復讐編15 激突(後編)
許された距離は多くない。
瞬く間に間合いが詰められていく。
サイの視線は、猛然と寄せてくるWSSに向けられている。
そちらに注意を払い続けつつ、彼はゆるゆるとフットペダルを緩めていった。当然、機体の歩速はゆっくりと落ちていく。
真っ向から討ち合うつもりはさらさらなかった。
駆け違い様に仕掛ける、などというのはフィクションの世界であって、現実的には軽率といっていい。 機体の稼働範囲には限界があるのだから、そういう曲芸じみた真似をするのはアニメの観過ぎである。
あと二歩、というところでいきなり脚を停めたMDP−0。
正面からはWSSがなお歩速を緩めずに迫りつつある。
そのまま突きでも入れるつもりなのか、左腕が溜められている。サイにはそこまでわかっていた。
(一撃目は……流す)
停めるや否やサイは、脚部アクションシャフトの負荷を一気に落としにかかった。
機体は両膝からグゥン、と下に沈み込んでいく。
想定に違わずWSSは左腕を突き出した。
そのすれすれである。MDP−0の頭部を辛くも掠めた。
素早くステータスモニターに視線を走らせたサイ。アクションシャフト負荷値の数字は下がりきっていない。間髪を容れずリセットをかけて機体のダウンを中断させると、がら空きになっているWSSの胴体めがけて一撃を放った。
いや、正確には放とうとした。
が、その余裕を与えず、WSSの右膝蹴りが飛んできたのである。
これで焦るサイではない。
左腕の可変シールドの確度を巧みに合わせて受け流しつつ、MDP−0に後退を命じた。
脚部アクションシャフト負荷値をリセットしておいたのは正解だった。これがゼロになっていれば、そういう動作はできない。脚に力が入っていないも同然になるからである。
飛び下がろうとした瞬間。
サイは奇妙な悪意を感じた。
(……!?)
左ストレートを空振りしたWSSだったが、肘下の装甲がが不自然に開口している。
と、思う間もなかった。
ドンッドンッドンッ、と乾いた重い音響が轟いた。
「ちっ!」
下がると同時に、咄嗟に機体の重心を沈めておいたサイ。
お陰でMDP−0は間一髪すりぬけたものの、一弾ばかり掠めてしまったらしい。
頭部センサーの右側が砕け散っていた。
(零距離銃撃!? ああ……仕込んでやがったのか!)
なんとまあカラクリの効いた機械だろうとサイは思った。
それにしても、銃器はまずい。
下手をすれば、流れ弾によってStar-line本部舎に被害を与えてしまう。
――と思ったが、よくよく見ればウィグは本部舎を背にしている。
これなら銃火器を用いたところで、少なくとも命中する心配はない。
(そったら気遣いは要らねェよ……。どうせ、リファさんの心配しかしてないんだろうし)
とはいえ、立ち位置を逆転させる訳にはいかなくなった。この正対のまま戦うしかない。
まだ銃口から煙を吐いている銃器をガシャリと収納しながら
『……へへ、悪いな。これがこっちの流儀でね』
悪びれもせずにウィグが言った。『俺の方が、ちょっとばかり早かったかな?』
銃器を中距離ではなく近接戦闘で効果的に使用しているあたり、まだ腕前の良さを感じさせなくもない。いきなり撃ちかけてくるテリエラの連中とは、やはり数段違っている。
しかし。
「……どうかね。一つ忠告するが、きっちりと相手を見ることだ。あんたの自慢の機体、早くもキズものだぜ?」
『何!?』
WSSの股間部前面装甲、下半分がすっぱりと斬られたようにして無くなっている。
剥がされたパーツは――MDP−0の右手に握られていた。
『いやいや……惚れ惚れとするいい動きだなぁ。並みのドライバーなら、あれで終わっていたところだ』
感心している。
サイはパーツをぽいと放り投げ
「……寝言は寝てから言いやがれ」
毒づいてはみたものの、どうも違和感がまとわりついていて愉快ではない。
機体がどこか本調子でないように感じられてならないのである。
