を振った。「……絶妙のバッドタイミングです」

 そんな彼の様子に、イリスはくすりと笑って

「このシートは従来のものに比較して強度が67パーセント近くアップしています。でも重量は18パーセント軽くなっていまして、装甲重量比率にも影響はでないかと思います。何よりも弾性にすぐれていますから、断続した銃撃を受けてもシート自体は継続して強度を保てます。圧着率も高いですから、装甲が間接衝撃で強度低下を起こしたとしても、本体装甲の代用にもなるんです。賊機が機関銃なんか装備していても、これなら十分に対抗できますよ」

「おーっ! そいつはすごいじゃないですか!」

 思わず驚きの声を上げたサイ。

 彼に素で喜ばれ、イリスはちょっと恥ずかしそうに顔を赤らめた。

「とりあえず、MDP−0の分ならすぐにご用意できますので、どうかお使いください。もし、出動があった場合、あとでデータだけいただければ、問題はありませんので」

 これさえあれば、とりあえず銃撃による損傷を気にしなくて済む。

 再びウィグを相手にするとなれば、このことは大きい。あの厄介な電導切断ナイフと連撃にのみ注意を集中することが可能になる。

 サイは素直に喜んでみせたが、ふと気になったことがある。

「こんなすごい開発品をご提供いただけるのはありがたいんですけれども――本当に、いただいても大丈夫なんですか?」

「ええ、あの――本当はまだ、開発主任のゴーサインが出てはいないんですけど……」

 彼女の独断だという。

 これが露顕すれば大事になるであろう。

 研究者には、研究内容を秘匿する義務がある。これを意図的に外部へ漏らしたならば、良くて厳重注意、悪くいけば解雇、あるいは告訴されかねない。

 さすがにサイは躊躇った。

「いいんですか? もしこのことが知られたら、イリスさんは――」

 そう言いかけたが、彼女は最後まで聞かずにいきなり頭を下げた。

「どうか、どうか、リファのこと、よろしくお願いします!」

 その頭の下げ方は、ほとんど直角に近い。

 一瞬びっくりしたサイだったが、すぐに表情を真剣に戻し

「……イリスさん、もしかして、リファさんの――」

 ゆっくりと顔を上げたイリスの目に、涙が浮かんでいる。

「ええ。全部ではないですけど、あのコの過去を、私も知っています。どんなに辛くて、苦しい思いをしながら生きてきたかということも」

「……」

 彼女はそっと人差し指で涙を拭いながら

「前に一度だけ、あのコが話してくれたんです。でも、話の最後に『イリスちゃんみたいなお友達ができて、本当に良かった。ヴォルデさんとかセレアさんとか、イリスちゃんみたいな優しい人達が一緒にいてくれるから、あたしは生きていられるの』って……」

 そういうことか、とサイは内心深く頷かずにいられなかった。

 イリスはイリスで、無邪気に慕ってくれるリファの存在を大切に思っていたのである。

「今の私にできることは、これくらいしかありません。でも、サイさんとかStar-lineの皆さんの力になることが、必ずあのコを支えてあげることにつながると思うんです。ですから……」

 何かを言いかけたが、胸に詰まるものがあるのか、言葉にはならなかった。

 しかし、それで良かった。

 サイは、彼女のリファに対する友情の深さだけは心の底から理解していた。

「……イリスさんの好意は、絶対無駄にしません。俺なりのやり方で、リファさんの力になります」

 言い切った。

 嘘や建前を言ったつもりはない。正直な決意であった。

 彼女は泣きながら、ゆったりと微笑んで見せた。

 ――Star-line本部舎に戻ったサイは、ショーコにだけ事柄を報告した。

「そっか……」

 珍しく彼女は遠い目をして、しばらく天井の隅を見つめていた。

 やがて、サイの方へ目線を移し

「……あのコを支えてくれている人が、他にもたくさんいるのよね。安心した」

 嬉しそうに微笑んだ。

「ま、いざとなったら、ヴォルデさんにちゃんと話せばいいのよ。そうすればあのイリスさんだって、お咎めなしで済まされるかもしれないし。……その時は、あたしに任せておいてくれればいいわ」

 まだ何一つ決着がついてはいないものの、どこかホッとした気持ちになったサイであった。



 さらに二日が経った。

 MDP−0がない以上、不測の事態が起こった場合の不安は誰の胸にもあったが、幸いにしてこれといった出動要請がかかることはなかった。サラはセレアと相談の上、終日1グループ当務体勢に切り替え、片方のグループは緊急事態がない限り非番という扱いにしていた。当然各自に自由な時間が戻ってきたのだが、この都市全体が厳戒態勢下にあってはどうすることもできない。結局、非番のグループも本部舎にやってきては、何かしら作業をやっているのであった。

