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復讐編9 衝撃

 この捜査を開始するにあたり、今日一日、彼は自分なりに過去の関連性を調べたという。

 ファー・レイメンティル州とジャック・フェインの関係といえば、D−ブレイク作戦を抜きに語ることはできない。

 今から四年前、テロ組織リン・ゼールの独立精鋭部隊ジャック・フェインはファー・レイメンティル州に活動拠点をおいていた。彼等の行動は的確かつ迅速で、その破壊活動が報道されない日は無かったと言われる。にも関わらず、市民にさほどの動揺はなかった。ジャック・フェインの標的となるのが常に治安維持機構や都市統治機構、警察機構といった統治機構関係施設ばかりで、その後のように無関係な市民が巻き添えを食うような行動には及ばなかったからである。背後には、当時のリン・ゼール指導者であるグワラム・ゲゼルの統率が組織の末端にまで徹底されており、無用の殺傷や破壊行為を禁じていたせいであるという見方があるが、それは定かではない。ただ一つだけいえることは、構成員から絶大な信頼を得ている幹部ウィグ・ベーズマンが指揮を執っていたということであり、彼は殺傷行為を異様なまでに嫌っているという部分までは各情報機関は認識していた。ウィグはカイレル・ヴァーレンにおいて数々の国軍CMDを沈めた敏腕ドライバーとして知られていたが、その腕前と気さくで奔放な性格による衆望の高さをかわれ、ジャック・フェインに所属することになったと言われている。

 ともかくも鮮やかなジャック・フェインの活動に手を焼いていた統治機構関係組織だったが、警察機構の総力を挙げた緻密な諜報活動により、ようやくその根拠地を突き止めた。それがD地区に位置しており、ヴィルフェイト合衆国で活動するジャック・フェイン組織の中枢となっていることも知れた。

 テロ組織潰滅を国家プロジェクトにまで掲げていたヴィルフェイト合衆国統治機構は国軍を中心とした綿密な掃討作戦を計画し「D−ブレイク作戦」と命名された。D地区と潰滅を掛け合わせたネーミングである。

 極秘裏に進められた作戦計画は発動され、夜間を衝いて国軍部隊の包囲が開始された。

 だが、膨大な構成員から選抜された精鋭部隊だけに、ジャック・フェイン側も作戦直前にこの動きを偵知するに至っていた。彼等は俄ながらも応戦の体制を整え、国軍の襲来に備えた。

 両者は激突した。

 国軍側も選抜された対ゲリラ戦特殊部隊を投入したが、戦況は思惑通りには進行しなかった。根拠地に立て籠もるジャック・フェイン側は容易に屈せず、頑強な抵抗によって国軍側に死傷者が続出し始めたのである。旧世代の高層建築物廃墟を活用したジャック・フェイン側は十分な地の利を得ていた。陸戦歩兵とCMD部隊が連携した複合式機甲部隊による包囲殲滅作戦を得意としていた国軍だったが、そのCMDを思うさまに扱うことがままならず、これが損害を拡大させる一因となった。

 戦闘は長期化し、双方共に疲弊し始めた。

 ここにきて損害の増加を嫌った国軍は、国家統治機構の承認を経てジャック・フェイン側に投降を慫慂する手段に出た。当然無条件投降ではなく、生存者全員の身柄を国軍側にて保護した上で国外へ退去せしめるという、いわば取引であった。さすがのジャック・フェインも長期化する戦闘にこれ以上耐える自信を失い始めていたらしく、国軍が示した条件に応ずる姿勢を見せた。やがて休戦となり、ゼノ・ディレッド国軍陸団少将とウィグ・ベーズマンの直接会見は、ヴィルフェイト合衆国のみならず世界中のメディアがトップで報じた。

 会見の模様が報じられることはなかったが、終始上首尾で進み、やがて双方妥結した。

 ――作戦は収束の方向に向かっていると思われたが、ここで突如、事態は一変する。

 国軍が包囲を緩めた頃を見計らったかのように、周辺警戒を任務としていた治安維持機構三個大隊が一切の警告なく突撃を開始、現場は大混乱に陥った。不意を衝かれたジャック・フェイン側は応戦を余儀なくされたが、すでに投降の準備が進められていた矢先である。構成員が次々と斃されていく中、残った者達は捨て身の反撃に移り、収拾のつかない状況となった。

