復讐編2 女神の不在
L地区の空は、決して綺麗ではない。
澱んでいる。
ぐるりと周囲に大規模な工場地帯がひしめいているせいであろう。
近年の再開発計画ではグリーンベルトや緑地帯、公園設備が大幅に拡充されて少しは景観も変わってきているものの、それしきの緑で都会の空が浄化される筈もなかった。
それに、特に都市機能が集中しているL、M、R、S地区あたりでは高層建築物が競い合うように天を圧し、空の見える面積自体が極端に少ない。夜ともなればそれらが撒き散らす光によって空は白ばみ、とても星が見えるような状況ではなくなっていた。光害、とよばれる現象である。
「……あ! あれ、星かなぁ」
ぼんやりと夜空を見上げていたユイが徐に呟いた。
「違うと思うわ。あれは航空機の夜間飛行サインよ。翼灯ってやつ? 星なんか、ここからは見えやしないわ」
寝転がったままで答えるショーコ。
彼女の両脇では、やはりごろりとしているサイ、そしてナナがぺたりと座り込んでいる。
昨夜のテロリスト機制圧により、報復行動に対する警戒の必要から本日付けでD2NC体制となり、Star-lineの面々は泊り込みを余儀なくされた。昼間は二グループで、夜間は隔日でグループが交代して待機するという常駐体制である。
テロリストなどは何をしでかすかわかったものではなく、D2NC体制は当面の間維持される旨、セレアから指示がきていた。
スタートの今日はセカンドグループの当番日だから、ファーストグループの三人と、彼等の責任者であるショーコは休んでいてもいいということになっている。とはいえ、何かあればすぐ対応しなくてはならない以上、ショーコが愛してやまない酒を飲むという訳にはいかない。酒が飲みたくなる衝動を少しでも抑えるため、こうして屋上で空でも見上げながらごろごろしていようというのである。サイや、ナナ、ユイもそういうショーコの辛さが分かっているから、敢えて彼女と一緒にいるようにしている。
「……昼間の話、本当ですかねぇ」
「何―? 昼間の話って、テロ組織の?」
のんびりとしたサイの疑問に、のんびりと反応したショーコ。
「ええ。腕利きドライバーだけを選りすぐったチームが直々にこの州と狙ってくるとかいう。……この州を狙うだけの価値なんか、あるんですかねぇ。俺には、動機がよくわからないです」
朝のミーティングも終わろうとした頃、セレアがやってきて一同に新しい情報を伝えた。
カイレル・ヴァーレン一帯を根拠地としているリン・ゼールの別働隊組織「ジャック・フェイン」から犯行予告があり、近日中にファー・レイメンティル州を攻撃する意図があるという。そして、昨日サイが沈めた賊機のドライバーがそのジャック・フェインの所属員であったという事実。
整理しなければ煩雑でやや理解しにくいものがあるかもしれない。
Star-lineが活動しているこのファー・レイメンティル州、並びに隣接しているネガストレイト州、シェルヴァール州、そしてクレイザ州の四州合わせてヴィルフェイト合衆国を形成している。統治形態は基本的に州治制となっており、これは都市統治機構と呼ばれる組織がそれを行う。かつ、国家統治機構なる上部組織が存在し、四州から選出された議員、そこからさらに国民選挙によって決定される大統領によって構成されている。各都市の治安は警察機構並びに治安維持機構が担当するが、国防については国軍が別に編成されており、国軍の指揮権は国家統治機構に属する。
ヴィルフェイト合衆国の版図からさらに視野を広げると、中立海峡を挟んだ向こう側に巨大な大陸が横たわっている。ヴィルフェイト合衆国寄りの海岸沿いに存在するのがカイレル・ヴァーレン共和国で、豊富な鉱物資源によって非常な潤いを見せている。その領域も、強力な財政を背景に年々周辺地域の統合を進めた結果、現在ではヴィルフェイト合衆国をも凌ぐほどの版図を有するようになった。
