復讐編16 都市権力の暴走
「あ、あたしは――」
リファが反論する間もなかった。
いつの間にか彼女の背後に回っていた二名の隊員が、左右から彼女の両腕を抑えた。
「連れて行け」
中隊長が冷たく命令した。
「いやっ! 離して! やめてったら! いやぁっ!」
屈強な男達に両脇を固められている。
ふりほどこうともがくが、リファの力では及ぶものでない。
そのまま引き摺られるように連行されかけた。
そこへ
「待ちな!」
ショーコが行く手に素早く立ちはだかった。
「あんたら、汚いにも程があるんじゃないの!? うちらを囮に利用しておいて、なおかつリファを連れて行こうなんてさ」
実は、最初にそう気がついたのはナナである。
緊急時避難室で本部舎周辺の様子を調べていた彼女は、治安維持機構部隊が展開しているにも関わらず、なかなか突入しようとしないのを不審に思っていた。外へと飛び出してみれば、対CMD用炸裂弾が雨あられのように降り注いでいる。明らかに民間組織の機体があるにも関わらず、である。彼女は自分の直感が外れていないことを確信し、追ってきたショーコに告げた。
治安維持機構はStar-lineを囮にして賊を捕獲するつもりであったのだ、と。
うっすらとそんな予感がしていたショーコは、即座に同意した。
その上賊の確保に失敗するや、今度はリファを連行しようとしている。この部隊が明確な裏の意図をもって出動してきているのは、もはや疑う余地を容れなかった。
中隊長の男はフンと鼻を鳴らし
「邪魔をするな。君達Star-lineとて、組織的被疑者隠匿の容疑が認められる。追って事情聴取と家宅捜索があるから、大人しくしていた方が身のためだ」
これは裏で何かある、ショーコは思った。
現場の一指揮官が独断でそういう事を決定できる筈がない。治安維持機構、あるいは都市統治機構が企てた何事かを言い含められた上で、この男は出動してきているのであろう。
が、その程度の脅しで怯むようなショーコではない。
「……あんたが中隊長? サエロの親父はクビになったのかしら?」
「君達には関係ない。――もう一度言う。そこをどきたまえ。さもなくば、スティーレインにとって良くないことになると思った方がいいな」
目を細め、口元に嫌らしい笑みを浮かべている。
こういう権限を振りかざす男は、身の毛がよだつほど嫌いなショーコ。
「……このStar-lineを、ナメてんじゃないわよ」
ほとんど引っ叩くか殴るか、しそうな勢いである。
と、停止していたMDP−0がいきなり動き出した。
素早く右腕が動き、腰部ホルダーから拳銃を抜き取った。
銃口をぴたりと中隊長に向けるや
『……CMDのケンカなら、買ってやるぜ? こちとら負傷中だが、腰抜けの五機や十機、問題ない』
サイである。
彼にもそういう芸当ができたのかと、ショーコはちょっと嬉しくなった。
が、その足元では既に事が始まってしまっている。
取り押さえに近寄って来た治安維持機構隊員をナナが突き飛ばし、ユイは股間に蹴りを入れていた。喰らった隊員はたまらず、くの字になって蹲った。
たちまち隊員二人を撃退したナナとユイ。若い女性とは思えない程の豪胆さに、サイとショーコは一瞬呆気に取られた。
顔を見合わせて互いに頷き合うと、リファを捕まえている隊員達目掛けて突進していく。
政府組織である治安維持機構でも、さすがに女の子の取り扱い方は教えていないらしい。
隊員達がどうしたものかとまごついたその瞬間、ユイのドロップキックとナナのタックルが飛んできた。十分な助走はついている。
「うわぁっ!」
哀れな二人は吹っ飛ばされてアスファルトの上に転がった。
