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School

嫌われたい僕が好かれました

作者: 虹彩霊音



春、それは出会いの始まりであり、別れの始まりでもある。沢山の人の想いが桜に詰まって、やがて儚く散っていく。桜も春も嫌いではない、少し鼻にくるのが厄介だが。


今日は入学式だ。僕は新たな道を進むためにその足を動かす。


周囲は春特有の空気に浮かれているようだ。僕はその人達を避けるように歩いていく。しばらくして、一人の女の子に出会った。


「そこの人!」


「……僕?」


「そうそう、僕!」


「……新入生だけど」


「やっぱりね!」


「……なんでわかった?」


「逆にわかりやすかったよ。他の人と全然違う行動とってたし」


「なるほど……」


「それと、僕も君と同じだよ!」


「同級生か。それで、僕に何の用?」


「やっぱり、学校に通うからには友達は作っておきたいから」


「いいのかい? 僕と友達になったら絶対後悔するよ?」


「自分から望んで友達になったのに、どうして後悔するの? ああ、そういえば名前教えてなかった。僕の名前はドラヘル」


「かっこいい名前じゃない」


「お母さんが妊娠した時からもう名付けてたんだって、男の子ならこの名前だって」


「……………君は女の子でしょ?」


「そうだよ!」


僕っ娘だったか。本人は気にしていないみたいだし結果オーライ。


「僕はアルカディア」


「そっちの方がかっこよくない?」


「そっか」


僕より背が小さくて、僕とは対照的な黒い龍。この子はめちゃくちゃ良い子だな、言動からしてわかる。


「アルカディアのクラスはどこ?」


「クラス? うーんと、3だったね」


「やった! 一緒だ!」


「そんなに?」


まだ1時間も経っていないのに、どうしてこんなにも嬉しさを他人に表現できるのか。


「友達はまぁおいといて、先生も変な人じゃないといいね。贔屓する先生とかたまにいるから」


「いるねー、最悪だよね」


「贔屓されて、嬉しいのかな」


「嬉しい人も、居るんだよきっと」


僕は贔屓に対して嫌悪を超えて憎悪を抱く。努力を無下にされてる気分になるから。


「席は近くになれるかな?」


「ああ、どうだろう」


席順は最初は大抵名前順だ。僕は『あ』で、この子は『ど』だから……


「山で熊に殺される確率並みに絶望」


「近くになれることを祈ろうか」


「近くじゃなかったら僕は理想郷に行く」


「じゃあどっちが先に理想郷に行けるか勝負しよう!」


「そんな勝負聞いたことないんだけど」


「とにかく、学校に行こう!」


そうして、僕達は学校へ向かった。



ああ、僕は……この子が好きになったのかもしれない。



―――――――――――――――――――――



結論から言うと、僕と彼女の席は遠かった。というわけで、理想郷に行かせてもらいます。



理想郷に入ってからどれだけが経っただろうか、彼女が僕を呼び戻す。


「アルカディア、いい加減に起きなよ」


起きるか。


「おはよう、疲れてたから少し仮眠をとっていたんだ」


「アルカディアの少しは朝が終わるほどの時間なんだね」


「what!!?」


今の時刻を確認する。もう昼になってるじゃん!!


