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月光編6 攪乱の意図

「ダミー、ですか?」

「ええ、お爺様はそのように見ていますし、私も同感です」

 都市治安委員会の翌朝、Star-line本部舎。

 オフィスでは、メンバー全員がセレアを囲んで緊急のミーティングを開いていた。

 彼女は開口一番「R地区の襲撃事件で被害に遭ったMoon-lightsの隊員達は恐らくダミーである」旨発言し、聞いた一同は度肝を抜かれた。

「どうしてそう思われるんです? 何か、重要な物証でも?」

 ショーコが発した疑問は、メンバー全員の疑問であるといっていい。

 セレアは軽く微笑しながら

「残念なことに、この仮定を裏付ける決定的な物証が見つかった訳ではありません。……ですが、まるで待っていたようにしてアルテミス系のファー・レイメンティル経済新聞はじめ、各種メディアが騒ぎ始めました。それにひきかえ、Moon-lightsの元締めであるところのアルテミスグループ会長からも当のMoon-lightsからも、どういった声明も出ていない。これは実に奇妙であると思いませんか?」

「そういえば……Moon-lightsって、派手な機体と不可解な行動ばかり先行してましたけど、その組織の実態って明らかになっていませんよね? 今、気が付きましたけど」

 ナナの発言に、セレアはゆったりと頷き

「その通りです。世間一般に公表されているグループ組織概要には申し訳程度に盛り込まれていますが、その具体的な活動実態については何ら公開されている情報が皆無なのです。株式会社化していない私的な警備組織であると言われればそれまでですが、この執拗な隠し方は些か奇妙であると言わざるを得ません」

 企業にとって主な情報公開手段である組織概要は、出版されて広く世に出回るものである。

 セレアが調べたところ、そこには当然「アルテミスグループ専属CMD部門警備組織Moon-lights」とまでは確かに記載があるのだが、代表取締役の属人名をはじめ、所在地すら明らかにはされていないのであった。

 ちなみに、Star-lineについては代表責任者がセレアとなっており、グループ組織概要による公表のほか、隔月で「活動概況」なる資料が治安維持機構及び警察機構宛て報告されている。そこには具体的な出動記録や関連した事件についての記載があり、この資料は警察機構側から「私設警備組織活動要覧」という一冊の資料にまとめられた上で年に数回一般に公表されている。セレアいわく、Moon-lightsについてはこれにも記載がなく、また他の手段による公表も一切されていないとみて間違いなさそうであった。

 統治機構組織への報告は決して法令等で義務付けられているものではない。

 ただし、STRしかりミネアノスやハドレッタなど、主な大手グループは漏れなくこれを実施しており、定期的な情報公開を通じてグループ経営の透明性や信頼性をアピールしている。他州の統治機構組織においても私設警備組織活動要覧なる情報公開は存在しているから、シェルヴァール州を基盤としているアルテミスがこのことを知らなかったという話にはならないのである。

「あ、アヤしい……。なんか、すっごくヤバくないですか? Moon-lightsって。ひょっとして、裏では犯罪に手を染めていたりなんかして……」

 小難しい社会知識は苦手なティア。

 彼女はそういう表現で不可解さを表現するしかないらしい。

「だから、ハナからヤバかったって言ってんでしょうが。……っていっても、あんときゃセカンドグループはまだいなかったんだっけ」

 ショーコは思わず詰りかけたがやめておいた。初めてMoon-lightsと接触があったA地区でのスティリアム物理工学研究所襲撃事件の際は、まだナナすら入隊していなかったのである。その経緯をティアやミサが知る由もない。

 実のところ、例のA地区襲撃事件の直後、一方的に介入してきたMoon-lightsに対し、警察機構捜査課は事情聴取を行っている。このとき警察機構側で確認していたMoon-lightsに所属する隊員と、今回R地区で被害に遭った隊員の顔と名前が一致していた。多少の胡散臭さはあるにせよ、警察機構側としてはMoon-lightsを疑ってかかる理由はなかったといっていい。

「あの……アルテミス系メディアの報道がスティーレインのイメージダウンを狙ったものであって、それでMoon-lights自体が実体の不明瞭な組織であるという見方はできると思いますが……かといって、R地区で襲撃されたMoon-lightsがダミーであるという仮説と、あまり結びつかないような気がするのですが……」