「リファさんに、触るなぁっ! この変態ドスケベ痴漢野郎!」
ユイが咆えた。
大人しくするどころかさんざんに荒れ狂っている女の子達の姿に、中隊長は度肝を抜かれたらしい。
「き、貴様等、自分のやっていることがわかっているのか!? ――なっ!?」
ショーコにその胸倉をつかまれていた。
「は、離せ! これは公務執行妨害だぞ! 離さんか!」
中隊長はもがくが、ショーコの手は離れない。
CMD整備で日頃から鍛えられた握力と腕力がモノをいっている。
彼女は取り巻いている治安維持機構隊員達をキッと睨み
「そこら辺の腰抜け中隊! あんた達、あたしの名前をよーく覚えておきな!」
力任せに中隊長を地面に引き摺り倒してから
「元治安維持機構Dブロック整備班長ショーコ・サクってのがこのあたしだ! 知らない馬鹿野郎からかかってきな!」
啖呵を切った。
ほんの数人ばかり、えっという顔をした者がいる。が、彼女にはわからない。
予想外の抵抗を受け、業を煮やした中隊長は
「ええい! 全員、連行しろ! 何をしている!?」
地面に転がったまま、大声で命令した。
「……お、おいっ!」
「お、おう!」
女性相手に躊躇っていた隊員達だったが、上長の命令を聞かなければ後でどうなるかわかったものではない。一人、また一人と駆け寄っていく。
たちまち揉み合いになった。
ほとんど捕り物である。
いかに死力を奮って抵抗したところで、これだけの人数相手に立ち回りは不可能である。
「触んじゃないっ!」
「死んじゃえ、この変態! 近寄るな!」
サイはサイで、足元の隊員を踏み潰してでも彼女達を助け出しに行きたいのだが、何機もの治安維持機構機に阻まれて前に進めない。相手を損傷させないように払い除けていたが、とても追いつくものではない。こうなれば叩き潰してもやむを得ないかと、サイは覚悟を決めた。バッテリー残量が幾らもないが、力尽きるまで都市権力に抗するまでのことである。
「――そこをどけ!」
片や、CMDの乱闘が始まった。
だが既に抵抗も虚しく、十重二十重に取り囲まれたショーコはじめ四人は取り押さえられかけた。
その混乱の最中である。
「――これは一体、どういうことかね? 説明を願いたいものだ」
その場の誰もが一斉に振り向いた。
ヴォルデであった。
セレアを従え、凛然と立っている。二人の周囲を武装したSTR機動班が厳重に警護していた。
「私のStar-lineに、どのような御用かな? ――私にはどうも、ショーコ君達を取り押さえようとしているように見えるのだが。どういう容疑なのだろう」
彼は人だかりの真ん中をつかつかと歩いて行って本部舎敷地内をしげしげと見渡し
「見れば、対CMD用炸裂弾まで打ち込んでくれたようだな。敷地内には隊員達がまだいたというのに、どうしてそういう判断ができたものかね。詳しく説明を聞こうじゃないか」ショーコや中隊長が揉み合っている方を振り返り「……ああ、ショーコ君、離してやりなさい」
彼女の手は胸倉をがっちりとつかまえていたのである。
ヴォルデの指示に
「……」
無言で、突き放すように手を離したショーコ。
路上に転がされていた中隊長の男はゆっくりと立ち上がった。
彼は乱れた制服を直しながらショーコを睨んでいたが、やがてかくしゃくとヴォルデの前まで歩いて行った。
ピッと敬礼をして
「これはヴォルデ会長。私は治安維持機構Bブロック中隊長、ゲッツ・ファイレンであります」
名乗った。
「ほう、Bブロック中隊長殿、かね。サエロ・トレッティーノ君はどうしたのだろう」
「サエロは過日、ジャック・フェインの卑劣な襲撃を受けた際、隊員達を庇って名誉の負傷となりました。現在は療養中でありまして、私が中隊長代行となっておるのです」