「お昼一緒にたべよー!」


「ずっと寝てたからお腹空いてないんだけど」


「殴れば自然治癒にエネルギー使ってお腹空くかな?」


「やめてくれどこぞのゲームのキャラじゃないんだよ僕は」


「じゃあ5マスブロックの上から落下ダメージ」


「痛いの反対」


「水で窒息?」


「………話したらお腹空いたよ、食べようか」


「うん!」



彼女と話していると、不思議と安堵の気持ちが込み上げる。なんでだろうね。


「……ねぇ」


「何、アルカディア?」


「どうして君のお弁当と僕のお弁当はこんなにも差ができてるんだい?」


「僕のお弁当が赤色だったら紅白歌合戦できたね!」


何を歌うつもりなんだ。ちなみに、僕のお弁当は白一色、白米だけである。


「中身交換しようよ、この米とかどう?」


「僕には違いがわからないや」


「僕もわからない」


「……料理教えてあげようか?」


「教えてくれるの?」


「僕ができる範囲で良いのなら」


「なら是非とも教え被りたいね。家はどこなの?」


「それは帰り道で把握しよう。最悪泊まれば良いから」


「………男女の泊まりはやばくない?」


「なんで?」


あっ、この子ピュアだ。この純情さは穢してはいけない。


「いや、あくまで僕の主観だから気にしないで」



彼女と会話するのは楽しいな。……それにしても、今更なのかもしれないけど、どうして彼女は僕なんかを友達に選んだんだ? 僕は所謂最低最悪の奴だ、あんなことをしたというのに。こんな僕には、誰かを好きになる権利も好かれる資格もないのに。



キーンコーンカーンコーン



「ああ、チャイムが鳴ったね。そろそろ行こう」


「うん」


僕は誰かを好きになることも好かれることも許されない。僕は彼女に嫌われなければならない。恋だなんてもっての他だ。でも、本当は、彼女に嫌われたいのに、それを否定している自分が居る。それでも、僕は嫌われないといけない。僕と関係を保つなんて愚行が到底できなくなるように……



――――――――――――――――――――



……結局、僕はできなかった。嫌われることに怖気付いたのだ。頭ではわかっている、嫌われなきゃいけないだなんてことは。でも、好かれていることがとても幸せで、離したくないんだ。


「……クソ」


そもそも、好かれているのかさえも怪しいものだ。


「……寝よう」


難しいことは明日考えよう。夜遅くに考えても頭がキャパオーバーするだけだ。そうして僕は寝室に向かおうとした、その時だった。


「………こんな遅くに誰だよ」


玄関のチャイムの音が鳴る。僕は重い足取りで玄関へ足を運んだ。




「すいませーん、集金でーす」


「うちのところムキムキマッチョの半魚人が居るからやめた方が良いよ」


「ムキムキマッチョの半魚人!?」


「じゃあそういうことで」


「ちょ、そんなに拒否をするならこちらにも考えがありますよ」


「法廷で会おう」


「こっちのセリフだよ!」


「…………こんな時間に何の用? アポ無しで来るんじゃないよ」


「だって連絡手段ないし」


「そりゃあそうだけどさ、明日じゃだめなの? それに会ってから一日も経ってないのに? 普通家に来る?」


出会って5秒で友達だとしても、初日に家に来るって流石にないでしょ。


「常識とドアは破るためにあるってみんな言ってた!」


「ドア破ったら君の家の壁破るからね」


「壁を破る?」


「………どうしたの、反論しないの?」


「そうしたいのは山々なんだけどさ、僕家ないんだよね」


「………………」


それを聞いた僕は即座にドアを開け、疑問を投げる。


「それって、どういうこと?」


「そのままの意味だよ?」


「どうして?」


「別に、なんでも」


「なんでもなかったら家はあるだろ」


「何もないんだよ、何もね」


「じゃあ質問を変えよう。君の両親は?」


「………………」


「………いないの?」


「………どっちでもいいじゃんか」


この反応からして、両親は居ないのか。


「……どうして、ここに? 泊まっていくつもり?」


「だめ?」


………困ったな、色々と。


「まぁ僕は一人暮らしだし、空き部屋にできるところはいくつかあるけど」


「やった! あぁ、もちろん長居するつもりはないよ。そもそも住める所を一緒に探してほしくてここにきたから」


「それじゃあ僕のパソコン貸すから、僕は寝るよ」


「パソコンの使い方わからない!」


「…………手伝うよ」




「……物件の要望は?」


「屋根がついてる!」


「どこの家もそうだよ」


「家賃5万前後でお風呂とトイレがあればいいかな」


「え? 家賃20万で風呂トイレ無し?」


「そこに住んでる人頭おかしいでしょ」


「ここがそうなんだけどね」


「……ここ事故物件か何かだったの?」


「そうだよ。たまに人のうめき声が聞こえる。半分嘘だけど」


「それだと半分本当じゃない」


「家賃が嘘だけどね。本当は10万」


「それでも高くない? よくわからないけど」


「まぁそんなことはどうでもいい、早く探さないと」


そうしてマウスを使って調べようとした時だった。マウスにしては大きくないか?


