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月光編17 決着の行方

 やがて予定時刻の二十三時二十分になろうとした時である。

 闇に二つの明かりが灯った。

 見る見るそれは近づいてくる。

(来たわね! カレンとノイアだわ!)

 二台の大型キャリアである。後方のデッキには、それぞれカレンとノイアが乗ったGシャドゥを積んでいる。大きなタイヤを軋ませつつ、猛スピードでStar-line本部敷地内へと相次いで突入して行った。

 が――もう一台、予定していた筈の車が来ない。

 キャスと一緒にゲリラ行動をとる予定のエラである。

(エラはまだ!? 早くしないと、逃げられちゃうじゃないよ)

 キャスは焦った。

 作戦の予定時間は五分。

 手早く済ませないと、あっという間に警察機構やSTRが駆けつけてきて、包囲されてしまう。

(ああっ、もう! 先に行っちゃうよ! 遅れてくるエラが悪いんだから!)

 待ちきれなくなったキャス。

 拳銃とナイフを携え、車から飛び出した。

 そのままStar-line本部へ駆け込もうとした彼女は、行く手に予想外の存在を発見して思わず立ち止まっていた。

「あ、あれ……? どういうこと……?」

 我が目を疑った。

 ――MDP-0。

 淡い暗闇の中に、うっすらと浮かび上がっている白い機影。

 その特徴的な赤い眼差しを鈍く光らせ、あたかもキャス達を待っていたかのように、仁王立ちしている。

 紛れもない。

 MDP-0である。

 つい数分前、確かにこの門を出て、メーカーへと搬送されていった筈ではないか。 

「うそっ!? なんで!? なんで、MDP-0がここにいるのよ――」

 驚きのあまり呆然としているキャスの背中に、ふと冷たい感触があった。

「……はいはいはい、長らくお疲れ様でした。弾は込めてあるから、動かないで頂戴ね。風穴開けなきゃならなくなるから。ダイエットっていっても、ちょーっとキツイよねぇ」

 ティアである。

 背後からぐっと銃を突きつけている。

「な……!? いつの間に!?」

「気付いてなかったぁ? あんた、もう何日もここにいたでしょ? うちのリファねーさんが見ちゃってたのよ。お陰さまで、Moon-lightsの行動、全部筒抜け。ざーんねんでしたぁ」

 程なくバタバタバタと周囲に足音がして、瞬く間にキャスはぐるりと包囲されていた。

 武装したSTR突撃班によって、無数の銃口が向けられている。

 もはや、逃げる術はなかった。

 一丁や二丁の拳銃などで立ち向かえる相手ではない。

「じゃ、おにーさん達、あとよろしくぅ!」

 彼女の一声で、STRの隊員達が動き出した。

「放せ、放せっての! ――くそーっ! 覚えてなさいよ!」

「はいはい。あんたのそのド派手なヘアスタイルは忘れないよん」

 抵抗するも虚しく取り押さえられていくキャスを横目に、ティアは懐からマイクを取り出し

「たいちょお! こっちはオッケーでーす。アヤシイおねーさん一匹、捕獲しました」

『ありがとう、ティア。怪我はない?』

「ないですよ、そんな。STRのカッコいいおにーさん達がきてくれたし――」

 言いかけてティアは、くるっと振り向いた。

 目の前には、キャスの身柄を車に乗せようとしているSTRの屈強な隊員達がいる。

「あっ、あのー!」

 その声に、彼等は手を停めて一斉に彼女の方を見た。

「あたし、ティア・エレイドっていいまーす! 彼氏募集中ですから、よろしくお願いしまーす!」

「……」

 数秒間、その場の誰もが凍り付いていた。

 振りほどこうと、もがいていた筈のキャスも呆然としている。

 ――最悪の仕返しだといっていい。



 一方、Star-line本部敷地内の前庭。

 突入から時を移さずして機体を起こしたカレンとノイアだったが、突如現れたMDP-0の存在には度肝を抜かれずにいられなかった。

『カレン! なんでこいつがいるのよォ!? キャスのヤツ、ミスったんじゃないの!?』

 ノイアは思わず叫んだが、カレンは咄嗟に理解していた。

 キャスのせいなどではない。

 嵌められた――。

 このことあるを、Star-line側では既に察知していたに違いなかった。

 MDP-0は、まるで彼女達が突入してくるのを待ち構えていたかのようにして、ハンガーから悠然と現れたのである。キャスが目撃したというスティケリアの大型キャリア、あれはダミーだったのだ。

「こっ、このォ!!」

 拳銃を抜いたノイアのGシャドゥ。彼女は半ば自棄になっていた。

 タンッタンッタンッ――

 すかさず連続で発砲するが、MDP-0のシールドがことごとく遮断していく。

 その間にはもう、サイは完全に間合いを押さえていた。

「おいおい。そんないい機体に乗っていて飛び道具かよ。使い方がなってないぜ」

 拳銃を持つ手を払い除けつつガシリと右肘をつかむと、そのまま間髪を容れず握り潰した。

 肘から先が落下して地面に転がった。

「ああっ! 何すんだよォ!」

 片腕を失い、Gシャドゥはよろめいた。

「……CMDの停め方ってのはな」

 MDP-0は二の腕をつかんで手前へ引き寄せるなり、動いたとも思えない素早さでGシャドゥの右股関節部に膝蹴りをお見舞いした。

 部品を撒き散らしながら吹っ飛んでいく右脚。

 片足を喪ってしまえば、自力での歩走も起立も不可能である。

 パッと手を離すと、Gシャドゥは右側へ崩れるようにして倒れこんだ。

 さらに、横倒しになった機体の腰部に上から鋭い突きをくれてやると、それ以上動くことはなかった。電導系主要部に対し、内爆を起こさぬようにダメージを与えたのである。末端駆動部位への命令伝達を絶ってしまえば、もはや機体は死んだといってもいい。

 ものの一分で、ノイア機は沈んだ。

「――これだけでいいのさ。拳銃なんか、必要ないんだよ」

 コックピットで呟いたサイ。

 が、外部音声モードにしていた訳ではないから、カレンやノイアの耳には届いていない。

「……」

 あまりにも鮮やかな手際を目の当たりにして、カレンは言葉を失っていた。

 瞬く間に、ノイアは沈められてしまっている。

 キャスが捕まったからには、エラも追跡されているであろう。自分も身柄を確保されるのは時間の問題である。周囲に目をやれば、すでにSTRや警察機構の包囲を受けつつあるから、逃走が可能とも思えなかった。

(こうなった以上は……!)

