月光編16 対峙
そんな折。
スティーレイングループが突然記者会見を開いた。
大手報道各社は急な記者会見の連絡を受け、何事かといった様子で飛んできた。
スティーレイン財団ビルにある記者会見室で報道陣の前に姿を現した会長ヴォルデは
「本日はお忙しい中、このように多数の報道各社様にご参集いただき誠に恐縮です」
軽く一礼してから、本題を切り出した。
「この程、度重なるテロ行為に対し、一層迅速なる対応を目的として、当グループ傘下『Star-line』と『STR警備保障』の拡充を実施いたします」
一斉にフラッシュが浴びせられた。
この時世でこうした発表を行うこと自体、相当な決断であるといっていい。
要はテロ組織に対する宣戦布告にも等しいからである。
ヴォルデは警備システムの不備を衝いた撹乱騒ぎが続発した事象を述べ、
「直接の破壊行為のみならず、今後もこうした撹乱行為があるものと予想されます。……従いまして、当グループ各社で今後の安全確保対策について検討を重ねました結果、かような結論に至った次第です」
と、説明した。
だが、具体的にどのように拡充するかという点については触れていない。
当然それを質す質問が飛んできた。
「会長。グループ傘下警備会社の拡充ということですが、いつから、どの規模なのでしょう?」
「拡充規模、時期については現在グループ内の警備状況を元に検討中ですが、近日中には実施します。内容が決定次第、また皆さまにはお知らせ申し上げたいと思います」
後ろの方にいた一人の記者が手を挙げた。
「我々は、Star-lineとMoon-lightsの間で関係が緊迫化しているという情報を得ているのですが、会長の傘下各社は先日、Moon-lightsの警備干渉を受けて抗議文を送られているかと思います。今回の拡充はそういったMoon-lightsへの対応策、ということとは違うのでしょうか? お願いします」
一斉に彼の方へ顔を向けた報道記者達。
会場の裏方で会見の模様を覗いていたセレアはヒヤリとした。
一瞬、先日のMoon-lightsとの対決を指しているのかと思ったのである。
例の件については、一切公にはされていない。これが世間に漏れればアルテミスグループはもちろん、スティーレイングループとしてもただでは済むまい。CMDを駆使して抗争行為を行うなど、いわばマフィアかヤクザか、裏組織がすることであって歴とした大企業の所為ではないからである。
幸い、質問した記者は中堅の雑誌出版社の人間であり、アルテミス系メディアの者でもなければ三流週刊誌の人間でもなかった。たまたま、アルテミスとの関係がどういうものであるか訊きたかったのであろう。
ヴォルデに視線が集中している。皆、固唾を呑んで発言を待ちかまえている。
少しの間、彼は沈黙していた。
やがて居住まいを正すと、マイクに顔を近づけ
「……確かに、先般Moon-lightsによる当社への警備干渉が続発し、当方としましてもアルテミスグループ側へ正式に抗議を行いました。そのことでありましょう。しかし、決して企業間抗争ではありませんし、Moon-lightsは不幸にも不審者の襲撃を受けて負傷者を出しているところです。我々としましても、一刻も早く犯人が捕まるよう協力は惜しまないつもりであります」
ゆっくりと、だが淀みなく言い切った。
何だ、という解き放たれた空気が場に漂い、質問した記者は不審そうに首を傾げている。が、それきり質問を繰り返すことはなかった。いちいち報道されねばならないような事柄ではない。
――ヴォルデの会見を、Star-lineの一同はテレビで見ていた。
実のところ、こうした動きあることを彼等はセレアから事前に知らされていたのである。
その狙いは、Moon-lightsの連中の腰を上げさせるところにある。
セレアはスティーレイングループが記者会見を行う意図を皆に説明し
「スティーレイングループの警備会社拡充が発表されれば、私達を狙っているMoon-lightsは当然焦って動き出すでしょう。あるいは、別の動きがあるかも知れませんし」
「あの……じゃあ、今度の記者会見はデタラメ、ですか? 本当に拡充しないとなると、世間様がうるさいのでは……」
ティアは発表がダミーだと思ったらしい。
それを聞いたセレアは苦笑しつつ