 そうして、セカンドグループ当番明けの朝。

 何事も起きなかった夜をありがたく思いながら、仮眠室から出てきたサラ。

 早起きの彼女は、コーヒーを飲みながら朝刊を読むのが日課になっている。

 まだ誰もいないオフィスで一人、新聞を広げた彼女は驚いた。

 一面に大きな見出しで

『地下高速軌道交通都市センター街線各駅、深夜に爆発 テロか』とある。

 各地区からファー・レイメンティル州都市中心部に向けて、地下高速軌道交通システム――つまりは地下鉄のことだが――が整備されており、L地区やM地区などに位置する都市統治機構といった都市機能や大手企業に勤める人々の通勤の足となっている。非常事態宣言発令以来、朝夕人の流動は激減していたが、それでも毎日都市機構や会社へと出てくる人間は皆無にはなっていない。

 記事に目を通していくと、爆破されたのはG、H、L、M、N、Q、R、S、T合計9地区にある都市センター街線の駅で、午前一時から二時にかけて、次々と連続で発生したらしい。深夜のことで乗客も駅係員もいなかったため、幸いにして死傷者はいなかった。ただ、当面の間は運休となり、復旧の目処は立っていないという。

「当面不通、か……」

 呟いてから、サラはふと気になった。

 脳裏に、ジャック・フェインやテリエラの存在がある。まず彼等か、もしくは関連を持つ組織の犯行に間違いないであろう。

 だが。

(なんだって、都市センター街線だけを狙ったのかしら? 路線はまだ幾つも通っているのに)

 疑問はまだある。

(これだけの厳戒態勢の中で、どうやってこんなに数多くの駅を爆破できたのかしら? それに、都市機能を狙ったのならまだしも、駅を狙う意味がわからない)

 そのあたりの疑問に答えてくれるような内容は、記事の中には見当たらない。目下、警察機構が捜査中であるとの一文があるに過ぎなかった。

「ふーん……」

 新聞を丁寧に畳みながら、サラは考えている。

 もしかすると――これは恐らくジャック・フェインの仕業なのではあるまいか。

 彼等が最終的に都市統治機構への報復を目的としている見方が有力である以上、今回の連続爆破はその布石に過ぎない。これを足がかりとして、次の行動が起こされるのではないだろうか、と。

 とすれば、である。

(ジャック・フェインが実施した爆破の手段とルートを綿密に検証すれば、次の行動を予測できるかもしれないわね。もしかしたら、都市統治機構への襲撃を開始するとなればそれは地下を通じて、ということになるかもね……)

 一警備会社の立場ではそれを突き止めたところでどうにもできないが、ヴォルデを動かすことができれば話は別である。

 サラはコンピュータを立ち上げると、STRに対しL地区、M地区を中心とした地下高速軌道交通整備状況図を送ってくれるようにメールを入れた。

 その時である。

「サラ隊長! 大変です!」

 ブルーナが血相を変えてオフィスに飛び込んできた。

「あ、ブルーナさん。おはようございま――」

「サラ隊長! 都市統治機構法務推進局の係員が――」

 言い終わらぬうちに、彼女の後ろから物々しい制服に身を固めた男達が続々と入ってきた。

 うち、一人が前に進み出てきて

「スティーレイングループ専門警備会社Star-line、総指令長セレア・スティーレイン殿はこちらにいらっしゃいますか?」

 朝っぱらから何事かと、サラは目を丸くしている。

 何が何だか飲み込めないまま、とりあえずゆっくりと立ち上がり

「セレアは普段、こちらにはおりません。私が隊長ですから、代わりにお話を承りますが」

「そうですか。管理代行者の方であれば、それでも結構です」

 男性は懐から一通の書面を取り出すと、サラに示して見せた。

「スティーレイングループ専門警備会社Star-lineに対して、都市統治機構条例管理局よりファー・レイメンティル州条例に基づく業務停止命令を発令します」

 法務推進局による条例執行書である。

 サラはわが耳を疑っていた。

(業務停止命令?)