 首を傾げているシェフィ。彼女の言うところももっともであろう。

 が、セレアは大きく頷き

「シェフィさんの疑問は正しいと思います。ではありますが、それ以上の矛盾を一連の騒動から推察できるのです」

 その一つ一つを、彼女は皆に語った。

 まず最初に、ここまでスティーレインを標的としてイメージダウンを仕掛けておきながらどれも中途半端で、完遂されていない。スティーレイン広報室から抗議に及ぶや、おいそれと報道を撤回したのがその最たるものである。即ち、イメージダウンそのものが目的なのではなく、もっと重大な企図を果たすための一経過に過ぎないという見方が十分に成立する。

 二つ目に、R地区での一件は襲撃事件を偽装しつつこちらの警備システムに誤報を誘発させてStar-lineをわざと誘き出したという可能性が否定できない。スティーレイン各社で導入されている同システムは残念ながら完全無欠なものではなく、州警察機構本部長ヒルが指摘したように施設周辺で稼働しているCMDについては無差別に感知するという欠陥を有している。今回は、この欠点を巧みに衝きつつ出動してきたStar-lineをまんまと利用したという見方が否定できない。もっとも、ヴォルデが気付いたように、最新の警備システムは付近で稼働中のCMDを無差別に不審機影と認識したりすることはなく、設置定点に不自然に接近する機影のみを不審機として判断するようになっている。であるにしても、その点を承知で誤報を誘発させたならばよほど質が悪いのだが。

 三つ目に、Moon-lights隊員が被った負傷である。

 どこのテロ組織でも口封じは常套手段だが、わざわざ神経ガスを用いてドライバーのみならず隊員全員を意識障害に陥れたというのは、余りにも巧妙過ぎている。嫌悪すべき話だが、全員が殺害されていても決しておかしくはなかったのである。生命を奪わず、あえて生かしたまま口だけ封じようとしたからには、殺してしまっては拙い状況があったからだと考えていい。本当にテロ組織の仕業であるなら、CMDで一気に全員潰したか、あるいは工作員を控えさせておいて銃撃でも浴びせたであろう。かつてStar-lineが遭遇したテロ組織の連中というのは、すべてそうであった。殺すことを目的としている彼等は、間怠っこしい手口などとらないのである。

「はあーっ……」

 一同、セレアの言うことにいちいち頷きながら聴いている。

「もう一つ、皆さんは先日の干渉騒ぎを覚えていると思います。ああも都合良く賊が出没した地点に居合わせて短時間で制圧ができたものかどうか、私は独自に検証を試みました。--この資料を見ていただきたいのですが」

 彼女は数枚の資料を示した。

 発生した事件毎に現場周辺の詳細な見取り図と仮定に基づくシュミレーションが図示されており、実際にMoon-lights側が報道で主張した内容が事実となりうるかどうか、検証されている。

「例えば、B地区におけるスティーア総合病院襲撃での一件ですが……」

 目撃情報によれば、警備員が賊機の存在を認識してからほとんど間を置かずしてMoon-lights機が現れ、賊機を葬り去っている。制圧するや否や、キャリアも使わずに自走で立ち去ったという。

 ところが、こういう茶番を演じようとするならば

「どうやっても、舞台袖が必要になるのです。ドラマでよくある勧善懲悪劇みたいに、疾風のように現れて悪者をやっつけ、そして駆け去っていくなんていうのは」セレアはくすりと笑った。「……御伽話でしかないのですよ。しかも、スティーア総合病院周辺の地図を見ていただければ一目瞭然なのですが」

 地図を指した。

 なるほど、廃工場や廃墟となった高層建築物が周辺には多数認められる。再開発計画が端緒についたばかりだから、整備されている建築物の方が少ないのである。

「あー、確かに舞台袖も控え室も十分ね。なんとまあ、条件の良い劇場だこと……」

 ショーコが唸った。

 例のA地区をはじめ、他の干渉騒ぎが発生した地区についても、これとよく似た状況が確認できるのだと、セレアは付け加えた。

「すると……」頬に手を当てて考え込んでいたサラが口を開き「隠れていて飛び出していった、ということはつまり……賊がその地点に現れることを予め予期していた、ということが言えるんじゃないかしら……? ただ舞台袖で出番を待っていたところで、幕が上がらなければ何の意味もないでしょうし」

