月光編11 糸口
セカンドグループ潰滅の悲劇があってから、五回目の朝を迎えた。
またも緊急発報が連続して舞い込みはじめ、サラやショーコを辟易とさせていた。
が、セレアからはいちいち対応する必要はない旨、指示が届いている。
STR指令を通じて緊急発報だけは受信するのだが、それから三十分も経つと
『――Star-lineさん、こちらミネアノス警備保障機動巡回班第三ブロック隊でーす』
と、連絡が入ってくる。
「はいはーい。こちらStar-line本部ですよー」
応答してやると
『K地区スフィア・レイン物流西支店さんですけどね、異常なしですわ! 付近に不審者、CMDともに確認ないよー。大丈夫だからねー!』
「ありがとうございまーす! お疲れ様でーす!」
そんなやり取りだけで済んでしまう。
ヴォルデがミネアノス重工に依頼し、臨時で総合警備契約を結んだためである。
警戒レベルフォース以上の緊急発報があっても、まずはミネアノス警備保障の機動巡回班が現地へ赴き、状況を確認してくれる。Star-lineとしては、その報告を待っているだけでよい。
これまで緊急発報の度に大騒ぎしていたことと比べれば雲泥の差があるのだが、かといって喜んでばかりもいられない。
都市中のグループ会社事業所すべてを網羅する総合警備契約ともなれば、日立てで支払われる費用も莫大なものとなる。この措置は、あくまでもセカンドグループが復旧するまでの一時的なものに過ぎないのである。さもなくば、Star-lineそのものの存在価値を問われてしまう。
(早いとこ、調査結果がこないかしら? 副所長の面前だから余裕をかましてみたけど、本当のことを言えばあんまり呑気に構えていられないのよねぇ)
ショーコは、一日千秋の思いでコーノからの連絡を待っている。
依頼した調査結果を元に対策を立案し、今後の隊運用計画を立てていきたかった。
が、このことはサラには話していない。
彼女はといえば、よほど精神的に辛いのか、日に日に憔悴していっているようであった。気持ちを楽にしてやるためにも、ある程度の目鼻立ちをつけてから打ち明けたいと、ショーコは思っている。
そのサラは、朝からシェフィの様子を看にB地区のスティーア総合病院へ出かけている。
容態が落ち着いたため、ヴォルデの指示によって病院を移ったのである。
正午近くであった。
ハンガーでMDP-0の電導系ユニットをチェックしていたショーコは
『ぴんぽーん! ショーコさーん、お電話ですよー。スティリアム物理工学研究所のコーノさんからでーす』
ユイの声で、電話を告げる館内放送がかかった。
(……きた!)
待ちに待った吉報である。
大急ぎでオフィスに戻ろうとして、足許を這っていたケーブルに足を引っ掛けて躓いてしまった。
「きゃっ!」
床にべったりと倒れている彼女の傍を、段ボール箱を担いだサイが通りかかり
「ショーコさん、大丈夫ですか? こんな時にケガでもしたら事ですからね。気をつけないと」
(あと一週間程度、か。思ったより回復が早くて良かったわぁ)
午後になって、サラは本部舎へ戻ってきた。
予想以上にシェフィの回復は早く、退院する日も早まりそうだという医師の説明に、彼女はやや心の余裕を取り戻しつつあった。
それにしても――彼女は思わなくもない。
今回の事件はそもそも、現行の警備体制のあり方、それにStar-lineという隊の運営について課題を突きつけられたようなものである。サラ個人の責任に帰すべき内容ではないが、セレアやヴォルデが改善策を実施するためには、現場指揮官である彼女が現状分析を徹底し、改善の方向性を明確にしてやらねばならないのだ。放っておけば、これを真似て第二、第三のMoon-lightsが出現しないとも限らない。あるいは、テロ組織から狙われるという可能性も十分にある。
(どうしようかなぁ……。こういうことは、あんまりショーコも得意じゃないし)
胸中あれこれと思案しながらオフィスに戻ってくると、そのショーコが嬉しそうに待ち構えていた。
「……ああ、待っていたのよサラ。これから、面白い話が聞けるわよ」
「話?」
ふと見れば、応接室に二人の見慣れぬ男性がいた。