「いいえ、ダミーではありませんよ? さすがに、スティーレイングループとして社会に嘘をつく訳にはいきませんから。――間違いなく、拡充は実施します。でもそれは、STRの体制見直しと、現行の警備システムの抜本的な改修を意味します。ですから、あながちStar-lineと無関係でもないのですよ?」
「なんだ……。てっきり、Moon-lightsを欺くためなのかと……」
それしきのこともわからんのか、とショーコは思ったが、黙っていた。セレアの前である。
「しかし、ですよ」
腕組みをして考え込んでいたサイが口を開いた。
「逆も考えられませんかね? 手を出せないとわかれば、案外諦めてしまうかもしれない。そうなると、Moon-lightsの連中を一網打尽にできないままで終わっちゃいませんかね?」
あるいは、そういう可能性もなくはない。
が、セレアは涼しい顔で
「サイ君が言うのも、もっともです。――ですが、私達としては無理に争闘を望んでいる訳ではありません。先方が手を引くというなら、それはそれで好ましいことではありませんか。どう転んでも、スティーレイングループにとって悪いことにはならないのですよ」
それもそうか、と頷いた一同。サイの疑問は、皆の疑問でもあった。
どのみち、アルテミスないしMoon-lightsは動き出すものと、ヴォルデもセレアも踏んでいる。
Star-lineとしては、十分な警戒に努めつつ、その動きを待っていれば良かった。
だが――。
ヴォルデの会見から数日経った。
ところが、A地区での一件以降Moon-lightsが動く気配はまるでなかった。
あれきり、しつこく続いていた緊急発報もすっかり沈黙している。
「……意外と手堅いわね。連中、焦ってすぐにでも動き出すかと思ったのに」
焦れったそうなショーコ。
もう何日もの間、本部舎でじっとしているという状態が続いていた。セカンドグループはシェフィとDX-2が復帰していないから、なおもファーストグループオンリーの体制のままである。こうなると、おちおち隊を空けることができない。大好きな寝酒も飲めない以上、ストレスもたまるというものであろう。
「そう簡単には引っかかってくれないでしょうね。迂闊に手を出せば、こっちには切り札があるんだもの、向こうは一網打尽に捕まってしまう。じっと隙を窺っているんでしょう」
オフィスに籠もりきりになったのを幸い、サラはせっせと事務作業を片付けることに余念がない。
負傷した隊員の補償問題やメーカーに回した機体修理の件、その他もろもろ処理することは山ほどある。手持ち無沙汰なティアやミサの手を借りたいところだが、この二人に任せるとどういうことになるかわかったものではない。つまり、サラは自分でやるよりないのである。
ショーコはチェアに座ってぼんやりと天井を眺めている。
「……あのさぁ、サラ」
「なぁに?」
書類を書くサラの手は止まらない。
「セレアさんはああ言ったけど……何とかして、Moon-lightsの連中を引きずり出せないものかしら?」
だから、それは先日ヴォルデが手を打った、と言おうとしてやめておいたサラ。
ショーコとしては、やっぱり決着をつけておきたいのだろう。
さもなくば、枕を高くして眠ることもできない。
が、今のところそういう都合の良い妙案などあるとは思えなかった。
痛手を負ったMoon-lightsは、当然こちらの動きも警戒している。よほどの阿呆揃いでもなければ、軽々に動いたりはしないだろう。逆に、こちら側が焦って行動を起こすようなことがあれば、相手に相応のチャンスを与えてしまうのである。ここはひとつ、我慢比べに付き合うしかない。
そのことを少しだけ言うと
「そうよね……」
あっさりと、ショーコは黙った。
普段は人一倍アバウトなようではあるが、見かけによらず慎重な一面がある。思いつきであれこれ騒ぐような彼女ではない。
――オフィスにはしばらく、静かな時間が流れていった。
やがて、
「ただいまー!」
リファが入ってきた。
大きな紙袋を担いでいる。
「あんた、どこ行ってたのよ? 緊急の必要を除いては外出を控えるようにって、言われていたでしょ?」
たださえイライラが募っているショーコは機嫌が悪い。
「えー……だってだって、シェフィちゃんから着替えとか色々頼まれてたのよぉ? だから届けてあげただけなのに……」
いきなり怒られ、しゅんとしているリファ。
