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月光編15 真実の代償

 スティリアム物理工学研究所の一室でショーコがまだ夢の中にいた頃。

「ちーす! ティアでーす! 心配かけました!」

「おはよう……ございます……」

 Star-line本部舎には、すっかり回復したティアとミサが出社してきた。

 が、オフィスで二人を出迎えたのはサラとブルーナの二人だけである。

「おはよう、二人とも。ケガの具合はなんともないようね? 今日からまた、頼むわね」

 にこにこしながら声をかけたサラ。

 人数の少なさに、ティアは

「あ、あれ? 今日も朝から出動ですかぁ? みんな、いないですね」

 自分の不在中に事態が大きく動いたことをまだ知らないため、不思議そうな顔をしている。

「違うのよ。昨晩色々あって、ファーストグループは今仮眠をとってもらっているの」

 サラは、二人の入院中にあった一連の経過について説明し

「そういうことで、この厄介な事件ももう少しっていうところなの。残念ながら、DX-2はまだちょっとかかりそうなんだけど、二人には事件解決のために力を貸して欲しいのよね。――いいかしら?」

 常時ほんわかしているミサはともかく、ティアはぐっと拳を固め

「了解でっす! あたしだって、あいつらにやられっぱなしで終わりたくなんかないっすから! ギタンギタンにして、鼻からトマトジュース飲ませてやりましょう!」

 なぜ鼻からトマトジュースなのかは不明だったが、ティアもやる気を見せている。

 サラはそんな彼女を微笑ましげに眺めていたが、

「じゃあ、ティア。早速、お願いがあるんだけど」

 デスクの上の分厚いファイルを手に取った。

「はいっ! 何でもやります!」

「……あなたが負傷する前日、打ち込んでいった納品確認リストがメチャクチャなの。全部打ち直してもらっていいかしら?」

「……」



 A地区での一件から二日後。

 サラは警察機構捜査課のディットとミジェーヌにStar-line本部舎へ来てもらうことにした。

「何でしょう、サラ隊長? 我々にとって、耳寄りな話とは」

 応接室のソファに腰を下ろすなり、用件を聞きたがったディット。

 サラは微笑して

「お二人のいい手柄につながる話です。先日のR地区、それにW地区でのCMD襲撃事件に関連するお話なのですが――」

 サラはこれまでの経緯を説明し

「――ということで、実はMoon-lightsの機体を一機、こちら側でお預かりしているのです。鹵獲した、といえばそういうことになってしまって警察機構のお世話にならなければなりません。ですが、お話しした通り、当方としましても相手方の犯罪性を立証するためですから、そこは一つ――」

「いや、いい話を聞かせてくれました」

 ディットは相好を崩した。

「その後の捜査の進展につながってくるということであれば、今回の一件は見なかったことにできるでしょう。そもそも、ヴォルデ会長から直々にお話があったのですから、捜査課の上層部も承知しているでしょう」

 ミジェーヌも頷き

「……ですね。警備会社同士の実戦訓練を兼ねた非公開の模擬戦、という見方だって成立する訳ですからね。怪我人でも出していれば話は別ですが、そういうことでもないようですから」

 うまいことを言う、とサラは思った。

 それなら法理的に問題はない。

 万が一メディアに嗅ぎ付けられたとしても、そう押し通してしまえばいいのだ。

 ディットはリン・ゼールがらみのG地区、A地区における襲撃事件について触れ 

「実は、あの死んだ殺人ドライバーが乗り回していたCMDが海向こうから持ってきたというところまでは立証できているのですが、そこからが手詰まっていたんですよ。カイレル・ヴァーレンから調べていくうち捜査線上にアルテミス系商社が浮かんできたんですが、どういう証拠もない。しかもアルテミスの本拠は他州とあって、当方だけではどうにもならんのですよ。シェルヴァール州警察機構は何かと言い訳をつけて及び腰ですし。――まあ、あれだけの巨大企業じゃあ、確かに敵に回したくはないとは思いますが」

 捜査の手を入れようにも、さんざんに梃子摺ったらしい。

「その、テロリストの不審死については、何かわかったんですか?」

「テロリストなんぞは、素性からしてまともでない場合が多いんです。ですから、どこにいたか何をしていたか、つかむのは非常な困難です。まして、それを訊くべき本人は既に地下に眠っているときた」