彼等はサラの姿を目にすると、起立してぺこりとお辞儀した。
面識のない人物である。
ショーコはふふん、と鼻息を荒くして
「あちらのお二人はスティリアム研究所の副所長、コーノさんに開発創造企画室のウェダンさん。こっちから行きますって言ったんだけど、わざわざ来てくれたのよ」
紹介した。
「はぁ……。スティリアムの方ね……」
何の話が始まるのか、サラには検討もつかない。
またショーコは陰で何か画策していたらしい。
サラは応接室に入ろうとして足を停め
「サイ君やナナちゃんは? それとも、ここは私達だけの方がいいのかしら?」
「同席して貰いましょ? とぉっても、重要な話だから」
そもそもサイとナナもグルなのだが、サラが知る由もない。
――ほどなく、サイとナナが呼ばれてやってきた。
頃はよし、と見てウェダンが立ち上がった。
「では、お話しさせていただきましょう。これからするお話は、あくまでも現時点の状況から考察して確度の高い仮想事実、という風に受け取っていただければありがたい。間違いないとは言い切れないが、しかしそう考えておいた方が、これから対策を講じていく上で誤りない、ということです」
と、前置きをして
「先日の襲撃事件における状況の考察ですが、結論から言って、この世界に存在する技術を利用できるだけするならば、ああいう卑劣な犯行は決して難しいことではないのです。卑劣というのは、センサーの網を潜り抜けるような機体を準備し、それを用いて手探りするような闇の中で不意討ちをかける、という意味ですが」
目を丸くしているサラ。
「ショーコ……? これは一体、どういうこと……?」
いつの間にそういう手はずを整えたのだろうとショーコの方を見ると、ニヤニヤしていた。
「黙ってて悪かったけど、あたしはあたしで手を打たせてもらったのよ。もっとも、スティリアム研究所の知恵を借りればいいという点に着目したのはサイ君なんだけども」
「俺が、というよりも気付かせてくれたのはMDP-0ですよ。あいつの高感度センサーが逃げていく賊の機影を一瞬だけキャッチしていたんです。それで確信しました。センサーに引っかからない機体があったものかどうか、専門家の意見を聞くべきじゃないかって」
事も無げなサイ。
彼の発言を耳にしたコーノは、にこにこしながら
「ドライバーと機体の信頼関係というのはいいものですねぇ。CMDは機械だっていっても、時にこうして我々に重要な事実を教えてくれることもあるんですから。今回の彼のケースが、いい例でしょう。機体を使い捨てにするような人間には、CMDは何も語ってはくれないのですよ」
と、何やら哲学めいたことを言った。
話が横道に逸れ掛けている。
ウェダンはコホン、と咳払いを一つしてから仕切りなおすように
「そうですね……まずは、対CMD感知センサーに反応しない機体が存在するか否か、という点からいきましょうか」
ずれ落ちた眼鏡を中指で上げながら
「今回の一件、いやはや手の込んだ悪戯ですよ。――皆さん『グラス・コーティング』と呼ばれる特殊素材をご存じでしょうか?」
問いかけながら、一人ひとりの顔を見渡した。
一斉に首を横に振った四人。
さもあろうという風にウェダンはゆったりと頷いた。
「ご存じないと思います。知っていたら、それこそよほどの業界通かマニアですよ」軽く笑って見せ「それはともかく、賊はこれを機体に隙間なく圧着していた可能性が高いです。これが何かと申しますれば、レーザーの集約光を散らすという画期的な素材なのです。そういう芸当ができるのは、今のところ世界中でこの素材だけです。こいつはセンサーから発するレーザーを当てると、その焦点を拡散させることによって反射を押さえてしまうから、センサーが反射光を認識できない。そりゃセンサーが反応しない訳ですよ。――ああ、皆さん、センサーの仕組みは……」
「大丈夫です。四人とも、理解しています」
ショーコは、咄嗟にリファの顔を思い浮かべていた。この場にいないのが幸いである。
「……軍用?」サイの呟きを聞いたウェダンは