「それならそれで、サラに断っていくとかSTR連絡サービスに頼むとかあるでしょーに。あたし達、いつ襲撃されたっておかしくないんだからね! そんなチャラチャラした恰好でうろついたりして、真っ先に殺されたって知らないわよ!」
リファの格好は背中が開いた薄手の服に、あいかわらず丈の短いスカート。
カジュアルな服装を好むショーコからすれば、彼女のそういう衣装が気に入らないのであった。
「ショーコったら。リファには、私が頼んだのよ。そうがみがみ言わないで」
サラが窘めると
「でもさぁ、その格好はないじゃん。業務中なんだから、制服で行けとは言わないけど、もうちょっと畏まった格好ってものが……」
あくまでもリファの行動を是とは認めたくないらしい。
そんな彼女を、リファは拗ねたように上目で見て
「でもでもぉ! STRが警備してくれているんだから、安心じゃない」
「は? STR?」
チェアの背もたれにふんぞり返っていたショーコががばと起き上がった。
「何よそれ? どこで? いつ?」
リファはぴっと表の方を指し
「さっき。そこの空中軌道交通システムの柱のところ。……そうそう、ショーコちゃんがいっつも行く屋台がある場所の傍よ。あ、STRがついていてくれてるんだなぁって思ったけど」
互いに顔を見合わせるサラとショーコ。
「……サラ、そんな話、聞いてた?」
「いや。Star-lineは常駐体制になるから、STRは他のグループ施設警備に回されている筈だわ。それとも、ヴォルデさんが気を利かせてくれたのかしら?」
サラはぶつぶつ言いながら、電話をかけ始めた。
「――お疲れ様です。サラです。あの、現在L地区展開されているSTR警備班の配置をお聞きしたいのですが。……ええ、はい、そうです。――ステルシア・ネットワークサービス? だけ、ですよね? うちの本部舎付近なんて……ですよね」
やがて電話を終えたサラの表情はいつになく硬くなっていた。
「セレアさんに聞いたけど、L地区でSTRが警備についているのはステルシア・ネットワークサービスだけみたいね。うちにはついていないって」
ショーコは眉をしかめてリファを見やり
「……あんたが見たのは、どこぞの偽物のようね」
「え? にせもの? STRの偽物って、なに?」
意味を理解していない彼女は首を傾げたが、サラとショーコにとってはそれどころではない。
「Moon-lightsの連中かしらね? 確証はないけど、その可能性が高いと思うわ」
サラの推測に、ショーコは頷いてみせ
「あり得るわね。……でも、今さら彼等が危険を冒してまで誘い出しをかけてくるとは到底思えない。恐らく、次に標的としているのは」親指を立てて下に向けた。「ここ、ね。一気にカタをつけるつもりじゃないかしら? そのための監視っていうセン、考えられない?」
が、あくまで推測に過ぎないから、大急ぎで証拠をつかまなくてはならない。
さてどうしたものかと思っていると、サラは額に手を当てつつちょっと考えてから
「……まずは本物のSTRに力を借りましょう。あそこの調査班に依頼して、その偽物の動きを偵知してもらうのよ。もしかしたら、逆に利用してやることができるかも知れないでしょ?」
「ああ、監視の監視ね。そりゃいいや。思いがけなく向こうさんから動いてくれたわね」
ショーコはニタッと笑って
「……あんたもたまにはマシな働きをするのね、リファ」
「ひどーい! たまには、ってなによぉ! あたしだって、ちゃんと働いてるもん!」
――それから少しして、メンバー全員が集まってのミーティングが開かれた。
例によってシェフィだけはいないが、あとの面子は揃っている。
このミーティングを開くにあたり、ショーコはもてる限りの知恵を絞って一つの作戦を練っていた。 いい加減、このドタバタにピリオドを打たなければ、Star-lineは完全に疲弊しきってしまう。だが、偶然にもリファがMoon-lightsと思しき連中の策動を目撃してしまった。それを活かさない手はないと、即席ながら迎撃体制を考案したのである。
あらかじめサラ、そしてセレアの承認を得ておいた彼女は、それを皆に詳しく説明した。
「――っていう寸法よ。あたし達が意図的につくることのできる隙ってのは、それしかないと思うの。だけど、この本部舎を見張っているMoon-lightsの連中にとってはその隙こそ絶好の好機だと考えるでしょうね。どうかしら?」