とはいえ、やや強引ともいえるその拡張政策によって、一部地域の住民や民族から反発をかい、後CMDの普及によってその抵抗運動はさらに激化することとなった。
特に「アミュード教」と呼ばれる古来土着の教団は「神の土地を侵す者達」としてカイレル・ヴァーレン並びにその親交国に対して敵意を持ち、抵抗運動が武力によって鎮圧されるや、活動は地下組織化してテロ行為に発展、治安は泥沼化を辿っていった。間もなく、各地に点在するアミュード教信徒が連合の上組織化して独立を宣言、これを「アミュード・チェイン神治合州同盟」と呼ぶ。そして、カイレル・ヴァーレン国外でも反政府運動に携わっている者達が彼等に呼応し、連携を強化し始めた。その組織は思想上の理由あるいは政治的意図によって完全な一枚岩とはならなかったものの、最も巨大で有力な集団が「リン・ゼール」と名乗り、世界各地でテロ行為を行う急先鋒的な存在となった。つまり、アミュード・チェインそのものではないにせよ、一体的な相互不可欠の関連性を持っているという見方ができる。もう少しわかりやすくいえば、カイレル・ヴァーレン国外で活動を行うための組織がリン・ゼールであるといってもいい。アミュード・チェイン側からリン・ゼールへ工作員の派遣も頻繁であり、あのヴィオ・ハイキシンなどはまさにこの典型である。
そして――リン・ゼールの活動をフォローすべく、アミュード・チェインが極秘に組織化した精鋭部隊、これが「ジャック・フェイン」である。元はアミュード・チェインであるが、その活動指示はリン・ゼール側に一任されていると言われ、このためにジャック・フェインはリン・ゼール別働隊として、各国治安組織に認識されている。
彼等は精鋭部隊だけに、構成員の単独活動があったとしても、組織として行動を開始するようなケースは稀である。加えて、アミュード教独特の強烈な自己犠牲思想が裏打ちされているため、一構成員が治安組織に拘束されたからといって、その奪回は行動の理由足り得ない。優れた工作員が捨て身で活動するだけに、その被害も常に甚大なものとなる。
「報復……? にしちゃ、それだけの組織が動くにしては短絡的すぎるような……」
ショーコの呟きに対して
「私もそう思っています。単に構成員が捕えられたということだけではなく、犯行声明には触れられていない別の、もっと重大な動機があるのではないかと考えています」
そうセレアが答えたのには、そのような事情が背景としてあったからである。
「それって……ターゲットがあたし達になるってこと!?」
ティアの声は、半ば怯えていた。自分がテロの標的にされてはたまらない。
が、それを聞いたサラは事も無げに
「……と、考えてしまいがちだけど、そうはならないわね。彼等は腕も頭脳も選りすぐりの精鋭部隊。そんな単純な動機で、しかも私達を標的にしたりしないわ。セレアさんのいう通り、狙いは他にあると考えて、私達も対策を練った方がよさそうよ」
「そ、そうすか。ちょっと、気が楽になりました……」
「ま、あんたは誰よりも気をつけていた方がいいかもね。ジャック・フェインも、あんたみたいにテキトーで軽いのを手っ取り早く拉致して、見せしめにしたら楽だって思うかもしれないわよ?」
などとショーコは冗談を言ったが、かといってStar-lineが狙われないという保証はない。
話を仕切りなおすようにセレアが表情を引き締め