「軍用です。それも、ごく最近開発されたものだ。こんなもの、その辺りで簡単に手に入るような代物じゃない。他州か、海向こうじゃないと無理でしょう。……一機あたり幾らかかってるんだかわかったものではありませんね。どこからそんな金を得ているんだか」
早くも重要なキーワードが飛び出してきた。
軍用、海向こう、高額――。
サイとショーコの着眼点の正しさがまず一つ証明されたといってもいい。
「はい! 質問です」
サイが学校の生徒よろしく手を挙げた。
「はい、どうぞ」
「そのグラス・コーティングを圧着しているとセンサーに引っかからないと仰いましたが……でも、瞬間的に感知した場面を俺も見ています。そういうことはありえるのでしょうか?」
そこを、サラもショーコも知りたい。
要はR地区の一件もそうだが、中途半端にセンサーが感知したのが果たして偶然なのか、それとも何らかの意図をもって態と狙ったのか、ここがはっきりしないことには、今後の手の打ちようがない。
「ああ、良い質問ですね。皆さん、是非お知りになりたいところでしょう」
ウェダンは質疑応答慣れしているらしい。三人の関心を十分に引き付けておいてから
「結論から申し上げますと、作業したのが賊の整備員か誰か知りませんが……ずいぶんと圧着作業が下手くそですな。気の毒すぎます」
一斉にコケたサイとショーコ、そしてサラ。
「よろしいですか? 先ほど『軍用』というキーワードが出てきましたが、これが銃弾飛び交う戦地なら致命的なミスです。そうでしょう? 敵に自分の存在を知らしめてしまっている訳ですから。完全なコーティングを施したならば、一般の対CMD感知センサーごときに簡単に引っかかったりはしません。一瞬だけセンサーが反応したというのは、どこかに圧着されていない部位があったということにほかなりません。ですが、それでもセンサーロックを逃れているという事実だけ取り上げれば、いかにグラス・コーティングが優れものであるか、おわかりいただけると思いますが」
言われてみれば、確かにその通りである。
ただし、とウェダンは付け加え「幾らグラス・コーティングで完全ステルス化したとしても、うっかり無線通信を発したり、逆にセンサーを用いたりしたならば全て台無しです。対CMD感知センサーでは捉えることができませんが、例えば遮蔽物感知装置とか、対物全般に有効なセンサーなんか照射してやれば、すぐにその存在はバレますね。全身に貼り付けた折角のお宝も、水泡に帰す、という訳です」
と、いうことは――サイはふと思った。
それほど重要な装甲の整備が十分でないという点からすれば、賊のチーム(サイはMoon-lightsだと思っているが)は極端に少ない人数しか配されていないという仮定が成り立つ。
もう一つ。
賊はグラス・コーティングによって機体の存在をこちらに悟られていないと思いこんでいる可能性がある。ところがウェダンの話の通り、僅かでも圧着漏れがあればたちまちセンサーが感知するところとなる。これを逆に利用してやれば、賊機の所在を捉えることができるのではないか。
ただ、その具体的な方法をすぐに発案できる訳でもない。
今はとりあえず専門家の意見に耳を傾けておくべきだと思った。
グラス・コーティングの話がひと段落したところで、ブルーナがお茶を煎れてきてくれた。
「ああ、これはいい茶葉ですな。いいお茶を飲むと、精神が実に安定します」
いかにも美味そうにお茶を啜りながら、ウェダンがそんなことを言った。
ならば、毎日ショーコにいいお茶を飲ませておけばよいのだろうか。
サラはふと思ったが、恐らく効果はないに違いないと思い直した。彼女の場合、前の日の夜に大量のアルコールが摂取されるから、カップ一杯のお茶程度ではどうにもならないような気がした。
――ともあれ、技術説明会再開。
「さて、肝心のお話をさせていただく前に一つ確認しておきますが……DX-2は格闘戦に持ち込まれることなく、銃撃によって停められた、と認識しておりますが相違ありませんでしょうか?」
コーノが口火をきった。
「ええ、間違いありません。スティケリアの技術者もそう証言しています」と、ショーコ。
「いいでしょう。ならば、本日私達が用意していた答えを皆さんに披露しても無駄にはならないでしょう」