 情けなさそうに笑ったディット。「……こっちについてはもう、お手上げです。新たな事実の発見を待つよりない、といった感じですね」

 スティリアム研究所に侵入した工作員は多数逮捕したが、彼等は末端で動くだけの下っ端に過ぎない。そういう連中は、重要な機密など何ら知らされたりはしないのである。

 正直な話、Star-lineとしては既に過去の事件について云々こだわるつもりはない。

 むしろ、今相手にしなければならないのはMoon-lightsの連中であり、彼等を黙らせれば芋づる式にテロ組織との関与を示す証拠を得られるであろう。であるから、サラとしては今度発生する可能性が高い事態について、警察機構の了解を得ておかねばならない。

「私達は相次いで、Moon-lightsと思われる組織から襲撃を受けました。今回は防衛ということで退けましたが、なおも報復のため彼等が挑んでくる可能性が高いのです。こちらとしては今後も応戦せざるを得ないですが、警察機構にはよくご承知おきいただきたいと思っています。もちろん、有事の際は治安維持機構と警察機構にも緊急発報は打ちますが」

「なに、その点はお任せください。相手は間違いなくテロ組織とつながっているでしょうし、ここまで事が明らかになってきている以上、もはや疑いを容れません。重機専任課の方は腰が重いようですが、我々捜査課としては、必ずテロリストを追い詰めてやりたいと考えています。CMDでの乱闘だけは加勢できませんが、あとは可能な限りご協力しましょう。上長も、そう言っておりました」

 サラはほっとした。

 ヴォルデが密かに警察機構本庁の捜査部に根回しをかけていたのは聞いていたが、先方が乗り気がどの程度なのかまではわからなかった。

「でも、そう気軽なことばかりは言ってられないのよ?」

 ミジェーヌは手帳を取り出してからパラパラとめくり 

「厄介なのは、警備会社Moon-lightsが活動休止届を警察機構はじめ関係各庁に提出していることです。表向きは隊員全員が業務中に発生した不測の事態に遭って負傷していることになっていますよね?」

「ええ。そうだったわね。私達は裏で動いている連中の方にばかり気を取られてしまっていたけど」

 彼女に言われてみて、あらためて事の難しさに気がついたサラ。

「つまり、このままだと警察機構としてはMoon-lightsの家宅捜索に乗り出すことができないんです。Moon-lightsに裏組織があるという事実そのものを立証しないことには」

「ああ、そうか。そうだった」

 ディットはしまった、というように頭を掻いた。

「と、いうことは」サラは声を潜め「……今度こそ、裏Moon-lightsの連中を全員捕らえてしまわなくちゃならないっていうこと? それも、現行犯で」

「必ずしも、現行犯である必要はないかも知れません。――ただ、現行犯が一番確実です。まかり間違って釈放されるリスクもないし、余罪の追及という切り口で一歩踏み込んだ捜査がしやすくなる。……どうでしょう? サラ隊長。ひとつ、上手いことやれませんかね? そのあとのことは我々が責任をもって引き受ける。これは保証します」

 ディットの目線が真っ直ぐサラに向けられている。

「うまいこと」が指す意味を咄嗟に理解した彼女はやや躊躇ったが、他に適当な手段があるとも思えない。

 そう考えたサラは

「正直な気持ちとして、これ以上隊員達を危険に晒したくはありません。……ですが、かといってあの連中を放置しておく訳にもいかない。会長の了解も得ていることですし、やれるだけのことはやってみようと思います」

「では、よろしくお願いいたします。上長には、私の方から内々に了解を取り付けておきますので」

 その根回しはあらかじめヴォルデがしてくれているから、話がひっくり返される心配はなさそうであった。

 ――ディットとミジェーヌが帰ってからのことである。

 驚いたことに、警察機構本庁捜査部捜査課の課長から直々に、サラへ連絡があった。

『大きな声では言う訳にはいきませんが……うちのディットとミジェーヌがお話申し上げた内容で、相違ありません。どうか、ひとつよろしく』

 この瞬間、Star-lineは正式に公的機関である警察機構の承認を受けたことになる。

 Moon-lightsを潰滅させ、構成員全員の身柄を確保するために必要な「交戦」の承認を。

 