「ああ。俺もそう思います。賊はMoon-lightsの都合のいいように利用され、そして潰されたんでしょう。襲撃の指示が裏でバレていて、決行日時に合わせて出動していき、奇襲する。何も知らない賊は不意を衝かれている以上、反撃の余裕なんかある筈がない」

 サイの見解を聞いたシェフィは彼に視線をくれながら

「それは確かに信憑性が高い推測だけど……でも、賊の実行予定をどうやって偵知しているのかしら? 裏切者が賊の内部にいるか、よほど精巧な諜報が行われているか、それとも――」

 彼女はCMDの操縦がそうであるように、考え方も常に慎重そのものである。

「恐らく、テリエラの上部組織であるリン・ゼールとアルテミスがつながっているのでしょうね。リン・ゼールにしてみれば、ここのところ失敗続きでうだつの上がらないテリエラの連中なんか何人喪っても大した損失ではない。それよりも、ファー・レイメンティルで急成長を遂げているアルテミスと提携を結んだ方が、資金や情報を得る上では申し分ない相手だもの」

 ショーコはさらに、かつてリン・ゼール工作員だったヴィオやグロッドが消された一件を挙げ

「ああいうこともあったじゃない? 自分達の都合のためには所属員なんか何人死んでも構わないってのが連中なのよ。狂ってるとしか言いようがないわね」

「だからって」ナナが呟いた。「……こう何度もお金をかけてあれこれ臭い芝居をうって、仮にショーコさんが言うようにテロ組織と密着していたとして、アルテミスにとってはそこにどういう利点があるのかしら? ちょっと間違えれば、一網打尽に警察機構に捕まりかねない際どさだっていうのに」

 彼女の呟きを耳にしたセレアは

「ええ、そこが最も皆さんが知るべき肝心なところだと思います。これはあくまでも仮定に過ぎませんが……」

 Star-lineメンバー一人ひとりにゆっくりと視線を注ぎながら「……Moon-lightsの最終目的は恐らく、このStar-lineを潰すことでしょう。彼等はその背後に控えているアルテミスグループ本体の意志を受けて動いているといっていいと思います。アルテミスの狙いがどこにあるか、これはまだわかりません。ただ、国内外のテロ組織と提携しているか、あるいはファー・レイメンティル州におけるスティーレイングループの経営基盤を根こそぎ奪取するつもりなのか、そのどちらかしか考えられません。私としては、その両方であると思っていますが……」

 セレアの見解に、頷いて見せたサラ。

「そうですね。さもなくば、数あるスティーレイングループ各社の中から、わざわざStar-lineだけを狙い撃ちにしてくる理由が成立しませんから」

「ええ。Star-lineを叩き潰すことによってスティーレイングループの対外防衛網を消滅させて打撃を与え、グループ全体の弱体化を図ったのち切り崩しに取り掛かる。こう言ってはなんですが、あの野心的なガルフォ氏はそれをやりかねない方です。かつてはシェルヴァール州においても、アルテミスグループの謀略にかかって消滅した大手グループが幾つか存在したそうですから」

 ついでに、今やStar-lineはテロ組織リン・ゼールにとって最大の脅威となりつつある。

 送り込んだ刺客が次々と返り討ちに遭わされた以上、その復仇を目論んでいない筈がない。ゆえに、アルテミスと手を組んでStar-lineを潰しにかかることに何の不自然さもない――ただし、今現在その証拠は何一つないものの――セレアはそのことも少し言った。

「そういうことだったんですね……。やっと、わかりました」

 一同、眼前に立ち込めていた得体の知れない霧がみるみる晴れていくような思いがした。

 Moon-lightsの悪意が明確なものであると断定できるならば、対抗策を講じることもできるからである。組織というものは、見えない敵に対して団結することは難しいが、正体の明快な敵を討つという目的に対しては一枚岩の結束が容易になる。

 ここから先、Moon-lightsははっきり「敵」であると思っていい。

「スティーレイングループはすでに二十数社を数え、従業員は国内外合わせて二万人を超えます。今、私達が彼等の企みに屈したならば、これだけ多くの従業員の皆さんが路頭に迷わないとも限りません。アルテミスが狙っているのは、あくまでも私達の経営基盤の転覆なのですから。――色々と大変なお願いばかりして申し訳ないのですが、今しばらく、STRと共にスティーレイングループの守護者として奮闘をお願いしたいのです」セレアはゆっくりと頭を下げた。