 だが、犠牲を省みず増援に増援を重ねる治安維持機構部隊に対し、すでに疲弊しきっていたジャック・フェインは次第に追い詰められていく。戦闘開始から四日目、ついに根拠地は陥落した。治安維持機構部隊によるこの不可解な不意討ちについては、その後ついに都市統治機構側からも国家統治機構側からも正式な見解が出されることはなかった。国軍による本来プログラムに基づく作戦であるとか、面目の喪失に焦った都市統治機構の独断であるなど、様々な憶測がなされたが、真実は闇の中にしかない。    

ただし、奇妙なことに一連の事実だけは秘匿されることもなく、各種公式記録に残っているのであった。

 戦闘終結後直ちに警察機構と治安維持機構による現場捜索が始まったが、そこに大幹部ウィグ・ベーズマンの姿は発見されなかった。混乱を衝いて脱出したという推測がなされたが、ついにその後の消息は確認されないままとなる。

 そして――治安維持機構隊員や国軍兵、それにジャック・フェイン側の死傷者が累々と倒れている中に、リファ――当時リリア・ベーズマン――はいたという。

「ベーズマン、って……言ったわよね? それって、まさか――」

 ショーコの声がうわずった。

「ご想像の通りですよ。二人は結婚していたようです。――もっとも、テロ組織構成員が都市統治機構に正式な婚姻届けなんざ出す筈がありませんから、まあ組織の中でのみ、認められた仲だったという方が正確でしょう。それ以前の名前が判然としないってこともあるんでしょうが、そういうこともあって公式な記録でもベーズマン姓になっているんですね。彼女自身は活動家ではなかったから、その存在についてはD−ブレイクの一件が起こるまではよく知られていなかったようです」

 ここまでの内容もショーコにとっては初耳だったが、ディットの話には更に続きがあった。

「だから、彼女がどういう存在の人間であったかがはっきりと知れたのは、それからだったんですよ」

 彼女は即保護され、病院に搬送される。

 比較的軽傷だったこともあり、警察機構ではすぐに事情聴取に取りかかろうとしたが、病院側は首を縦に振らなかった。

 ディットはちょっと黙って適当な表現を探している風だったが

「……何と言ったらいいんですかね。その、リファさんは、身ごもっていたらしいんです。保護された時点では結構、お腹も大きくなっていたようです」

 ショーコの瞬きが止まった。

「……ちょ、ちょっと待った。妊娠、していたっての!? あのコが!?」

「そういうことですね」

 彼はすっと視線を落とした。

「しかし、最愛の夫であるといっていいウィグが生死もわからないような状況になって、心に深刻なダメージを受けてしまったようです。保護した当初、突然半狂乱になったり、あるいは呆けたようになったり、すっかり精神の平衡を失っていた、と。事情が事情なので警察もしばらく事情聴取は見合わせました」

 そこで彼は少し言葉を切った。

 身じろぎもせずに話の続きを待っているショーコ。

 ややしばらくしてからディットが口を開いた。

「……もっとも不幸だったのは、リファさんにとってあまりにもショックが大きすぎたんでしょう。結局、お腹の子は、元気に生まれてくることはできなかったんです。彼女が世界的な凶悪テロ組織の一員であったとはいえ、非常に胸が痛む話です。――ただ、詳報を読む限り、事件がもう少しあとだったら、リファさん自身も危なかったかも知れませんね」

「……」

 頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。

 リファが――かつてテロリストの妻だったとは。

 そして、その子供を体内に宿していた。

 四年前のことだから、当時彼女は十七歳。

 余りにも若すぎ、それ以上に幼すぎる。

 そんなリファにとって、愛するウィグを喪ったかも知れないという衝撃は察して余りある。お腹の子供が生まれることができなかったのは、ディットが言う通り、そういうことなのであろう。