「そうか。ヴォルデがよろしく言っていたと伝えておいてくれ給え」
興味なさげに軽く受け流したヴォルデ。
隊員を庇った名誉の負傷などではなく、一方的に蹂躙された挙げ句得体の知れない薬物を飲まされて隊務に就けなくなったという事実くらい、彼はとうの昔に耳にしている。
「それはともかく、だ」
鋭い視線をゲッツにくれてやりながら「さっきの質問に答えてもらおう。リファ君やショーコ君達を連行しようとした容疑は何かね? 組織の責任者である私の方には、警察機構から何の連絡も受けていない。連行しようとしたからには、令状の一つも持参しているのだろう? 見せてみたまえ」
口調は淡々としているが、彼の静かな怒りが一語一語に込められているようである。
取り巻いている治安維持機構の隊員達は瞬時に凍りついた。
増して、それを正面から受けているゲッツなどは、すでに目が泳ぎきっている。先ほど見せた威勢などはすっかり影を潜めてしまっていた。
「れ、令状でありますか……。そ、それは、その、その、ですね……」
うろたえている。
「……ないのかね?」
「あ、え、いや、その……今、私の手元には……」
ヴォルデの容赦ない追及に、彼はつい本当のことを口走ってしまっていた。
「ほほう。これはまた、不思議なこともあるものだ。令状も持たずに民間人を連行とはね。治安維持機構の権限はいつからそこまで大きくなったのかね? 都市治安委員会でも、そのような話はなかった筈だが」
「……」
「どうだ、この際はっきり言いたまえ。――指示を出したのは誰かね? 州知事か、もしくは副知事かね? あるいは、治安維持機構の人間かな?」
「あ、いえ、その……」
こういう場合、口が裂けても属人名などは出すべきではない。ゲッツは口ごもっている。
それを知っているヴォルデはそれ以上問いただそうとはせず
「では、治安維持機構に直接問い合わせることにしよう」
くるりと背を向けた。
主管組織などへねじ込まれようものなら、自分はもちろん治安維持機構Bブロック中隊としての面子は丸潰れになる。さすがにゲッツは慌てて追いすがり
「ま、待ってください、ヴォルデ会長。我々とて、この都市の治安を思えばこそ、こうして任務を遂行している訳でして――」
「任務のためなら、何か? 無実の民間人を連行しても構わんとでも?」
「この件に関しましては、その、後日正式な見解をお伝えさせていただきたく、その、今日のところはご勘弁いただけますれば……」そこでよせばよかったが、ゲッツは「リリア・ベーズマンはその、D−ブレイク作戦の重要参考人でもありますし、我々治安組織としてはですな――」
そう口にした瞬間。
「彼女は私の大事な孫娘だ! 一切、手出しは許さん!」
ヴォルデの一喝が炸裂した。
国内外の政財界に知られた重鎮の咆吼である。
治安維持機構隊員達は皆、固まっている。
「それでも、連行するというのなら」
ぎらりと鋭い視線を中隊長に向けた。「――スティーレイン・グループの総力を挙げて相手になろう。よろしいかな?」
凄まじい殺気が漂っている。
中隊長は顔面を蒼白にしたまま、身じろぎもしない。
(か、カッコいい……)
状況を忘れてヴォルデに見とれているショーコ。
が、背後から胸に手を回されていることに気が付くと
「ふんっ!」
頭を思い切り後ろに振ってやった。
「がっ!」鈍い音に続けてドサリという音がしたが、ショーコは振り返らない。
鼻っ柱に頭突きをくらっては、どんな屈強な男でもたまったものではないだろう。その光景を見ていたナナが、さすがに「痛そう」という顔をした。
(孫娘……?)
