月光編5 盲点
果然、R地区で発生したCMD襲撃事件は翌朝からマスコミによって取り上げられた。
国内大手各紙は襲撃の事実のみを客観的に報じ、犯人については「目下警察機構捜査課が捜査中」と述べられたに過ぎなかった。テレビニュースやネット配信ニュースについても調子はほぼ同じようなものであり、事件発生時刻前後、同地区にStar-lineが出動していた点に関して触れたマスコミはほとんどなかった。
しかしながら、皆無ではない。
ヴォルデが想定した通り、アルテミスグループの息がかかったメディア各社は事件そのものよりも事件現場付近にStar-lineがいた事実を大きく取り上げていた。例のファー・レイメンティル経済新聞にいたっては『事件発生直前、同地区にStar-line出動の事実。何らかの関与か』と、あたかもStar-lineが犯人であるかのように書いてのけた。その他メディアの記事についても、温度差はともかくStar-lineの記載は漏れなくされていた。
ただし、このことあるを見越して、すでにヴォルデは手を打ってある。
ストゥルエン証券から発報された緊急出動要請報、ならびにSTRでの受信ログやStar-lineとの通信等々当夜の記録を余すことなく開示した上で『一部報道機関により、あたかもStar-lineが犯行に関与しているかのように報じられているが、意図的に事実関係が曲解されているものと断定する。該当する機関に対しては厳重に抗議を行い、場合によっては法的手段も辞さない』と、コメントさせたのである。
しかも、これには破壊力抜群の追伸がついている。
『警察機構捜査課が目下全力を上げて捜査中であるにも関わらず、全く確認されていない事実をさも事実であるかのように社会一般に公表するという行為は明らかに捜査を妨害するものであり、真実を隠蔽しようとする何らかの意図があると断ぜざるを得ない。当グループとしては警察機構の捜査に対しては全面的な協力を申し出ており、事実に基づくことのない報道は、これを捜査妨害の意図あるものとして全て警察機構へ報告のうえ厳正に対処する』
詭弁ではない。
捜査が開始されたばかりの事件に対してマスコミが「これが事実である」などと一方的に報じる行為自体、そこに何らかの意図がなければならないのである。多少穿った見方をすれば、捜査撹乱即ち犯罪者やテロリストに加担していると指摘する者がいたところで罰は当たるまい。第一、事実を事実として報じるのがマスコミの使命である以上、余計な脚色を付加する時点でそれはもう事実から一線を画してしまっているといっていい。
当然、事件記事にStar-lineの名を載せたアルテミス系メディア各社には間をおかずしてスティーレイングループ広報室から一斉に担当者が飛び、厳重に抗議が行われた。
すると、その日の午後、抗議を受けたアルテミス系メディアが連名で
『事実の確認に不十分な点があり、スティーレイングループをはじめご迷惑をおかけした関係者に深くお詫びする』とのコメントを出した。これには続きがあり『当グループとしては、警察機構の捜査を妨害する意図など皆無であり、むしろ被害者として全面的に協力を惜しまないものである』と、付け加えられていた。
Star-line本部舎にあって一連の流れを知ったサラは
「さすが、ヴォルデさんね。僅かな時間しかないのに、ここまで徹底して手を打つなんて」
と、心底感心したように声を上げた。
ショーコも頷き「ったく、アルテミスの連中はバカ揃いかしら。だいたい、うちになんて取材の一件電話の一本すらきてやしないじゃないのよ。よくまあ、あれでマスコミを名乗れるわね。ほとんど詐欺じゃない」
実際、ファー・レイメンティル経済新聞をはじめ記事にStar-lineの名を出したアルテミス系メディアからの取材は全くきていない。要請があったところで、スティーレイン財団広報室へ全て回すようにセレアから指示はされていたのだが。
「前回の干渉騒ぎで業界から信用なくしているし、ね。これで少しは自制してくれるといいんだけど」
――Star-lineの名誉はヴォルデによって、半ば保護されたような形になった。