「本日、お爺様が緊急の都市治安委員会に出席されます。そこで警察機構、治安維持機構、その他の有力な私設警備会社が一堂に会して、今後の対策を協議することになっています。Moon-lightsの騒ぎで皆さんにはろくなお休みもさせてあげられていなくて申し訳ないのですが、しばらくは緊急出動態勢をお願いします。場合によっては、更に人員と機体の拡充も、視野に入れて検討したいと思っていますから」
昨日の今日とはいえ、本当にジャック・フェインが本腰を入れて動き出すつもりなのかどうかは誰にもわからない。
サイが口にした疑問は、朝の繰り返しである。
「わからない。あんな人殺し連中の考えなんて、想像したって無駄よ。あたしにちょーっとばかり、いい酒でも飲ませてくれれば、パッと閃くかもしれないけど」
それはない。
他の三人は一斉に思った。
ただ、酒が飲めなくて相当辛いという気持ちだけは、再度理解した。
「ところで……気になりませんでしたかぁ?」
膝を抱えて周辺の光源を数えていたユイがふと、言った。
「ああ、リファのことね」
ショーコも気付いてはいた。
セレアに連れられて司令室に行くまでは普段の彼女であったが、戻ってきてから様子が一変していた。
何か仕出かしたのかと思ったが、セレア直々にリファを叱責しなければならないような事象の報告など、ショーコもサラも受けていない。
「何か、全然いつもの彼女じゃなかった。すごく、落ち込んでいるみたい」
いつもはリファに一顧も払わないナナも、気にしていたらしい。
「あたしも、あんなリファは初めてよ。どんだけこっぴどく叱ったところで、あんなに沈み込むことなんかなかったし。大体あのコ、叱ってから三分くらい経ったら、もうあっけらかんとしているんだもの」
「ショーコさん、何か心当たり、ないんですかぁ? 余程腹に据えかねて、トドメ刺すようなことを言っちゃったとか」
これは半ばユイの冗談であったが、ショーコは少しの間黙った後
「残念ながら。ここしばらく、あのコにはこれといって叱ってないのよね。それに、リファが仕出かすことはみんな、あたしの腹に据えかねることばっかりよ。あのコは強運だから、結果的にオーライにはなっちゃうんだけども」
真面目に思い返していたらしい。
ふと、出会った日のことを頭に思い描いていたサイは
「そういや……リファさんがStar-lineに入った事情も理由も、誰も知らないんですよね?」
すると、ショーコはむっくりと起き上がった。
「そうなのよ。たった一つ、みんなが知っているのは、セレアさんが連れてきた、ってことだけ。あのコの過去も何も、誰一人知らない。――よく考えれば、奇妙なものよね、Star-lineは」
書類を整理し終わって時計を見ると、深夜一時近くなっていた。
セカンド三人娘は仮眠をとらせているから、オフィスにはサラ一人しか残っていない。
(さて、あたしも仮眠をとりたいところだけど……ちょっとお腹が空いたかな)
サイとナナの保護者ともいえるウェラが、差し入れといって夕刻に大量の食事をもってきてくれたのを思い出した。何かそれが趣味であるかのように、高い頻度で料理を作っては差し入れてくるウェラ。毎度あり得ないほどの量ではあるのだが、Star-lineも気が付けば常勤で十一人もの所帯になっているから、消化は大して苦にはならない。むしろ、出前をとる回数が極端に減ったから、隊員達の財布にもかなりのプラスになっているはずであった。簡単な調理くらいはできる設備もあるのだが、若者が多いせいか無精者が多いのか、自分達でこしらえるという事がほとんどないのである。
休憩室と称する食堂へ行こうと立ち上がったサラ。
廊下へ出て休憩室の前までくると、中からテレビの灯りが漏れているのに気が付いた。
部屋の中は暗い。
(変ね。誰か消し忘れたのかしら?)