「さて。証拠はつかんだし、警察機構にも話はつけた。あとは、いかに鮮やかに退治してくれるか、ね」

 夜も遅いオフィスで独り、意気揚々としているショーコ。

 他のメンバー達はすでに仮眠室なり宿舎棟で休んでいる。

 彼女もまた就寝してもいいのだが、殊の外気分が高揚しているせいか、眠れる気がしなかった。ここはひとつ、これからの対Moon-lights作戦でも検討してやろうとパソコンの前に座っていたのである。

 Moon-lightsを発見次第、殲滅して身柄を確保しても構わないと警察機構捜査課から内密で了解を取り付けた旨、サラから聞かされていた。これでもう、事実上の障害は何一つない。どのようにして誘き出すかに絞って検討すればよかった。

「とはいえ、セカンドグループの復帰はもう少しかかるし、頼みの綱はサイ君とファーストグループかぁ。STRにも協力を仰ぐとして――」

 ぶつぶつ言いながらキーボードを叩いていると

「……あ、いらっしゃいましたね。ショーコさん、ちょっとよろしいでしょうか?」

 不意にオフィスのドアが開き、セレアがやってきた。

 こんな時間に彼女がやってくることは珍しい。

「あ! お疲れ様です! こんな遅くに、何かありましたでしょうか?」

「いえ、さほど重要な案件ではありませんから、作業がありましたらそちらを優先なさってくださいな。――これはお夜食の代わりに」

 夜勤業務の会社相手に営業しているテイクアウトショップの紙袋を差し出した。

 セレアにはいつもこういう気遣いがある。

 彼女の気持ちと夜食そのものを嬉しく思いながら

「あ、いつもすみません。ありがとうございます。……今、お茶を淹れますので、お茶でも飲みながらお話を聞かせていただければ。私の方は別に何の急ぎもありませんので」

「では、お願いしましょうかしら? 先ほどまで財務機構の方と打ち合わせがあったものですから、飲まず食わずでしたの」

 企業要人というのは、よりトップに近ければ近いほどそういう苦労があるらしい。

 ショーコは休憩室でセレアのためにお茶を煎れ、オフィスに運んだ。

 応接スペースでソファに腰掛けているセレアは、ショーコがやってくるとバッグから一枚の保存用デジタルディスクを取り出した。

「……案件というのはですね、実はショーコさんご本人に関するお話なのです」

「へ? あたし、ですか?」

 何のことだろうと必死に記憶の引き出しをひっくり返しているショーコ。酒に酔ってどこかで何か仕出かしたかと思ったりしたが、最近はそこまで飲んだくれたこともない。

 応接スペースには立派な薄型のテレビモニタと再生機器がある。

「まずはこれをご覧いただきたいのです。といっても、もしかしたら私の記憶違いかも知れませんので、全く関係ないかも知れませんが」

 デジタルディスクを再生機器に入れた。

 ブッとテレビモニタの電源が入り、数秒の砂嵐の後、映像が映し出された。

 監視用カメラで撮影されたものらしく、画質は相当粗い。

 画面の奥側には繁華街の大通り、手前はその裏小路と思しき場所が映っている。明暗がくっきりと対称的でいて、暗い部分はいささか光源の侵食を受けているから決して見やすい映像ではない。

 数秒間流れたのち一時停止をかけると、その一点をセレアは指さし「それで、この部分なのですが……」もう片方の手でリモコンを操作してそのあたりを拡大した。

 糸のように目を細めて必死にモニタを睨んでいるショーコ。

 が、どんなに頑張ってみても、それはうっすらとした影のようにしか見えない。むしろ、拡大されたがためにほとんど何がなんだかわからなくなっていた。

「あの……これ、何でしょうか?」

「ちょっと待ってくださいね。セキュリティ上の理由で、画像は特殊な信号に変換されているのですよ。万が一盗難に遭っても悪用されないためなんだそうです。よくできていますよねぇ」