無論、トラブルサインが現示されてはいないから、あくまでもサイ個人としての感覚に過ぎない。が、つい先ほどショーコの漏らした言葉が、幾度なく脳裏に浮かんでは消えていく。人間的に言えば風邪でも引いている、ということにでもなるのだろうか。
ああいうこなれた体技を駆使してくる以上、できれば組み合いたくはなかった。
が、ウィグは云とは言ってくれまい。
仕方なしに機体を立て直そうとしている矢先、早くもWSSは仕掛けてきた。
間合いはほとんどない。一瞬で二機は接した。
WSSの右脚が一歩踏み込んできた。
深い。
例の左腕がくるかと思ったが、予想に反した。
右腕が腰のあたりで溜められている。いつの間にか、得物を握っていた。
半重心に勢いをのせた状態での斬撃。当たれば軽傷では済まない。
「……!」
咄嗟の判断で、MDP−0の左足を半歩下げつつそちらに重心を預けた。
ガクンと衝撃がきて、サイの目線が一気に下がった。
左斜めに傾いたそのすれすれを、WSSの右腕が斬り上げて行く。
左肩を掠めた。
そこから、傾いた機体の体勢を復旧させようと思った途端である。
そのままの姿勢から、いきなり左腕がやってきた。
(常識ってものがないのか、こいつは!?)
普通なら、右動作のあとに左を繰り出すには半回転稼動で左足が同時に踏み出されなければならない。さもなくば、機体は平衡を失って倒れてしまう。
が、WSSは腰の回転だけでそれをやってのけた。
この間合いでは、かわしきれるものではない。
しかしこの男は相棒の運動性能を熟知している。溜めていた両脚への負荷を、一気に解き放った。
自然、機体は重力に引かれるままになる。
間髪を置かず、ゴン、と突き上げるような衝撃がきた。MDP−0は尻餅をついていた。
サブモニタを一瞥すると、右肩に軽度ダメージのサイン。
不意討ちを食らったとはいえ、これだけの怪我で済ませたサイの腕前は尋常ではない。
(連撃は見事だが――かわされればスキだらけだな)
安心している余裕はない。
素早く右手を地面に叩きつけて機体を跳ね起こしざま、同時に空いた左腕が下からすくい上げていく。
WSSは急を察知して素早く飛び退った。
が、その右腕部装甲に、ネコが引っ掻いたような傷が残っている。あと一瞬遅ければ、WSSは右腕を喪っていただろう。
『ほう……素晴らしい動きじゃないか。俺の連撃を受けてその程度なんて』
「とことんカラクリだらけの機体だな。……そんなものに乗るのが楽しいかね?」
ようやくサイは理解した。
ウィグの乗るWSSの特長、それは定点動作において極端に重心が安定するところにある。そうすれば、連続動作に移っても機体はバランスを崩す事がない。
軍用に見られる典型的な白兵戦仕様だが、さらにカスタマイズされているのかも知れなかった。いかに国軍といえども、あれだけの動きをこなせるドライバーはそうそういるものではない。
と、すれば――狙いはギミックだらけの、あの厄介な両腕ではない。
重心安定機構の根幹をなす腰部、もしくは脚部。
どちらかにダメージさえ与えれば、WSSは置物同然になる。
それにしても、とサイは思う。
(動きが妙に細かいし、特定部位を狙ってきている訳でもない……。何を企んでいやがるんだ? あいつは)
その答えは、意外な結果でやってきた。
突然、サブモニタに表示された「SCC error」のメッセージ。
左右のエマージェンシーサインがけたたましく点滅を始めた。
SCCとは「短縮電導システム」のことを指す。操縦部からの駆動指示を迅速に稼働部に伝達制御する仕組みの一つで、従来の「リレー電導方式」に比較して、数段の違いがある。MDP−0の高性能はこの仕組みに裏打ちされているといっていい。スティケリアだけが製品化に成功した新技術で、他社も開発は進めているものの、これを搭載した機体は未だ市場には出回っていない。
「短縮電導切断だと!? 何で急に!」
見る見る出力ゲージが低下していく。
この状態で仕掛けられては、ひとたまりもない。
メインモニタで外を確認すると、WSSは飛び下がった中腰姿勢のままで停止している。
(……?)