 普段のあっけらかんとした彼女からは想像もできない苛烈な過去の話に、もはや言葉も出てこない。

「……」

 何を喋っていいのかわからないまま、ショーコはふらふらと力なく長椅子に腰を下ろした。

 ディットはさもあろうという同情の眼差しを送りながら

「保護された当初、彼女とウィグの関係が判然としていなかったのですが、のちに唯一命を取り留めたジャック・フェイン工作員の証言から、彼女が大幹部であるウィグ・ベーズマンの恋人として、組織に所属していた身であったこと確認されました。それ以前の詳しい状況はわからないのですが、身寄りもなく放浪していた彼女を、ある時ウィグが出会って保護し、いつしかそういう関係になっていたようなんですね。リファさん自身が自分から証言したのではないんですけれども、どうやら事実はそういうことのようです」

 ようやくショーコの中で点と点がつながった。

「……で、今回の襲撃事件はジャック・フェイン主犯説が有力だから、念のためリファにも事情聴取しておく必要が出てきた、と」

「はい。こういう推測は極めてよろしくないのですが、彼女の夫だったウィグ・ベーズマンが今回の行動を起こすに当たって、あるいは彼女に接触を試みてきている可能性も否定できない訳です。――何せ、二人は愛し合っていた関係だった。彼の死亡説が流れて間もなく、リファさんが流産してしまうくらいですから」

 事実だけを冷淡に拾い集めていけば、そういう推測が出てもあながち間違いではない。

「でも……あのコはここしばらく、宿舎棟にこもりきりで外に一歩も出ていないのよ? 食事だって、うちのメンバーが持っていってあげていたんだから。接触といっても、そんな機会は――」

「私も、そう信じたいと思っています。ただし、この間のStar-line本部舎敷地への不審者侵入の一件さえ、事実関係が明確になれば、の話ですが」

「……!?」

 ドタバタ騒ぎですっかり頭の中から消えていたが、確かにそういう事件があった。

 が、あの一件についてはサイがいち早く駆け付けたが、逃げられてしまったあとだったという報告で終了している。ショーコもその場にいたから、概ね状況は把握している。

 そのことを言うと

「いや、サイ君の証言は、それはそれでいいでしょう。侵入者は逃げてしまっていますから。――ただ、看過できない事実が一つ、ありまして」

 あの夜、高速規格道路に設置されている監視ネットワークシステムのカメラが、L地区からG地区に向けて走り去っていく一台の車両を偶然にも捉えていた。助手席に見えている男の顔が、現存している写真と照合した結果、ウィグ・ベーズマンである可能性が極めて高いという。百八十キロで走る車両のドライバーの顔ですら輪郭を明確に撮影してしまう超高機能カメラである。人違いという線は残念ながらないであろう。

「内緒ですからね。警察機構でも秘匿されている情報なんですから」

「それって、その男がリファに、会いに忍び込んできたってこと……?」

 今時、そういう男がいたものだろうか。

 半信半疑のショーコだったが、よくよく思い返せばサイとナナの関係もまたそれに近いものがなくもなかったような気がする。最後はサイの強行突破でナナの心をつかんだが、リファだってかつて愛した男が無理を押してまで目の前に現れたとしたら、心がとても平静ではいられないに違いない。

 ダメ押しをするように

「それ以外に理由がありますか? いや、あるかも知れませんが、たかが物見をするのに組織の首謀者が一人でこの厳戒態勢の真っ只中に飛び込んでくるなんて、常識から考えてあり得ないんです。よりによって、この州で最もセキュリティが厳重だと言われるL地区にですよ?」

 ディットの言い分はもっともである。

 テロ組織が目標の下見をする場合、大抵は彼等が「諜報屋」と呼んでいる組織外の人間にそれを依頼する。構成員が直接偵察に出る例も皆無ではないが、より上位の組織であればあるほど、増して中心者が自ら危険を冒して偵察を敢行するというケースはまずない。