鞄から数枚の資料を取り出しながら、ウェダンが説明を始めた。
「賊はおそらく、DX-2に高感度暗視対応モードのカメラを搭載していることを知っていたんです。だからいきなり頭部を狙って銃撃してきているのでしょう。その高感度カメラで機影をキャッチされることを恐れたんですね。銃撃という手段を用いていることからも、そのように考えていいと思います」
「そっか。いきなり頭部を潰したというのは、それが理由だったのね?」
ナナが頷いた。
「そう。もう少し言いますと、賊機はDX-2と同等か、さらに高性能の暗視対応モードカメラを搭載しているということになる。――しかしながら、ただの暗視カメラでは銃撃までは不可能でしょう。あの状態で銃撃して、しかもほぼ狙い通りに当てているということは、つまり」
ウェダンは卓に両腕をついてぐっと身を乗り出した。
「暗時狙撃用高感度照準システム。ほぼ間違いなく、こいつを積んでいる」
CMD関係はできるかぎり造詣を深めてきたショーコも、今初めて聞く単語である。
「正直、とんでもなく質の悪いオモチャです。赤外線を放射してターゲットを立体的に認識し、闇夜でも寸分の狂いなくその像を捉えることができる。なおかつ、レーザーによって目標までの距離を測定し、システムが瞬時に狙撃部をロックオン、機体稼動部に伝達して発砲、という仕組みなんですよ。ドライバーはモニターで撃ち抜きたい部位を決めてやるだけでいい。あとはシステムと機体がその通りに撃ってくれますから。――ああ、このシステムは略称『SSSD』といいますので、その単語で呼ばせていただきましょう」
「ひとつ、補足させていただきましょう」
コーノが口を開いた。
「これの搭載とグラス・コーティング装着とは関連付けて考える余地があります」
「と、申しますと?」
「つまり、両方の技術を同時に採用した機体こそ、本当の意味で『スナイパー』たりうるのですよ。SSSDが照射する赤外線は対CMD感知センサーにはそもそも反応しない。よって、グラス・コーティングで武装した機体が闇夜に紛れ、SSSDを駆使して敵の位置を特定し狙撃してやれば敵にとってこれほどの脅威もないのですよ。あの映画を何といったかな……そうそう、クリア・フィアーだ。あれに出てくる殺人鬼と一緒です」
透明人間になれる薬品を開発した科学者が、夜な夜な街の住人を狙撃して射殺していくというホラー映画である。よほど趣味の悪い映画ではないかとナナは思ったが、今そのことはどうでもよい。
じっと説明を聴いていたサラが徐に口を開き
「それって、いつ頃開発されたものなのですか? お話を伺う限り、相当貴重なシステムだと思うんですが、そんなものをこの辺りの犯罪者が簡単に入手できるとも思えないんですが……」
もっともだ、というように頷いたウェダン。
「――五年前、ネガストレイト州でテロ組織の根拠地掃討作戦にあたった国軍CMD部隊が、闇に紛れて潜んでいた賊機の不意討ちを受け、多数の死傷者を出したという不名誉な事件があります。恐らく、この事件をきっかけに、暗夜でのCMDによる作戦遂行を容易ならしめる技術開発が行われたということが言えましょう」
「ああ、カーボフェア事件ね。闇夜のゲリラ作戦で国軍CMD三個中隊が損害を出したのよね」
と、サラは治安維持機構にいただけにCMD絡みの事件をよく知っている。
「私が調べた限りでは、SSSDを搭載した軍用CMDの試作機が四年前に開発され、シェルヴァール州の国軍陸団CMD特殊部隊SMSに試験的に導入されたようです。これが直後に勃発した第一次ノースレム内戦に投入され、テロ組織アミュード・ダンのCMD部隊を殲滅させるという華々しい戦果を上げました。以来、各国国軍からSSSDの引き合いが相次ぎ」
そこでウェダンは声のトーンを落とした。「……何でも、開発に参画したメーカーは莫大な利益を上げたそうです」
よくある話である。
軍需成金といってもよく、これがあるために各メーカーは必ずといっていいほど軍用機開発チームを部内に持っているのである。