何を呑気に構えているのだろうと思っていると
『……やっと、効いてきたかね』
ゆっくりと機体の上体を起こしつつ、ウィグが言った。
『君の相棒、動きの良さからいって短縮電導方式だろう? 話は聞いているよ。唯一の欠点は、各関節部に配置されたコア伝達機関さえ停めてしまえば、末端駆動部は稼働不能になる。……違うかな?』
(……そうか! それが狙いか!)
そうとわかったところで、すでに遅い。
ウゥンとモーター音がフェードアウトしていく。
MDP−0はがくりと膝をつき、左半身から崩れるようにして地面に転がった。
頭部の赤いメインカメラが光を失った。
こうなってしまえば、サイがコックピットで幾ら騒ごうとも、相棒が返事をしてくれることはない。人間でいえば、五体に繋がる神経を切断されたにも等しい。動ける筈がない。
『いいオモチャだろう? まだ海向こうにしかない、電導切断ナイフさ。震刃ナイフよりも優れモノなんだな。……お土産に持ってくるのに、苦労したんだよ』
「そりゃまた、ご苦労なこって。カラクリだのオモチャだの、好きだねぇ」
『ハハハ。嫌いじゃないんだ、これが』
「……ガキ」
毒づきながらも、サイは頭の中であれこれと忙しく対策を巡らせている。
MDP−0が完全に停止したとみたWSSは、ズシリと一歩踏み出した。
『……それじゃこの勝負、いただいたよ』
そうであろう。
機体が動かないのであれば、喧嘩のしようがない。
万事休したかに思われた。
だが。
完全に機能が停止してシンとなったMDP−0のコックピット。
ステータスモニターをじっと見つめていたサイは、ふと思った。
(短縮電導は確かにやられたが……リレー電導に切り替えられるなら、まだどうにかなるかも知れない。こいつは、確か――)
短縮電導方式を搭載した試作段階の機体だから、故障など異常時に備えて従来方式も併載していた筈である。導入以来不具合を起こしたケースがないから、すっかり忘れていたのだが。
操縦レバーから両手を離し、左側のキーボードを全力で叩き始めたサイ。
WSSはゆったりと歩み寄ってくる。
横たわっているMDP−0の傍で停止すると、腰から震刃ナイフを抜き払った。
『記念に、そうだな……そのカッコいいヘッドを貰おうかな。片側が壊れちゃってるけど』
振りかぶった。
そうして、巨大な刃が突き立てられようとした――その、瞬間である。
ギラリ
MDP−0頭部のメインカメラが再度赤く発光した。
『――何ッ!?』
「……最後まで気を抜くなよな。油断しすぎだぜ、オッサン」
「……?」
リファは外の騒々しい気配で目が覚めた。
(何かしら……? 訓練でもしているの?)
睡眠剤のせいでずっと眠ってばかりいたから、頭がくらくらする。少し、ぐわんと痛かった。
のろのろとベッドから降り、窓際へ寄っていく。
カーテンを開けてみて、驚いた。
「……なにこれ!?」
本部舎中庭が戦場さながらの状態になっている。
大破して原型のないCMDがあちこちに転がっており、黒い服を着た男達がたかって何やら作業をしている。それがStar-lineの人数でも警察機構の人数でもないことくらい、リファでもわかる。
そのずっと向こう側、本部舎よりもさらに先のスペースでは、赤や白の光が夜光虫のように激しく動き回っているのが見える。それが何なのかよくわからなかったが、断続的に鈍い金属音が聞こえてきた時、彼女は理解した。
(CMDの格闘……?)