「……はいっ。質問でーす」
「サイ君、どうぞ」
「そのニセSTRが、Moon-lightsの奴らでないという可能性もあるのでは?」
「Moon-lightsよ。そう思って頂戴」
答えになっていない……。
サイはやや呆れたが、自らも恐らくMoon-lightsだろうと思っているから、それ以上突っ込むのを止めた。
「はいっ! あたしも質問!」
今度はユイが手を上げた。さながら学校のホームルームである。
「あたしは見てませんけど、この間サイさんが捕まえたヤツ、爆弾を積んでいたんですよね?」
「ええ、自爆用ね。武装としての爆薬ではなかったんだけども」
「そしたら、ですよ?」ユイは人差し指を立てて頬をトントンと叩きながら「自爆するって可能性もあるんですよね? それだと、酷いコトになっちゃうと思うんですけど」
鋭い指摘である。
どうせ彼等にそんな度胸などあるまいとタカを括っていたショーコは一瞬うっと詰まったが
「……自爆なんかしないわね。それをやるくらいなら、何もここまでねちねちと嫌がらせしてきたりなんかしないわ」
そう発言したのはナナであった。
根拠こそなかったが、彼女の直感は驚異的な確率で、しかも正確に的中する。
ナナがそう言うのだからと、一同は勝手に納得していた。
代わりに答えてもらい、ちょっとホッとしているショーコ。
そんな彼女の様子を、サラはニヤニヤしながら眺めていた。
実は、ショーコから作戦を打診されたあと、同様の疑問を抱いた彼女はこっそりとセレアに確かめていたのである。セレアはちょっと考えてから、やはりナナと同じようなことを言った。これまでの手口から推測して、自爆という捨て身の手段を選ぶような覚悟はないだろうというのが、セレアの見解であった。
あとは質問もない。
頃はよし、とみたショーコは声を励まし
「一か八かの賭けかも知れないけど、これに勝てばMoon-lightsの息の根を止めることができるし、アルテミスの連中は二度とスティーレインに手出しできなくなるでしょうね。……苦しかった戦いもあとちょっとだから、ここで一丁キメて欲しいの。みんな、いい!?」
「はいっ!」
「了解です!」
「おうよ」
めいめいが威勢よく返事をし、これによって作戦は了承された。
ミーティングを終えるや否や早速動き出したStar-lineの面々。
サラやショーコは関係各所に片っ端から協力を要請し、サイやナナ、リベルにユイ、それにティアやミサは必要な準備を整えるべく、作業に取り掛かった。
多分夜を徹しての作業になるだろうと踏んだブルーナは、皆のために夜食をつくることにした。
これといって作業のできないリファは、ブルーナを手伝ったのだが――。
「リファさんっ! おナベ、おナベ! 火を止めてください!」
「あーん、コゲちゃったよぉ! ブルーナさん、どうしよう!?」
二人の騒ぎは、ハンガーの作業班にも聞こえている。
「なんだぁ? Moon-lightsの奴ら、もう来やがったのか?」
作業の手を停めてそちらの方を見たリベルに、ナナは一言
「……リファさんはただいてくれればいいんですけどね。運の付きだけが取柄なんですから」
(――ああ、ヒマだったらありゃしない。こんなの、カメラでもつけときゃよさそうなモンなんだけどねぇ)
内心でぼやきながら、手にしたパンにかぶりついたキャス。
もう片方の手には暗視対応の双眼鏡がある。
時折目に当てたり外したりを繰り返しながら、パンを咀嚼する口の動きだけは止めない。
――ボスと称する人物から非情の最後通告を突きつけられてから五日後のことである。
カレンは一同に召集をかけ、作戦の決行を告げた。
彼女が最後のステージに選んだのは、驚いたことにL地区・Star-line本部舎であった。
「な、何よそれ!? L地区なんて、重点警戒特区じゃないよ! 通行証を所持しない大型キャリアは入れてもらえないのを知ってるでしょ!?」
絶対に不可能だと思ったエラはそう咆えたが、カレンは冷静に
「……実はもう、手を打ってあるの。ちょっと苦労したけれども」
L地区に出入可能な運送会社のドライバーを二人ばかり、言う事を聞くようにしてあるという。
通行証が必要だとはいえ、警察機構職員によって検問が実施されている訳ではないから、積荷がGシャドゥであっても何ら問題はない。