 捨て身の特攻を思った。

 フットペダルを踏み込んだ途端である。

 突然、ヒュウゥンッ、と機体全体の電導が急にダウンした。

 テンションの落ちた機体は直立の姿勢を保つことができない。ガクンと沈み込む感覚があり、両膝をつくようにして停止してしまった。

「え……? 何よ? バッテリーはまだ十分なのに!」

 慌てて操作レバーを動かすも、機体は反応しない。

 ふと見れば、ステータスモニタには、たった一行「Mission Time Limit」の文字。

「……時間切れ?」

 すると、画面が切り替わり、今度は「You failed Good-bye」と表示された。

 よりによってさよならとはどういうことか。

 そこでカレンは悟った。

 このプログラムには、ミッションが失敗した場合のことまで想定されていたのである。

 機体が自動的に停止したということは即ち、もう用済み、という意味なのであろう。

 ほどなく、コンソールのモニタが全て激しく点滅を繰り返し始めた。

「これって、もしかして……」

 


 Star-line本部舎前庭。

 特殊装甲車を我が城としたショーコが率先して陣頭指揮を執っている。

 危険だから、とサラは止めたが、ショーコは意にも介さなかった。

「あいつらにはさんざんに煮え湯を飲まされてきたんだから! ここできっちりやることやっとかないと、あたしの気が済まないのよ! それに、作戦を立てたのはあたしだからね」

 鬼気迫る彼女の執念に、サラはそれ以上何も言えなくなった。

 ――STR調査班に依頼して本部舎付近に常駐している不審車の監視を続ける一方、Star-lineの面々はMoon-lightsを欺くための工作を進めていた。ショーコが考えたのは、短期点検にかこつけて機体を搬出したと見せかけるというごく単純なものだったが、それにはキャリアに乗せるダミーの機体が必要であった。その辺に転がっている廃材や予備パーツを使ってMDP-0らしきダミーを拵えつつ、サラはスティケリア・アーヴィル重工に依頼して、大型キャリアを回してもらうことにした。その方が、敷地の外にいるMoon-lightsの人間を騙しやすいだろうと考えたのだ。

 そして今夜、なおもMoon-lightsの見張りがいることを確認したショーコは、セレアの承認を得て作戦の決行に踏み切った。

 Star-line本部舎周辺には、すでに警察機構とSTRの十分な人数が手配されている。

 サラは空振りに終わることを懸念したが、ショーコが関係各所にその可能性もある旨説明して了解を得てあったから特に問題はない。

 2300に作戦をスタートして間もなく、案の定Moon-lightsは網にかかった。

 幾許も経たずしてティア率いるSTR機動班が監視役の人間を捕らえ、かつ、サイが突入してきた二機のうち一機を秒殺してのけた。

 残るは一機。が、そいつはサイに任せておけばいい。

 それよりも、ショーコには気になっていることがある。

(カレンのヤツ、どこにいるのかしら……? 昔からCMDバカだったから、もしかしたらどっちかに乗っているかも知れないわね)

 捕まえて面罵の一つもしてやりたかった。

 このままでは、腹の虫が治まらない。

 だが、今はそれどころでないから、彼女を探すのは後にすることに決め

「こちらショーコ! サラ、状況の確認を!」

『サラよ。……現在、Moon-lights構成員と思われる人物を一名確保済み。構成員はほかに三名いると想定されているけれども、ドライバーの二名を除いた一名は逃走中の模様。警察機構が全力をあげて追跡中ね。以上!』 

 よし、と独り頷いた。

 このままいけば、全員の身柄を確保するのも時間の問題であろう。

「んじゃ、次にやっておくのは――」

 最初に沈めた賊機のドライバーを拘束しなければならない。

 STRの指揮官と打合せようとしてふと、サイのMDP-0と賊機が対峙している様子が目に映った。

 どちらから踏み出すだろうかと思っていると、不意に賊機は力が抜けたようにして、地面に膝をついてしまった。それきり、動く気配がない。

「……?」

 バッテリーアウトか、もしくは大人しく投降でもしたのかと思ったが、

「あれ? もしかして……!」

 ショーコは見逃さなかった。

 本体搭乗部、装甲の当たっていない関節部が赤く発光し始めている。

 自爆装置が起動しているらしい。

 先日確保した機体に自爆装置が内蔵されていたから、今回も恐らく積んでいるであろうと睨んでいた。

 が、実際にそれが使われようとは誰も思わなかった。セレアしかり、あのナナですら「それはない」と断言していたのである。

(自爆!? 奴ら、なんて真似を!)

 悟った刹那、ショーコの行動は早かった。

「敷地内にいる人間全員、直ちに退避なさい! 停止中の賊機が自爆するわよ! 死にたくなかったらさっさと逃げるのよ!」

 全回線開放無線と外部音声で付近の人間に退避勧告を出しつつ、本部舎内に向けて緊急時退避警報を流してやった。爆風で本部舎の建物は多少破壊されるだろうが、エマー室へ逃げ込んでしまえば隊員に危害は及ぶまい。

 本部舎敷地内と付近に展開しかけていたSTR機動班と警察機構特殊部隊は慌てて後方へ下がり始めた。彼等については完全武装している上に全員が硬化シールドを持っている。よほどのことがなければ、キズ一つ負わずに済むと思っていていい。

