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復讐編14 激突(前編)

 H地区の無差別自爆テロから十日余り。

 ファー・レイメンティル州では相変わらず厳戒態勢が続いていた。

 メディアはジャック・フェイン犯行説に否定的であったが、市民にとってはどちらであろうと知ったことではない。日々悪化していく生活環境をどうにかして欲しいと渇望しているだけのことである。どの小売店も品薄状態が日常化し、物価はすでに暴騰状態にある。都市統治機構は次第に干上がっていく経済や市民生活に対し、どうすることもできなかった。国家を上げて州が封鎖されている以上物資輸送は国軍に頼るほかないのだが、輸送機をフル稼働したところで輸送量はたかが知れている。

 都市統治機構は何度も窮状を訴えたが、国家統治機構としては迂闊な対応はできないというのが本音であった。テロは新たなテロを呼ぶ。全世界のテロ組織がファー・レイメンティル州に注目しているであろう今、少しでも活動の糸口は与えたくなかった。一点でも陸路を開放してしまえば、そこを狙われることは火を見るよりも明らかなのである。

 この間目立った犯行声明や予告がなく、事態は膠着していた。

 テロ活動は沈静化したとコメントする専門家もいたが、世論はなおも続発するだろうという見方が圧倒的だった。沈静化と解すべき根拠はないのである。特に二大凶悪組織視されているジャック・フェイン、それにゴーザ・ディミニィ、彼等の動向になおも注目が集まっていた。

 が――。

 伏兵はいつでも、思いがけないところに現れる。



 その報が伝えられた瞬間、誰もが凍りついた。

 数秒の沈黙の後、

「……どこの連中だ!? その裏切り者は!?」

「相手は!? どこを襲撃したんだ!?」

 二、三人の怒鳴り声が飛んだ。

 一報をもたらした通信担当の若者は皆に取り囲まれ、小さくなっている。

「……L地区、Star-line本部舎でして――」

 おずおずと答えた途端、

「Star-lineだとォ!? 何をやっているのだ、あの馬鹿者どもは! 捕まるつもりか!」

 たちまち騒然となった。

「これじゃあ、計画丸潰れだろう! ただでさえ、人数がいないってのに!」

「だから、テリエラなんぞを加盟させるべきじゃなかったんだ!」

「早く、ウィグさんとレヴォスさんに伝えなけりゃ――」

 誰かが叫んだ時である。

「……私が、どうしたって?」

 当のレヴォスが姿を現した。

 彼は手の平で顔をこすりながら「何をそんなに騒いでいるんだ? 目が覚めちまったよ」

「まずいっすよ、レヴォスさん! K地区に潜伏していたテリエラの連中が、Star-lineに――」

「……落ち着け。まず、その通信を見せてみろ」

 皆の後ろにいた若者は、おずおずと前に出てきて紙片を差し出した。

 そこには

『2246 K地区担当班三名、L地区に向け行動を開始した模様。標的はStar-line本部舎と見られる。至急対応ありたい。なお、CMD三機搬送確認』とある。

 諜報屋からもたらされた情報である。

 じっと文面を見つめていたレヴォスは

「……K地区の連中に貸してあった機体、何機だった?」

 低い声で誰にとなく訊いた。

「さ、三機、です……」

「……ふむ」

 頷くと

「これを寄越した諜報屋に連絡を取っておけ。連中の後をつけろとな。それで逐一、こちらに状況を報せるように言え」

 言い捨ててくるりと背を向けた。

 ウィグに伝えなければならない。  

 彼はここ数日、自室に篭りがちになっていた。

「……ウィグさん、レヴォスです」

 鉄製のドアを開けると、案の定ウィグはいた。

 チェアに浅く腰掛け、背もたれに上体を預けるような格好をしている。

 顔色が冴えない。

「……お、どうした、レヴォス君。何か、あったのかな?」

「一大事です。ご判断を」

 レヴォスは事態を報告した。

 途端にウィグは

「何ィ!?」

 椅子を蹴って立ち上がった。

 彼は血相を変え

「連中、バカな真似を! あれほど手を出すなと言っておいたのに!」

 激怒しているウィグにレヴォスは冷静に

「そうは言いましても、元々彼等テリエラは我々の指揮下にある組織じゃないんですよ。こちらから絶対に動くなとか動けという指示は――」

 言いかけた彼の胸倉をつかんだウィグ。

「奴らの勝手で、俺達が四年かけた計画がパーになろうとしているんだ! たださえゴーザの横槍で大狂いさせられて、やっとの思いで最終段階まで漕ぎ着けたというのに! 何でそれがわからん!」