Star-lineの事情に関していえば、セカンドグループのDX-2は未だに修復が終わっていない。どのみち、押し入るならタイミングはこの数日間しかないと思った方がいい。
そういった細かい点を一つ一つ説明したあと、カレンは居住まいを正し
「……それからみんな、これには、もう一つ、理由があるのよ」
エラ、キャス、ノイア。
三人の目をじっと見つめながら、姉が妹を諭すような口調で言ったのであった。
「万が一作戦がスムーズにいかなければ、迷わず自首なさい。逃走しようなんて考えちゃ駄目よ。L地区なら警察機構の人間も多いし、すぐに身柄を確保されるでしょう。そうすれば、ボスに消される可能性も低くなるしね。逃げたところで、組織から追われてそれまでよ。闇で消されるわ」
それを聞いた三人は「あっ」という顔をした。
驚いている。
「カレン、あんた……Star-line本部舎を選んだのは、それが理由だったのね?」
「もちろん、簡単に捕まるつもりはないわよ。Star-lineに一矢報いることができるなら、それはそれで望むところだもの。でもね、仮にStar-lineを潰したところで、あたし達にはもう」
立ち上がるなり、両腕を広げて三人を無造作に抱き締めた。
「帰る場所なんて、ないのよ――」
泣いている。
感情の起伏に乏しいノイアは呆気にとられていたが、激情屋のキャスなどはつられておいおい泣き出した。
「カレン、あんた、そこまであたしのことを……。あたし、あんたに会えて良かったよォ!」
あとは顔をくしゃくしゃにして号泣した。
冷静沈着で通ったエラもまた、込み上げてくるものがあったらしくしゃくり上げている。
カレンは真っ赤な目でもう一度三人を見て
「いい? 何があっても、生き残るのよ? こんな形でしか出会えなかったけど、あたし達は四人、みんな大事な仲間なんだからね! 一人だって、死んだら許さない。いいこと!?」
――そうして彼女達は、最後のミッションを開始した。
エラはこれまで通り情報収集にあたり、機体を失っているキャスはStar-line本部舎の監視役になった。カレンの思いやりに感動してその役割を買って出たまでは良かったが、基本的に気短にできている彼女は次第にイライラし始めた。
その度にカレンは
「もう少しなんだから、辛抱なさい。ここでしくじったら、何もかも水の泡なんだからね」
と、説得した。
実際、突入の準備は既に整っている。
まずカレンとノイアがGシャドゥで敷地内へ乱入し、本部舎の建物を破壊する。エラとキャスは可能な限り武装してあとに続き、Star-lineの隊員を一人づつ始末する――という筋書きである。この期に及んでは、MDP-0殲滅は計画から外された。メーカーに搬入しての短期点検というものがあるから、その隙を衝こうというのである。搬出はG地区セカンドファクトリーへ、所要時間は概ね一時間程度であるというところまではわかっていた。一時間あれば、人間だけのStar-lineを潰すことなど造作もない。
あとは決行のタイミングである。
全ては、キャスの観察にかかっている。
Star-line本部舎からMDP-0が搬出されていくのを見届け次第、カレンに連絡を入れる。彼女とノイアはStar-line本部舎から車で二十分かからない圏内までGシャドゥを引っ張り込むことに成功しているから、あっという間にやって来られるであろう。
が、張り込みを始めてもう四日が経った。
Star-line本部舎は不気味なまでに静まり返り、一台の車すら出入することはなかった。敷地内で機体を動かす気配もない。
車の中に詰めっぱなしのキャスは、いい加減飽き飽きしていた。ろくにシャワーも浴びていないから、身体中に不快な感じがある。
と同時に、正直なところ、カレンの立案した作戦に疑いをもち始めている。
(この切羽詰まっている時期に、機体を短期点検なんかに出すかねぇ? 何か、安直過ぎやしないか? Star-lineの連中だって、あたし達が来るのを恐れて閉じこもるんじゃなかろうか……)
五日目の朝を迎えたら、無理にでもエラに交代してもらおうと思った。
ところがである。
四日目の深夜、ついに一台の大型キャリアが轟音を立ててStar-line本部舎の門をくぐった。
スティケリア・アーヴィル重工のそれである。
(……きた! 多分、これね!)