 などと言いながら、リモコンで信号変換のための暗号を打ち込んでいるセレア。

 すると。

 あれだけ粗かった画像が一瞬でくっきりと鮮明なものになり、真っ暗闇の部分ですらそこに何があるのか明瞭に見てとれるようになった。

「はぁーっ……」

 最新技術のレベルの高さに驚いていると

「……それで、この部分なのです。ここに映っている人物です」

 よくよく見てみると、画面の奥で一台の大型キャリアがさっと通り過ぎようとしていた。

 その運転台をセレアは指している。

 彼女の指先の位置に映っている人物を目にした瞬間、ショーコは眉をしかめていた。

「カレン……? カレンよね? まっさか、そんな……」

 絶句したまま画面の一点をじっと注視している。

 ややもしばらく固まっていた彼女はやがてぼつりと「――間違いない。カレンだわ」呟いた。

「やはり、そうでしたか」ふうっと大きくひとつ溜息をついたセレア。「私もまったく確証はなかったのです。ただ、以前ショーコさんが見せてくれた写真の中の女性とかなり似ていたものですから、念のため確認させていただこうと思ったのです」

 さすが大企業の要職を務めるだけあって、人間の顔を覚える能力がずば抜けているらしい。

 彼女は咳払いをひとつしてから、身体ごとぐいっとショーコの方へ向き直った。

「この映像は先日、ファーストグループが出動した日のものです。A地区の出動現場からほど近い位置に設置されていた監視ネットワークシステムのカメラが偶然捉えていたのです。時刻は深夜、丁度サイ君が賊機を仕留めた時間のほぼ直後くらいだったと思います。荷台はカバーを被せられていますから、何を積載しているのかまではわからないのですが。……このキャリアだと、CMDだと思ってよいかも知れません」

 頭の回転が速いショーコは、すでに事の意味を悟っている。

「つまりはカレンが」ごくりと唾を飲み込み「――一連の事件に関与していると」

「残念ながら、その可能性が大です」セレアは頷き「今回お借りすることはできませんでしたが、W地区での事件があった日、E地区に設置された監視ネットワークカメラがやはり彼女を捉えていましたの。場所はスティーレイン・セントラルバンク第三支店付近、しかも緊急発報が送信された時刻にほぼ近似しています。偶然といえば偶然かも知れませんが、こうも当グループに関わる事件現場の付近で目撃されるようでは、関連を疑われても仕方がないと思うのです」

 彼女は警察機構に協力を要請し、襲撃時刻前後に現場付近から立ち去った車両を洗い出してもらったのだという。市民生活への容喙という是非はともかく、監視ネットワークシステムの映像をフルに解析すれば、それくらいのトレースは可能なのである。

 ほかにも、警察機構捜査課鑑識分析局が調べたところでは、R地区、W地区、そして今回のA地区で事件発生前後、同一人物と思われる女性が監視ネットワークカメラで確認されたという。カレンを含め少なくとも三人いるらしいが、前科のデータはなく、ついでに市民登録ネットワークにもその存在はなかったらしい。