もしかしたら、と思う間もなかった。
スペースが広いから、音声がわんわんと響いて聞き取りにくかったが――決して忘れることのできない男性の声が耳に入ってきた。
半分閉じたようになっていたリファの瞳が、大きく見開かれた。
「……あれって、ウィグ? ――ウィグなの!?」
外に不審者がいるとは考えなかった。
身体が勝手に動いて、部屋を飛び出していた。
Star-line本部舎地下、緊急時避難室。
ショーコらはとりあえず避難してきたものの、外の様子が気になって仕方がない。
サイを一人残してきている。
とはいえ、緊急時避難室にも簡単なコンソールが備え付けられているから、全くわからないという訳ではない。
機器を操作して外界の状況を確認していたユイが
「……あれぇ? 何よ、これ?」
声を上げた。
「あん? なになに」
「この接近反応、何でしょうね? テロ屋さんの応援かしら?」
セキュリティシステムのセンサーが、Star-line本部舎敷地の四方から接近しつつある何者かを感知している。
人数が馬鹿に多い。
しかも、CMDと思われる物的反応もある。
「治安維持機構かしら? やっと、来てくれたんだ」
テロ組織なら、これだけの人数は動員できまい。
「……でもショーコさん、様子が変じゃありません?」
画面をじっと見ていたナナが怪しみつつ言った。
「接近してきたまま、動きが停まっていますよ」
「突入のタイミングを計っているんじゃないの? いきなり突っ込むってのは、リスクが高いでしょ。それに、こっちはサイ君だし。心配ないわよ」
ショーコは事も無げに言った。
それきりナナは黙り込み、さらに画面を注視していたが
「……うん、やっぱり、変!」
独り頷くと、ロックを解除してドアを開け、外へ飛び出して行った。
「ちょっと! ナナちゃん! 危ないじゃないのよ!」
慌てて呼び止めたが、追いつかなかった。
ふん、と鼻をならしながらショーコは
「……ったく、もう。ナナちゃんてば、サイ君のことになると目先しか見えなくなるんだから」
それを聞いたユイがくすりと笑って
「目先しか見えないって、なーんか、リファさんみたいな――」と言い掛け「あ! そういやショーコさん、宿舎棟にはリファさんが……」
言われて初めてハッとした。
賊の侵入を探知して自分達が逃げる事だけ頭にあったが、肝心な宿舎棟への配慮が抜けていた。中にはリファだけでなく、外出していなければガイトもウェラもいる。
玄関口は一つだけで完全オートロック、機関銃でもショットガンでも打ち抜けない超強化ドアに守られているから、いきなり侵入を許す心配だけはない。
とはいっても、放っておく訳にはいかない。せめて、状況だけでも伝えるべきであろう。それに、もしCMDで一撃されればどうにもならない。
しかしながら、宿舎棟へ直接連絡をとるには、オフィスにある総合通信機器でなければならない。残念ながら、この緊急時避難室の機器ではつながらないのであった。この騒ぎのあかつきには、恐らく改善されるであろうが――。
「うっわー! やっべー! そうよ、リファがいるのよ! あたし達もこんなところで隠れてられないわ! 行くわよ!」
二人も後を追って駈け出した。
すでにリレー電導への切り替えは完了している。
ステータスモニタを確認する限りにおいてはオールグリーンの表示だから、上手く切り替えられたと思って差し支えなかった。が、実際に動くかどうかはやってみなければわからない。
WSSの接近を狙っていたサイの動きは速かった。
操縦レバーを素早く引くと、幸運なことにMDP−0は呼応してくれた。
右腕がぶんと振り回され、振り下ろされたWSSの腕を払いのけた。
払いのけざま左腕を地面につき、一気に上体を起こしてやった。