この場でたった一人、例の話を聞かされていないユイ。ヴォルデの言葉に首を傾げていた。
「今夜はもう、引き取り給え。これ以上どうこうしようというなら、それなりの覚悟が必要だと思いたまえ」と言ってからヴォルデは露骨に顔をしかめ「――私の命よりも大事な孫娘を犯罪人扱いするなどとは、実に不愉快だよ」
もう一度、孫娘、という言葉を使った。
「……」
完全に魂を抜かれたように突っ立っているゲッツ。
「引き取り給え」
もう一度促され、彼はやっとぎこちなく頭を下げた。
くるりと振り返り「撤収! 撤収するぞ!」
叫んだが、口の中が乾ききっているのか、命令する声が裏返っていた。
一声によって、呪縛から開放された隊員達がわらわらと動き出した。まるで雲の子を散らすかのように、ヴォルデやその付近には誰もいなくなった。
そこへ、赤い回転灯を点けた警察機構の車両が何台もやってきて急停止した。
一台の黒塗りの車両から降りてきた警察機構職員がいる。
彼は駆け足でヴォルデの前へとやってくるなり
「警察機構L地区統括管理長ノイス・マーノです。到着が遅れまして申し訳ございません!」
「ご苦労様。治安維持機構はこの通り、追い返しておいた。あとのことは頼めるかね?」
「結構です。あとの現場検証なり聞き取りは、我々にお任せいただきましょう。ですので、貴隊は撤収の準備を進めてください。賊の襲撃当事の状況だけ、後程詳しく事情を伺いたいと思いますが」
「よろしい。撤収が済み次第、副隊長とドライバーを寄越そう。本部舎の方へ来てもらいたい」
「了解しました!」
警察機構や治安維持機構の人間達がばたばたと動き回っている中にあって、Star-lineの面々だけがその場で固まっている。
それに気が付いたヴォルデは、すっと表情を緩めて
「……皆、大丈夫かね! ここへ来て、私に無事な顔を見せてくれ給え!」
声をかけた。緊張の解き方というものを知っている。
「は、はい!」
ショーコやユイ、ナナがヴォルデの元へと駆け寄っていった。
サイもコックピットから飛び降りようとしてふと、リファだけがその場に座り込んでいるのが目に入った。彼女の気持ちを知っているだけに、居たたまれない思いがせぬでもない。
「ヴォルデさん、どうしてこちらへ?」
ショーコが尋ねると
「一報を受けてね。これはただならぬ事態だと思ったのだよ」
「テロ組織の襲撃については、サイ君がいるから何も心配はしていませんでした。ただ、治安維持機構に不穏な動きがあるということで、お爺様と急いで参りましたの」
そのようにセレアが付け足した。
「それにしても……」
ヴォルデは仕方がなさそうな表情で「よくもまあ、治安維持機構を相手にこれだけ暴れたものだ。セカンドグループの人数を欠いているというのに、ジャック・フェイン顔負けの戦いぶりじゃないか」
一同、何か叱責があるのかと思って首を竦めていると
「いや、痛快痛快……」
呵々と笑い出した。
「まあ、ともかくも間に合って良かった。後の事は私が引き受けよう。――それよりも、まずはMDP−0を大至急修理しなければなるまい。どうも、良くない傷を受けてしまっているようだ」
膝を付いて停止しているMDP−0を見上げているヴォルデ。
短縮電導をやられたとまではわからないであろうが、損傷の具合からして、そんなことがわかるらしい。かつてスティケリア重工で数年実務に就いていただけのことはある。
サイはぐいっと頭を下げ
「すみません。俺が至らないばっかりに……」謝った。
「いやいや」首を横に振ったヴォルデ。「あの物騒なジャック・フェインの機体を相手に戦って、五体はどこも失われていない。十分な戦いじゃないか。実に素晴らしいことだよ」
そう言って彼は褒めてくれた。
ヴォルデが率直に感心してくれていることで少しは気が楽になったような気がする。
