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復讐編7 報いの号砲

 ウィグと一目再会したあの日以来、リファは一歩も部屋を出ていなかった。

 彼女の体調がよほど気になるらしく、ウェラが一日と開けずにやってきては食事を置いていってくれるから、飲まず食わずということはなかった。ただ、これといって食欲が出ないから、申し訳ないと思いつつ、いつも手付かずのまま廃棄せざるを得ない。

 リファ本人をはじめ、Star-lineの誰もがとうの昔に気が付いているであろうが――彼女は別に肉体を病んでいる訳ではなく、心が深く深く沈み込んでいて立ち上がれずにいるせいである、と。

 寝ても覚めても、ウィグの存在が頭から離れない。

 二度と会えないと思っていた最愛の人に出会ってしまうことが、こんなにも心を辛くするものだと、リファは想像だにしなかった。

 できることなら、もう一度彼の傍に行きたい。

 だが行きたくとも、時を経て隔たれてしまった二人の真逆の立場はそれを許す筈がなかった。

 今の彼女はもうテロ組織の所属員ではなく、それを取り締まり撃退すべき組織に所属している。逆に最愛のウィグは今もなおテロ組織に身を置いていて、世界中から追われる身のままである。リファがいかに彼を欲しようとも、その消息を突き止めるなどというのは雲をつかむにも等しい。あるいはセレアやサラの元にはその情報が一端でも入っているかもしれないが、まさか教えてくれなどとはいえない。彼女らも、それはさすがに躊躇するであろう。

 そしてこれはリファの良心の働きだが、例えウィグの居場所が知れたとはいえ、隊を脱走してテロリストの元へ駆け込んだなどという事態になれば、これまで彼女を支えてきてくれたヴォルデやセレア、その他Star-lineの皆に計り知れない迷惑をかけてしまうことになる。同時に、自分の過去もまた公にならざるを得ないのだ。到底、できることではなかった。

 どうしたらいいかという思案も浮かばず、あるいは行動を起こす気力も起きないまま、徒に時間だけが過ぎ去っていく。

 Star-lineのメンバーはもう、自分とウィグのことに気が付いてしまっただろうかと、ふとリファは思った。

 少なくとも、ウィグが忍んできたあの晩、サイには見られてしまっている。サイが皆に自分から口外するとも思えないが、それでもいつかは何らかの形で知られてしまうだろう。

 自分の過去が知られてしまったらならば、その時はStar-lineにはいられないかも知れない。

 それならいっそ、今Star-lineを飛び出してウィグの元へ走った方が――という想像は何度もしている。しかし彼の居場所もわからなければ、それ以上にそういうことをしようという決心がつかないでいるのであった。

 何故なのか、自分の気持ちながら自分でもわからない。

 そうしてリファは今日も、独り部屋の中でぼんやりとしている。

 陽も暮れていこうとしている。

 部屋の中に赤い夕日が差込こみ、白い壁や天井を鮮烈に染め上げていた。

 ふと、コンコンと入り口のドアがノックされた。

「……リファさーん! 封書が届いてましたよー。ドアポストにいれときますからねー!」

 ドア向こうからシェフィの声がした。

 Star-lineの皆が彼女に対して好意的に思ってくれていることはわかっている。

 できることなら、皆と一緒にいた方が何らかの支えや励ましになるだろうとも思う。

 が。

 一度折れてしまった心が、彼女にそれをさせようとしないのであった。

 今すぐドアを開けてシェフィと話をしたいと思うものの、そういう意志に乗っ取られている身体は果たして動けないままである。

「またきますからねー!」

 足音が遠ざかっていく。

 しばらくぼんやりとしていたリファ。

 ややあってようやく立ち上がると、新聞受けの蓋を開いてシェフィが持ってきてくれた封書を取り出した。

 重要保護指定市民の立場となってから、届いた郵便物の類はまず金属探知機を通されることになっている。そのチェック済みを表す「確認済」の赤い押印がされてあった。

 封筒は薄いグリーンで、差出人は警察機構となっていた。

「……警察機構? 何かあったっけ?」

 呟きながら封を開けたリファ。

 中には、一通の書面が入っていた。

「……!!」

 書面を開いて一読した彼女は、しばらくその場から動くことができなかった。

 言うまでもなく、警察からの書面などではない。

『俺達は、間もなく行動を起こす。四年前の仇をとるためだ』

 いつしか忘れかけていた、愛する人の筆跡がそこにあった。

 そして、短い文章の文末には

『だが、できる限りStar-lineには手は出さない。そう君の同僚や上司達に言ってもらって構わない。今の俺にできることは、済まないがそれだけしかない。どうか、元気でいてくれ』