 そんな命令を受ける覚えはない。

 その理由を訊こうとすると、それよりも早く男性は

「未成年者に対する危険業務就業禁止事項に対する違反の疑いにより、当面の業務停止を命令します。これを遵守しなかった場合、違反罰則が科されますので、あらかじめご承知ください」

 示された書面をよく見てみると、それらしい一文がある。

 とはいえ、いつ、どこで、Star-lineが未成年者を危険業務に就けたというのか。

「ちょ、ちょっとま――」

 言いかけて、サラは言葉を呑み込んだ。一件だけ、心当たりがある。

 ――ユイ。

 その父親を称する男が、本当に実力行使に及んだものらしい。

 条例管理局と総務局はその性質上、スタンスは同格にある。

 総務局の求めに応じて条例管理局が案件を精査し、云と言えばこういうこともあり得るのである。自分の面子のために都市権力まで動かしてこういう報復をする男の精神が、まったく理解できない。

 あまりのバカバカしさに、サラは思わず笑い出しそうになった。

 執行官の男性は淡々とした表情を変えることなく

「簡単な業務状況確認を行わせていただきます。三十分程度、お時間をいただきますがご了承ください」

 こういうと聞こえは軟らかいが、要は軽い家宅捜索に等しい。

 隊員達が仮眠中、あるいは出社前だから少し待ってくれと言おうとすると

「ちょっ、サラ! これは一体、どういうこと!?」

 いつの間にかショーコをはじめ、Star-lineの面々が集まってきていた。

 半ば呆れた表情でサラは

「……見ての通りよ。都市統治機構には、大変子供思いの親御さんがいらっしゃるみたいですから」

 一瞬「?」となったショーコだったが、すぐにその意味を理解すると

「ふざけんじゃないわよ! あのクソ親父――」

「ショーコさん! ダメですってば。あいつら殴ったら、それこそ俺達は――」

 キレて詰め寄っていこうとしているショーコを、背後から必死に止めているサイとナナ。

 サラは猛る彼女を抑えるように片手を差し出しながら

「駄目だというのだから仕方がありません。本日をもってStar-lineは業務を停止いたします。スティーレイングループにも迷惑をかける訳にはいきませんから。――ただし」

 彼女の目がギラリと鋭くなった。

「当方には、二機のCMD並びに付帯する諸々の物品を所持しています。これの整備調整すら禁止となりますと、当然劣化または環境条件によって何らかの損失が発生する可能性があります。企業刑事法ならばともかく、州条例においてはそこまでの業務付帯行為禁止権限を持たない、という解釈でおりますが……いかがでしょうか?」

 教科書でも読み上げるように、一気に喋り抜いたサラ。

 その傍らでキレていたショーコも驚いて、呆然としている。いつの間にそういうことを調べたのであろう?

 聞いていた条例管理局執行官も、そこはその道の者達である。

「その通りです。ここでいうなら、例えばCMD、これを制限された敷地区域外へと搬送して稼働を試みることは明確な違反となりますが、特定区域内にて整備調整、あるいは試験稼働等を行っても、州条例はこれをも禁止するものではありません。すでにお調べになっているようなので詳しい説明は不要かと思いますが、州条例に基づく業務に該当する行為は、あくまでも特定区域内を越えての活動ならびに営業行為ということですので」

「……わかりました。その執行書、受領いたします」

 簡単に業務書類やロッカーなどを確認したあと、執行官達はあっさりと引き上げて行った。

 窓から法務推進局の連中の車が去っていくのを眺めていたサラは

「所詮、根拠の薄い州条例程度しか持ち出せなかったのね。苦し紛れだこと……」

 凄味のある笑いを浮かべた。

 今まで見せた事もないサラの鬼気溢れる表情に、

「……」

 ショーコはかける言葉が見つからなかった。

 無意識に、両脇のサイとナナを抱き締めている。

「しょ、ショーコさん……苦しいんですけど……」

 その傍らで、ぺたりと床に座り込んでいるユイ。すっかりしょげかえっている。

「隊長……ごめんなさい。あたしのパパが、こんなことを……」

 目の前に屈みこんで、その肩に手を置いたサラ。優しく微笑みかけながら

「気にしないで。ユイちゃんにはなんの責任もないのよ。あなたのことは、みんなが守るから安心して」

「隊長……」

 ユイの目に、涙が浮かんでいる。

 彼女の頭を優しく撫でつつ、サラは立ち上がった。

「それよりも、今のうちに調べておかなくちゃいけないことがあるの。みんな、朝のニュースを見たでしょ?」

 とんだ一日のスタートになってしまったが、オフィスにはリファを除く全員が揃っている。

「例の爆破ですか?」

「そう。もしかしたら、ジャック・フェインを抑える手立てが見つかるかも知れない。――ちょっとばかり、手を貸して欲しいのよ」

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