「――そこまでしてでも生き別れの妻に会いたかった、という方が納得できます。逆に、切なくすらなりますよね」

「……ディット君」

「はい?」

「……あなた、将来出世できるわよ。今日一日で、そこまで突き止めたんでしょ?」

 今までの話の流れとは全く別のことを言ったショーコ。そうでも言っておかないと、胸中の衝撃に対する収まりがつかないように思った。

 急に妙な誉め方をされたディットは

「え、ええ、まあ……」

 ちょっと照れたように頭を掻いている。

 あとは双方、言葉もない。

 ショーコもディットも黙ってしまうと、真っ暗な廊下は再び静寂に包まれた。

 幸い、ほどなく処置室のドアが開き、中から中年の医師が姿を現した。

 気配に気が付いた二人が立ち上がって近づいて行くと

「……Star-lineの方ですね? それとこちらは――」

「警察機構の方です。関係者ではありませんが、当グループに協力してくださっている方でして」

「警察機構本庁捜査課のディット・タリアスです」

 ショーコの紹介に合わせて、ディットが軽く頭を下げた。

 医師は頷き、口元にかけていたマスクを外しながら

「リファ・テレシアさんの容態ですが、まず問題はありません。爆発時の熱風による局所的な軽度の火傷と飛散片による受傷がありますが、数日で完治できるでしょう。受傷した際に着けていた衣服の露出面積が大きかったものですから、多少傷が多かったんですな。まあ、跡が残るようなこともないと思いますけども、若い女性ですからもしものことがあってはいけません。仔細に手当しています。数日、この病院で休ませてください」

 ほっと胸を撫で下ろしたショーコとディット。

 さもあろうとは思っていたが、なにしろCMD一機を粉砕したその爆風を浴びているのである。治療が施されるまではどこか安心できない気持ちがあった。

「それは良かった。ありがとうございます」

 ショーコが礼を述べると、医師はちょっと不思議そうな顔をした。

「ま、傷の具合はその程度なのですが――どうも、昨晩あたりから飲まず食わずで歩き回っていたようですね。軽く脱水症状、それに貧血も起こしています。リファさんがそういう行動をとったことについて、隊のほうで、何か心当たりはありませんか?」

 やっぱりか、ショーコは思った。

 リファの部屋を覗いてきたユイの報告によれば、どうも彼女が姿を消したのはここ数時間以内という雰囲気ではなかったという。部屋を訪れても何の返答もしないことが続いていたからつい確認を怠っていたのだが、これからは目を離さないようにする必要があるだろう。

 が、今それを医師に述べても無意味であるから

「それが、私達でも心当たりがないんです。どうして急に街の中を歩き回ったりしたのか。テロへの警戒中だから、迂闊に市内へ出るなという総司令長命令も出ていたのですが」

「そうでしたか。ま、私が細かく詮索するべき内容ではありませんので、深くお訊きするつもりはありません」

「こういう状況で何ですが……リファさんに今、お話を伺うことは可能でしょうかね?」 

 ディットの問いに、医師は静かに首を横に振った。

「外傷は極めて軽傷なのですが、その――多少、精神的な動揺が見られます。意識がないにもかかわらず激しく身体を動かそうとしたり、うわごとを繰り返したりする状態が見られたもので、安定剤を適量投与しておきました。薬が効いてきて落ち着くまで静かにしておいた方がいいでしょう。従いまして、これから事情聴取というのは、医師としては賛成いたしかねますが」

 その判断に、ショーコは内心ほっとしていた。

 あまり表情を動かさない医師ではあったが、言うべき事はきちんと言う人物であるようだった。

「――ってことで、どうやら今日は無理みたい。また、改めてもらえるかしら?」

「いや、やむを得ないでしょう。負傷して搬送されてきた病院に押しかけた僕もよくない。容態が落ち着いたら、お話しを伺うことにしましょう」

「悪いわね。忙しい時に」

 彼の苦心がわからなくもないショーコがそう言って労ってやると

「いえ。ショーコさんやStar-lineの方々は警察機構にとっても重要な協力者ですから。そこは僕でもわかっているつもりです」

 ディットが去っていった後、ショーコはしばらくその場に佇んでいた。

 リファの様子を見に病室へ行くことを思ったが、気持ちがそうさせないのである。

 一人きりになってからふと思い返した途端、リファが背負った心の痛みや過去の重みが波濤のように押し寄せてきて、やりきれなくなってしまっている。経験が皆無ではないものの、子供が授かったこともなければ、まして死産した経験もない。が、それだけに想像のつかない痛みのようなものが自分の腹にファントムペインのようにじんわりと広がってきて、そのあたりがズキズキと痛むような感覚がする。