 ショーコはそれきり、しばらくというもの口をつぐんでいた。

 何をどう言えばいいのかといった困惑が、あからさまに顔に出ている。

 彼女の心の整理を待っているセレアは黙々とお茶を飲むことに専念していた。

 やがて、

「……ぬかったものですね、Moon-lightsの連中も。まさか、自分達の動きがそこまで偵知されているなんて、気付いてないでしょうに」

 そんな言い方をしたショーコ。

 友人の裏切りに対する激しい怒りを必死に押さえ込もうとして、ついそういう発言になったのであろう。

 彼女の心の動きがわからなくもないセレアは、沈痛な顔をして

「そうですわね。正直、市民個人の動きがこんなにも悟られてしまうような仕組みが張り巡らされた社会というのは、いかがなものかと思いますけれども」

 敢えて、話の矛先を違う方向へと向けた。

 あとは、またも黙ってお茶を飲んでいる。 

 苦い表情のショーコ。

 かつての親友・カレンが犯罪組織の一員だったとは。

 そして彼女は――自分の部下であり後輩達を傷つけ、あるいは殺そうとした。

 許される話ではない。

「……」

 胸中、割り切れぬものが雲霞のごとく湧き出てくるのを抑えきれずにいる。



 そのメッセージに、四人は凍りついた。

『鹵獲されたことは致命的なミスだ。理解に苦しむ。君達の失態は、もはや容認さるべきではない』

 ボスと称する人物は平素、エラの携帯端末に発信元非通知のメールで指示を届けてきていた。

 だがたった今、アジトに黒いスーツを身にまとった一人の男が現れ、一片の紙切れをエラに渡して立ち去っていった。

 逃れることは許さない、という意思表示と思っていい。

 やや青ざめた顔で、エラはメッセージを読み上げた。

「……で? それだけなの?」

 キャスが恐る恐る尋ねると

「続きがある。『……今度こそ、Star-line全員を確実に抹殺すること。一度だけ、チャンスを認めよう。決行のタイミングは任せる。成功を収める以外に次はない』だそうよ」

「……」

 一同、声がない。

 失敗したならば命をもらう、という意味ではないか。

「……マジにヤバいわよ。しくじったら、消されるのはあたし達じゃない」

 無意識のうちに爪をかんでいるカレン。

「どうしよう!? 殺されちゃうよぉ!」

 普段は素っ気無いほど淡々としているノイアだったが、急におろおろして泣き声を上げ始めた。

「お、落ち着けって、ノイア! まだ、消されるって決まった訳じゃないんだしさぁ」

 そう慰めたキャスもまた、見た目に動揺しているのがわかる。

「やだやだ! あたし、死にたくないよぉ……」

 号泣しかけたノイアを、カレンはそっと抱き締めた。

「カレン……?」

 驚いて顔を上げたノイア。

「……心配しないで。何とか、するから。あなた達のことを、殺させやしないわ。例え相手がボスであったとしてもね……」

「何とかって、カレン。あなた、何かアイデアでもあるの?」

 これ以上作戦を立案する自信を喪っているのだろう。エラも不安そうな表情を隠さない。

 カレンは静かな口調で

「少し、あたしに時間を頂戴。SBPファイナルフェイズは、あたしが立案するから」

 最後の責任を、自分がとるつもりでいた。

 そもそも、この危険な橋を渡ることに決めたのは自分自身である。

 ある日、ファー・レイメンティル経済新聞の片隅に『CMD技術開発部門要員募集、高額報酬保証』なる広告が載ったのを目にした。

 逃す手はないと指定された場所へ行ってみると、やはり応募者が多数いた。その日のうちに簡単な筆記試験があり、何人かが残されて面接会場だという部屋へ呼ばれた。

 が、面接官の人間はいない。

 狭い部屋の中央に置かれた卓の上には、一枚の紙。

『高額な報酬は保証します。ただし、危険な業務となります。辞退者は5分以内に立ち去ってください』

 不気味であること、この上ない。

 十人近くいた筆記試験合格者は次々と部屋を去り、最後に残ったのが今の四人であった。

 カレンも辞めておこうかと思ったが、この先食っていける当てもなく、多少危険だと言われたところでまさか死ぬこともあるまいとタカをくくっていた。

 ――が、気がつけば危険どころの騒ぎではない、闇の仕事に首までどっぷり浸かってしまっていた。

 半ば後悔しかけた彼女だったが、ある日テレビのニュースを観た瞬間、愕然となった。

(ショーコ!? あいつ、いつの間にStar-lineに……!?)

 憎しみの気持ちがむくむくと頭をもたげてきた。

 そんな彼女の心情とリンクするかのように、ボスと称する人物が下してきた指示は「Star-line潰し」である。ショーコが憎い余り、カレンは積極的に指示をこなした。策謀が上手く図にあたり、Star-lineが右往左往しているのを知っては痛快に思った。

(ざまぁみなさい、ショーコ。そうあんたに都合よく、世の中は動かないのよ)

 しかし――どうした弾みか、全ては破綻を迎えつつある。

 どうせならもう一度だけ、ショーコに一矢報いてやるのも悪くない。

 成功したところで、生かしてもらえるという保証はないのだ。

 ただ、キャスやノイアはすっかり竦みあがってしまっている。殺されるという脅迫観念しかないらしい。テロ組織末端の人間やらその他幾人も手にかけてきているのだが、いざ我が身のこととなると恐ろしくて仕方がないようであった。