 突き飛ばすようにして手を離すと、彼は駆け出していった。

「おい! WSSを出すぞ! 誰か、トレーラー回せ! 早く!」

 落ち着いていないのはどっちだ、レヴォスは乱れた衣服を直しながら思った。

 こんな状態でStar-lineのいるL地区へ乗り込もうものなら、それこそ飛んで火に入る、ではないか。

 しかし――と彼は考えなくもない。

 こんな統制のとれていない連中ばかりが跋扈しているような地区で、まともに活動の成果を得られる筈がない。だから四年前、治安維持機構のような能無しの集団に裏をかかれてしまったのだ。

 確かに、現場で動く人間の意見は重い。

 だが、肝心な時にはそれを圧殺して強引に統制する必要があることもまた、事実である。なぜなら、現場の意見は常に目先しか見えていない。長期的で緻密な計画の実行にあたっては、却ってそのことが障害となるケースは幾らでもある。

 増して、自分達の面子だの得点稼ぎを目当てに動かれた日には、何もかもぶち壊しである。

 K地区に潜伏させていた連中はリン・ゼール指揮下組織・テリエラの者達である。

テリエラは長くファー・レイメンティルにあって活動を継続してきた。活動は主にCMDを使用しての破壊行為であり、惰弱な治安維持機構に対してはそれなりの戦果を上げることもあったが、治安維持機構が5ブロック中隊制に拡充されてからは芳しい働きは出来なくなった。増して、Star-lineが創設されるに及び活動はことごとく失敗。組織員達は次々と検挙され、組織はほとんど壊滅状態にまで陥っている。CMDのプロであるグロッド・ベーダや腕利き殺人ドライバー、ヴィオ・ハイキシンなどが派遣されたものの、彼等もまたStar-lineの手によって取り押さえられた。

 ファー・レイメンティル州においてテリエラの活動が奮わなかったのは、D−ブレイク作戦と無関係ではない。リン・ゼールにとって虎の子のジャック・フェインを潰された地区ということもあって、その後の梃入れに力が入らなかった。放置、とまではいかないものの、それに近い状態が長く続いた。

 どうやらテリエラの連中は、それをひどく不満に思っているらしい。

 テロが活発化している今、Star-lineも厳戒態勢で疲弊しきっている。そこを狙って自分達の手で復仇を果たすべく、行動を思い立ったのであろう。成功すれば、親組織リン・ゼールへの顔も立つ。

 そういう不満と功名心に突き動かされた行為であるという想像は、十分に成立するのである。

 そのためにウィグが激怒し、折角の決戦用機が人目に晒されようとしているのだが――。

 レヴォスはゆっくりと自分の頭にレシーバーをかけると

「……ウィグさん。どんなに粘っても2335。それまでにケリをつけてお迎えに乗ってください。これ以上はどうしようもありません」

『おお、了解した! 済まないなぁ、レヴォス君。面倒かけるよ』

 コックピットに座ったせいか、声の調子はいつもの彼に戻っていた。

 この根っからのドライバーには、それで十分らしい。

「それからですが――」レヴォスはちょっと躊躇いながら「以降、この都市に散っている末端組織の連中には勝手な活動を禁ずる旨、通達を出します。破った場合は、我々の活動を妨げる者とみなし、その生命をもって償ってもらうことになる、と」