 しかし、それで安心している訳にはいかなかった。

 自爆を試みている以上、このままいけば――間違いなく搭乗者は死ぬ。

 特殊装甲車を発進させて距離を空けつつも

「そこの機体のドライバー! バカな真似はよしなさい! 死んだら何もかもパーなのよ! 今すぐ機体から降りなさい! 悪いようにはしないから!」

 声を限りに呼びかけた。

 機体は停止したまま、動く気配はない。

 見ている間に、発光は増していき、素人目にもそれが異常であるとわかる程になっている。

「聞こえているの!? バカな真似はよしなさい! 死んだってイミないでしょうが!」」

 怒鳴り続けているショーコ。

 Moon-lightsの連中は犯罪に加担していたとはいえ、命をもってその罪を償えなどと思ったことはない。

 人間の死体くらい、役に立たないものもなかろう。

 が――実のところ、自爆しようとしているのは機体だけであった。

「くそっ! 開け! 開きなさいよ! あたしは爆死なんて、御免なんだからね! くそっ! くそっ!」

 膝を付いて停止しているGシャドゥのコックピット。

 機体から逃れようと、中にいるカレンは必死になって暴れていた。

 体当たりして脱出を試みるものの、コックピットハッチは自動的にロックされていて、いかにもがこうと叩こうと、開くものではなかった。

 逃れる術がないと悟ったカレン。

 全身の力が抜けたようにシートにもたれかかり

「結局、あたしらも使い捨て、か……。世の中そうそう、上手い話なんかないわよねぇ……」

 頬を一筋、涙が伝っていく。

 しかしどういう訳か、それ以上泣ける気がしなかった。

 カウンターは設定されていないらしく、いつ爆発するのかはわからない。

「さよなら、キャス、ノイア、エラ。あんた達との約束、守れなかったのはあたしだったわ……」

 カレンは覚悟を決め、ゆっくりと目を閉じた。

 と、その時であった。

 バギャッ

 突然目の前を遮っていたコックピットハッチが消え去り、外界の空気が流れ込んできた。

「な……!?」

 驚くカレンの目に飛び込んできたのは――MDP-0の赤く鋭い眼差しであった。外から強引にコックピットハッチをひっぺがしてしまったらしい。

『早く! 早くそこから出るんだ! 爆発しちまうぞ!』

 繰り返し叫んでいるサイの声。

 その必死さが、生を諦めかけていたカレンの魂を再び呼び覚ました。

「……!!」

 無我夢中で飛び降り、MDP-0が構えてくれている強化シールドの内側へと飛び込んだ瞬間――

 ドッ……

 閃光が走り、爆音と共にGシャドゥは四散した。

 ややあって煙は薄れていき――閉ざされていた視界が戻ってきた。

 カレンのGシャドゥがいた位置は地面が大きく抉れ、機体は跡形もなくなっていた。

 広範囲に飛び散った破片からは、もうもうとなおも黒煙が立ち上っている。

 爆発の直近に居ながらも、大型シールドによって身を守ったMDP-0は無傷である。片膝をついた姿勢で静かに停止していた。

 その足許では

「はあっ、はあっ、はあっ……」

 カレンが地面にへたり込んでいる。

 あと一瞬遅ければ、彼女の肉体も機体と共に消滅していたであろう。

 頭上からパラパラと、降り落ちてくるものがある。

 ふと見上げると、シールドにかからなかった部分の装甲コーティングが熱で溶けてしまい、剥げ落ちてきているのであった。その爆風を生身で受けていたら……と思うと、カレンは背筋が冷たくなった。

 その時である。

 MDP-0のコックピットハッチが開き、中からゆっくりと一人の青年が姿を現した。

「……初めまして、Moon-lightsのおねーさん。怪我はしてないかね?」

 咄嗟に言葉が出てこないカレン。

 ようやく、振り絞るような声で

「あ、あなたが……MDP-0の……」

「ああ。俺はサイ、サイ・クラッセル。この前は加勢してくれてどうも。……もっとも、あれ以降はろくでもない事ばっかりしでかしてくれたがね。お陰様で大変だったよ。ナナにも怒られるし」

 可笑しそうに笑っている。

 が、頭の中がぼんやりとしているカレンは何か言い返すでもなく、呆けたように彼の顔を眺めているだけであった。

 サイはつと表情を戻して

「……なんで、死のうとしたのさ?」尋ねた。

 意外な質問に、どう答えていいのかわからないカレン。

 別に、死のうとした訳ではない。

「死にたいなんて、思ってないわ。機体が、勝手に爆発しただけ……。あたしは……そう、あなたと」

 ゾンビのようなのろさで腕を上げ、サイを指した。

「……戦うつもりだったのよ。キャスとノイアを簡単に沈めた、MDP-0のドライバーと」

 自分でもよくわからなかったが、気が付けばそんなことを口にしていた。

 思い返してみれば、あるいは本当にそう思ったような気がせぬでもない。

「あたしは、ドライバーだから……ドライバーとして、戦おうと思ったのよ……。あたし達をここまで追い詰めてくれた、あなたに一矢、報いてやりたくて」

「そりゃまた、光栄なこって」

 サイはちょっとおどけたが、笑わなかった。

「……だけど、そいつは無理だな」

 きっぱり断言している。

「……無理? 無理って、どうして?」最初から不可能だ、と決めつけている彼の言い方に、カレンは過敏に反応した。「あなたはあたしと戦っていないでしょ? どうして、無理って言うの? やってみなくちゃわからないじゃない。そうやって自惚れていたら、あなただっていずれ――」

「自分が未来永劫絶対不敗だなんて言ってないぜ? ただし、あんた達には負けないって言ったんだ」

 サイの鋭い視線が、カレンに突き刺さっている。

「そんなにいい機体を貰っておきながら、ろくに扱えもしない人間がドライバーを名乗る資格はないだろう。――俺が見た限り、ああた達の操縦はただ操縦レバーを握っているだけさ。操縦者が操縦レバーで命令出来なくても、機体にはできる動きっていうものがある。そいつは機体のことをよくわかっていて、そして信用している奴にしかできない。本当のドライバーっていうのは、そういうことだぜ?」

「……!」

 思いもかけなかった指摘に、目を大きく見開いているカレン。

 地道にCMDの知識と経験を積んできていたから、誰にも負けないという自負はあった。しかし、サイのそれは彼女よりも遥かに深く、そして高次元なものであることを思い知らされたような気がした。 自分は単に、高性能な機体に「乗って」いただけではなかったか。