だが。
Moon-lights側は不意討ちを受けた上に負傷者を出している。
一般市民にとっては、被害を受けた当事者がStar-lineであろうとMoon-lightsであろうが知ったことではない。自分たちの安全な市民生活を脅かす者こそ排除すべき敵であり、大衆の感情とは常にそうしたものである。
この感情に過敏な反応を示したのが大手報道各社であった。
彼等の論調は手厳しく「卑劣なテロリストを放置してはならない」「市民権を脅かす存在に対しては、警察機構や治安維持機構のみならず、各民間警備専門機関も最大限に協力を行うべき」といった調子の記事が連日相次いだ。こうした流れの後押しも幸いして、アルテミス系メディアのStar-lineバッシングが功を奏さなかったといえるかもしれない。
ただ、スティーレイングループによる抗議声明があって間もなく、スティーレイン財団本部広報室に匿名の電話が頻発するようになった。
『スティーレインは報道の自由を制限しようというのか。憤りを感じる』
といったもので、根も葉もない妄想に過ぎない。
そもそも、報道に自由が認められなくてはならないが、かといってそれはモラルという不文律のルールが遵守されればこそのものであろう。ねつ造された誹謗中傷をも報道の自由に包括するならば、それこそが最も市民生活を脅かす存在たりうる。制限や干渉を持ち出すのは権利・自由の主張者が陥りやすい感情優先のいい加減な論理であって、そこには大概「責任」「モラル」という重大な認識が欠落してしまっている。国家権力という巨大かつ不明瞭な機構によってなされる画一的な報道管制や情報操作に対してこそ、報道の自由は叫ばれなければならない。
日々寄せられる不可解な匿名電話についても、ヴォルデはさもあろうと予見していたところであった。録音された全ての通話を警察機構捜査鑑識分析局へ提出し、鑑定を依頼した。声の主は数回にわたって機械的な処理を施しており、声紋自体の認識特定はほぼ困難になっていたが、ほぼ同一人物と推定されるという。
「……わかりきっているだけに、どうもわかりにくいものだな」
R地区での事件から十日ばかり経ったある日のこと。
近況の報告に訪れたセレアに対し、ヴォルデは興なさげに一言そう呟いた。
彼の言葉の意味を、セレアも理解している。
「そうですね。こんなにも見え透いた嫌がらせをするなんて、逆に真意がわかりません。これが狂言の一環であるならば、もっと悪質な妨害を企んでいると考えた方がよろしいのではないでしょうか」
卑しくも大企業の端くれともあろう組織の行為としてはあまりにも軽率すぎていると彼女は常々考えていた。そもそも、アルテミスグループのメインカンパニー自体は決して出自の怪しい企業ではなく、系列傘下に含めたメディア系会社数社がいずれも三流なだけだと言えなくもない。かといって大手企業がそうした二流以下のメディア企業を買収するケースは皆無ではなく、毒を持って毒を制す式に小うるさいメディア攻撃へのパッチとして利用する例も少なくなかった。であるから、ヴォルデもセレアも、アルテミスグループ内に低俗メディアが巣食っているという事実そのものを疑問視するつもりはない。
ただし、今回の一連の騒動に関していうならば、アルテミス系メディアのやり方は誰が見ても常軌を逸しているとしか言いようがないのだ。かつ、そのような彼等の反社会的な行動を制止する素振りすら見せないアルテミス本体が、あるいは裏で糸引く元凶であると見なしたところで非難される言われはないといっていい。実際、非メディア系会社であるMoon-lightsに散々掻き回されていた矢先である。
「だろうね。――こう言っちゃなんだが、私もスティーレイングループも、アルテミスから恨まれるような行いは何一つしていないつもりなのだが」
呵々と笑ったヴォルデ。
「ま、予見される全ての妨害工作に対しては打てる手を打ったつもりだ。こちらとしても徹底して反撃の構えを見せたから、アルテミスも次は軽率な振る舞いには及ぶまい。……それよりも、彼等が果たして小賢しい嫌がらせしかできない連中なのか、あるいは逆に我々の想像もつかないような策略を企図しているのか、私の興味はそこにあるのだがね」