『ハハハハ』

 無線の向こうで、可笑しそうに笑っているウィグ。

『君らしい意見だな。それで素直に従ってくれればいいけどねぇ。連中、四年間も放っておかれたとかで、あんまり俺達のことを信用していないみたいだし』

「……」

『ま、いいさ。君の言う通りだ。そこは任せる。――じゃ、お迎えよろしくね』

 地下通路に通じている巨大な鉄の扉が轟音と共に開かれていく。

 ウィグが搭乗した新型CMD「WSS」を積んだ黒い大型トレーラーが、タイヤを軋ませながら猛スピードで発進していった。

 闇に消えていったトレーラーを見送りながらレヴォスは

(せめてあと一年、計画が早ければStar-lineもいなかっただろうに……)

 ふとそんなことを思っていた。

「レヴォスさん!」

 メンテナンスを担当している青年がこちらへ向かって駆けて来た。

「応援、どうしますか!? 残りも最低限の整備は済んでますから、何とか出られますが」

「回収が困難になる。今は、あの人に任せておけ。……何、あの人のことだ。無事で帰ってくるさ」

 何気なく言ったが――実際はそれほど容易な事態ではなかった。



 胴から下を喪った機体が、煙を上げながらずしゃりと地面に沈んだ。

 その片腕をぶら下げたまま、背後ですっくと立っているMDP−0。

「……ったく。留守中を狙ってくるとは、薄汚い連中だ」

 コックピットで独りごちたサイ。

 Star-line本部舎前中庭には――ずんぐりした賊の機体が三機ばかり、どれもこれも原型を失って転がっている。コックピットハッチを巧妙に潰しておいたから、中の搭乗者はどうあがいても脱出できない。

 それにしても、とサイは思う。

 今夜は幸運だった。

 残っていたのがシェフィのDX−2だったとして、無事に応戦できたか、どうか。

 N地区への出動要請がかかった時、MDP−0はトレーラーへの搬送を完了していなかった。スティリアム研究所にいるイリスから送られてきた耐衝撃緩衝シートの圧着作業に手間取り、時間がかかっていたからである。

「ちょっとちょっとぉ! 今回の不良品じゃないの? 接剤が片っ端から剥がれていくじゃないのよ」

 作業にあたっていたショーコが、ぶつぶつ言いながらオフィスに戻ってきた。

「なぁに? 圧着できないの?」

 自分のデスクで書類を整理していたサラが反応した。

「そぉなのよ! ぴったり貼り付けてから次やるじゃない? そうしたらもう、いきなりめくれてやがんの。もう、アッタマきちゃう!」

 軍手を外しながらどっかとチェアに腰を下ろしたショーコ。衝撃でチェアが軋んだ。

「それじゃ、まずいじゃない。出動がかかったら、すぐに出られないわ」

 サラは電話の受話器を取り上げると

「……あ、シェフィ? 寝入りばなを申し訳ないんだけど、出動待機に入ってもらえるかしら? MDP−0の作業が上手くいかないのよ。ごめんね? うん、そう。あとの二人も起こして頂戴」

 今夜の当番はファーストグループ。通常であれば、出動待機中に機体整備などはやらないのだが、装甲シートの圧着作業がすぐに終わる見込みだというのでそのまま取り掛かったのである。よって、セカンドグループの三人には仮眠をとらせていたところであった。

 そこへ、サイがやってきた。

 彼は頭を掻き掻き

「わかりましたよ。機体装甲の塗料が傷んでしまって、接剤の重みで剥がれてしまうみたいです。いっぺん綺麗に塗ってからじゃないと、上手く圧着しないでしょうね」

「あー……やっぱり、か」

 天を仰いだショーコ。

「ここんところの騒ぎで、中身しか診てやってなかったからなぁ……。化粧崩れも気にはなっていたんだけど、そういう形で不具合になるとはねぇ」

 彼女の言う通り、多少の塗料剥げなんかは自分達でも対応できなくもない。が、一度傷んだ装甲はパーツごと完全に塗り直さなければ、いずれそこから劣化・腐食が起こってしまう。