「……」

 その一文を目にしたリファは、涙が溢れてくるのを堪えることができなかった。



 G地区治安維持機構Bブロック中隊屯営地。

 州都心部に近い位置に根拠地を構えるこの部隊は、常時十機のCMDと数百名もの隊員を擁するマンモス組織である。幾度となくテロ組織の標的となったことはあったが、その都度未遂に終わっていた。巨大な部隊だけに、テロ組織の側で襲撃の成功を疑うことがその理由だと言われている。Bブロックだけではなく、AからEまでの各中隊も規模は同じだから、やはり堂々と討ち入りをくらったことはなかった。

 広大な敷地に通じる正門の前。

 国軍のそれほどではないが、分厚い塀の一部だけを切り取ったようにして、出入り口となる門は設けられている。そこを両側から警備員詰め所が挟み、出入り口双方向を細い上下稼働式バーが遮っているだけで、スライド式の重々しい鉄扉などはない。治安維持機構はどちらかといえば警察機構が持たないCMD対応専門部署みたいな組織だから、出動の頻度は高い。故に、正門は狭くはあっても頑丈にガードされていたりはしないのであった。

 G地区の北側、B地区寄りに治安維持機構Bブロック中隊舎施設は位置し、その正門は北を向いている。B地区とG地区の間を東西に走る大通り――以前、サイが二度にわたって賊機と乱闘した通りだが――はG地区とL地区の間通りよりも交通量が少なく、出動の妨げがないということでそういう構造になったらしい。

 再開発地区であるB地区と向き合っているから、いきおい周辺は夜ともなれば暗い。

 初老の警備員が一人、うろうろと門の前を行ったり来たりしていた。

 もうすぐ交代の時間がくる。

 都市統治機構からは高レベルで厳戒態勢が発令されていたが、彼自身それほど気にはしていなかった。こんな巨大な施設に殴り込みをかけるテロリストがいたとすれば、よほど命知らずの大馬鹿者であるとしか思われない。狙うとすれば、他に標的は幾らでもある。そういう推測をして、警備員を気楽にさせていた。

 あと5分。

 戻ってからの夜食をどうするか、頭の隅で考え始めた時であった。

 不意に、カッと目も眩むような凄まじい量の光が正門に向け照射された。

「……!?」

 何事かと思う間もない。警備員の男はその光量に怯んでいた。

 感覚を狂わされて二、三歩よろめきつつも、何とか腕で目を覆って守ろうとした。

(な、なんだこれは……?)

 今度は、次第に轟音が近づいてきている。

 奪われた視界を必死にこじ開けて見れば、見る見る迫り来る巨大な影があった。

 トレーラーである。

 それもCMDを搭載する大型のものであった。どうやら、光はそのトレーラーのヘッドライトをはじめ、後部に搭載されている投光器から発されているようである。

 ようやく、ただならぬ悪意を悟った。

 警備員は咄嗟に進入路に飛び出し

「とっ、止まれ! 止まらないか!」

 赤く発光する警棒を振り回しながら、迫り来る大型トレーラーを制止しようとした。

 そこで彼は逃げるべきであったかも知れない。

 が、進路を塞げば止まるだろうという安易な予測が、次の瞬間彼に不幸を招いた。

「な、何を――うわぁっ!!」

 何の制動もなく突っ込んできたトレーラーに警備員はそのまま跳ね飛ばされ、全身を固いアスファルトの地面に打ち付けられていた。

 倒れて動かない彼の傍を、後続のトレーラーが何台も、轟音と共に駆け過ぎて行く。

 それらは大きな部隊舎前で乱雑に急停車した。

 同時に、黒い防弾着やヘルメット、自動小銃で武装した何人もの男達が飛び降り、恐るべき迅速さをもって部隊舎内へとなだれこんでいく。トレーラーの後部荷台ではカバーがバサリと跳ね避けられ、下からはやはり黒く塗装されたCMDが現れた。どれも人型機で動きに無駄がなく、一機、または一機とトレーラーから降りては治安維持機構部隊舎目掛けて機関銃を撃ち込み始めた。

 航空機の格納庫並みに巨大なハンガーから出てきて応戦しようとする治安維持機構の機体はない。

 それもそのはず、いつの間にか搬入口からは赤い爆炎が吹き上がっている。工作員が手榴弾のような爆発物を投げ込んだようであった。これでは、中に格納されている機体などはとっくに破壊されてしまっているであろう。

 格納庫内部では、断続的に爆発が起こっている。

 砲撃にも耐えうる頑丈な普請ゆえに吹っ飛びこそしていないが、逆に内部では火の海にならざるを得ない。爆発に巻き込まれてしまったのか、逃げ出してくる隊員の姿はなかった。