 知識と経験の蓄積は重要だが、大事なことはそれが到達点ではないということである。その奥にあるものを覚知して現実に反映させ、より高い水準への転化を目指すことこそが真の「技術」であるといえる。その意味では、今目の前にいるこの青年は機体の性能を熟知していたばかりでなく、信用して「使いこなしていた」ということになる。技術レベルどころか、境地からして数段上をいっていたのだ。

 反論する意志などすっかり喪ってしまった彼女は 

「負けた……」

 がくりとうなだれたまま、顔を上げようとはしなかった。

 ――やがて彼女は、駆けつけてきた警察機構職員に身柄を確保され、連行されていった。

 その後姿を、じっと見つめているサイ。

 無意識に、厳しい表情になっていた。

 その彼の背後から

「――ねぇ、サイ」

 ナナが声をかけた。

 彼女は機に応じて行動すべく特殊装甲車に乗り、離れた位置で彼の戦いぶりを見守っていたのである。

「おお、ナナか。怪我はないか?」

「大丈夫よ。サイこそ、大丈夫なの?」

「ああ。耳がキーンとなったくらいで、あとは何ともないさ。対衝撃緩衝シートのお陰でな。――ただ」

 跪いて停止している我が相棒を一瞥し「あの爆発のせいでダメになっちまったみたいだ。新しいのをくれっていっても、無理だろうな。惜しいことをしたよ」

 とはいえ、シートがなければMDP-0も爆発のダメージを免れなかったかも知れないのだ。

 仕方がないといえば、仕方がない。

 しかしながら彼の咄嗟の行動により、奪われてはならない人間の命が一つ、救われたことになる。

 否、MDP-0はちょうどノイアのGシャドゥをも庇う位置にあったから、命は二つ救われたといえるだろう。

 サイはふと、気がついたように

「そういや、あの機体はなんだぁ? 何だって、爆発したりしなかったりするんだ? あのねーさん、自爆する気なんかなかったって言ってた。機体が勝手に自爆したらしいぜ?」

 小首を傾げたナナ。

「よくわからない。……でも、恐らくは稼働感知連動時限式、っていうタイプじゃないかしら? 過激なテロ組織がよく使用するって、聞いたことがある。結果を出さないのにいつまでも生き残っている無能な構成員を消すために、活動中にいきなり爆発させたりするんだって。機体の稼働反応がないと作動しないから、サイが最初に沈めた方は運良く爆発しなかったのね」

「やっぱり口封じ、か。犬畜生以下だな。犬猫だって仲間同士で殺し合いなんかしないっていうのに」

 露骨に眉をしかめていたが

「……ま、それはともかく」気を取り直したように表情を明るくして、ナナの顔を見た。

「あいつらってCMDを粗末に使っていたから、会ったら必ず言ってやろうと思ってた。――社長が教えてくれたことを、さ」

 カレンに突きつけた指摘のことである。

 本当は先日、サラにも言おうと思ったもののやめていたサイ。

 ドライバーの哲学など、所詮ドライバーにしかわからないものだと、彼は考えている。

 その彼に、ドライバーとは何かを徹底的に教え込んだ師匠・ガイト。

 ガイトの孫娘であるナナもまた、しっかりと祖父の影響を受けている。

 彼女は嬉しそうに

「きっと、そうだと思ってたの。だから、絶対にサイは負ける筈がないって信じていた。帰ったらお爺ちゃんに話すわ。すごく、喜ぶに違いない」

「へへ。俺はいつまでも社長の直弟子のつもりだよ」

 やっと、サイも笑顔を見せた。



 警察機構に連行されるべく、車両に乗せられようとしているカレン。

 ふと、離れた位置に立っているショーコの姿が目に留まった。

 何ともいえない表情を浮かべてこちらの方をじっと見つめている。

 カレンが足を停めると、ショーコはゆっくりとした足取りで近寄ってきた。

「……笑わないの? あたしのこと」

「あんたが望むなら、それもいいわ。だけど、あたしは自分の仕事に誇りをもっている。だから、その成果を笑う気になんかならない。ただ……ちょっと悲しいだけ」

 事実、悲しかった。

 自分への嫉妬が高じたあまり、この親友だった女性は犯罪組織に加担してしまった。事に敗れた彼女は裁判で良くても終身刑、最悪死刑を宣告されるであろう。余りにも、悲惨な姿であった。

 が、ショーコは都市の治安とグループ会社の安全を守るために戦ったつもりである。

 カレンを貶めるためではない。

 そう言いたかったが、今のカレンがそれを理解してくれるとも思えなかった。

 すると、彼女は

「ショーコってば、前からそうだったわね。自分の意志は絶対に曲げない。あたしもあなたみたいだったら、少なくとも、こんな無様なことにはならなかったでしょうに」

 自嘲気味な笑みを見せた。

「無様? それは違うわ」

 急に声を荒げたショーコ。

「人は皆、迷うのよ。迷うから、間違いもするし後悔もする。気が付いたのなら、そこで一度立ち止まってやればいい。間違ったからって、卑屈になることが間違っているのよ。あたしだって、何度迷ったか失敗したかわからない。だけど、いいのよ、それで。最後に前を向いてさえいれば」

 カレンはふうっとため息をついた。

「……ありがと。あなたにそう言ってもらえて、救われたかも。再会したあの日からずっと妬ましかった。同じボロ会社にいたのに、片や花形スター、片や表に出られない闇のしもべ。Star-lineを叩きのめしてやれば、あなたを見返してやれるのかなって、思ったけど」

 声が震えている。

「無理だった。手も足もでなかった。……完敗」

 そして一筋だけ頬を伝って流れた涙を、ショーコはじっと見ていた。

 本当は寂しくて仕方がなかったこの友人を、もっと早く救うことはできなかったのだろうか。嫉妬というよりも、孤独に耐えられなかったという方が正しいに違いない。

 今、それを考えたところでどうにもならない。

 ショーコは咄嗟に

「罪を償って出てきたら、また一緒に行きましょう。あのバーに。まだ、飲んでいない銘柄がたくさんあるの」

 そう言ってやる以外に、かけるべき言葉がわからなかった。

 彼女の悲しみがやっと伝わったのか、

「……そうね。死刑を免れて、釈放されることがあったら、今度こそ」

 寂しそうな笑みを浮かべたカレン。

「――素直にあなたのところへ行くから」

「うん。待っている。……ここのみんなと、一緒に」

 そうして、促されるようにして彼女は警察機構の車両に乗せられた。

 走り去って行く車両を見送りながら、いつまでも立ち尽くしているショーコ。

(あの時、もう少し、サイ君のことでも話してあげればよかった。背負っている重みが全然ちがうってこと……)