「そーかそーか。やっぱ、日頃のお手入れが重要なのよね。機体もあたしも」

「……ショーコさん、別に塗りたくらなくても綺麗だからいいでしょ?」

 傍らでやり取りを聞いていたナナが珍しくそんなことを言った。

「ふふん、ちょっとナナちゃんたら! ホントにもう、可愛いんだから!」

 途端に嬉しそうな顔をしたショーコ。普段まったく身だしなみに気を遣わない彼女でも、やはり褒められると嬉しいものらしい。

 その時である。

 通信用コンソールから電子オルゴールのクリアな音が流れ出した。外部通信着信の報せである。アラームが耳障りだということで、サラが音を変えたのである。

 すかさず駆け寄って画面に目を走らせたナナが

「隊長! 緊急発報です! N地区スティンダム・ロック・ホテル付近に不審なCMD有りとのことです! 機影は少なくとも二機。レベルサードにて出動要請がかかっています!」振り向きざま鋭く叫んだ。

「あっちゃー……。こういう時に限って、これか」

 右手を額にやってがっくりとしているショーコ。

「仕方がないわね。直ちに、セカンドグループで出ます。指揮は私が執りますから、ショーコはサイ君達と留守をお願いね。装甲シート圧着作業は一度中断して頂戴。明日にでも、スティケリアの作業班を呼びましょう? こんな時に里帰りはしていられないから」

「了解!――サイ君、セカンド三人娘の出動フォローをお願い! それからナナちゃん、シェフィはともかく、ティアとミサに言っといて。顔つくってるヒマなんかないわよ!」

 仮眠のあとは必ず化粧を直す習慣が彼女らにあるということを、ショーコは知っている。

 確かに、そんなことをしていれば緊急発報先が襲撃を受けてしまった場合、こっちがたどり着く前に賊に蹂躙されてそれまでであろう。

「……了解っす。DX−2スタンバイスタイルで搭載しときますよ。装備はMEだったと思いますが」

「オッケー。どうせ街中だもの、ドンパチは無理だからそれでいいわ」

 ほどなく、サラ率いるセカンドグループは出動していった。

 闇に消えていく赤いテールランプを見送っていたサイ。

 ふと振り返ると、背後ではショーコがMDP−0を見上げたまま佇んでいた。

「……ショーコさん?」

「こうなりゃ、しゃーないわね。次に出動要請がきたらあたし達が出なきゃならないし」

 やや不満そうである。

 サイにはその理由がわかっている。

「ちょっと悔しいんじゃないですか? 手入れが上手くできてなかったなぁって」

「ご名答。よくわかったわね。――あたしはね、機体が完全でないとどうも落ち着かないのよ。整備不良がたたって交戦中に負傷したとか、生命を落とした人もみたことがあるから。他の部隊の話だけどね」