入ってみて、驚いた。
なんと、暗い部屋に一人、リファがいた。チェアに座ってぼんやりと、虚ろな目でテレビを観るともなしに眺めている。
「リファ!? あなた、どうしたのよ? 別に、当番には当てていないじゃない? 眠れないの?」
びっくりした声で問いかけると、リファがゆっくりとこちらを向いた。
ゾンビのように、動きがのろのろとしている。
「あ、たいちょお、ごめんなさい。何だか、眠れなくて……」
笑おうとしているようだが、笑えていない。
こんな彼女を見るのは、サラは初めてのことである。どこか不吉な予感がした。
何ともいえない表情で少しの間じっとリファを見つめていたが、ふっと息を抜くと
「昨日の今日でみんな気が張り詰めちゃって大変だと思うけど、辛いなら辛いって、言ってね? 何も、体調を崩してまで任務に就く必要なんかないんだから」
心の底から心配しているようなサラの言葉に、ようやくリファは少し笑った。
「はい。ありがとうございます……」
大きな冷蔵庫の扉を開けて中を覗きこみながら
「仮眠をとろうと思ったんだけど、お腹が空いちゃったのよね。おばさんが持ってきてくれた料理がたくさんあるんだけど、リファもどう?」
問いかけると、リファはふるふると首を横に振り
「あ、あたしは大丈夫です。そんなに、お腹、減ってないですから……」
「そう? 夜中だから、無理強いはしないけど」
返事をしながら、サラの胸中妙な不安が暗雲のように立ち込めている。
いつものキャッキャとした調子がまるでない。話し方がミサのようで――あれはあれで素だからいいとして――どうも生気というものがすっかり抜けきってしまっている。
料理を温め終えたサラは、食器を持ってテーブルについた。
正面に、リファが座っている。
「たいちょお……」
「何?」
「セレアさんが言ってた『ジャック・フェイン』って、知っていましたか?」
いきなり何を訊いてくるのかと思ったが
「ええ。名前だけはね。……一時期はファー・レイメンティルにも活動拠点をもっていて、その活動でかなりの被害が出た。でも四年前に治安維持機構と国軍が協同した掃蕩作戦ですっかり潰滅したのよね。ただ、そこにいた筈の広域重要指名手配犯である幹部を取り逃がしてしまって、政府でかなり問題になった。そりゃそうよね。あの作戦で、百人を超える死傷者を出したんだから」
「……隊長、詳しいんですね」
「まあね。私自身がその治安維持機構に僅かとはいえいた時期もあるし。――それに、さ」
フォークを操っていたサラの手が止まった。
そしてほんの一瞬、目つきが異様に鋭くなったのをリファは見た。
「その死傷者の中に、私の兄がいたのよ」
リファは見る見る目を大きく見開き
「死傷者って……隊長のお兄さんは――」
「ええ。……その作戦で、命を落としてしまった。だから死者の方ね」
サラはじっとテーブルの上の一点を見つめている。
それ以上、彼女に何かを問いかけることは憚られるような気がした。
二日ばかり経った。
この間、ファー・レイメンティルにおいて想定されていたテロ行為は一件もなく、その静けさたるや不気味なほどであった。しかしながら、ジャック・フェインの活動を警戒して都市中の至るところに警察機構職員や、治安維持機構の隊員が配置されている。
メディアでは3日前のジャック・フェイン工作員事件がしきりと報じられていたが、これといって新たな事実は伝えられなかった。
「あー、アミュード・チェインのあらましなんてどうでもいいってば。何回聞いたか、わかったものじゃないわ」
報道番組の内容に飽き飽きしたショーコが、かったるそうにぼやいた。
テレビに向けてリモコンのスイッチを切ると、テーブルの上に放り出した。
スティーレイングループ施設への襲撃がない以上、当然Star-lineも清閑が保たれている。
というと聞こえはいいが、相も変わらず緊急出動態勢は解除されていないから、いつ何があるかわからないという中途半端な緊張状態の中で、ストレスだけが溜まっていく。ショーコも、ほんの数日酒を飲んでいないだけだというのに、早くもイライラ危険水域に達しようとしている。