 だがカレンはそんな二人を自業自得だと思うつもりはない。

 黙っていれば、例外なく四人とも消されてしまうのだ。

 ここは四人が協力して、必死の抵抗を試みるよりないと気持ちを固めていた。

「どのみち、やらなきゃあたし達がやられてしまう。絶体絶命ってところね。――でも、あなた達はそれなりの腕前を持っているし、まだ望みを捨てちゃいけない。お願いだから、力を貸して。いいわね?」

 いつになく真剣で、しかし優しい表情を見せた。

 あとの三人はそんな彼女を頼りにする以外に術を持たなかった。



 躊躇った挙げ句、ショーコは自分の携帯端末を手に取った。

(出てくれないかもなぁ。出たら出たで、しらを切られてもイヤなんだけど……)

 先日、セレアの帰り際にショーコは尋ねていた。

「あの……これは、あたしからカレンに何か確認をするべきでしょうか?」

 表情が消えている彼女に、セレアはふわっと微笑みかけ

「私もお爺さまも、そのような指示はいたしません。ショーコさんの大切な方ですもの、その人の嫌疑をショーコさんの手で追及させるなんて真似はできる筈がありません」

 そう言ってくれた。

 ――だからこそ。

 自分がはっきりさせなければ――ショーコは思ったのである。

 半ば電話に出てくれないことを祈りつつ、彼女は受話器の向こうの呼び出し音を数えている。

 十回も数えた時だったろうか。

『……はい、カレンですけど』

 不幸にして、カレンの声が届いた。

「カレン? あたしよ、ショーコ」

『あら、どぉーしたのォ? また飲みに行きたくなった? あたし、もっといい店見つけてさァ! R地区のね――』

 彼女の明るい声が妙に虚しく聞こえる。 

 自分が見つけたバーについて延々と語っているのを黙って聞き流してから、ショーコは大きく一つ息を吸い込むと

「……あのさ、カレン」

『ん? どうしたの? なんかショーコ、元気ないわね。仕事でミスりでもしたの?』

 あくまでも、悟られていないと思っているらしい。

 思わず怒鳴りつけてやりたい衝動を辛うじて堪えつつ、ショーコは感情を押し殺した声で

「無駄話をする気はないから単刀直入に言うわよ。カレン、あんた……Moon-lightsのメンバーだったのね?」

 一瞬、受話器の向こう側で固まる気配がした。

 が、すぐにカレンは笑い出し

『あ、え? やっだ、ショーコったら、何を言ってるのよ! あたしがあんな、一流企業専属の警備会社に入れる訳がな――』

「嘘はもう、要らないから。証拠は上がっているのよ」

 ショーコの手に、セレアから渡された監視ネットワークシステムの映像をプリントした写真がある。

「じゃあカレン、あんた、この前の夜遅くにA地区で何やっていたのよ? しかも、大型キャリアになんか乗って。監視ネットワークシステムの感度レベルEカメラが、あんたの顔をはっきり映していたのよ。……気付かなかったでしょう?」

 カレンはうっと詰まりつつも

『ちょ、ちょっと待ってよショーコ! あなた、友達を疑うの!? そりゃあ、Star-lineが何者かに襲撃を受けて隊員に負傷者が出たっていうニュースはあたしも聞いているわ。でも、それとあたしと、どういう関係があるのよ!? 監視ネットワークシステムっていったって、たかが機械じゃないの! そもそも、それに映っていたのがあたしかどうかなんて――』

「……あんた、この前再会した時、自分の会社名をはっきり言わなかったよね?」

 胸中の高ぶりを押さえるかのように、ショーコの声は低い。

「……今、あたしの手元にある監視ネットワークシステムカメラの映像からプリントした写真に写っているこの美人、紛れもなくあんたよ、カレン。それにもう一つ――カイレル共和国で出回ったばかりのロイ・フィルレングス最新モデルのネックレスとイヤリングをしている人間なんて、この都市にはカレンしかいないわ。あんたに瓜二つの姉妹がいるなら話は別だけど」