 そう激励されて嫌だというメンバーは一人もいない。

 皆、そこここで首を縦に振って見せた。

 セレアがやって来ているのを幸い、サラとショーコは今後の対策について検討をはじめた。あとのメンバーは機体の入念な整備にとりかかった。誰の脳裏にも、来るべきMoon-lightsの「襲撃」があり、それに備えておくことを思っていた。

 機体の調整が済むと、シェフィはダミー弾を用いて猛烈な射撃練習を開始した。

 いまいち格闘戦に自信が持てない彼女は、強いてサラに頼み、機体の動作傾向を射撃向きなようにカスタマイズしてもらっていた。ショーコは余りいい顔をしなかったが――。

 強いて飛び道具を使用することのないサイはナナと共に、繰り返される轟音を耳にしながらその光景を見物している。

「……ねぇ、サイ」

「ん?」

「ホントに、これでいいのかしら?」

「これじゃ良くない、と思ってるのか?」

 問いかけてやると、ナナはこっくりと頷いて見せた。

 するとサイは

「……ナナがそう思うんなら、これで良くないんだろうな。もっとヤバい事態にならないとも限らないってコトだ。いや……」

 表情を硬くして「――これは必ず、何かある」



「――ど、どうでしょうか? 何か、不自然なところとか……?」

「いえ、システムに不具合は見られません。単に近隣で稼働している建築用か何かのCMDを偶然とらえてしまったんですね。却って、お手数をおかけしました」

 B地区・スティーア総合病院。

 警備システムからの緊急発報を受け、サイ以下ファーストグループが駆け付けて来た。

 が――施設付近に不審なCMDなどなく、その後センサーが機影を感知した形跡もない。つまり、誤発報であった。

 恐縮している警備員に、逆に頭を下げつつ車両の元へ引き上げてくると

「……サイ、リファさんから。今度はJ地区スティング海運からだって」

 彼の姿を目にしたナナは、新規の緊急発報があったという事実を告げた。

「へいへい、了解しましたよ。今度はJ地区までドライブだな」

 適当な返事をしながら特殊装甲車の助手席に乗り込んだサイ。

「結局、誤報だったのね?」

「誤報も誤報、怪しいCMDどころか人影すらありゃしない。念のためシステムプログラムをチェックしたけど異常はなし。……とんだ無駄足、さ」

 シートベルトを締めながら、ぶつくさと報告を聞かせてやった。

 文句の一つも言いたくなる。

 Star-lineの平穏があっけなく破られたのは、一同でMoon-lightsへの対抗策を確認しあったすぐ翌日のことであった。

 この日、早朝から緊急発報が相次いで舞い込んできた。

 サラは一瞬躊躇したが、レベルセカンドクラスの軽微なレベルであったため

「ファーストとセカンド、それぞれ別々に現場に向かってもらえるかしら? 私とショーコ、それにリファはここから定点指令します。この後も出動要請を受けないとも限りませんから」

 指示を下した。

「了解です!」

 ばたばたとハンガーへ走っていくファースト、セカンドの六人。

「……隊長さんよ」

 そこへ、リベルとブルーナがやってきた。

「俺とブルーナさんも、それぞれ人数に加わるわ。こんな時にのんびり整備と事務仕事ってワケにゃあいかないしな」

「ええ、リベルさんの仰る通りですわ。簡単な通信や端末操作ならできますし」 

 本来は業務分掌上そういう責任などないのだが、異常時でもあり二人は二人なりに協力したいということらしい。

 その申し出を嬉しく思いつつ

「本来の業務でもないのに、申し訳ありません。非常に助かります。リベルさんとブルーナさんについては……」二人をファースト、セカンドどちらに振り分けたものかとショーコの方を見ると

「んじゃ、リベルさんはファースト、ブルーナさんはセカンドの方へお願いします! 基本的な業務はあのコ達がやりますから、お二人は主にこちらからの通信を受けていただくということで」