 今彼女の傍に行っても、正対して真っ向から話が出来るとは思えなかった。

(リファ、あんた……テロリストの妻だったっていうの……)

 幾度となく、胸中で呟きを繰り返している。



「あ、レヴォスさん――」

「すまん。後にしてもらえるか?」

 話しかけてきた青年をかわしておいて、ほとんど走るようにしてレヴォスは歩いていく。

 ウィグがいる筈の部屋の前へくると、ガンガンガンと鉄製のドアを乱打した。

「――いるよ」

 中からの返事が聞こえるか聞こえないうちに、すでにドアを開けていた。

「ウィグさん! たった今入った情報なんですが――」

「……ああ。一報だけは受けているよ」

 それを聞くなり怪訝な顔をしたレヴォス。

 自分よりも早く情報をキャッチして伝えた者がいるのだろうかと思っていると

「そんな顔をするなよ。君の部下達が一段飛ばしをした訳じゃないんだ」

 彼はデスクの上の書面をつまみ、ひらひらさせてからポイと放りだした。

「海向こうにいる連中が、気を利かせて教えてくれたんだ。他派で何やら動く気配があるから注意を怠るなってね。――まあ、これが俺の手についた頃には時すでに遅し、ってヤツなんだが」

 さすがに、ウィグの顔にいつものあっけらかんとした調子はなかった。

「……レヴォス君。君はこの動きを知っていたかい?」

 レヴォスは重たい鉄のドアをゆっくりと閉めながら

「いいえ。全く、寝耳に水です。詳しい情報を集めさせている最中ですが、どうやら」

「どうやら?」

「……ゴーザ派の仕業ではないかという話です。手口からみて、まず間違いないでしょう。アミュード・チェインの連中でも、平気で自爆までやるのは彼等しかいません」

 ガタッと音がした。

 ウィグが思わず、チェアを蹴って立ち上がりかけていたのである。

「ゴーザだと!? 何故奴らが動いている!?」

 普段は滅多に激さない彼が色をなしていた。 

 ゴーザ派。

 正式には『ゴーザ・ディミニィ』という。現地の言葉で「神の代理」という意味であるらしい。

 アミュード教徒の中でも極端な排他思想を持つ者達によって組織された宗教結社だが、その活動はほぼテロ組織と何ら変わるところがない。というよりも、世界でもっとも凶悪なテロ組織として認知されるに至っている。その独自の宗教観というのは、他民族、他宗教の排撃こそが神から与えられた崇高な使命であり、目的を達するためには身命を厭わず投げ出すべきというものである。アミュード教の系譜を引く集団は数派あり、その中にも過激思想を抱く集団はいるものの、彼等をして「聖なるアミュードはついに狂える犬を世界に解き放ちたもうた」と言わせしめるほど、ゴーザ派の行動は常軌を逸していた。

 神に変わって罪の存在(これは自分達以外の人間全てを指すのだが)に裁きを加え、我が命を納めた報いとして神の救いを得るという思想が根底にあるから、ほとんどが捨て身の自爆テロである。ゆえに、起こりうる事件は常に酸鼻を極める上に犯人がもろともだから、世界中の当局も組織の有り様を偵知する術をもたなかった。

「今言った通り、詳細は調査中です。ただ、向こうが我々の今回の計画に気付いていた形跡がありまして、呼応したか、あるいは呼応を装ったのではないかと考えられます。ここ最近の情勢は膠着していましたから、動き出すタイミングを狙っていた、という見方ができるかと」

 それもあるかも知れない、とウィグは思った。

 どれほど過激なテロ組織であっても、何らかの動機なくして行動はあり得ない。テロ活動自体が国家に対する歪んだメッセージ手段である以上、その行動によって伝えられるべき事柄を持たなくてはただの破壊行為にしかならないのである。