マウスに目をやると、彼女の手を僕の手が包み込んでいるではないか! 僕の身体はたまらず吹っ飛ぶ


「違うんだ! マウスを触ろうとしただけだよ! 他意はない!!」


「わかってるよー、これマウスっていうんだね。ここ押すとカチカチ音がなる!」


てんやわんやする僕を前に、彼女はマウスに興味津々のようだ。


なんやかんやあって、彼女の物件を決めることができた。まぁ、僕の隣なんだけどさ。


………どうしてこうなった。僕に次々と試練が与えられていく。



―――――――――――――――――――――



「いつ引っ越すの?」


「荷物はないから今日中には引っ越すよ」


「僕は静かに暮らしたかったんだけどな」


「僕と関わったからには平穏なんて言葉は消えるのだ! その代わり料理教えてあげるからさ!」


確かに、それはメリットだ。でもそれ以上にデメリットが多い、気がする。


「あとお裾分けってやつもできる! あれやってみたい!」


「気持ちはわかる」


「よし、今度は少し多めにご飯を作ろう! そしてアルカディアにお裾分け!」


「それは嬉しいけどさ………」


僕が本格的に君を好きになってしまうじゃない。嫌われたいんだよ、僕は。


「お裾分けされたら僕料理する必要なくなっちゃうよ?」


「じゃあ今日教えてあげる! そうと決まればさっさと学校に行って下校しよう!」


そうして彼女は颯爽と道を駆けていった。


「ちょ、そんなに走ったら……!」



「いてっ!」



彼女が身体の大きな男にぶつかる。彼女より断然図体が大きかった。


「ご、ごめんなさい!」


「いってぇな……ぶつかったんだから土下座しろよ」


「へ?」


「チビ龍如きが人間様にぶつかったんだ、それくらいしてもらわねえとな? それともその身体で払ってもらおうか?」


人間が彼女の口を掴む。それを見た僕は


「おい」


と、威嚇していた。


「何やってんだお前」


「は? お前誰だよ!」


「テストで質問を質問で答えると0点になること知らないの? 今は僕がお前に質問してるんだけど」


「なんで俺がお前の質問に答えなきゃならないんだ? どっかいけよ」


「そうしたいのは山々なんだけどさ………」


さて、ここはどう答えるべきか……


「その子、僕の彼女だから。彼女に手を出されたら放置しておくことはできない」


「ほ?」


彼女のあっけらかんな声を僕は無視する。


「笑わせるなよ、お前みたいなやつが彼氏だと?」


「僕は本当のことを言ってるだけなんだけどな?」


「俺よりもヒョロイ身体つきしてるくせに、どこが良いっていうんだ?」


「僕からしたらお前の方が異常だけどな、全身筋肉でできた単細胞野郎」


「本当にこの女が好きなら、とっとと消えろ」


「お前に命令される筋合いはない」


「俺に勝てると思ってるのか?」


「僕は勝てない勝負なんてしない」


「だめだよアルカディア! 喧嘩しちゃだめ!」


「邪魔だ!!」


「ぐえっ!」


男が彼女の鼻に向かって強烈な拳を見舞う。


「ドラヘル!!?」




……この前、トランス女性が女性部門のスポーツで一位を、とったニュースを見た。僕はそれを見てバカらしいと思った。その人は心は女性かもしれない。でも身体は男性だ。なら、女性に勝てるのは当たり前じゃないか。生物学的に男が女より強いのは当たり前なんだから。筋肉のつき方が違うんだから。勿論、個体差という言葉があるように、例外もあるだろう。でも、それを加味してもやはりおかしいと僕は思う。