 そこへ、背後から打ち合わせを終えたサラがゆっくりと近寄ってきた。

「大方、こちらの手配通り、と。これで少しは何とかなるかしら?」

「手配? 他に何かすることあったっけ?」

 不審な顔をしているショーコ。

 サラはやれやれ、といった笑みを浮かべて

「あのMoon-lightsの連中よ。いつ、どこから消されるかわからないから十分なガードと、それにまた毒なんか飲まされないように、最初にメディカルチェックを受けさせてあげたいってことで警察機構にお願いしてきたのよ。完全に無事で済むかどうかわからないにしても、守れるだけは守ってあげたつもりだけど」

 げんに、知らないうちに機体に爆弾まで仕掛けられていたのである。

「……完全勝利ね。所詮、機体の良し悪しよりも隊員の質と心がモノを言うってことか」

 さり気無く敵方のメンバーを組織の手から守る手段を講じていたサラの知恵が、ショーコは嬉しかった。もし前回のように、留置場で毒殺でもされようものならやりきれない。サラはサラで、彼女らがそういう魔の手にかからないように人知れず思案していたのであった。

 ちょっと安堵の色を浮かべたショーコだったが、サラは真面目な表情に戻って

「何もかもはこれからよ。あたし達、アルテミスグループの手先を潰しただけで、まだ何の解決にもなっていないし、彼らの目的がどこにあるかもわかっていない。――真相の究明はこれからよ、ショーコ」

 


 翌朝から、メディアは事件を大々的に報じた。

『アルテミスグループ系警備会社Moon-lights裏組織、Star-line本部を襲撃』

『スティーレイングループ切り崩しが狙いか エスカレートする組織的凶行』

『度重なる狂言の果て・アルテミス系警備会社Moon-lightsの裏組織が発覚』

 といった調子で、社会の治安維持に貢献する筈の警備会社が闇で反社会的策動を繰り返していたという事実は世間を震撼させた。警備会社Moon-lightsそのものはR地区で何者かの襲撃を受けて潰滅したと信じられていたからである。

 また、スティリアム物理工学研究所が実施した調査結果が警察機構に報告されていたことから、Moon-lightsとテロ組織の関与疑惑も浮上した。これによって国内の報道は終日、ほとんどMoon-lights事件一色に塗りつぶされたことは言うまでもない。

 親会社であるアルテミス側からのコメントはなかなか出されなかった。

 が、それでも夕刻になり、各社は一斉にニュース速報を流した。

『臨時ニュースです! 昨夜発生したL地区Star-line本部襲撃事件に関連して、Moon-lightsを傘下にするアルテミスグループの会長、ガルフォ・アル・ティリス氏が先ほど報道機関へ声明を発表しました。――当グループ傘下警備会社Moon-lightsが闇で裏組織を構成し、スティーレイングループ警備会社Star-line襲撃に関わったという報道を受け、大変遺憾に思う。当グループがテロ組織と関係をもっているという事実はないが、Moon-lightsが我々の知らぬ間に裏の組織を構成し、かつテロ組織との関連を裏付ける証拠が確認されたことは誠に残念でならない。関係者に対しては、厳正なる処分を実施するものである。――とのことです!』

 Star-lineの面々は、本部舎の後片付けをしながらこのニュースを観ていたが

「……切り捨てましたねぇ、あっさりと」

 余りにも薄情なコメントを聞いて、ユイはびっくりしている。

 が、さもあろうと思っていたショーコは事も無げに

「確かに、アルテミスの本体とテロ組織との関係を裏付けるだけの証拠には乏しい。傘下組織がバレたところで、そこの責任だとシラを切ってしまえばそれまで。とことん、煮ても焼いても食えない連中ね。……とんずらこいた奴と一緒でさ」

 彼女は彼女で、昨夜Moon-lightsメンバーの一人に逃げられたことを悔やんでいた。

 全員まとめて引っ括ってやる決意で臨んでいたからである。

 怒りと悔しさが高じたのか、たまたま目の前を通りかかったリファの頭をファイルの束でばしーんとやった。

「いたーい! なにすんのよぉ! あたし、何にもしてないのにぃ!」

 よほど痛かったのか、目に涙を浮かべて抗議している。

 が、ショーコは悪びれた様子も見せず

「ああ、ごめんごめん。つい一撃いれたくなっちゃったのよねぇ。どうしてだかわからないけど」

「最初からあたしのこと殴るつもりだったんでしょお! ショーコちゃんの馬鹿! 悪魔!」

 二人は作業そっちのけで喧嘩を始めてしまった。

「ああっ、もう! どうしてそうなるのよ! いい加減になさい!」

 今度はサラがキレだした。

 すったもんだを繰り広げている三人を横目に、爆風で割れたガラスの破片を拾っていたリベルが

「……に、してもよ。親玉が云と言わねぇんじゃ、いつまで経っても埒が開かねぇよな。陰でこそこそ悪い事やってる癖に、表で堂々と儲けているってのはどうだろう? 世の中、良心も何もあったモンじゃねぇな」