慌てて二個目のパンに伸ばしかけた手を引っ込め、時計を見やった。
二十二時を少し過ぎている。
それから待つうち、暗闇に包まれているStar-line本部舎敷地に眩いヘッドライトの明かりが灯り、大型キャリアが徐行しながら出てきた。よくよく見れば、入っていく時にはカラだった荷台に何かが積載されている。
(……)
全体に雨よけのカバーがかけられていたが、そのほんの僅かな隙間にちらりと白いものが見えた。
大型キャリアで運搬する白い積荷、そしてスティケリア・アーヴィル重工とStar-line。
考えられるものはあれしかない。
かったるげだったキャスの相好は一変している。
いそいそと無線のスイッチを入れると
「もし! キャスよ! ――とうとう、動き出したわ。2300、MDP-0スティケリアに搬送開始。要員はメーカーの人間と見て間違いないわ。ドライバーもバックアップも同行している様子はない。今よ!」
一瞬の間をおいて、カレンの声が返ってきた。
『了解。そのまま監視よろしく。2320をもって、SBPファイナルフェイズ、スタートするからね。――これが最後なんだから、気合い入れてね』
「早くしてよね。何日も何日も、いい加減に疲れたわよ」
『あんたが自分で希望したからその役回りになったのよ。すぐにそっちへ向かうから、異変があったらすぐに連絡して。段取りはいいわね?』
「わーってるって! あんた達が突っ込んだら、あたしも追っかけるから! ――そういや、エラは大丈夫なの? もたもたしてたら獲物はみんな、あたしがもらってくよ!」
すると、スピーカーの奥から
『――私なら問題ないわ。キャスこそ、出遅れないでね?』
エラである。やり取りを聞いていたらしい。
『そういうこと。泣いても笑っても、これで決まりだからね。各自、健闘を祈るわ!』
通信は終了した。
ついに、運命を決する時はきた。
このファイナルフェイズが成功したあかつきには、四人揃って海外へ高飛びし、世界最大のテロ組織連合体であるアミュード・チェイン神治合州同盟に匿って貰うことに決めてある。その派閥の中でも外国人に対して比較的オープンなマイン・グレイ派の元へ行けば、悪いようにはされまい。同派の中心者は女性であるとされていた。アルテミスから刺客が放たれたとしても、そこまで追ってくるとは考えられない。
(よーっし! こうなりゃ、暴れて暴れて暴れまくってやる!)
キャスは秘かに持ち込んだ拳銃とナイフを仔細にあらためた。
人間を刃物で斬った経験はなかったが、銃を向けたことはある。
襲い掛かってきた男に向けて数発を発射し、沈黙させた。当然、殺したのである。
それ以来、キャスは男という存在が吐くほど嫌いになったと同時に、心が変質してしまった。人を殺すという行為にさほどの罪悪感を感じなくなってしまったのである。
だが、そのことは何とも思っていない。
自分の身体を目当てに力ずくで襲ってきた男の方が悪いと思っている。
時計に目をやった。
午後二十三時四分。
あと十六分で、最後のミッションは開始される。
(この銃とナイフでStar-lineを殺ったら――ついでにアルテミスの連中もボスも殺してやる! このあたしがタダでやられると思ったら大間違いよ!)
拳銃を握り締める手に力がこもった。
逸る気持ちを必死に抑えつつ、キャスは同胞の到着を今や遅しと待った。