「だ、大丈夫だよアルカディア。ちょっと鼻血出ちゃっただけだから」


「はっ、だとよ」


「………よくも」


「あ?」


「よくも、ドラヘルを……」


「何をそんなに心配しているんだ? 本人は大丈夫だと言っているじゃないか」


「………脳みそまで筋肉でできてるのか。こんなことも理解できないだなんて。か弱い存在も理解できないだなんて」


「何をごたごた言ってるんだ? その口をこの力でねじ伏せてやるよ」


「はっ、口論で負けそうになったらすぐ暴力か。ガキ大将となんら変わらないな。それほどお前はガキってことだ」


「力は弱者に見せつけるためにある、それの何が悪いんだ?」


「………いや、今のでわかった。お前はガキじゃない、チンパンジーだ。人間のガワを被った猿だ」


「黙れ!!」


「お前が自分自身を強者だと謳うなら、強者と戦って実力を見せろよ」


「うるさい!! もとはといえばその女が悪いんだ!! 俺にぶつかってきたのがわるいんだ!!」


「彼女は謝っていた。でもお前は脳みそも筋肉でできてるから理解ができなかったんだろ? 猿が人の言葉を理解できるわけがないからな」


「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ!!!」


そうして男は僕に突っ込んでくる。僕は即座に姿勢を低くし、奴の拳を回避。すぐさま腹に向かって殴り込む。


「ぐはっ!?」


「これは正当防衛だ。そして………」


男の顎に向かってアッパーカット!


「これはドラヘルの分だ!!!」


男は大きく吹っ飛んだ。これでも加減はした、死んではないだろ。



―――――――――――――――――――――



「はい、ティッシュ」


「ありがとう」


彼女は僕のティッシュを受け取って鼻血を拭く。


「にしても、アルカディアかっこよかったなぁ! 見事に悪を成敗してた!」


「……暴力を肯定するな」


「それでも、アルカディアは僕を助けてくれたよ!」


………どうやら、彼女に嫌われることはできなかったようだ。アレを見て僕が暴力男だと思わなかったのか。


「助けるのは普通だ。それに、僕は弱いものいじめが大嫌いだ」


「そうなんだ。いやー、本当にかっこよかったー! 『よくも、ドラヘルを……』ってところが特に!」


一番覚えて欲しくない所じゃないか。


「咄嗟だったんだ。仕方がないだろ」


「咄嗟に出たのがあの言葉ってこと? アルカディアは僕のことが好きってこと? 彼女呼びしてたし」


「それは、その場しのぎの嘘だ」


「僕はアルカディアのことが好きだよ!」


僕も彼女のことは嫌いじゃない。


「………引越しする時僕の手伝いはいる?」


「いらないかな。荷物無いし」


「アルバイトするの?」


「まぁどこかで働こうとは思ってるよ」


「そっか……………」


「…どうしたの?」


「いや、ごめん。ちょっと一人にしてほしい」


「え、わかった」





僕は屋上に来ていた。他には誰も居ない。


「不味い………もうこれ以上自分に嘘をつけない……」


僕は彼女が好きだ。彼女が殴られた時に感じたものでわかった。大事な人を傷つけられた、怒りの感情。それこそが僕が彼女を好きだという証拠だった。


「ダメだ……嫌われなきゃ……このままじゃ桜が終わるころに死んでしまう……しばらくすれば身体が思うように動かなくなる時も………僕が一番わかってるんだ……どうにもできない……桜が散るとき、間違いなく命も泡沫に消える……」


僕は、過去を独り語りする。


「兄さん……僕は一体どうすればいい……もう、僕はこりごりだ……兄さんを殺した僕はクズだ、僕には幸せになる権利なんてないんだ! 僕に生きる資格なんてないんだ!」


とにかく、早く嫌われなくちゃ。彼女に嫌われなくちゃ……




「なーるほどね」




僕の背後で声が聞こえる。その声を僕は知っていた。


「なっ、どうして!?」


「いや、盗み聞きは悪いかなとは思ってた。でも、アルカディアを放っておけなくてさ。聞き耳立ててたら、ごちゃごちゃと何か喋ってて……おかげでわかった。アルカディアは、もうすぐ死んじゃうんでしょ?」


「ッ!」


「でも、僕はアルカディアを好きなままでいるよ。アルカディアを嫌いになんかならない」


僕は混乱する。


「………君は、何もわかっちゃいない……これがどんなに残酷なことなのか…………僕は、君に幸せになってほしいんだ。僕のことは忘れて欲しかったんだ。なのに、なんで……」