 と、珍しく長口舌をふるいながら嘆いている。

 サイは彼の傍で一緒に後片付けに勤しんでいたが、つと手を停めて 

「どっちでもいいじゃないですか」

 さらりとした調子で言った。

「――ここまで事実が明らかになっているんです。どんなに言いつくろっていたってそのうち、ボロが出ますよ」

「そうそう、そーですよ! 悪いコトはいつまでも隠したりなんかできませんよ! あたしだってそうです!」

 何故か、ティアが反応した。

 彼女は隠れて何か悪事をはたらいているのだろうか。

 サイとリベルにはよくわからなかった。



 数日が過ぎた。

 STRと警察機構の包囲網をくぐり抜けて逃走を図ったMoon-lightsメンバーの一人・エラと名乗る女性だけはなおも消息が知れなかった。

 警察機構当局は国家公安機構へ要請のうえ、国際指名手配に踏み切った。

 身柄を確保された三人は黙秘に及ぶかと思われたが、

「エラが!? どうして!? 自分だけ逃げるなんて……」

 仲間の裏切りにショックを受けたらしく、やがて三人は観念したようにぽつぽつと自供を始めた。

 ――三人の供述から明らかになった、一連のMoon-lights騒動の真相はこうである。

 陰のMoon-lightsとして暗躍していたのは四人。

 カレン・シュライツァーのほか二人は他州の生まれであった。

 ドライバーのキャス・ヘインはネガストレイト州で生まれ育った。十五歳の時両親と死に別れた彼女は、生きるためにギャング団に加わったことから悪事に手を染めるようになった。が、ある日自分を暴行しようとした男を射殺した彼女は組織から脱走、ファー・レイメンティル州へと流れてきた。

 もう一人のドライバー、ノイア・ルーヴィスティンはシェルヴァール州の出身だが、母親からの虐待に耐えかねてこれを殺害、キャスと同様この都市へと逃れてきた。二人とも殺人犯人だが、事が明るみに出なかったのは、市民登録ネットワークにも登録されないような貧困層の出身だったからである。殺害した相手もまたしかり、貧困民だったために殺害された事実が露顕しなかったのである。

 逃走中のエラについては、カレンをはじめキャス、ノイアいずれも「素性はよくわからない」と供述した。これには、四人が裏Moon-lightsに加盟した経緯が関係している。

 キャスとノイアはしばらくの間都市を彷徨っていたがやがてテロ組織・テリエラとパイプが出来、これに協力することで報酬を得るようになった。二人がCMDを操縦できるようになったのはこの時期であるらしい。テリエラの連中が仕入れてくる機体をいじっているうち、自然と覚えたという。当然、無資格である。

 ここではじめて具体的なテロ組織の固有名詞が登場してくるのだが、かといってアルテミスグループもといMoon-lightsとの関連性を裏付ける証拠にはならない。

 それというのも、二人は後にテリエラを脱け、しかも裏切っているのである。

 ある時、彼女らは同時期にテリエラの中心者に呼ばれてファー・レイメンティル経済新聞に掲載された『CMD技術開発部門要員募集、高額報酬保証』なる広告を見せられ、黙ってその採用試験会場へ行くように指示されたという。が、この時点で二人は同じ地区の組織にいた訳ではない。ゆえに、供述の通りならば偶然にも別々の場所で同じ事象があったという話になる。つまり、テリエラよりも上部の組織から何らかの指示がそれぞれの地域の組織に下されたという見方ができるかも知れない。

 もっとも、この時期の二人に共通しているのはCMDの操縦技術や付帯知識について他の所属員よりも優れていたという点である。彼女達が上部組織から目を付けられ、内密に引き抜かれたという線で考えてみれば、何となくつじつまが合ってくる。

 指示に従って主催の知れない採用試験会場を訪れたキャスとノイアは、ここでカレン、エラとも出会うことになる。以降、彼女達は反社会的行為を繰り返していくことになるのだが、どちらかといえば誰もが極端な個人主義で協調はおろか、自分から人間関係を深めたりはしなかった。四人が互いの素性をよく知らないというのはこのためであるといえる。

 Star-lineを標的とした一連の事件についても、三人は自白した。

 初期の頃に引き起こした警備干渉騒動については、ショーコやサイが推測した通り、テリエラの行動予定を把握した上で現場にてこれを待ち伏せ、現れた彼等を急襲して潰したという。つまり、Moon-lightsはテリエラ潰しの先鋒であり、テリエラ機を生贄に仕立て上げたのは内部粛清の一環であった可能性が高いとカレンは証言した。彼女の言うとおりならば、テリエラは上位組織から捨てられた、ということになる。証拠こそなかったが警察機構はこの供述を重視した。逮捕したヴィオやグロッド変死の一件があったからである。

 ただし、Moon-lightsはあくまでも内部粛正執行機関ではない。

 一連の粛正はスティーレイン系施設を巻き込んで行われており、この点については大方の予想通りStar-lineのイメージダウンを謀る目的であったと三人は認めたのであった。テリエラ潰しはむしろ二次目的のついでであったらしい。

 彼女達の目論見通り、世間はStar-lineの警備体制を批判する様相を見せた。

 しかし、ここでミネアノス重工やハドレッタ・インダストリーなどの他社にも同様の企てを仕掛けた結果、アルテミスグループは各社連名の抗議を受けてしまう。なぜスティーレイン系以外の企業をも狙ったかという動機については「Moon-lightsに対する世間の評判を高めるよう工作せよ」という不可解な指示があったらからだという。あくまでも「アルテミスに対する」ではない。 

 こうした行動が誰の指示によるものかという点になると、彼女らは一様に口を揃え「ボスと名乗る人物から携帯端末で指示を受けていた」と言い、直接接触したことは一度もないという。以降の事件についてもほぼそのようであったらしい。なぜそうした不可解な状況下にありながら危険な命令に従ったのかという刑事の質問に、キャスは答えた。

「だって……お金がもらえるんだもの。すごい額なんだって! あれに慣れちゃったら、多少危ない橋だっていってもやめられないよ」

 三人とも、強制されているという意識はなかったらしい。驚くべき事実である。

 この時点でもかなり反社会的であることは言うまでもないが、連名抗議の一件以降、彼女達の活動は凄惨さを増していく。

 R地区でのMoon-lights(ダミーだが)襲撃事件も、四人の仕業であった。

 目的はMoon-lightsへの世間の批判を反らすため、ならびに彼女達裏組織の活動基盤を確保するためであるとみられた。ただし、これは推測の域を出なかったが。

 彼女らにカイレル・ヴァーレン製軍用CMD・QCS七式が与えられたのはこの時であった。それまで使用していた黄色い塗装の機体――アルテミス社製ACXという機体だが――には金で雇った若い女性達を乗せておき、R地区で闇に紛れて葬ったという。巧妙なのは、被害に遭った女性達はMoon-lightsとは全く無関係であったが、あたかもMoon-lightsの隊員であったかのように偽装している点である。この狂言によって、世間はMoon-lightsが卑劣な賊の手によって潰滅させられたと信じ込まされたといっていい。