しかし、一方でサイには別な思いもある。
(あの野郎……)
無性に腹が立って仕方がない。
リファから精神の平衡を奪うような行動を取った、ウィグという男への怒り。
彼に、伝えるべきであったことを伝えられなかった。
無我夢中でお前を追うあまり、彼女は命を落としかけたのだ、と。
機体を傷つけられたことよりも、そのことの方がよほど納得がいかないサイであった。
治安維持機構部隊の追跡を振り切って根拠地へと戻ったウィグ。
レヴォスの迎えは用意周到で、帰り道となるルート付近に予め人をやって事件を起こさせておき、混乱しているところをトレーラーで強行突破、といった手段をとった。これでは国軍がいようが警察機構が警備していようが、たまったものではない。そもそも州全土が厳戒態勢だから、ピンポイントに余剰な人数が配置されたりはしない。そこを巧みに衝いたのである。
WSSのコックピットから飛び降りると、格納庫の片隅に人だかりが出来ている。
見れば、勝手に行動したK地区担当のテリエラ工作員三人が横一列に座らされており、それを皆で取り囲んでいるといった光景であった。誰もが憤慨しているらしく、黙っていれば三人は血祭りに上げられそうな空気である。実際、アミュード・チェイン神治合州同盟の勢力地域などでは、規律を破った者に対して制裁を加えるような凄惨極まりない行為が今も後を絶たない。
こりゃいかん、そう思ったウィグはパンパンと手を叩いて注意をこちらに引き付けつつ
「はいはいはい、今戻ったよ。みんな、お疲れさん! まずは何とかなったよ」
皆の方へ近寄って行った。
彼の登場に、殺気立っていた空気がやや和み
「ウィグさん! お疲れ様です!」
「ご無事で何よりです!」
あちこちから声が上がった。
「何だよ、その心配ぶりは。まるで、俺が頼りないみたいじゃないか」
いつもよりもやや力の入ったおどけぶりを見て、レヴォスも僅かに笑みを漏らした。
しかし彼はすぐに表情を消し
「ウィグさん、どうしますか? 彼等は組織の指示を守らずに独断で騒ぎを引き起こし、機体を失うという損害を出しました。何らかの処断を行わねば、組織の規律が保てなくなると考えられますが」
傍へ行って判断を促した。
三人のテリエラ組織員は黙ってうなだれている。
事が事だけに、誰も彼等を庇おうとする者はない。みな無言でウィグを注視している。
「ふーん……」
ウィグはしばらく顎を撫でていたが、やがてゆっくりと、三人に近寄っていった。
「君達は、どうして勝手な襲撃を行ったのかな? 折角の機体が三つもダメになったし、助けに行った俺のWSSだってあの通り」あごでしゃくって見せ「……壊されちゃった」
それまで沈黙していたテリエラ組織員達だったが、彼の穏やかな問いかけには答える気になったらしく
「俺達は、そもそもジャック・フェインの下部組織じゃない」
「それにお前達リン・ゼールの連中は、四年間もこの州を放っておいたじゃないか。今になって介入してきて指示しやがって。俺達の苦労がわかるのか!」
口々に怒りを述べ始めた。
やはり想定された通り、蓄積された不満が噴出したものらしい。
それを聞いたレヴォスは前に進み出ていくと
「報復行動までには長い時間を要すると、四年前に通知されていた筈だ。それに、適宜機体なり工作員の補充は受けていただろう? 放っておかれたなどと、よくも自分勝手な発想ができたものだな。お前達のために、多くの同志達が危険に晒されたということが何故わからん?」
「だから、お前達本国の連中はわかっていないと――」
非難されて腹が立ったらしく、テリエラ組織員の一人が立ち上がってつかみかかろうとした。
「そうか。組織の命令が聞けないと?」
レヴォスの手は早くも腰に回っている。拳銃でも抜くつもりらしい。
そうと気が付いた周囲の者達は凍りついた。