「……そうカリカリしないで。ヒマだったら、DX−2の調整でもやっておいて頂戴。今少し、動作設定とシェフィの相性がしっくりしてないのよ」
デスクで書類に目を落としたまま、サラが促した。
機体の関係は一切ショーコに任せている反面、それ以外の業務のほとんどを引き受けているのは彼女なのである。二人の間の約束事という訳でもないのだが、この二人の呼吸というのはそういうものらしい。自分と相手の得意不得意をそれぞれが心得ているから、自然と担当が配分されてしまう。いきおい、事件が続けば機体の修理や部品の調達で多忙になるのはショーコだが、日常業務はサラの方が多いから、平常時に忙しいのはサラということになる。
ショーコは応接ソファの上にごろりと寝そべり
「だってさぁ、あのコ、トータルアクションが苦手でちまちましたポイントアクションが好きなのよ。付き合っている彼氏が完全人型仕様機なんだもの、そりゃいつまで経っても相性なんか合わないわ」
機体全体での動き、例えば歩いたり走ったり跳んだり避けたり、そういう動作をトータルアクションという。逆に、手先や腕などといった一部だけでの動作、あるいはほぼ静止状態における動作をポイントアクションと呼ぶ。
サイはトータルアクション全般をソツなくこなし、射撃という飛び道具の操作を除けばポイントアクションも苦にはならない。これは得手不得手というよりも、機体の性能そのものをドライバー自身が熟知できているからであろう。
ところがシェフィは、歩行や加速歩行(つまりは走ること)といった直線的な動きはまだしも、回避したり跳ねたり回ったりがどうも上手く操作できないようであった。ゆえに模擬戦となると、ほぼ一方的に稽古をつけてもらっているのは彼女の方である。
ドライバーとして適性がないのではないかと一時は落ち込んだシェフィだったが、意外な得意分野をもっていることが判明した。射撃である。
CMDでの射撃などというものは、機体頭部のカメラを通じて捉えられたターゲットがメインモニターに映し出され、そこに合わせて表示される照準サインは機体が手にしている銃器の動きとリンクしている。つまりは生身の人間のメカニズムと、あまり大差はないかも知れない。CMD専用銃器の照準部に内蔵されているピント伝達センサーの役割を、人間の場合は自前の神経が担っているというあたりが違いであろう。
機械といえども動作の完全静止は容易なものでなく、特に銃器を構えて腕を突き出したりした場合、たいがいブレが発生する。CMD、といっても軍用や治安維持機構、あるいは特別認可を受けた警備会社所有のそれに限定はされるが、銃器の取り扱いが可能な機体には、ほとんどといっていいくらい照準補正機能が搭載されている。システムが稼動部伝達に強制介入し、ほんの僅かな瞬間のみブレを停めてしまうのである。その間にトリガーを引かねばならないから、あとはドライバーの感覚とタイミングが重要だといっていい。主に銃火器を携行するような軍用CMDが完全人型仕様機ではなくずんぐりした短腕短足な形態をとっていることが多いのは、要するに発砲する場合に安定することを重視しているがためといえる。スリムな人型機では、特に腕が安定せず構えがぐらつきやすい上に発砲時の衝撃を受けやすいのである。当然、射撃は命中しにくくなる。
シェフィはどうも、このタイミングを捉えるのが非常に巧みであるらしい。照準が合致する瞬間をたがえずしてトリガーを引くから、命中しやすい。これを、単なる思い切りの良さといってしまうと、機械の信用性に関わってしまうのだが、根源はそこであろう。性格のゆえなのかどうか、躊躇ったあまり照準補正機能が働いている間にトリガーを引けないために、サイはそれほど射撃が上達しないのであった。
そしてこれら一連の操作傾向というものは、稼動記録を見れば一目瞭然である。