 新たに貸与されたQCS七式の出所については、メンバーの誰も知らなかった。

 搭載されているSSSDや新素材グラスコーティングについても、警備システム攪乱行為やセカンドグループ襲撃においてそれらのツールを巧みに活用しているが、まさか軍事機密に属するような大がかりなものであるとは思っていなかったらしい。警察機構は、彼女達の供述から流通ルートを特定するのは不可能であると判断せざるを得なかった。

 ――あとは概ね、Star-lineの面々が推測した内容と大差ない。

 三人は取り調べには素直に応じたが、誰の指示によるものかという核心の部分になると「ボス」としか答えようがなく、アルテミスグループ本体との関連性を引き出すことはできなかった。その「ボス」は恐らく会長のガルフォではないかと警察機構内部では推測されたが、何一つ証拠がない。

 Moon-lightsの本部だという建物、それに四人が潜んでいたアジトにも警察機構の捜査の手が入ったが、アルテミスグループそのものとテロ組織との関連を示唆する資料や証拠となると発見されなかった。というよりも、重要な書類関係は秘かに何者かの手によって処分されたらしい形跡があり、そのことはMoon-lightsの面々は承知していなかった。結局その点が判然としない以上、アルテミス側に明確にスティーレイン攻撃の意図があったと立証することができない。

 言ってみれば、Moon-lightsの四人がアルテミスグループのために勝手にテロまがいの行為に及んだという構図が成立してしまうのである。

 やむなく、当局はアルテミス本社と会長ガルフォに対して任意の事情聴取を求めたが、拒否されたという。

 肝心な犯罪行為の部分が全てMoon-lightsの四人に被されるように計算し尽くされていた。これでは、被疑者として起訴されるのが彼女らだけで、アルテミス本体は何の影響もないということになる。

 不愉快な顛末であるといっていい。

『――という状況です。せっかくここまで追い詰めたというのに、決定的な証拠がないんですよ』

 電話の声が、いかにも悔しそうなディット。

 彼は、捜査の途中経過をわざわざ教えてくれたのであった。

「そう……。わざわざ済まないわね。どうもありがとう」

 電話をきると、サラは

「良かったわね、ショーコ」

 いきなり言った。

「あ? 何が?」

「Moon-lightsの人たち、自分からきちんと自供を始めたんだって。警察機構としてはテロ組織の情報が咽喉から手が出るほど欲しい時だから、悪いことにはならないわ。成り行きによっては司法取引があるかも知れない」

 一方で、実行犯としての彼女らがテロ組織の口封じにかからないよう、手を打っていたサラ。Moon-lightsの面々が罪を認めているのは、それが物を言っているとショーコはみている。

「……あなたのお陰よ、サラ」

 彼女は小さく、しかし安堵の笑みを見せた。

 あの時のカレンの寂しそうな表情を、忘れてはいない。

「……ふふ。少しはお役に立てまして?」

 サラは何よりも、人の命が奪われることを忌み嫌っている。

 聞くところ、逮捕された三人の健康状態は至って良好とのことであった。体内からは、毒物のようなものは検出されなかったらしい。警察機構では、二日に一度メディカルチェックを受けさせているという。これは当たり前の対応ではない。

 どこか嬉しそうな様子のショーコ。

 そんな彼女に、サラはもう一つ伝えるニュースがあったのを思い出した。 

「それはそうとショーコ、やっとシェフィが戻って来るわよ?」

「ほ? 予定より早かったのね」

「朝早くからサイ君とナナちゃんが行ってるわ。退院の手伝いに」

 何気なく窓の外を一瞥すると、外から特殊装甲車が戻ってくるのが目に入った。

「――あ、そんなことを言っているうちに帰ってきたみたいね。名誉の負傷だったんだもの、隊長と副長とで出迎えてあげようじゃないの」

「オーケー。――そういや、シェフィには格闘戦の訓練も自覚も足りないって、ナナちゃんが怒っていたのよね。明日からみっちり特訓だわ」

 よっこらしょ、と立ち上がったショーコを呆れ顔で眺めているサラ。

 この鬼副長は、言い出したら本当にやるであろう。

「やぁね、ショーコったら。あんまりヘンなコトしないでね? 今は体制を整えなくちゃならないんだから。隊員に無理かけるような真似は止して頂戴ね? シェフィだって、あのコなりに頑張っているんだし」

「わーってます! シェフィの特訓はほどほどに」

 言いかけておいて、ニヤリと笑ったショーコ。

「――みっちりやるから!」

 サラの心配など、どこ吹く風のショーコであった。



 風が思いのほか強く、雲の流れが速い。

 そのせいか、岸壁の向こう側に広がる海原には波が出ていた。

 物陰からそっと覗き見れば、埠頭の突端に二つの人影がある。

 すっかりと荒れ果て割れ朽ちたコンクリートを踏みしめながら、そちらの方へ近寄って行くと

「……お前か? エラ・ファナムというのは?」

 片方の人間が声をかけてきた。

 まだ二十歳を幾つか過ぎたばかりかという青年だが、顔つきをはじめ身体全体に鋭さが漲っていて冷たい感じがする。かっちりしたワイシャツとズボンが、硬さを一層際立たせていた。

 対照的に、もう一人の男は人懐っこい笑みを浮かべている。三十代も半ばくらいかと思われる老成した雰囲気の中に、心持ち子供っぽさが感じられるという、不思議な男であった。よれよれのジャケットに、やはりよれたジーパンを穿いている。

 彼等がいる場所まであと数歩を残した位置で立ち止まったエラ。

「ええ、私がエラよ。約束どおり、来てくれたのね」

「君達のことは風の便りに聞いていたよ。何でも、Star-line相手に戦いを挑んでいたそうだね? 何とまあ、剛毅な連中がいるもんだと思ったよ」

 三十代の男がそう言ってニッと笑った。

 が、青年の方は冷徹な面つきを崩さず

「ひとつ聞かせてもらおう。――我々の計画を、どうやって知った?」

「私はシステム一般が得意なの。秘かに組織のネットワークにアクセスを試みて、あなた達の存在と計画を知った。アルテミスがいずれ私達を消しにかかることは予想していたから、私は私なりに生き残る方法を探していたのよ」