頭上には、WSSのボディが待っている。
ゴォン――胴体に下からの頭突きが炸裂。
『うおっ!?』
思わぬ衝撃に、ぐらりとよろめいたWSS。
素早く踵を返したサイは、目の前にその脚部を見た。
がら空き。
体勢を崩しているCMDが、自機の脚部を防御する術はない。
MDP−0はといえば、上手い具合に右腕が横に伸びきっている。
「……ほれ」
払った。
そのマニピュレータには、弾丸をも弾く強度装甲が施されている。
バギャッ――
パーツの破片が宙を舞った。
脚部に打撃を食らったWSSはバランスを失い、たまらずに尻餅をついた。
さすがウィグは慣れているらしく、転びながらもすぐに跳ね起きようとしている。だが、右膝が言うことを聞かないと見え、思うさま起き上がれずにいる。
サイはゆっくりと機体を立たせてやりながら
「短縮電導方式がテスト段階の機体だから、万が一に備えてリレー電導に切り替えが利くのさ。――教えてやんなくて悪かったな」
『あの土壇場で、それに気がついたというのか……』
ようやくWSSも立ち上がった。
右脚膝部関節からスパークが飛んでいる。
致命傷までは与えられなかったが、これではもう十分な動きができないと思っていい。
交戦を開始してからそれほど時間は経過していないが、早くも重大な損傷を負った両機。高い技術を持ったドライバー同士が対決すれば、少なくとも片方は無事で終わらない。大抵は双方が大ケガをする。こうなることを知っていたサイには、馬鹿馬鹿しい気持ちがなくもなかった。
ウィグもそう思ったか、どうか。
二機は間をとって佇立した。
再び対峙する姿勢になりながら
『……なかなかの腕前じゃないか。正直、みくびっていたよ』
揶揄するような調子ではない。
交戦する前と、声のトーンががらりと変わっている。サイの実力に本気で感じ入るところがあったらしい。
が、サイはウィグに対して失望する気持ちがある。
「随分と、小細工ばかり弄しやがるじゃないか。――あんたも所詮、そのクチだったのか」
脳裏に、数週間前に沈めたジャック・フェイン工作員の乗る機体のイメージがある。
『……』
「機体の性能を十分に活用もできないで、でかい口をたたくなよな。カラクリ馬鹿ほど、余裕をこきたがるものだしな」
が、サイはサイで自嘲せずにはいられなかった。
MDP−0導入以来、ここまで壊されたのは初めてのことである。
電導切断ナイフなどという小道具ごときに気が付けなかったばかりに。
自分への苛立ち半分、ウィグに対する腹立ち半分といった心情のサイ。できれば、これ以上続けたくはなかった。ゆえに
「こっちは機体全体の性能がガタ落ちだ。しかし、あんたの機体は脚が致命的にイッている。――これで五分だと思うんだが、まだやる気かね?」と、問いかけた。
するとウィグは
『とりあえず、俺達がやりあっている間にこちらのドライバーは返してもらったようだ。だから、うちに帰ってもいいんだが――』
気が付くと、闇に紛れて作業していた人数が蜘蛛の子を散らしたように撤退し始めている。
選り抜きの組織だけあって、手際が良い。
『決着くらい、つけてもいいかな』
「たわけ。余裕こくのもたいがいにしろ!」
睨み合っていた、サイのMDP−0とウィグのWSS。
やがて、どちらからともなく双方突進しかけた、その時。
サイはメインモニターの片隅に、宙を流れていく発光体を認めていた。
(照明弾……? これって、もしや――)
間髪をおき、両機の間でドドン、と立て続けに爆発が起こった。
慌てて機体を停めたサイ。
あと一歩早ければ、炸裂弾と思われるあの爆発をもろに受けていただろう。
「新手……いや、違うな。――治安維持機構の連中か!?」
テロ組織が照明弾など使用する筈がない。