射撃は静止した状態が基本となるため、CMD動作分類にあてはめればポイントアクションに分類される。ショーコが言ったのはこのことである。もっとも、Moon-lightsの騒ぎの折、大破したCMDに閉じ込められたドライバーを救出する際には毛彫り細工のようなごく細かい動作も彼女は上手くやってみせているから、ポイントアクションに長けているという評価は正確である。
ただ、人型機というのはそもそもトータルアクションを前提に設計されており、そうでなければ人型機に仕立てる必要性はないのである。目的を特化してそれにあった形状の機体にしてしまえばいいだけのことである。当然、搭載されているシステムとその伝達系もそれに合わせた設定がされているのだが、シェフィの場合どうもいまいち乗りこなせていない、というより乗せられてしまっている、というのがサラの見解であった。
ショーコがぶーたれると、サラは物静かに
「じゃあ、彼女には射撃中心の後方支援的な役割をさせてあげればいいわよね? 機体の方も、銃器の取り扱いに合わせた設定に調整してやれば、シェフィとの相性も合うでしょう? それはショーコ、あなたの得意分野じゃない?」
シェフィに無理矢理格闘戦など強いたならば、どれだけ機体の修理が必要になるかわかったものではない。だったら、大人しく後方から射撃でもさせておいて、サイが相手を停めきったところで手を貸せばいいのである。据え物を触るのに怪我するという法もあるまい。
むっくりと、ショーコは起き上がった。
「へいへい。んじゃ、一丁やりますか。――あとで、機体動かすからね。調整したとして、ドライバー本人に乗ってもらわない限りは、いいのか悪いのかわからないから、さ」
「……どーぞ。ただし、こんなところでドンパチは勘弁ね?」
彼女はまた書類に目を落とした。
それはショーコもわかっている。
ストレス解消にやってしまいたい衝動だけはあるものの。
彼女がのろのろと出て行った後のオフィスで、サラはふとペンを持つ手を停めた。
(やっぱり、もう一機必要になるかしら? これから先、取っ組み合いをサイ君だけに押し付けるってワケにもいかないわよね……)
DX−2にインストールする修正プログラムを仕立ててからハンガーへと出て行くと、彼女の姿を認めたサイが近寄ってきた。
「――ショーコさーん!」
「はいよ! どーしたの、サイ君?」
「ナナがですね、調べてくれたんですけど――」
「ふんふん」
今後、対ジャック・フェインとの戦闘あることを想定して彼等の活動について調べていたところ、銃火器を携行、使用されているケースがほとんどであるという事実に突き当たった。大方想像はついていたが、こちらとしては一つの問題がある。
「相手機に接近するまでの一定時間、機体は銃撃を受ける可能性が大きいってことです。この前もそうでしたけど、MDP−0の強化装甲だけでは耐性が十分ではないんですよね。そうなると――」
A地区、それに先日のMoon-lights騒ぎでの経験から、対衝撃緩衝シート装着の重要性を口にしたサイ。
実はショーコも、それについてはうっすらと考えてはいた。
「そうねぇ……。あれの効果は冗談抜きで高かったからなぁ」
MDP−0には、特殊の大型シールドも標準装備されている。
硬性素材と軟性素材を組み合わせた構造のそれは、銃弾の衝撃を緩衝しつつ防ぎ止めるという優れモノで、現にサイの身を十分に守ってみせている。とはいえ、動きが大きければシールドで防御できない露出される機体装甲の面積も広がってしまうから、そのケアは必要なのである。
「リファからスティケリア研究所のなんたらいう友達に頼んでもらおうか? あのコから頼めば、気軽に貸してくれるかも知れないし」
決して、購入しようなどとは言わないショーコであった。
「あれ? でも、今リファさんは……」
サイは疑問を口にしかけたが、既にショーコはオフィスに向かっている。
「ねぇサラ、リファは? どっかいったかしら? この間から、姿を見ないとは思っていたんだけど」
状況が状況であるとはいえ、隊員の不在に気がつかない副長がいたものだろうか。