 表側の少し離れた位置では、レヴォスが赤々とした炎に照らされながらじっと推移を見守っている。

 襲撃を開始してから五分も経った頃であろうか。

『ツー、聞こえますか? こちらクロス。機体と武装品の破壊は完了しました。間もなく、内部の制圧も完了できます』

 小型無線のイヤホンから、報告が聞こえてきた。

 予想以上に手際がいい。予定時刻よりも数分早く進行しているのである。工作員の半分が借り物だとはいえ、もう半分はカイレル・ヴァーレンで何年も訓練を積んできた腕利きの者達である。

 期待を上回る成果に多少気をよくしつつも、レヴォスは声を落とし

「……ご苦労。しかし相手は治安機構だ。最後まで油断はするな。時間には余裕があるからな」

『了解!』

 通信を切り、再びレヴォスは部隊舎へ視線を戻した。

(……あの時の同志の恨み、きっちりと晴らさせてもらうぞ。治安維持機構、そして都市機構の連中よ)

 ――四年間という時を経て、凄惨な報復劇の幕はきって落とされた。



 不意を衝かれた部隊舎内では、混乱を極めていた。

 治安維持機構部隊員達が常駐するスペースは真っ先に占拠され、武装した工作員達が逃げ場を塞いでいる。突然の侵入に為す術もなく、隊員達は恐れおののきながらその場その場で固まっていた。 

「抵抗するな! 抵抗しなければ、生命を奪いはしない!」

 言いながらも、男は振り返りざま自動小銃を乱射した。

「うわあぁっ!」

 一人の屈強な隊員が、背後から忍びよっていたのである。

 哀れな隊員は胴体に無数の銃弾を浴び、血飛沫を上げながら仰向けに倒れた。そのまま、再びと動くことはなかった。

「……!」

 たった今眼前で展開された殺戮劇に、隊員達は戦慄した。

 覆面男はゆっくりと向き直り

「……残念なことになった。抵抗だけはするな、と言っておいたのだが」

 隊員達へ自動小銃を向けた。

「これ以上、こちらとしても死体を生産したくはない。死体になりたくない者は、床にうつぶせになって両手を後ろに回せ。今すぐだ」

 互いに顔を見合わせていた隊員達は、やがておずおずと、一人また一人と床に腹ばいになっていく。

 立っている者がいなくなったと思われた頃

「――や、やめてくれ! 命だけは、頼む! この通りだ!」

 廊下の向こうから、中年男性の悲痛な命乞いが聞こえてきた。

 治安維持機構Bブロック統括長のサエロ・トレッティーノであろう。

 組織きっての傲岸かつ卑屈な男である。他州の治安維持機構にまで知れ渡っている。

 間違いなく殺される、と隊員達は背筋を冷たくしたが、銃声は聞こえてこなかった。殺すに値しないような男であることは、さすがに賊でもわかるらしい。

「……おい」

 工作員の一人が、床に伏せている若い隊員に言った。

「お前等、あんな上長を戴いていて、何とも思わんかったのか?」

「……」

 その隊員は返事をしなかった。

 わかりきったことだ、とでも思う余裕があったか、どうか。



「――サイ、コーヒー煎れたよ?」

「お! サンキュー、ナナ」

 深夜のStar-lineオフィスは、サイとナナの二人きりである。ショーコとユイは仮眠をとっているから、緊急発報でもなければ起きてくることはない。セカンドグループにしても同様である。

 そのせいか、ナナはどこかうきうきとしている。

 こうも夜勤体制が続くと仕事も次々片付いてしまうから、これといってやることもないサイはソファにもたれてテレビを観ている。

 ナナはコーヒーカップを手渡すと、自分もソファに腰掛けた。

 ぴたりとサイに寄り添っている。

 彼がずずっと一口すする横顔を見ていたナナは

「……サイ、気が付いた?」

 と、恐る恐る尋ねた。

 サイは

「ん? これのことか?」カップをちょっと上げて見せ「色違いの同じデザインだろ、それと? ナナが揃えてくれたんだなと思ってたけど」

 普段アバウトなサイだが、意外にも気が付いてくれていた。

 嬉しそうに微笑んだナナ。

「良かった。サイのことだから、まだ気付いてないんじゃないかと思ったの」

 色違いにしたのは多少の外聞を憚ったものらしいが、それでも堂々とした自己主張である。隊では二人の関係を知らぬ者がないから、あれこれと言われたりはしないのだが――。

「……何だか、済まないな」

「何が?」

「Moon-lightsの一件があるかと思えば、今度はジャック・フェインときた。お陰で俺達は未だにお出かけもできない。たまにゃ、ナナと二人で」

 ぐびっとカップを傾けた。

「ゆっくり出かけたいさ」

 そういう台詞が少し気恥ずかしいサイは、目線をテレビの画面に向けている。

 ふふ、と微笑したナナ。

 期待以上にサイが自分と向き合ってくれてはいるものの、多少は照れとか見栄の部分を見せて欲しいと内心欲しなくもない。どちらかというと最近のサイは余りにも堂々としすぎていて、ナナの方が戸惑ってしまう場面もあった。