電導切断ナイフでやられた影響か、機体の五感がすこぶる鈍く、センサーが周辺の状況を捉えていなかったのである。慌てて正門の方角を目視すると、それらしい人数、そして背後に機体が控えている。
紛れもなく治安維持機構の部隊であった。周辺を包囲されているとみていい。
ウィグの同類と思われるあの人数は、どうやって逃走したのであろう。
「おい」
サイはウィグに呼びかけた。「……喧嘩やってる場合かね?」
『違いない。警察機構の連中、俺達の動きを偵知していたフシがあるからな』
「うちからも発報しているよ」
そこで会話は途切れた。
前後左右に対CMD用炸裂弾が落ち始めたのである。
サイの機体がいることはわかっている筈なのだが、遠慮している様子ではない。
(玉石共に砕くっていうのか!? 何を考えてやがるんだ、治安維持機構は)
本部舎から離れたスペースにいたのは幸運だったろう。前庭だったら、確実に本部舎に被害が出ていた筈である。
それを考えると「あっちでやろう」と言ったウィグに感謝してもいいかも知れなかったが――。
狙われている対象ではないにせよ、巻き添えを食っては敵わない。
敷地の隅の方へと機体を避難させようと思った時であった。
「――ウィグ! ウィグなの! いたら返事して! ウィグ!」
突然、外部集音機が女性の声を拾っていた。
サイは仰天した。。
「リファさん!? こんな時に何をやっているんだ、あの人は!」
必死になって叫び続けているリファ。
メインカメラの倍率を上げて視界に入る範囲を懸命に探すと、どうやらそれらしい人影がある。はっきりと確認できないのは、治安維持機構部隊の炸裂弾が跳ね上げる土埃と、煙のせいである。
慌てて彼女の方へ機体を移動させようとした途端、すぐ目の前でまたも爆発が起きた。
(馬鹿治安機構! なんで無差別に撃つんだよ!)
進めることができない。
あれの直撃を受ければ、今のMDP−0は無事では済まない。
一方、そういう異変はウィグの方でも気がついたらしい。
『……リリアか!? リリアなのか!? こっちへ来るな! 来るんじゃない!』
「ああっ、やっぱりウィグ――きゃあぁっ!」
彼女の間近で炸裂弾が破裂していた。
『リリア!』
叫びつつWSSは急に身を翻すと、治安維持機構部隊が展開している方へと向かっていった。
それに気がついたサイは
「おい、あんた! 何をする気だ!?」
外部マイクの音量を上げて呼びかけた。
WSSはつと脚を停めるとこちらを向き
『――おい、聞こえているだろう? これが、治安維持機構のやり方だ。よく覚えておいてくれ!』
「……」
ドドドドとWSSの周囲で火球が広がった。
どうやらウィグは炸裂弾の発砲を自分だけに向けさせるために治安維持機構に近づいたようだと、サイは悟っていた。当然、捕まるつもりなどないのであろうが――。
『リリアを、頼む! それから、また会える時があるなら、その時こそ勝負を――』
大爆音に、彼の声は掻き消された。
WSSは立ちはだかる治安機構の機体を瞬時になぎ倒し、群がる隊員を蹴散らしながら闇へと消えていった。どうせ、迎えでもあるのだろう。
(ご苦労なこった。たかが雑兵の二、三人、放っておけばいいものを……)
ウィグがいなくなると、途端に炸裂弾の嵐は止んだ。
蹲って震えているリファを保護してやらねばならない。
(ったく、世話のかかるお人だ……)
自分の時は、ショーコにもそう思われたのだろうか。ちらりと頭を過ぎった。
だが、彼が出て行く必要はなかった。
『――サイ! サイ! あたしよ! 大丈夫なの!? 機体が少し、損傷しているわ』
ナナの急き立てるような声が届いた。早くもエマー室から飛び出してきたらしい。
女性というのは危険を顧みない習性なのかと思いつつ