「……で? 我々に渡したいものとは?」

 エラはポケットから一枚のディスクを取り出すと、青年目掛けて放り投げた。

 ディスクは回転しながらまっすぐに宙を飛んで、青年の手の平に納まった。

「テリエラ潰しに関する組織の極秘情報と私達の行動記録、それにこの都市の警察機構や治安機構のデータベースから掠め取った諸々が入っている。あなた達にとって、それなりに役立つと思うけど」

「……なるほど」

 青年は頷き、すっと右腕を水平に振り上げた。

 その手には拳銃が握られている。

「情報は必要だが、君を生かしておく必要はない」

「な……!?」

 動揺を隠せないエラ。

 二人の間合いを、一際強い風が吹き抜けていく。

「どうして!? 私が必要あるとかないとか、どうしてあなた達にわかるっていうの!? それとも、最初から私を殺すつもりで――」

「まあまあ、その物騒なオモチャはしまいたまえよ、レヴォス君」

 男が一歩前に進み出て、レヴォスといった青年の拳銃を上から押さえるようにした。

 レヴォスは眉をしかめ

「ですがウィグさん、身近な同志を裏切るような人間は、いずれ組織をも裏切ります。彼女を生かしておいては、後々禍根を残すのでは……」

「俺はね、無益な殺生が嫌いなんだ。知ってるでしょ?」

 ウィグという名前らしい男の口調は、驚くほどあっけらかんとしている。

 彼は懐をごそごそと探りながら

「ここ、E地区っていったっけ? 隣のJ地区北エリアの外れにオーヴァ海運っていう小さな海運業者があるんだけどね……お、あったあった」

 小さな半透明のカードを取り出した。

「そこにガレッソって名のひどく無愛想なオヤジがいる。そいつにこれを見せな。黙って海向こうまで運んでくれるよ。……その先のアミュードまでの交通費は自分で何とかしてね?」

 親しい友人に対するような話し方に、エラはやや戸惑う思いがした。

 しかし、彼が自分を罠にかけているとも思われない。

 今は、目の前にいるこの男を信じて行動する以外に彼女が逃げ延びる術はないのだ。

「……恩に着ます」

 カードを受け取ると、身を翻して立ち去ったエラ。

 彼女の背中に向かってウィグは

「言っとくけど乗り心地は最悪だよ! 酔い止めのクスリ、飲んでおいたほうがいいぜ!」

 呼びかけてやった。

 背後にいるレヴォスは厳しい表情のままでいる。

 やがて、エラの姿が廃倉庫の向こう側へ消えていったのを見届けると

「カノジョ、アミュードで長生きできるといいけどねぇ……」

 ぼそりと呟いたウィグ。

「どういう意味です?」

「……レヴォス君がさっき言った通り、さ」



 以下、後日談となる。

 アルテミスグループないしガルフォ会長とテロ組織との関連性を洗い出していた警察機構の捜査は、行き詰まりを見せたようであった。国家統治機構側からも極秘に圧力がかかった形跡があり、公安機構もそれ以上動くに動けなくなってしまったという。

「難しいですよ。巨大資本に捜査のメスを入れていくということは」

 ある日、Star-line本部舎までわざわざ報告にやってきたディットが、サラの前で苦笑いしながら言った。

「国の役人ですら金の前では大人しくなるんですから。これじゃあ、犯罪もなくならない訳です」

 いっぱしの警察機構職員を気取った発言が何とも滑稽な感じに聞こえ、

「なあに? 捜査部長みたいなこと言っちゃって。いつからそんなに偉くなったの?」

 笑ってしまったサラ。

 とはいえ、ディットにも多少の自覚が芽生えたのは喜ばしいことである。

 ――困難は人間に、自覚と成長を促すものらしい。


 <月光編 了>

ちょっと後書きを許されたいと思います。


この「月光編17」には、筆者が最も訴えたかった主題が含まれています。

どこかと申しますれば、逮捕されたカレンとショーコが対面するくだりです。

自分を無様だと自嘲するカレンの言葉を、ショーコが言下に否定しつつ咆えた台詞があるかと思います。

「人は皆、迷うのよ――」

というところです。

正直、この言葉を綴るために、Star-lineという作品を書きました。

過言ではありません。

ショーコが言った通り、人はみんな迷うんですよね。

迷ったり、間違ったりする。そうならない人などいないんです。

でも、本当にいけないことは、そこで卑屈になってしまうことだと、筆者はいつも思っています。

彼女は最後にこう言います。「最後に前を向いてさえいれば」と。

綺麗事に聞こえるかもしれませんが、しかしながら迷ったり間違えたがために卑屈になることが当然ではない筈です。皆同じ人間なのですから、誰だって、前を向くための勇気を持っていると、筆者は確信しています。

それを訴えたくて、これだけの文章を費やして作品を書きました。

果たして理解されるかどうかはわかりませんが、もし僅かでも頷いて下さる方がいらっしゃれば、これ以上のことはないと考える次第です。


さて、最も訴えたった主題に触れることができた今、ここでこの作品を終わってしまっても何の悔いもありません。

が、それもまた無責任というものです(笑)。

お気に入り登録してくださった方、またお目通しくださった方には篤く御礼申し上げるものであります。

願わくば、あともう少し、お付き合いいただければ幸いです。


筆者 北野鉄露

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― 新着の感想 ―
始動編は面白かったが、そのあとが滅茶苦茶ですごくつまらない。まず、主人公のはずのサイが脇役にジョブチェンジして影が凄まじく薄くなった。それだけでも面白くないのに、群像劇になった。つまらなさ倍増。 そ…
[良い点] 「最後に前を向いてさえいれば」 その言葉を念頭におくと、サイ、ナナ、ショーコ……その他の登場人物も含めて共通点を見いだせるような気がします。 [一言] 面白いです!
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