「好きだから!」


「……は?」


「アルカディアのことが好きだからだよ! それだけだよ!」


「やめろ!! それ以上その煩わしい言葉を僕に囁くな!! こんなバッドエンド直行な恋愛なんて僕は認めない!!!」


「だったら頑張れば良いじゃないか!」


「頑張ったって無意味だから言ってるんだ!!!」


「アルカディアの努力は無駄なんかじゃない!」


「………なんで、なんでなんでなんでなんで!!!」


「アルカディアのことが大好きだからだよ!」


「………くそ、クソッッ!!」


「……アルカディア、一つお願いがあるんだ」


僕がこれからする選択は、間違いなく彼女を不幸にさせる。


「僕と、付き合ってください!」



ああ……兄さん。僕はクズだ。クズすぎて反吐が出る……



―――――――――――――――――――――



僕は、彼女に告白された。嫌われなきゃいけないこの僕が。


僕はその告白を受け入れた、僕も彼女が好きだったから。



「僕も好きだ。君が好きだ」


僕が心中を伝えると、嬉しそうに彼女は尻尾を振る。


「えへへ。アルカディアのこと、もっと教えて?」


「そんなこと言われても、さっきのことが全てだけどね」


「終わりは、いつなの?」


「……桜が終わる時。本当は、自殺するつもりだった。でも、君という存在ができたから、最後まで運命に抗おうと思う」


その命の灯火が、消えるまで。


「えへ、僕も最後まで付き合う! それじゃあ今度の休みは早速一緒に遊ぼう!」


「ああ、付き合うよ」


これからの生活は長くない。だから、全力で楽しもう。全力で謳歌しよう。彼女を、幸せにしよう。




「それで、どこに行く?」


「遊園地? 水族館とか温泉とかもあるよ!」


「遊園地なんかに行ったら寿命縮むんじゃない?」


「アルカディアは絶叫系が苦手、と!」


「文句あるか、お?」


「僕魚見ると食べたくなるんだよね」


「消去法で温泉しかなくなるわけだけど?」


「一番アリな選択肢!」


「じゃあ温泉にしよう」


「……やっぱ明日までに考えよう! そして明後日に行く!」


「予約とれるの?」


「最悪脅してとる!」


「僕の彼女物騒で怖い」


「……そういえば、料理を教える約束してたね」


「教えても実践する機会はないけどね。食材買いに行こうか」


「もう買ってる!」


「準備が良いね」


「まぁね!」


「………………」


「………アルカディア?」


「え、ああ、なんでもない。ちょっとぼーっとしてた」


すると、彼女は僕の目を見て


「アルカディアのお兄さんは、きっとアルカディアに幸せになってほしいと願っているよ。だから、そんなに自分を責めちゃだめだよ。僕が色々言えたことじゃないけどさ」


「兄さんは僕と違って、優しいし強かった。僕よりよっぽど生きる価値があった」


「そんなことないよ! アルカディアも優しいし強いよ!」


「わかった……そろそろご飯を作ろうよ」


「カレーで良い?」


()()()()()()からなぁ……」


「…………………?」


「せめて反応してほしかった!!!」



そんなことはさておいて、僕達はカレーを作った。どうやら、最近は自分の好みの辛さを選べるようになっているようだ。子供でも安心!