「ナナか!? 今出てきたら危険だ! 下がれ!」
『大丈夫だってば! 治安機構部隊が突入してきているのよ! 賊は退いたみたいなの!』
そのようであった。
あとには、サイが殲滅した賊機の残骸だけが残されている。
どれもこれも、コックピットハッチがこじ開けられていた。よくもまあ、あれだけの短い時間で助け出したものだと、サイは呆れるやら感心する思いがした。彼は制圧の際、相当巧妙に開閉部を潰しておいたのである。よほど訓練されていない限り、ああも短時間で作業を完了させることなどできる筈がないのだ。
が、それはいい。以前のように格闘に熱中する余り取り逃がしたのならまだしも、今日はウィグという強敵の相手をしなければならなかったのである。
ともかくも、MDP−0の五体はなんとか無事で済んだ。それに、ナナをはじめStar-lineの残っていたメンバー達も。ついでに、フェンスだけは壊されたが、本部舎や宿舎棟にも被害を及ぼさなかったのは上出来であるといっても良いであろう。CMD4機での奇襲を受けているのである。
MDP−0の短縮電導をやられたのは予想外の出来事であったが――。
(……でも、次はいけそうだ。あいつのやり口がわかった以上はな)
「サイ君! 大丈夫!? 怪我はない!?」
ショーコとユイも駆けつけてきた。
『俺は、大丈夫です! それよりも、そこにリファさんが……』
「リファさんなら、無事みたいよ。ちょっと立てなくなっているみたいだけど」
ナナが教えてくれた。
そうか、とホッと胸を撫で下ろしたサイ。空爆同然の状況下に、生身で飛び出してきたのである。普通であれば、怪我の一つや二つ負ってしまっていてもおかしくはない。あらためて彼は、リファの運の強さを思った。
賊は退却している。
これから、急いで機体の修理に取り掛からねばならない。
ナイフでやられた装甲の損傷はまだしも、機体の神経にあたる部分に重大な負傷がある。ステータスモニター画面はもはや、一面エラーサインだらけになっている。こうまで重症では、メーカーに里帰りさせるより他はない。
(やれやれ……)
そのことを思ったサイは、やや暗い気持ちになった。
と、周囲では意外な事態が進行しつつあった。
「リファさんてば、もう大丈夫ですから! 宿舎棟へ戻りましょうよ。ね?」
ユイがいくら促しても、リファは地面に座り込んだまま動こうとしない。
そんな彼女を、少し離れてじっと見つめているショーコ。
この間までなら、あっさりと怒鳴りつけていたかもしれない。
が、彼女の壮絶な過去を知ってしまっている今、そうすることは憚られるような気がした。愛する人がすぐ傍まで来たというのに、顔すら見ることができないままに離れていってしまった。リファが立てないでいるのは、炸裂弾に腰を抜かしたというよりも、そういう気持ちの何事かのせいなのであろう。
どうしたものか思い浮かばぬままに立ち尽くしているショーコ。
そこで彼女は異変に気がついた。
本部舎敷地内で賊の残りがいないかどうかを調べて回っていた治安維持機構部隊。しかし、すでにウィグはじめジャック・フェインの人間達はさっさと逃げおおせてしまっている。
前庭の中央でその捜索を指揮していた人物がいる。
彼は部下達から何事かの報告を受けるや、つかつかとリファの方へ近寄ってきた。
「……リリア・ベーズマン、だな?」
「……?」
事情がわからずに呆然としているリファ。
「国際指名手配犯ウィグ・ベーズマンの関係者であることはわかっている。事情を聞きたいから、同行願いたい。私は治安維持機構Bブロック中隊長であるから、重要参考人の身柄を確保する権限がある。抵抗はしない方がいい」
お詫び
予約掲載などという便利な機能に気が付きませんでした…。
原稿の続く限り、日々更新します。