「わかりますよ。――俺も、そうだから」

 乗るだけの人間には理解しがたい感情かも知れない。

 他者が扱う物だからこそ、僅かな瑕疵もなくありたいと整備担当は思うのだ。

 同意してやると、ショーコも気を取り直したように

「ま、格闘用CMDの宿命、だしね。しゃーないわ。――化粧は明日直してもらいましょ。今夜は留守番しなくちゃね」

「了解です。何か作りますか? 腹が減りましたよ」

「そおねぇ……」

 そんな会話をしながらオフィスへ戻りかけた時であった。

「ショーコさん! サイさん! 大変ですぅ!」

 ばたばたとユイが血相を変えてやってきた。

「あん? どーかしたの? 救援要請? ……にしては、早すぎるか」セカンドグループは出動して幾らも経っていない。

「監視ネットワークに接続された広域セキュリティシステムが妙な機影の接近を探知してます! 数は三つ、間違いなくCMDです!」

 互いに顔を見合わせたショーコとサイ。

「……襲撃? 何だってうちを狙うのよ?」

 眉をしかめている。

「あー……シートの圧着前だから、自爆だけは勘弁ですね」

「やだやだ。うちの敷地内で死人なんて冗談じゃないわ。食事が不味くなる」

 めいめい勝手な事を言っている二人に、ユイは

「そんな呑気なこと言っている場合じゃないんですってば! すぐ近くにいるんですからぁ!」

 怒りだした。この場合、彼女の言う通りであろう。

 何者かに襲われかけているというのに、冗談を飛ばしているという法はない。

「はいはい。んじゃ、一丁お出迎えしてやりますか」

 サイは胸ポケットから、人差し指と中指で起動キーカードを取り出した。

 ショーコも真面目に戻って

「そうしましょ。とはいっても、このパターンじゃ定点指揮でいくしかないわね。工作員がいないとも限らないし」

 襲撃を受ける側にあるから、迂闊に外に出て動き回る訳にはいかない。

 やる気になった二人を見たユイは

「念のため、治安機構と警察機構に発報飛ばします。……あと、セレアさんと隊長にも!」

 オフィスに駆け戻っていった。

「じゃサイ君、頼んだわよ! くれぐれも、気をつけてね」

「了解しましたよ」

 ハンガーに戻り、サイはMDP−0を起動させた。

 ずしっ、と一歩踏み出したところで、足元にナナがやってきた。

 誘導灯を振っている。

『サイ、聞こえる? あたしよ』

「感度良好。よく聞こえているよ」

『機体を出したら、ここは締めるわね。万が一の時は、敷地内から離脱するかコックピットハッチを非常ロックにしてね。……必要ないとは思うけど』

 今日に限って、珍しくナナが注意を促してきた。

 何か勘の働くところがあったのだろう。

 サイは素直に

「……了解した。気を引き締めていきます」

 そう返答しておいた。彼女の直感には従った方がいい。

 ハンガーから出ると、機体感知センサーの感度を最大値まで上げてやった。

 サブモニタで確認すると、正体不明機は西側から一団でやってきている。

 妙な真似をする、とサイは思った。

 テロ組織が襲撃に及ぶ場合、数手に分かれるのが定石である。その方が、攪乱しやすい。

 一塊になって仕掛けたところで、受け側に有利をもたらすだけのことである。一点あるいは一面に絞って迎撃すればいい。

 どうも意図が読めない。

 理解に苦しみながらモニタを睨んでいたサイは、ふと

(もしかしたら……N地区は陽動なのか?) 

 そういう気がした。

 Star-lineが二機体制であることは周知の事実である。両機を引き離してしまえば、各個に包み込んで始末することが可能になる。この場合はそう考えるのが自然であるし、逆にそれ以外の動機が見当たらない。あるとすれば、冗談抜きに自爆前提であろう。

 一対三。

 向こうとすれば知恵を働かせたつもりだろうが、サイにとっては蚊が停まったほどの痛痒も感じていない。確かに、生身の喧嘩なら容易ならないシチュエーションではある。

 が、CMDの戦闘は必ずしも数ではない。

 いかに的確な動作で的確に相手のウイークポイントを衝くか。

 それだけのことである。

 操縦技術の不確かなドライバーが操る機体が何機やってきたところで、熟練されたドライバーが乗る一機には及ばない。よほど機体性能や仕様に差がない限り。

 相手の狙いに気が付いたからには、話は早い。

 サイはMDP−0を侵入予測地点へと進めた。正門より西側、宿舎棟寄りであるのが厄介といえば厄介だったが、不安はなかった。

 歩速から推定すると、人型機ではないらしい。やや遅いのである。

 待つうち、モーターの駆動音やら歩行音が聞こえてきた。

 程なく高いフェンスの向こう側に、黒く巨大な影が姿を見せた。

 暗闇に、赤く光る目が三つばかり。

 形状を見れば、想定通り人型機ではない。コックピット前面の装甲を強化したノンキャノピータイプの機体である。軍事用によく見られる仕様で、搭乗者にとって防御性は高いが極端に視野は狭くなる。