 通信コンソールを覗いていた彼女は振り向きざま、即答した。

 現場判断が早く行動が積極的なファーストグループには、リベルを宛がっておいていい。逆に判断と行動が今ひとつなセカンドにブルーナを配置し、こちらから彼女を通じて矢継ぎ早に指示を伝達させた方がいいと踏んだのであろう。

 そういうショーコの判断に対して、サラも異存はない。

「では、そのようにお願いできますでしょうか? 無理を言って申し訳ないですが」

「なんの、いいって。俺達だって、チームの一員だからな」

 リベルとブルーナも、足早にハンガーへと向かっていった。

「……」

 何となく嬉しくなってショーコの顔を見ると、彼女もまたニッと笑って見せた。

「……素晴らしい信頼関係よね。頼まれなくても動いてくれるんだから」

 ――そうした一幕を経て、ファーストグループはH地区へ、セカンドグループはR地区へと緊急出動していった。出動要請は他にもあったのだが、そちらは警戒レベルファーストということでSTRに依頼することにした。

 程なく、両チームから現場に到着して周辺確認を開始したとの連絡が入った。

「どうも、どっちも誤発報の可能性大、ね。怪しい機影なんか、どこにもいやしないじゃない」

 転送されてきた現場周辺図を睨みながら、ぼやいているショーコ。

 サラも半分迷惑、半分安堵といった表情を浮かべながら

「ま、無駄足は腹立たしいけれども……何もないのが一番、ってところね」

「やっぱりあれかなぁ。ヴォルデさんが言ってたみたいに、警備システムのセンサーそのものが過敏すぎてるんじゃないの? さもなきゃ、こんな――」

 言いかけた途端である。

『こちら、STR指令! Star-line、応答願います。こちらSTR指令です!』

 通信コンソールの外部受信ランプが点滅を繰り返している。

 一瞬「げっ」という顔でサラの方を見たあと、ショーコはコンソールに向き直り

「はいはい、こちらStar-lineです。お次はどちらで?」

『お疲れ様です! たった今、B地区スティーア総合病院、それにY地区廃棄物総合処理管理センターから緊急発報がありました。双方施設周辺で不審な機影を感知、警戒レベルセカンドと判断されます。至急、現場へ急行……』

 とまで言いかけて、若い女性オペレーターは大きく一つ息をつき

『申し訳ありません。現在出動中の事象につき安全確認が取れ次第、両地区へ向かっていただけますでしょうか?』

 Star-lineはすでに出動中で、本部はもぬけの殻であるということを思い出したのであろう。

 ショーコは仕方なさそうに笑って

「……りょーかいしました。ファースト、セカンドとも一次発報の現場には到着済みですので、早急にB地区ならびにY地区へ向かわせます。よろしいでしょうか?」

『はい! よろしくお願いいたします』

 通信は終了した。

 と同時に、露骨に顔をしかめたショーコ。

「こりゃあ、新警備システムの致命的な欠陥よ。開発したSTR総合技術開発の責任問題ね」

「ショーコったら。まだ、誤報と決まった訳じゃないわ。オオカミ少年、ってこともあるんだから」

 実際、ヴォルデやセレアが最も恐れているのはそのことであるらしかった。

 R地区での騒ぎは、誤発報の裏をかかれているのである。どこで本当に襲撃されるか、わかったものではない。ゆえに、こうして無駄足を承知で2グループを出動させているのである。

 と、そこへティーポットを担いだリファがやってきた。

「サラ隊長、ショーコちゃーん。お茶でも飲み――」

 いかにも呑気そうな彼女の姿に、ショーコの逆鱗スイッチは一瞬でオンになった。

「リファ! あんた、今からY地区へ行きなさい! 誤報かどうか、確認しといで!」

 何を怒られているのか、まったく理解できていないリファは

「えー……でもでも、お茶入れちゃったし……。冷めたら美味しくないよぉ?」

「だあっ! 少しは空気読みなさいよ! ほんっとにあんたってば、バカなんだから! このバカ!」

「あーん、そんなにバカバカ言わないでよぉ! あたし、何にもしてないのにぃ!」

 リファこそ不運だった。突然バカとまで罵られ、ほとんど半泣きになっている。

 見るに耐えなくなったサラは呆れ顔で

「ショーコ、落ち着きなさいったら。リファのせいでこうなった訳じゃないでしょう? ……なんならショーコ、そのお茶飲んで気分を鎮めた方がいいわよ? セレアさんがくれた、いい茶葉なんだから」