 だから、ちょっとばかり照れくさそうなサイを見て、思わず微笑したのである。

 ナナがすっと身体を預けると、サイもまた体重をかけてきた。

 そのまま互いにもたれ合うようにして、二人はテレビを観ている。

 画面の中では、コメディ番組が流れている。

 時折、笑うサイの細かな震えが伝わってきた。彼は暗いテレビ番組や映画の類を好まず、観るのはいつもコメディものばかりであった。A地区で暮らしていた時から、彼はずっとそうだったことをナナは知っている。

 彼の温もりに、大きな安らぎを感じているナナ。

 しばらくはこうしていたい、と思った。

 きっとサイも、同じことを考えているであろう。密着度合いが少しづつ強くなっている。

 ――しかし、思い通りにはいかないものである。

『こちらSTR指令本部! Star-line、応答できますか!? どうぞ!』

 突然、通信用コンソールのランプが点灯し、スピーカーからやや急いたような女性の声が飛び出してきた。

 互いに顔を見合わせたサイとナナ。

「何かしら?」

「事件……か?」

 カップを置いて立ち上がると、サイはコンソールに駆け寄った。

 テレビ通信らしい。

 画面のスイッチを入れてやると、STR指令本部にいる女性オペレーターの姿が映し出された。

「はい、こちらStar-lineです」

『深夜の待機お疲れ様です。たった今、警察機構本庁から入った緊急通信をお知らせします。先ほど2436頃、治安維持機構部隊舎に武装した戦闘員が多数乱入、治安維持機構部隊側に死傷者が発生している模様です!』

「……え? 治安機構に!?」

 サイは固まった。

 都市の治安を一任されている治安維持機構施設そのものが賊の奇襲を受けて機能停止するなど、ありうべからざる事態ではないか。

 STRのオペレーターは、なおも続けて喋っていく。

『本件は数カ所で同時発生しています。現在確認できているだけでも、G地区Bブロック中隊部隊舎、I地区同中隊舎、Q地区Dブロック中隊部隊舎、R地区同中隊舎、T地区中隊舎、V地区Eブロック中隊舎、V地区同中隊舎、計七箇所です。貴隊におかれましても、今後の十分な警戒をお願いいたします。通信は以上です』

 急に画面が切り替わり、ファー・レイメンティル州地区図が表示された。

 襲撃のあった地区に赤いランプが点滅しており、ざっと数えて七箇所ある。治安維持機構部隊が駐隊している地区は全二十五地区ではなく十八地区だが、それでも大損害に変わりはない。

「……軒並みやられているじゃない。潰滅とまではいかなくても、戦力として大ダメージね。こうなれば当分、再起は難しいかも」

 背後から覗き込んできたナナが呟いた。

「でも、俺達が出る幕はなさそうだけどな」

「どうして?」

 言い掛けてナナは「……あっ! ひょっとして」

「そう。あいつの言う通りなら、スティーレイングループへの襲撃は計画には入っていないはずだ。あくまでも、あの男を信用したら、の話だけどな」

 君達のような私設警備会社に対して真っ向から襲撃したりなんかしないよ。目的は、別にあるからね――あの日A地区の小公園で偶然に会ったウィグといった男はそう口にした。サイはそのことを言っている。

 彼は黙って画面の動きを目で追っている。

 一通りの情報に目を通すと、ふと

「……ナナは、あいつをどう思う?」

 そんな訊き方をした。

 ナナはちょっと首を傾げつつ

「少なくとも、あの時の話は出任せとか嘘じゃなさそうね。ちょっと軽い感じの人だったけど、肝心なところで誤魔化したりはしない人。そんな気がする」

 だったらその通りなのだろうとサイは思った。ナナの直感については、誰よりも彼が信じている。

「とりあえず、みんなを起こさないとな。出動はないにしても、事態が事態だ」

 そう言ってサイは管内マイクをONにしようとしたが、ナナが止めた。

「じきに起きてくるわよ。――セカンド二人の寝起きが悪いから、緊急発報が仮眠室にもとぶようにしてあるのよ。さぞかし、びっくりして飛び起きているでしょうね」

 たたき起こせど起きないティアとミサに業を煮やしたらしいナナの実力行使である。

 サイは事も無げに

「ああ。そいつはショーコさんも一緒だな」

 すでに壁の向こう側で、何やら騒いでいる声がしている。

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