 ギャリンッとフェンスを踏み倒し、敷地内へ侵入してきた。

 迎撃を予想していたのか、動作に慌てた風はない。後続する二機が左右に分かれた。明らかに包囲戦を意識しているとみていい。

 が、表情も変えずにゴキリと首を捻ったサイ。「――そのフェンス、高いんですよ?」

 呟きつつ、フットペダルに力を込めた。

 ――そして、数分後。

 とりあえず、侵入してきた賊機は全て沈めた。案の定、造作もなかった。

 まもなく治安維持機構、それに警察機構が到着して賊の身柄を確保してくれるであろう。ユイが緊急発報を飛ばしてくれている筈である。

 賊機のドライバーはどれもカゴの鳥にしてある。

 外からこじ開けない限り、絶対に脱出はできない。

 稼働仕様を重稼働モードから単稼働モードに切り替えながらサイは呟いた。

「さて……N地区にお出かけのセカンドは無事だろうか――」

 シェフィは確かに格闘戦が苦手な向きがあるが、指揮に就いているのはサラである。

 ショーコとは対照的に頭脳派な彼女なら、シェフィを上手く導けるであろう。

 増援を警戒し、サイは、MDP−0のコックピットで周辺の様子に注意している。

 その時である。

 MDP−0のセンサーがもう一機の機体をとらえていた。

 サブモニタの黒い画面上に表示された機影を示す緑の点が、一瞬たりとも留まらない。通常なら点滅するかのように動いて見えるのだが、この対象はまるでラインを描いているようである。つまり、稼働速度がそれだけ速いということを意味している。

 すでにサイは、相手がタダ者ではないことに気が付いている。

 こんな時間にこんな所をうろつくようなCMDなど、どうせ犯罪者の類でしかない。だが、こうも迷いのない迅速な動きをやってのけるとくれば、それは――腕利きの仕業である。

「動きが段違いかよ。大御所登場、ってところか」

 呟きながら、機影の侵入予測方向へと機体を旋回させた。

 サイは些かも慌てていない。

 相手の動きがいかに素早くとも、必ず接近するタイミングはやってくる。そこを捉えればいいだけのことで、MDP−0の性能をもってすれば造作もない。

 センサーが指し示したその地点とは、なんとStar-line本部舎正門である。

(とんでもない自信家がやってきたモンだ……)

 思っているうちに、メインカメラが一機の機影をモニタに映し出した。

 人型機である。

 武装組織にありがちな黒色塗装ではなくカーキグリーンに染められたそのシルエットは、すらりと細身である。腕部と肩のあたりだけ、ややパーツの形状が大きい。内蔵武装か強化装甲であろう。

 横長のメインカメラが黄色く発光するや、敷地内へと足を踏み出した。

 ゆっくりと歩みを進めてくる。

 操作レバーをぐっと握り締め、相手の行動を待ち構えているサイ。

 程々の間合いを取った位置で、機体は停止した。

 すぐにも仕掛けてくるかと思ったが、どうも向かってくる気配がない。

「……?」

 すると。

『――おい! 聞こえているか? 乗っているのは君だろう? 俺だよ、俺! 覚えているか? 』

 いきなりお喋りときた。

(……あれ!?)