サラは顔を上げると、ちょっと呆れて
「やぁね、ショーコったら。この間、言ったじゃないよ? リファなら、すっかり体調崩して宿舎棟で休んでいるわ」
追ってオフィスに入ってきたサイ。
「そうそう、そうですよ。ショーコさんってば、忘れてたんですか?」
「あ、そうだっけ? あのコ、いてもいなくてもあんまり変化ないし……はは」
ひどい扱いである。
が、そこはやはり気になるらしい。
「でもさ、何だって体調崩したりしたのかしら? 風邪も流行ってないし。悪いモノでも食べたのかしら?」
「さあ……。それは私も聞いてないの。調子が悪い、としか。――ただ、ね」
天井を見つめて記憶を思い起こしつつ
「あれは二日前かしら。夜中にあのコったら、休憩室で独りテレビなんか観ていたの。部屋を暗くしたまんまで。そういえば、あの日の朝から様子は変だったわよね?」
セレアと何事かを話してから、ミーティングの最中に戻ってきたリファ。
その時点で彼女はすっかり精彩を欠いていたということは、皆が認識している。
しかし、その後真夜中に独りでいた、などというのはショーコもサイも初耳で、普段のリファからは想像も出来ない光景である。サイはあまり知らないが、リファは子供のように夜更かしが苦手で、二十三時を回ると途端に眠ってしまうのが常であった。それを知っているサラは夜勤体制時に当番をつけたりはしないのだが、やむを得ず当番をさせたりすると、デスクに向かってチェアに腰掛けたままの体制ですっかり眠りこけてしまう。
「で? あんた、何か話したの?」
「私が四年前のD−ブレイク作戦のことを話したら、すっかり無言になっちゃって」
「D−ブレイクの? あんた、そんな昔話を話して聞かせたの? なんでまた」
妙な事をする、というショーコの口調にサラは
「……あのコの方から、訊いてきたのよ」
顔の前で両手を組み、顎を乗せた。彼女の癖である。
意外な事を聞いた、という顔をしているショーコとサイ。
「関心があったからこそ、隊長に訊いたんでしょうね、きっと。そうでもなけりゃ、リファさん――」
新聞の一文字だって読まない彼女が、そんな質問をする筈がない。
「ええ。……あるいは、もしかしたらジャック・フェインに肉親でもいるのかしら? 私もあのコの家族とか過去のことは一切わからないから、何とも言えないんだけど」
「ふうむ……そりゃ困ったわね。実はさ、サラ――」
ショーコがサイと相談した内容を話して聞かせると
「確かに、そうね。あれがあると、大分楽にはなるわ。……といって、スティリアムは身内だから、というよりもイリスって女性とリファの仲だからもちかけられた話だったんだろうし……」
サラも表情を曇らせた。試供とはいえ、相当な開発費がかかっているのである。データ収集のためとはいっても、そう簡単に預けてくれるとは思えなかった。
リファの体調は仕方がない。
とはいえ、対ジャック・フェイン戦(と、判断するのはまだ早かったが)には備えておかねばならないのも事実である。
セレアさんを通じて、と言おうとしていると
「仕方がないですね。直接スティリアム研究所に出向いて、シートの貸与を要請しましょう。俺とナナとで、行って打ち合わせしてきます」
実戦経験者が直接言って要請するなら、話は早いのではないかと思ったのである。スティリアム研究所では、Star-lineの凄腕ドライバーであるサイの名を知らぬ者はいない。知り合いがいないとはいえ、向こうでは下へも置かれぬであろう。
サイが言うと、ショーコは頷いて見せ
「りょーかいりょーかい、それが良さそうね。んじゃ、事前に電話でこっちからStar-lineとしての要請事項だって伝えておくから。……でも」
ぐっと顔を近づけた。
「はい?」
「愛しのナナちゃんが一緒だからって、帰りがけにデートなんかしちゃ、駄目よ? D2NC体制なんだからね? 」
それはサイも承知している。