そこへウィグがすっと割って入り
「まあまあレヴォス君。彼等に死んでもらうことは簡単だよ。だけどさ……」
ニッと笑った。
「――ネコの手も何とかって、いうでしょ? 死体の手を借りたって、仕事はしてくれないよ?」
「……」
悪意のない、無邪気な笑顔。
そういう顔に向かって苦情をぶつけることなど、できるものではない。
「君達も」ウィグは再び三人の方を向き「色々、不満があるのはわかった。でも、今はとにかくみんなでD−リターン計画を進めなきゃならない。これはわかってくれるだろう?」
「……」
男達は下を向いたまま、各々頷いて見せた。
すっぽりと受け止められてしまっては、それ以上怒りを放出する訳にはいかない。
「やっちゃったことは仕方がない。それに、Star-lineの戦力を一時的に減退させたのはまあ一定の成果だろう。やったのは俺だけどね」
ウィグはそう言って、カラカラと笑った。
つられて笑顔になった者もいる。殺気立っていた空気はいつしか、すっかり和み始めていた。
「申し訳、なかったです……」
三人の中で、詫びを入れた者がいる。
感情ではなく誰にでもわかる道理をもって諭され、あらためて自分達の非に気がついたようであった。
その様子をみて、これでよし、と頷いたウィグ。
「じゃ、みんなで次の準備でもしましょ。不幸中の幸いと言っちゃなんだけど、主力機がダメになった訳じゃないし。なんとか、なるだろうさ。――次の予定はいつだったかな、レヴォス君?」
「五日後です」
「そういうことだから、よろしくね。俺の機体、直ったら教えてちょうだいな」
そのまま、ウィグは自室へ戻ろうとして、不意に足を停めた。
「……レヴォス君」
「はっ?」
「彼、思っていたよりも凄腕ドライバーだったよ。俺もついつい、アツくなっちゃった」
ハハハハ、と笑いながら行ってしまった。
後に残された連中は、毒気に当てられたような顔で呆然としている。
(まったく。あの人ときたら)
レヴォスは小さくため息をついた。
もどかしくはあるが、ああいう性格をしてこの小難しい人間ばかりが寄せ集まった組織を上手くまとめているということは、何よりも彼が一番よく知っている。
そしてまた、自分ではその役割が無理だということも。
襲撃騒ぎの翌朝、セレアから一報があった。
昨夜の乱闘騒ぎは、不問に付されることになりそうだという。
どうやらヴォルデが一手工作をしたらしく、治安維持機構を主管している都市統治機構上層部のしかるべき人物が「テロ組織への制圧行為ならばともかく、テロ活動鎮圧に貢献したStar-lineを同列視しあまつさえ同行を強制したなどというのは行き過ぎであり、極めて遺憾である。厳重に注意を促したい」と、謝罪とまではいかないが非違を認めたというのである。
ではありますが、とセレアは付け加えた。
「リファさんを助けるためとはいえ、治安維持機構隊員の皆さんを突き飛ばしたり小突いたりしたという点は、私達も改めなければなりません。今後、何かあった場合は暴れるのではなく、まず私とお爺様の名前を出しますように」
「……やれやれ」
電話を切ったサラは溜息をついた。
彼女には疲れ切った色が滲み出ている。昨夜から一睡もしていなかった。N地区への出動やら、本部舎襲撃事件の後処理が重なって、そのまま朝を迎えてしまった。もっとも、彼女だけではなく、Star-lineの全員が徹夜せざるを得なかったのだが。
「疲労困憊で帰ってきてみれば、何だかとんでもないことになっているし。すっかり眠気も醒めちゃったじゃない」
ぼやいている。
傍でメーカーへの修理手配をかけていたショーコはつと手を停め
「しょうがないじゃないのよ。お客さんはテロ屋だけかと思っていたら、救援に来た筈の治安機構まで訳のわからないことをやりだすんだもの。ヴォルデさんが来てくれなかったら、今頃はサラ、あんただって――」