 サイは調子を狂わされた。

 どこかで聞いた様な声である。

 が、思い出すまでにそう時間はかからなかった。

 張りがあってどこか人懐こい調子のある、よく通る声。少しばかり間の抜けた、お調子者の感じがなくもない――

 外部マイクのスイッチを入れ

「……あんたか!」

『おお! 覚えていてくれたか。いやいや、忘れられていたらどうしようかと思ったよ。カッコ悪いったらないものなぁ……』

 厄介なヤツがきやがった、とサイは内心思った。

 自分が相手をするのはまだいい。

 問題は――同じ敷地内にある宿舎棟にはリファがいる。

 こうやって外部音声で喋ったならば、間違いなく彼女の耳に届くであろう。

「何しにきやがった? お前、自分のやっていることがわかっているのか?」

 警戒しているサイ。

 こういう手合いは最も注意を要する。

 余裕をかましているのではなく、自然に緊張がない。これはつまり、操縦が身体に染み付いているからだといえる。本当に手強いのはこういうドライバーである。

 ところがウィグは

『これ、俺の機体。……どう? なかなかいいだろう? WSSっていうんだぜ』

 機体自慢ときた。

 おふざけしている場合ではないだけに、感情を逆撫でされるような感じがせぬでもない。

 口先まで出かけた馬鹿野郎の言葉を何とか飲み下しつつ

「今回はあれかね、CMDに乗って夜這いかよ。あんまり、感心できないな。経費がかかるぞ?」

 皮肉ってやった。

 すると、ウィグはちょっと黙ってから

『――まあ、今回は夜這いじゃないんだ。で、一つだけ、頼みたいのだが』

「何か? まさか、また黙って逃がしてくれとか言うんじゃないだろうな?」

『ハハハ、そりゃいいや。――と、言いたいところだが、ちょいと違うんだな』

 何を言い出すのかと思っていると

『一丁、お相手いただきたい。だけど』

 機体の右腕が動いて、東側を指した。

『そうだな……そっちの、広いところでやらないか? ここじゃ、死人が出そうでな』

 自分のペースで一方的に話を進めるウィグに、サイは腹が立った。

「いい加減にしろよな。何を好きこのんで格闘戦なんかやりたがるんだ!? これ以上時間が経てば、あんただって無事で逃げられるタイミングはなくなるんだぞ!」

『いやいや、理由はあるんだよ。……君が潰したそこの三機、ドライバーだけ返してもらおうと思ってさ。時間稼ぎだよ』

 返せと要求してきたところで、CMD一機では手間が――。

 そう思いかけたところでふと、サイは気が付いた。

 正門のあたりに何やら、蠢いている人影がある。

 様子を窺うようにして、一人また一人と敷地内へ駆け込んでくる。

(……包囲されている!? STRも警察機構も到着していないってのに)

 都市統治機構本庁やや治安維持機構部隊舎といった政府関連施設には、国軍や警察機構による厳重な警備がついている。明らかに、標的視されているからである。

 しかし、今回のテロで特定標的視されていない施設――Star-lineのような――では、そういった警備もなく手薄になっている。

 その盲点を衝いてきているとみて間違いない。

 咄嗟にサイは通信を個別回線に切り替え

「……ナナ、聞いてくれ! 残っている全員、本部舎のエマー室に避難するんだ。どうやら賊の一味が大勢きているようだ」

 教えてやった。するとナナは

『うん、ここからも見えてる。こっちは避難するから……って、そうよ、サイは!? サイはどうするのよ!?』

 後ろで何やら騒いでいるショーコとユイの声がする。

「俺か、俺はあいつの相手をせにゃならん。どうやら、ご指名のようだからな」

 面倒事は御免だが、かといって降りて逃走する訳にはいかない。

『……ねぇ、サイ』

 トーンが落ちている。

「ん? どうした?」

『……気をつけてよね。怪我なんかしたら……許さないんだから』

 不安そうな声を残し、ナナの通信は切れた。

(怪我なんかしてたまるかよ。あんな連中相手に、さ)

 とりあえず、本部舎中にいる人間は逃がした。よほど頑丈な避難室になっているから、賊に侵入されても心配はない。

 あとは――目の前のウィグとどうやり合うかである。

 戦う以外に、選択肢はない。

 サイは再度外部マイクをオンにして

「……とことんふざけたオッサンだな。仕方がないから相手してやるが、黙って犯罪者を逃がしてやるってのは同意できないな。できればあんたと合わせて都合四人、警察機構にプレゼントしたいと思うよ」

『ハハハ、そりゃあ、またとない贈り物だな。――まあいいや。それじゃ一丁、お相手いただこうか』

「……来いよ」

 先に歩き出したMDP−0。

 そのあとにウィグのWSSが続いていく。

 本部舎東側の空きスペースまでくると、サイは機体を振り向かせた。

 本部舎からはできるだけ離れたつもりでいる。格闘を演じたがために建物を破壊してしまっては敵わない。事態が事態だから、決してサラやセレアは苦情など言わないだろうが。

『同志、アーバロを沈めたその腕前、見せてもらおう』

「……勝手にほざいてろ」

 一呼吸おいた、次の瞬間。

 両機とも、地を蹴って走り出していた。

筆者註

お目通しくださった方、本当にありがとうございます。

仕事の都合により、次話アップは数日後になります。

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