男探しに街へ出たいティアも、ショッピング好きなシェフィも、そして酒を飲みたいショーコも――あるいはリベルもそうなのだが――みんな必死に我慢している。抜け駆けなどするつもりはさらさらなかった。
ただ、ナナのためにせめて、二人きりになる場面を確保してやりたいだけである。同じ宿舎棟に住んでいるとはいえ、皆やガイトらの手前、堂々と逢引などしたことはない。
丁度そこへやってきたナナに用件を伝えると、ナナはちょっとだけ嬉しそうな顔をした。
――サイの意図をすぐに理解したのであろう。
A地区・スティリアム物理工学研究所を訪ねると、リファの親友というイリスなる女性がいた。
案の定、サイの実力を知っている彼女は目を輝かせ
「うわぁ……最高のドライバーがわざわざ私を頼ってきてくれるなんて、超感激! あんなものでいいなら、幾らでもお貸しいたしますわ」
と、話は一瞬で決着がついた。
あんなもの……サイは眩暈がした。
あれのお陰で、サイは落とすべき命を救われているのである。
隣でナナが不思議そうな顔をしている。
話し相手が腕利きのドライバーというだけで、イリスはすっかり舞い上がってしまっている。科学者というものの価値観はどこを基準としているのか、よくわからない。
ただ、イリスは真面目にかえってこうも言った。
「申し訳のないことに、改良バージョンの完成には、もう少し時間がかかるのよ。強度の向上なら簡単なんだけど、装甲重量比率に影響を与えない範囲、ってところで、まだ妥協点が出ていない状況なの。だから、お貸しできるのは、一番最初のバージョンになってしまうんだけど……」
本当ならばステルス仕様のシートにして欲しいところだが、あれはヴォルデの声がかかった特注品なのである。あっさりと駄目にしてしまったが、その実幾らかかっているのか、わかったものではない。贅沢を言っている余裕はないのだ。
「結構です。それで、十分です。改良されていないとはいっても、対CMD用手榴弾の五、六発分の衝撃を確実に防いだんですから、大したものです。もし、今度実戦となれば、相手は恐らく銃火器を駆使してくると思われますから、また別のデータも……」
サイはそこで言葉を切った。
目の前でイリスは、話を聞いているのかいないのか、胸の辺りで両手を組んだまま熱っぽい視線で彼をじっと見つめていたからである。自分の研究成果を褒められて有頂天になってしまったらしい。
「ところで――」
話を切り替え、サイはリファのことを話した。
急にイリスは心配そうに
「そうだったの……。どうりで、彼女でない人から依頼がくる訳よね」
視線を落とした。
「あのコと初めて会ったのは、二年前かしら? スティーレイン財団ビルで会長付きの事務みたいなことをしていたのよ。その時に何度かここへ来ていて、知り合ったの。ほら、あのコって天然でしょう? だから、秘書にはならなかったみたいなんだけど。あんなボケボケしてなかったら、即会長秘書よね。すっごい綺麗だし、スタイルも抜群だし、ミニスカートがあそこまで似合うコは、この街に三人といやしないわ」
ボケボケ。
確かに間違ってはいないのだが――やはり、彼女に対する評価というものは、親友をしてもそうなってしまうらしかった。
とかいうイリス自身もまた、リファに劣らず美人でスタイル良く、現に短いスカートを穿いているのだが、女性というものはある部分、どうしても隣の芝生が青く見えてしまうものらしい。
「私からも、連絡入れてみるわ。機会があったら、よろしく言ってね? 私が心配していたって」
「はい。そのように」
親友が気遣ってくれていると知ったならば、少しは元気になるだろうとサイは思った。
そうして研究所を辞去しようとすると、イリスは急にもじもじして
「あ、あの……お願いが、あるんだけど」
「はい?」
「……一緒に写真と、サイン、いいかしら?」
こんなものが何の役に立つんだろう。
サイは首を傾げつつも頼みを聞いてやった。
程なく、この研究所の一室に丁重に飾られることであろう。
不思議そうな顔をして写っている彼の写真と、名前を書いただけの色紙が。