彼はゆっくりとチェアから立ち上がりながら
「ま、彼等が白であるにせよ黒であるにせよ、都市治安委員会にはその都度ありのままを報告してあるから決して悪いようにはなるまいよ。セレアが精魂込めて育成してくれているStar-lineの皆が昼夜を問わず都市の治安維持のために貢献しているのだからね」
「ああ、お爺様は本日州都市治安委員会へご出席の予定でしたね。私ったら、スケジュールを忘れてしまっておりました」
セレアは自らの迂闊さを笑うように、僅かに相好を崩した。
州都市治安委員会。
ファー・レイメンティル州統治機構が肝煎りとなって立ち上げられたこの組織は、警察機構や治安維持機構だけでなく、民間警備会社を所有する大手企業グループが互いに連携して都市犯罪の抑止にあたることを目的としている。内実は続発するテロ活動への対抗策の一環であるといってもよく、それだけに大手企業各社がテロ組織の傍若無人ぶりに手を焼いていたという実情がわかるというものである。
ヴォルデはこの会議メンバーの古株といってもよく、彼自身は一際大きな発言権を得ていた。
そして、発足間もないStar-lineによる華々しい活躍が、彼の存在感を更に色濃くしたことは言うまでもない。
だが――この日に開かれた会合の席上、ヴォルデは思わぬ指摘を受けることになる。
M地区、ファー・レイメンティル州都市統治機構本庁舎四十五階特別会議室。
つい先刻より「都市治安委員会」が進行している。
やや不相応に大きい楕円形卓をぐるりと囲むようにして、この都市の有力者達が席についている。
部屋の最も奥、巨大な窓を背に座っているのが、ヴィルフェイト合衆国国家公安機構安全対策局から派遣されてきている副室長ワット・グレイソムといい、つまりこの一座の座長である。
向かって彼の右側には、ファー・レイメンティル都市統治機構総務局局長ザルツ・ヴァン、州警察機構本部長ヒル・ミア、治安維持機構総括長フォグ・アイディスの順番で三人ばかり厳めしい面構えの男が居並んでいる。どの顔も、テロ組織側からすればどれだけ憎んでも憎み足りない人間、ということになるであろう。逆にいえば、彼等こそこの都市でテロ組織撲滅に最も情熱を燃やし続けている人間なのである。
彼等が強固に提唱・推進している対テロ撲滅計画を一つ具体的に挙げるとするならば、例の『監視ネットワークシステム』こそ代表的な実施事項であるといっていい。サイはこの仕組みのせいで危うくテロ組織に命を奪われかけたのだが――当初は市民権への深刻な容喙であるとして世論の轟々たる非難を浴びたものの、導入から二年余りを経た今日、地下活動化していくテロ組織を摘発するための決定力として重要視されるに至っている。また、テロ組織から狙われている一般市民の保護にもこのシステムは一役かっており、こうした事情をして市民の理解をも得られることとなった。
ワットの左側にいるのは州都市統治機構市民安全課課長補佐、同都市整備計画室室長といった役人ばかりで、こちらは取るに足らない。会議の内容にはどういう関心も持てないらしく、早くも興なさげな表情で天井を仰いだり資料をめくったりして落ち着きがなかった。
彼等公的機関側の連中に対し、卓を挟んで座についているのが独自警備組織を所有する大手民間企業の重役連である。ヴォルデをはじめ、スティーレインとは莫逆の仲であるミネアノス重工会長にハドレッタ・インダストリー社会長、その他ファー・レイメンティル州を代表する大企業の社長達が顔を連ねている。この会議がどれほどの重みを持つのかは推して知るべし、である。
会議は座長・ワットの挨拶に始まり、国家統治機構や公安機構、都市統治機構が計画・推進中のテロ撲滅対策プログラムについての説明や意見交換がなされた。一方、民間企業側からは各社が独自に進めるテロ対策の取り組みや、対CMDテロ用新技術の開発などについての説明があった。
午後十九時より始まった会議は間もなく一時間半を経過しつつある。