「そういうことで、もうお分かりと思いますが、これも軍用レベルの特注品なんですよ。――ああ、そうそう」コーノは四人に資料を手渡しながら「SSSD単体では、十分な威力を発揮することができません。その情報にしたがって的確に作動する機体という優れた相方が必要です。あなた方のMDP-0ならまだしも、そこら中にあるCMDではとても連動は不可能でしょう。射撃能力に優れた高性能なCMD、これでなくてはなりません。……お渡しした資料は、SSSDの連動制御機構を図解したものです。極秘資料ですので、くれぐれもご内密に」
などと言いつつこんなものを無造作に寄越してくれるあたり、彼のStar-lineに対する好意のほどがわかるというものである。
サイはもらった資料をしげしげと眺めていたが
「……とどのつまり、ですよ? SSSDを搭載できるような機体は軍用機に限る、と。そう考えてもいいんでしょうか?」
「ご名答です。あなた方を襲った連中は軍用CMDに乗っていた、といっていい筈です。……いや、軍用機と断定してはいけませんが、少なくとも軍用機と同等のスペックを有しているのは間違いないと思います」
ここまで説明されれば、かなりの部分で謎は解けたことになる。
が、Moon-lightsの所有する機体が軍用機のそれであり、SSSDを搭載していたとして、その関連性を詳らかにしなくてはならない。
「軍用CMDに関する素材と部品の調達、ね。でも、そんなこと調べようにも公にはなってない話じゃない。どうやって調べればいいのかしら?」
ショーコが困惑したようにぼやいた。
(軍用ねぇ……。軍用……軍用……か)
チェアの背もたれに寄りかかり、ぼんやりと考え込んでいるサイ。
何気なく反芻しているうちにふと、心当たりが浮かんできた。
ずいっと身を乗り出し
「そういや、丁度いいヤツがいますよ。俺の知り合いに」
その日、ヴォルデは所用があってN地区にある国軍州統括指令部を訪れていた。
グループ内の一企業が資材の入札に参加して上手い具合に権利を取得したため、その打ち合わせと挨拶を兼ねてやってきたのである。
資材担当係官というのがカムスという中年の気さくな人物で、仕事の話が終わるなりあれこれと雑談を始めた。これが本当に軍人かという位、世間話が好きなようであった。
初めは当たり障りのない話をしていたが、そのうちカムスは
「いやー、会長のところの警備会社、ずいぶん大変なことになっていますな。我々の仕事も常時生き死にがかかっていますからね、お察しいたしますよ」
W地区での事件について語りだした。
三名もの負傷者を出しているから余り触れられたくもなかったのだが、相手が相手だけに素っ気無くあしらう訳にもいかない。
ヴォルデはいつもの柔和な笑みを浮かべ
「そう言っていただけると、心が安らぎます。警察機構にもずいぶん骨を折っていただいているのですが、何しろ状況が状況ですからね。未だに犯人の手がかりがつかめずにおるのです」
「でしょうなぁ。何でも、真っ暗闇でいきなり奇襲されたのだとか。いやいや、とんでもなく卑劣な奴らですよ。今どき、テロリストだって犯行前には予告声明を出すっていうのに。人間の風上にも置けないですね。犯人の身柄が早く確保されればいいですが」
と言ってから、彼は急に身を乗り出しつつ声を潜め
「……いやいや会長、あの事件で、私はちょっと気になっておるのですが」
「はあ。それはまた、どのような?」
「いやですね、Star-lineの機体、暗夜で銃撃を受けたっていうじゃないですか。あんなことはSSSDでも載せてなければ到底無理だと思うんですよ。……いえ、私もこういう仕事をしておるものですから、兵器や装備品関係のことも多少は知っているつもりです」
「SSSD?」
カムスはSSSDなるシステムについて簡潔に説明したあと
「こいつはアルフォーラっていう他州に本拠地をおく商社がやりたがっていた代物なんですよ。しかしアルフォーラは何かと噂の、って黒い方ですが――絶えない企業なんですよね。軍としても付き合いを考えた方がいいとは思うんですが、何せ取り扱っている軍需物資品目が多い上に、仕入単価も他社よりは断然安いってんで切るに切れないんですわ。……で、結局のところですが」