 ここのところヴィルフェイトをはじめカイレル・ヴァーレンでも目立った動きがなかったから、ジャック・フェインの大規模な計画を探知したゴーザ派がこれに乗じて行動に及んだというレヴォスの推測は、今のところ否定する余地を容れない。

「奴ら、俺達に同調したとでもいうつもりなのか……。要らざる救いの手なんか差し伸べやがって、あの神様気取り奴は」

 高ぶりつつある感情を抑え込むようにして、ゆっくりとチェアに腰を下ろしながら

「ただ、これではっきりした。俺達にはもう、どういう大義もありゃしなくなっちまった。何もかも、あいつらがぶち壊してくれた。単なる殺戮者の一味さ、俺達は」

 放り出すように言ったウィグ。よほど腹に据えかねているようであった。

 背後に立つレヴォスには、その怒りが十分すぎるくらいにわかるつもりである。

 四年前、都市統治機構と治安維持機構による卑劣な裏切りのために、死ななくても済む筈だった多くの同志達が命を落とした。今日に至るまで苦渋の思いをしながらも計画を進めてきたのは、その無念を統治機構権力の連中に思い知らしめるためであり、ゆえに立案者の彼は極力一般市民を巻き込むことのないように精密なプランを練りに練り上げた。それはまた、ウィグの強い意向でもあった。無差別な殺戮になってしまっては、自分達の本意を社会に知らしめることは到底叶わない。

 であるのに、ゴーザ派は見事に殺戮をやってのけてくれた。

 一見、ジャック・フェイン側に呼応した動きのようには思われる。しかしその実、体よくゴーザ派に利用されたに過ぎない。そもそも掲げる理念自体が一致していないのだから、協同という二文字はまずあり得ないのだ。さらにいえば、連中は神のためには手段を選ばない人間の集まりである。実際、過去にはアミュード教系武装組織の他派アジトを襲撃して殲滅させるという、いわば同士討ちまで起こしている。

 が、彼はゴーザ派がどういう連中であろうと、白だろうが赤だろうが知ったことではないと思っている。大事なのはいつだって――自分達の姿勢のあり方なのだから。そうでなければ、世界中から蛇蠍のように忌み嫌われているテロ組織などに身をおいたりなどはしない。

 あさってを向いてチェアに座っているウィグに一歩近寄りつつレヴォスは

「……あるいは、そうかも知れません。しかし」

 自分でも驚くほど冷静に話そうとしている自分がいた。

「確かに、社会は我々を殺戮者の一味とみなすでしょう。――でも、ウィグさんの心を知る人がこの都市に一人でもいて、その人には仲間がいる。ここまできた以上、他派を省みる必要はない筈です。カイレル・ヴァーレンを出た時から、皆命などはないものと思ってやっている。だから、我々は初志を貫くだけでいいでしょう。いつの日か後世の人間は気付くに違いない。ジャック・フェインの行為は、都市権力の卑劣さに対する抗議であったのだ、と」

 ウィグが反応した。

「初志を、貫く?」

「はい。何があろうとも、ここで曲がってはなりません。最後まで、計画を遂行するだけです」

 力を込めて言い切った。

 決して、自分への言い聞かせなどではない。心の奥底から、そう信じているつもりでいる。

「……」

 そのまま、ウィグは長い間沈黙を守り続けていた。

 彼には何か言いたいことがあるのだろうと思っているレヴォスもまた、退出することなく背後で立ち続けている。

 狭く暗い部屋の空気が動かない。

 どれだけそういう状態が続いたであろう。ふと、キィッとチェアの軋む音がして、ウィグがこちらを向いた。

「……レヴォス君」

 表情が、いつものような軟らかい彼のそれに戻っている。

「はい」

「……ありがとう。君にそう言ってもらって、何となく救われた気がするよ」

 この男に改まって礼を言われると、冷静なレヴォスも何となくくすぐったいような気持ちがせぬでもない。

「いえ……」

 色々と手のかかるボスではあるが、この人の下にいて良かったと、彼は思うともなしに思った。

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