議題の討議もほぼ出尽くした観があり、座の空気はそれとなく締めの雑談に移行しかけていた。
書記を務めていた都市統治機構職員がベルを鳴らし、コーヒーが運ばれてきた。この堅苦しい会議を和やかに締めようという心配りなのか、いつしかそういう習慣が出来ていたのである。
ヴォルデもカップを手に臨席のミネアノス重工会長と近況について談じ込んでいたが
「……そういえば、ヴォルデ会長」
つと、州警察機構本部長ヒルが話しかけてきた。
「ほ。どうされました?」
「いえ、本来はこのような場でお話すべき事柄ではないかも知れませんが、各警備会社の皆さま方にもお聞きいただき、是非ご検討いただくのがよろしいかと思いましてな」
人生警察職務一筋、といった面つきをしているこの男は、笑うということがほとんどない。
といって他者に容赦ない批判を浴びせて自己満足するような性格でもなく、公に忠実であろうという姿勢が伺えるから、彼が何か発言しようとしている際は聞く側も襟を正さざるを得ない。
コーヒーカップを皿の上に戻すと、ヴォルデは身体ごとそちらの方へ向き
「伺いましょう。どのような内容でしょうか?」
自然、彼の側にいる民間企業の重役連も聞く体勢をとっている。
ゴホ、と咳払いを一つしてからヒルは
「……いえ、過日発生したR地区におけるA10866号事件、あれの発生時刻直近、会長傘下のStar-lineが同地区へ出動なさっていたとか」
A10866号とは警察機構独自の事件整理コードである。つまりはMoon-lightsが何者かの奇襲を受けて全機大破、隊員全員が負傷したという例の事件を指している。
「ええ、仰る通りです。手前共のグループ会社にストゥルエン証券というのがございまして、そこから緊急発報が入ったものですから、Star-lineが出動したという次第です」
「承知しております。その後深夜にも関わらず捜査にご協力いただいたということで、州警察機構としては篤く御礼を申し上げたいと思っています。――それで先日、その捜査記録に目を通しておったのですが、Star-lineから提供いただいた出動報の中に多少気になる事象が含まれておりまして」
当夜におけるStar-lineの出動報告については、ヴォルデも詳しく目を通している。が、怪しむべき点など何も発見することはなかったと思っている。
彼はやや固い表情をつくりながら
「気になる事象、ですか。出動報については私も逐一目を通しているつもりですが……それは一体、どのような?」
ヒルは軽く頷くと心もち上体を乗り出し「ストゥルエン証券に設置された自動警備システムからの発報、実際のところ誤報と判断されておりましたね?」
「ええ、Star-line隊員も到着後に現地で周辺状況を調査しましたが、事件性のある事象については何ら確認できませんでした。ただ、誤発報というのも関心できる内容ではありませんので、目下原因究明と改善を命じておりますが」
その件で、このあと財団本社に戻ってからセレアやSTRの担当者と打ち合わせをすることになっている。
ヴォルデは嘘偽りないありのままの返答をしたつもりだったが、ヒルは
「確かに、貴社における保安警備上の観点からすれば、当夜は何のトラブルもなかったと判断してよろしいでしょう。――しかしながら、実際にはごく近隣では事件が発生していた。確か2315頃だったかと思いますが、アルテミスグループ下の警備会社Moon-lightsが襲撃を受けておった訳です」
普通なら、ここまで言われれば喧嘩になるであろう。
ヒルの物言いは、あたかもStar-lineが怠慢であったかのように聞こえなくもないからである。げんに、ヴォルデの隣ではミネアノス重工の会長がまるで自社の責任を問われたかのように露骨に不快気な表情を浮かべている。
が、これしきの発言で感情に障るようなヴォルデではない。