「ええ」
「気がつけば、SSSDの製造委託会社がアルフォーラと同じ系列になってしまってましてね。いやはや、金の力とは恐ろしいものです。ヴォルデ会長なら、どこのグループかすぐお分かりになるでしょう」
もっとも、アルフォーラはお偉いさん達の懐にも何かしら納入しているかも知れませんがね、そう言ってカムスは一人でゲラゲラと笑い出した。
が、ヴォルデの顔に笑みはない。
(アルフォーラ? それというのは確か――)
アルテミス系の商社ではないか。
思いがけないところから、とんでもない情報が飛び出してきた。
セカンドグループを襲った連中がMoon-lightsであるとして、彼等の機体にSSSDが搭載されていたとしても決しておかしくないということになる。Moon-lights犯人説を確信している彼にとって、この情報はとてつもなく大きい。ほんの僅かであるとはいえ、希望の光が差し込んできたといっていい。
カムスはといえば、たった今それほどの重大な話をしたことも忘れたように流行の女優についてあれこれと批評を始めた。
「……いや、貴重なお話をありがとうございました。今後ともよろしくご贔屓に」
挨拶を述べ、カムスの元を辞去したヴォルデ。
統括指令部庁舎の長い廊下を歩きながら
(これは調べる価値大だな……。上手くやれば、Moon-lightsの首の根を押さえられるかも知れん)
とつこうつ、考えてながら歩いていた時であった。
「――おっと!」
廊下の角を曲がろうとして、向こうからやってきた人間とぶつかりそうになった。
ヴォルデにしては珍しいことに、考え事に没頭していて周囲への注意を怠っていた。
「ああ、これは大変な失礼を――」
「……おや! これはこれは、ヴォルデ会長ではありませんか。こんなところでお会いするとは」
詫びかけた彼に、向こうから話しかけてきた。
ハッとして顔を見れば、相手はなんとアルテミスグループ会長のガルフォであった。
咄嗟のことで、かけるべき言葉を見つけることができないヴォルデ。
何といっても――アルテミスには散々に不愉快な思いをさせられている。つい先日など、Star-lineのメンバーが殺されかけたのだ。であるというのに、素知らぬ振りでくどくどと世辞を並べているガルフォが腹立たしく思えて仕方がなかった。良くないとは思いながらももはや、ガルフォに対しては会釈をする気にもなれない。
そんな彼の心情を知ってかどうか、ガルフォは愛想笑いを浮かべ
「最近の貴社の調子はいかがですかな? 何でも、ストゥルエンさんが海外投資で良い手ごたえを得ていらっしゃるとか。いやはや、羨ましいお話です」
しきりと機嫌をとるような事を言う。
社員には仏のような態度で接するヴォルデといえども、相手によっては我慢のならないシーンもある。
彼は相貌から表情を消し
「いや、そう調子の良いことばかりではありませんよ。――ついこの間など、専属警備会社が何者かに襲撃されましてな。大事な隊員が三名も負傷させられました」
「……」
意表を衝かれたらしく、ガルフォの口から流れ出ていた世辞が急にストップした。
ヴォルデはさらに追い被せるように
「まったく、ひどい話です。警察機構には捜査を依頼しておりますが、当方としても何らかの手段は講じるつもりです。犯人は見つけ次第、タダではおかない。――私の一番大切な社員をあのように傷つけた罪は、きっちり償ってもらいます」
あたかも、ガルフォ自身が犯人であるかのように、ヴォルデはぶちまけた。
いつの間にか、顔から愛想笑いが消え去っているガルフォ。強い視線を真っ向から浴びているせいか、いつもの強気な雰囲気は鳴りを潜め、視線が泳いでいた。
彼は何を言ったものかと一瞬考えたようだったが、軽く一礼すると
「本当に、心が痛みます……」
一言だけ残し、行ってしまった。
その背中を、じっと見つめているヴォルデ。
そこへ、セレアが姿を現した。ヴォルデを迎えにきて、偶然ガルフォの姿を見かけたのである。
「お爺様、今のは――」
「ああ。私達はどうやら、テロ組織よりも性質の悪い組織を相手にしているようだな」
彼の瞳には、激しい怒りの色が滲み出ていた。