「……」

 不承不承ティーカップを取り上げると、リファがおずおずとお茶を注いでくれた。

 ショーコは忌々しげに透明な橙色の液体を睨みつけていたが、いきなりぐっと飲み干した。

「あっ! ショーコちゃん、それ……」

 驚いたリファが声をあげるのと、ショーコが叫ぶのと、ほとんど同時であった。

「あっつっ!」

 ――という本部舎でのやり取りはさておき。

 ファーストグループの四名はJ地区へ向けて高速規格道を東へ飛ばしていた。

『よう、ボーズ。さっきのところは、なんもなかったのか?』

 後方を走っているキャリアに乗っているリベルから、無線で質問がきた。

「誤報ですね。どこにもCMDなんかいやしません。……もっとも、緊急発報があった0813に、一瞬だけ南側半径360メートルの地点に機影をキャッチしていました。すぐに消えてしまってましたけれども」

「一瞬?」

 隣でハンドルを握っているナナが反応した。

「ああ、ログを見る限りほんとに一瞬だな。あっという間にセンサー感知圏外にでも――」

 言いかけてからサイはハッとした顔をした。

「そうか! よほどの遮蔽物でもなけりゃ、瞬間的な感知なんてことはあり得ないんだよな! この間、ナナが言っていた……」

「そう。あの夜の事象と一緒よ。誤報なんかじゃない、間違いなく不審なCMDはいるのよ」

『でも、ですよぉ』

 無線のスピーカーからユイの声が割り込んできた。

『サブジャミングみたいな機械を使ってるって可能性はないですか? こんな白昼堂々、あたし達を煙に巻くつもりっていっても、CMDをあちこち動かしまくるっていうのもアタマ良くないんじゃないかなぁ……』

 サブジャミングとは、軍で使用されている通信妨害用機器のことである。対CMD感知センサーに誤反応を起こす特殊な電波を発するもので、主に敵を撹乱する目的で用いられる。そうそう市中に出回るような代物ではないが、その他の軍事用機器に比べれば、入手は極めて容易であるといっていい。

 彼女の言うことも一理あると思ったナナは運転しながらしばらく考え込んでいた。

 サイもまた、あれこれと持てる知識の限りを尽くして検討してみたが、決定打が出ない。

 そうこうしているうちに、一行はJ地区にあるスティーレイングループ企業・スティング海運の港湾事務所に到着していた。

 都市統治機構が推進する港湾開発計画が進められている地域で、ゆくゆくは海運の大規模拠点となることが見込まれており、スティーレイングループとしてはいち早くここに事業所を設けたのである。周辺では埠頭や各種港湾施設はなおも建設中で、多数の大型建設機械、それに土木作業用CMDが昼夜を問わず稼働している。

 事務所に詰めていた社員から状況の聞き取りを行ったのち、四人は警備システムのチェックに取り掛かった。

 システムエラーがないかどうかを確認するためには、ここ数日間のログをチェックする必要がある。

 リベルはついさっき緊急発報が送信されたと思われる時刻前後のログを調べていたが

「……ああ、わかった。そういうことか」

 急に、間の抜けた声をあげた。

 ユイがててててと駆け寄って行き

「どうしたの、おじさん。何かわかったの?」

「嬢ちゃん達の、さっきの会話だよ。センサーの反応が実機かサブジャミングかっていう、な」

「?」

 不思議そうな顔をしているユイに、リベルは緊急発報送信時分直前のレーダー画面を表示して見せ

「これを見な。……0947の時点で、半径500メートル以内に」タンッとエンターキーを叩くと、たちまち画面上に幾つもの赤い点が表示されていく。「この付近に、これだけのCMDがいたってこった。こいつらはみんな、そこら中の土建屋の機体だよ。それで、よ」