「……なるほど。仰る意味はわかります。しかし、貴警察機構が実施した捜査によれば、Moon-lightsが襲撃を受けたと推定される時刻が2315だったはずです。ですが、ストゥルエン証券の警備システムが異常を感知して自動発報、STR指令がこれを受信したのが2259です。しかも、Star-lineは2305にはL地区本部舎を出動してR地区に到着したのが2318だ。これについては警察機構捜査課へシステムログを含め提出してあったかと思いますが」
つまり、どう頑張ってみてもStar-lineがMoon-lightsを救援するなど不可能であったとしか言いようがないのだ。
が、ヒルはそういうことを言っているのではないらしく
「ええ、事実関係は今会長が仰った通りで相違ないと思います。――ただ、Star-lineが現場到着後、2320頃に一号指揮車に搭載されている対CMD感知センサーが周辺で稼働していると思われるCMDの機影をとらえていた形跡があったことはご存知でしょうか?」
「一号指揮車のセンサーが、ですか?」
初耳であった。
セレアを通じてあがってきたStar-lineの出動報告には、それらしい記載はされていなかった。
「これは多分、一号指揮車の担当者も現認していたとみてよいでしょう。直後に端末機器を操作したログも残っています。……もっとも、センサーの感知はほんの一瞬でしたから、あるいは機影の所在を確認する余地がなかったかも知れませんが」
ヒルの言う通りであるならば、ファーストグループのナナが現場周辺で稼働する機影を発見していたということになる。状況から推測すれば、その機影は襲撃されているMoon-lightsの機体か、あるいは襲撃者の搭乗機でなければならないであろう。
「いや、そういった事象があったことについては、正直報告を受けておりませんでした。これは私も粗漏であったかも知れません」
と、ヴォルデはさり気無くStar-lineを擁護しつつ「それで、本部長としてはどういった見解をお持ちなのでしょう? 単刀直入に、それをお聞かせいただきたいものですが」
ヒルの意図は、あくまでもStar-lineの追及というピンポイントではない。
であればこそ、発言のいちいちに突っ込むよりも、相手が結論として言わんとしているところを聞き出してやるのが早い。ヴォルデとしても、愛するStar-lineの細かいミスをこれ以上、この重すぎる会議の席上で槍玉に挙げられては敵わない気持ちがある。
「では、申し上げたいと思います」
州警察機構本庁きっての傑物・本部長ヒルはコーヒーを一口すすってから、大手企業重役連の一人ひとりを見回した。彼の側に着席しているザルツやワットは、落ち着いた表情で成り行きを見守っている。このことあるを期して、事前に打ち合わせでもしていたのかも知れなかった。
「誤解のないように申し上げますが、各社で採用されている警備システムは当然自社を守るためのものであって然るべきです。その点については何も申し上げるべき何物もありません。これだけはまず、ご理解願いたい」
そう前置きをしてからヒルは
「――しかしながら、機械というものはときに率直なのです。CMDしかり、あるいは皆さま方が常時使用されている警備システムもしかり、です。今回のA10866号事件が良い参考例だと思いますが、自社が事件に関連していなくても、あるいはその周辺で事件が発生していて、それを警備システムが感知するという可能性は否定できんのです。だからどうせよということは申し上げるべき筋合いでないと考えていますが、誤報として処理する前に、もう一歩踏み込んで地域の治安維持という観点から取るべき対応がないかどうか、それを各社の皆さま方にご検討いただきたいのです。さもなくば、こののち同様の事象が発生しないとも言えますまい」
「しかしですな、民間の会社には民間の論理というものがある。公的組織が果たすべき責任の一端を、民間企業も背負えというのは、あまりにも身勝手な――」
短気でとおっているミネアノス重工会長がすぐに異議を唱え出した。
「まあまあ、会長。まずはよろしいでしょう」
ヴォルデはそれを制しつつ
「……いや、お話はわかりました。今回は、確かに浅慮とご指摘されても仕方がない面もあるでしょう。そもそも、そう簡単に誤報を発するような安価なシステムを導入した覚えもありません。持ち帰り、今後のために検討したいと思います。