『……』

 ようやく、カレンは黙った。

 まさか、自分のアクセサリが決定的な証拠になるとは夢にも思わなかったであろう。

「それでも違うというのなら、直接会ってくれるかしら? あんたにこの写真、見て欲しいのよ」

『……もう、いい。さすがは治安維持機構の最年少昇格者ね。恐れ入ったこと!』

 やっと口を開いた時、カレンの口調は開き直ったそれであった。

『あたしはね、ショーコ』

 高じた気持ちを抑えるように、一瞬間をおくと

『あたしを出し抜いて治安機構に抜擢されたあんたが恨めしかったのよ! あんなに苦学してCMDの知識を身につけたってのに、どうしてあんたみたいなチャランポランに出し抜かれなくちゃならないのよ!? あたしの悔しい気持ちなんて、あんたにはわからないでしょう!? しかも、勝手に治安機構辞めたと思ったら今度はStar-line? あんた、何様よ!? 努力に努力を重ねても望むような仕事に就くことができない人間の悲しみを、ちょっとでも考えたコトあるの!?』

「……」

 カレンの罵倒を、黙って受け止めているショーコ。

 そういうことだったのか、と思うともなしに思っている。

 再会したあの日、彼女は自分の仕事が何であるかに言及しなかった。

 思い返せばあの時すでに、Moon-lightsの一人としてStar-line潰しの策動を進めていたのであろう。酔った勢いとはいえ、隊のあれこれを口にしてしまった自分の迂闊さを呪わぬでもなかった。

 彼女の悔しさ、悲しさはまったく理解できぬでもない。

 ショーコとて、職にも就けず宙ぶらりんでゴロゴロしていた時期もある。あるいは、治安維持機構にせよStar-lineにせよ、籍を得られたのは類稀なる幸運だったと今でも思っている。本来ならば、努力家でもあり才能もあるカレンが採用されてしかるべきであろう。が、今となってはどうしようもない話ではないか。

 よほどそのことを言おうかと思ったが、やめておいた。

 嫉妬に燃えている人間を嫉妬の対象が説得することくらい、悲しい行為もあるまい。

 さらに言えば、別にカレンが自分に嫉妬したいというのであれば、それはそれで構わない。悔しい気持ちを止める権利などはないからだ。罵倒なり呪いの儀式なり、気が済むまでやりたければやればいい。

 ――ただし。

 ただし、とショーコは思わずにいられなかった。

 たった一つ、カレンは決して許されることのない過ちを犯している。

「……あたし個人を恨みたいのなら、幾らでも恨んでもらって構わない。好きなだけ恨みなよ。あたしにあんたの恨み辛みをどうこう言う権利はないもの。――だけどね、カレン」

 携帯端末を握るショーコの手が震えている。

「……あんたは、あたしの大事な後輩や部下を傷つけた。あたし達の私怨とは何の関係もない、あのコ達を」

 脳裏に、負傷して病院へ搬送されているシェフィの弱々しい笑顔が浮かんできた。

 咆えたい衝動を必死で押さえながら

「――絶対に、許さないから。あんたが見つけたそのバー、一緒に行くことはないでしょうね」

 あとを聞くことなく、通話を切った。

「……」

 怒りのやり場が見つからない。

 どうしていいのかわからなくなり、つい手にしていた携帯端末をぽいと放りだした。

 床に落ちて四散するのかと思いきや

「――おっと!」

 背後で受け止めた者がいる。

 サイであった。

 彼は携帯端末を大事そうにショーコに手渡し

「……電話機に罪はありませんよ。怒りはぶつけるところへぶつけなきゃ」

 笑みを見せた。

 カレンとの通話を聞いていたのか、どうか。

 が、それ以上は何も言わず、黙ってデスクでコンピュータを叩き始めた。

 やや呆気に取られたショーコだったが

(……そうね。戦いはまだ、終わっちゃいない。本当に大事なものが何なのか、カレンに見せ付けてやらなきゃいけないものね)

 心の内で呟いていた。

 寡黙に、しかしやるべきことをやってのけるサイの姿に、教えられたような気がした。

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