 もう一度エンターキーを押すと、今度は0948時点のセンサー感知結果が図示された。

 無数の赤い点、つまり作業中のCMDの中に混じって、一点だけ濃度が薄い点が現れている。リベルはそれを指して

「所属不明機はここにいるとセンサーはキャッチした訳だ。ところがどっこい、ここはあそこの」窓の外に見える、鉄骨が組まれている巨大な建設中の建物を指さした。「シーストルート・エクスプレスの建物だ。このターミナルは確か、グッドフェア建設が工事を請け負っているが、やましいところは何一つない立派な土建屋さんだ。そったら工事現場に嬢ちゃん、外部から怪しい機体なんか持ち込めると思うかい?」

 ニッと白い歯を見せて笑った。

 妙な顔をしていたユイ、彼の言う意味が飲み込めたのか、見る見る明るい表情になって

「ああっ、そっか! それってつまり――」

「……サブジャミング機器でなければならない、と」

 背後からサイが言った。

「おおよ。CMDなんか持ち込めたモンじゃねェが、小型のジャミング機器なら、何かしら理由をでっち上げれば持ち込めたとしてもおかしかねェよ。まして、あれだけの規模の建設現場だ。働いている人間の数がハンパねェから、入り口さえ通ってしまえばあとはとやかく言う人間なんかいやしねェだろうさ。工期も大分詰まっているから、ただでさえ忙しいだろうしな」

「なるほど。対CMD感知センサーは設置定点に対して曖昧な接近を示す機影に反応する。無数の土木作業用機は常時ロックされているから不審機とは判断しないが、こいつは突然現れた妙な機影を不審機と判断して緊急発報を送ってきたってことになる。――ってことは、警備システムは当然の仕事をしただけだな。何も不具合ってワケじゃない」

 頷いたサイに、リベルは

「だろ? そもそも、おかしいとは思ってたんだ。これだけあちこちの警備システムが一斉に、そうそう誤報なんて悪さをするモンじゃねェ。誰かがいかがわしい機械を使って故意に反応させてるって考える方が現実的だよ。……といって、こういう真似はモノホンのCMDじゃ無理だ。何機用意すればいいかわかったモンじゃねェし、第一人目についちまわぁ。サブジャミングだと思って間違いない」

 機械相手の仕事が長い彼ならではの、見事な推理である。

 あとは裏をとらねばならないが、これは緊急発報時刻の直近に外部の人間が出入りしたかどうか、グッドフェア建設に直接確認をとってみればいいだけのことである。

「……あたし、訊いてくる」

 ナナが表へ飛び出して行った。

 程なく戻ってきた彼女は息を弾ませて

「リベルさん、当たりよ。――0940頃、ランチデリバリーを名乗る業者が中に入っているわね。普段は出入りしていない見知らぬ業者だったけど、あんまりにも安いからって警備員が通したみたい。ご丁寧に、若くて綺麗な女性だったとかで、作業員もまんざらじゃなかったっていうし」

 ただし、とナナは付け加えた。

 監視カメラに記録が残っているかもしれないが、それはセレアから手を回してもらわなければならない。警察機構からの要請ならばともかく、一私設警備会社が監視カメラのデータを貸してくれと頼んでも難色を示されるであろう。

「それはまあ仕方がないにしても、大収穫だな。デリバリー業者なら、でっかい箱の一つも担いでいくだろうしな。それにしても、若い女性ってのが面白いな」

 以前サイがA地区の事件で遭遇したMoon-lights機のドライバーは、若い女性の声だった。

 状況がぴたりと一致している。

「なんだァ? Moon-lightsのねえちゃん達、陰でピンピンしてやがったのか?」

「それは、わからない。でも、R地区で負傷した隊員がダミーだったっていうセレアさんの推測、可能性がかなり高くなったっていうことが言えるわね」

「このこと、早くサラ隊長とセレアさんに――」

 ユイが急き込むように言いかけた時である。

『こちらStar-line本部舎、ショーコよ! ファーストグループのみんな、聞いて頂戴。今度はC地区のスティファノ・レーアCMDサービス北支店で――』

 通信が入った。

 新事実の発見はさておき、またも他の現場へ出向かなくてはならない。

 がっくりとしているリベルにユイ、そしてサイ。

 ナナは一人、淡々とした表情で

「こちらナナ、C地区出動要請了解。だけどショーコさん――キャリアの燃料がもう、ないの。給油していってもいいかしら?」

筆者註

事象がかなり煩雑に入り組んでいるため、文章中多少事柄の重複、相違があるかも知れません。

発見次第、順次修正いたします。

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