静かに答えた。
ヒルも頷き
「……ご理解いただけて、ありがたく思います」
あとは込み入った雑談も議論もなく、都市治安委員会は散会した。
出席者が三々五々退出していったあとの特別会議室には、ヴォルデとミネアノス重工会長だけが残っている。
ミネアノス重工会長はなおも納得いかないといったような顔つきで
「しかし、いいんですかね、ヴォルデ会長。あれではまるで、ヴォルデ会長が一同の面前で恥をかかされたような格好ではないですか。ヒル本部長も、もう少し物の言い方っていうのを弁えないと、あんなのは我々民間の世界じゃ――」
ぶつぶつ言っている。
彼は都市治安委員会参加者の中でも最長老でいて昔気質の頑固さを持っているだけに、官僚や役人特有の奥歯に物が詰まったような物の言い方を非常に嫌っていた。
そんな先輩に近い人物がどこまでも味方についてくれるというのは、ヴォルデにとって心強くもあり、また嬉しくないことではない。
ヴォルデはにこにこして
「まあ、会長。あれはあれで、機構組織側としても苦しいところだったのではないでしょうか。テロ対策に対して世論の意見が一層厳しくなってきている時ですからな。せめて、言えるところには言いたいというのが人情なのでしょうよ。言わせておきましょう」
都市統治機構本庁舎要人専用出入口を出ると、ちょうどセレアが迎えに来ていた。
車中、ヴォルデは会議の次第を彼女に話しながら頭を掻き掻き
「いやいや、都市治安委員会で指摘されてしまってね。まあ、言われて面白くはないのだけれども、本部長の仰ることにも一理ある。さすがに、そういうことまでは視野に入れてなかったなぁ」
苦笑している。
「それは……申し訳ありません。私が――」
実のところ、ナナが現場で機影を確認していた事象については、セレアも知らなかった。
「いや、いいんだよ」
詫びかけた彼女を手で制しながら、
「気にしないでおくれ。警察機構への報告事項に記載の欠落があったといえばそれはその通りなのだが、かといってそこでナナ君に手抜かりがあったということにはなるまいよ。よしんば、その後機影の確認を行ったとしても、時間がかかり過ぎる。結局はMoon-lightsの救援にも犯人の確保にもなりようがなかったのだ。Star-lineにもセレアにも、何の落ち度もない」
呵呵と笑ってから窓の外へ目をやったヴォルデ。
つと表情を消して
「それよりも、Moon-lightsの動向が不自然なことだ。報道だけ観る限り、確かに彼らは純粋に被害者だよ。――しかし、だ」
「しかし……?」
ヴォルデはしばらく頭の中を整理している様子だったが
「……なぜ、ナナ君の対CMD感知センサーが一瞬しか反応しなかったのだろう? そもそも、センサーが機影をキャッチした以上、駆動を停止させない限りロックが解除されるなどということはありえないと思わないかね? ナナ君のことだから、ロックがキープされていれば当然その所在を確認するなり報告にあげるなりしただろう」
彼が言わんとしていることは、セレアも理解できる。
ヴォルデの疑問を突き詰めると、要はセンサーの感知をすり抜けるような機体がいたのではないか、ということになる。が、実際にそんな幽霊のような機体の存在など、彼女は今だかつて聞いたことがなかった。CMDは所詮、センサーという呪縛からは逃れることができない。
「でも、お爺様。国軍の機体ならいざ知らず、街中にそのようなCMDが存在しまして?」
「うん」ヴォルデは頷き「それはわからないし、調べようと言っても雲をつかむような話でしかないだろう。それよりも、だ」
真っ直ぐにセレアを見た。
「――案外、彼等は我々に幽霊が出たと信じ込ませたいのかも知れないな。犯人を幽霊にしておけば、事の真相が露顕することはなくなるからね。……とすれば、幽霊の正体はその存在を吹聴している彼等だということになる。そうは思わないか?」
「それはつまり――」
「そう。あの事件は狂言の一環だ。彼等の芝居はまだ終わっちゃいないんだ」