「責めている訳じゃないのよ。誤解しないで」
熱くなりかけた彼女を、サラは宥めながら
「いよいよ信用できるのは自分達だけ、っていう意味よ。治安維持機構ですら、私達に矛先を向けてくるんですもの。賊の鎮圧に協力しているっていうのに」
「サイ君が、ね。あたし達は地下に逃げていただけだもの。その間、独り賊を防いでいてくれたのはサイ君。しかも相手はとんでもない腕利きだったのにね」
言いつつショーコは嬉しそうな顔をした。
「本当ね。あの状態でサイ君、よく戦い抜いたものだわ。ヴォルデさんもセレアさんも、大絶賛」
あの状態、とサラが言ったのには理由がある。
治安維持機構との騒ぎが収まってから機体の状態を調べていたショーコは、背筋が冷たくなった。
MDP−0の可動部パーツの幾つかが、質的劣化を起こし始めていたのである。メンテだけは欠かさずにやっていたつもりだったが、在庫不足を恐れて交換を保留していたパーツから、真っ先に傷みが進んでいたらしい。稼働中にサイが感じた違和感というのは、現実のものだったのである。
にも関わらず、賊機と互角かそれ以上の戦い方をやってのけたサイ。
メインカメラに記録された映像を見るなり、サラは舌を巻いていた。これで機体が本調子であったら――と、つい思わずにはいられなかった。その彼は、機体を修理にまで出す羽目になったのは自分のせいだといって、ずっと沈んでいたが。
サラと話して少し気持ちが落ち着いたのか、ショーコは
「そっちはどうだったのよ?」
N地区の一件を聞きたがった。
何だかんだでまだ出動状況を聞いていなかったのである。
「うん、あのね――」
緊急発報を受けて出動していったセカンドグループ。
N地区に到着すると、確かに所属の不明な土木作業用機が確認されたが、搭乗者はいなかった。不審に思いつつ調べようとすると、いきなり動き出したという。
「あとでわかったんだけど、FOPを違法改造したバグプログラムが仕込んであったのよ。時限起動した点といい、明らかに仕組まれたものよね。制止させようとはしたんだけども――」
コックピットを突いたが機体は停止せず、シェフィは已む無く両腕両脚を引きちぎって停めたらしい。
ははーん、とショーコは頷き
「それでDX−2、引っかき傷が出来ていたのね。おまけに肘の筋が傷んでいるし」
「ごめんね。思いのほか、聞き分けがなかったの。周辺に被害を出してもいけないから強制的に停めさせたんだけど、そのせいで壊れてしまった」
自分で機体を治せるショーコとは違い、サラは機体を壊すことに抵抗が大きい。
申し訳なさそうにしている。
「いいって。軽傷にもならないわよ、それくらいは。――問題はMDP−0ね。果たして、早いとこ治ってくるかしら? 電導をやられるとは思わなかったなぁ」
「そういえば、フェンスも壊されちゃったのよねぇ。保険、きくかしら?」
フェンスや機体などはまだいい、とショーコは思うのである。
何よりも心配なのは――想い人を目の前にしていながら会えずじまいのリファではなかろうか。
その彼女を皆で守ろうとする余り、大騒ぎまで引き起こしたStar-line。
(少しは、心に届いてくれればいいんだけど。みんな、あんたの味方なんだって……)
襲撃事件から二日経った日のこと。
Star-line本部舎入り口前にに突如、黒塗りの高級車がやってきて停まった。
中から降りてきた壮年は「ファー・レイメンティル州都市統治機構総務局補佐室長」と書かれた名刺を差し出しつつ
「ユイを、お願いしたい」
いきなりそう切り出され、応対に出たブルーナは戸惑った。
「は? 失礼ですが、どなた様で……」
「肩書きが通らぬとは、流石は世に知られた警備会社だな。――カルメス・エルドレスト。ユイの父親、とでも言えば通してくれるのかな?」