「もっと、この時間が続けば良いのに」


僕は怖れてしまった。別れを告げるのを怖れてしまった。でも、1人で居た時よりは楽だし、これはこれでいいのかもしれない。まぁ終わりが結局クソなわけだが。


「ていうか、遊びに行くのに男女で温泉とか大丈夫なわけ? もう付き合ってるからセーフ?」


そこで、ドアをノックする音が聞こえた。


「入るよー」


「おいコラ」


「何? どうかした?」


「まだ僕は部屋に入ることを許可していない、それにどうして僕の布団に入ろうとしている」


「僕変温動物だから」


そうして彼女は僕の布団に潜り込んでくる。


「あ、おい!」


「もう僕エネルギー切れ、動かない」


「そのエネルギーとやらはどこだ? とってきてやる」


「アルカディアとのキス!」


「what!!?」


「いつかするものじゃないの?」


「そりゃ、そうだけど…」


「しないの?」


「いや、いくらなんでも早いっていうか……」


「でも、僕達には時間がないよ?」


「そりゃそうだけど」


今でも思うんだ、彼女は本当に僕のことが好きなのかって。僕のことを憐んでいるだけなんじゃないかって。


「何も言わないってことは寝ても良いんだね」


「ダメだ! 早く帰れ!」


「無理。おやすみ」


そうして彼女は某メガネ少年もびっくりの速さで眠りについた。


「………クソ、こりゃだめだ。僕も寝るしかないか」



――――――――――――――――――――



結局のところ、温泉以外に案は出なかった。


まぁ仕方ないか、遊園地はぽっくり逝ってしまうし水族館だと食欲が出るし。


それに、街を散歩して温泉に浸かるってなかなか良くない?


「アルカディアー、おきろー!」


「ぐえええ」


彼女が僕の身体の上に勢いよくのっかってくる。


「今日は何する?」


「買い物でもする?」


「じゃあ朝ごはん作ってくる!」


朝ごはんを食べて、ぱぱっと支度をして買い物に出かける。




賑やかが売りの商店街に来たが、ひとつ問題が起きた。


「………古着しか売ってなくないか?」


「そうだねー」


「どうしてここを最初に選んでしまったんだ……」


「………僕達龍だから服とか要らなくない?」


「exactlly! その通りでございます!!」


「……まぁ、僕はアルカディアと居るだけで楽しいけど」


「そうやって僕を惚れさせるのはやめたまえ」


「思ったことが口に出るタイプなんだ」


ガムテープでその口縛ってやろうか。


「それか接着剤で塞ぐ」


「え? 僕の口を塞ぐつもり?」


どうやら僕も思ったことが口に出るタイプのようだ。


「……疲れた」


「僕も疲れた」


「帰ろうか」


「服を買うまで帰らないよ!」


「とは言っても良さそうな服が見当たらないよ?」


「じゃあ帽子!」


「はあ」


最終的に、彼女は帽子を、僕はサングラスを買った。



「場所は温泉で良い?」


「良いよ! 僕は良い場所思いつかなかったから」


「一泊二日で良い?」


「うん!」


「昨日良い場所調べておいたんだ」


「予約とれそう?」


「うん、とれるから安心して。とれなかったら風呂に温泉の素をぶち込む」


「どうしてそこまで固執するのさ」


「ゆっくりしたいからね。はしゃぐのも良いけど。………ああそうか、明日は早起きか」


「いつもは何時に起きてるの?」


「7時かな」


「じゃあ6時に起きよう!」


「そうだね」



……せめて、僕が普通の龍であったなら、彼女の誇れる彼氏になれたのに。


死が、確実に迫っている。



―――――――――――――――――――――



今日はいよいよ温泉旅行だ。


「…………」


そういえば、男女で温泉旅行に行く漫画は決まって何かしらのハプニングが起きて混浴になると聞く。まぁそんなの現実で起きるわけがないだろ。


「そろそろ時間か」


僕は昨日買ったサングラスをつけて外に出た。




「待った?」


「1時間しか待ってないから大丈夫だよ」


「what!!?」


「いやー、うきうきが止まらなくて早く来ちゃった!」


「早すぎない?」


ちょっと申し訳なく思う。…ちょっと待って早く来た彼女も彼女じゃない!?


「早く電車に乗ろう!」


「そうだね」




何事もなく無事目的の駅に着く。


「田舎だね」


「そうだね、でも自然は好きだよ」


温泉というのは田舎にあるのが鉄則なんだろうか。


「僕お腹すいた!」


「ああ、じゃあ何か食べるところを……」


……一番近くて3km!?


「落ち着いて聞いてほしい」


「?」


「今から非情な現実を突きつける。もしかしたらここで2人ともぽっくり行くかもしれない。一番近い店で3kmあるんだ」


「なん……だと!?」


「落ち着けと言ったはずだ!」


「ご、ごめん。もう落ち着いた。今から策を練ろう」


「策を練るだなんて……くそ、どうすれば良いんだ……」


「一度深呼吸をした方がいい。吸って吐くのを繰り返すんだ」


「何を履けばいいってんだ!? 僕はパンツは履いてない!!」


「パンツの話ではない! 呼吸を整えろと言っているんだ!」


「そんなことはどうでもいい! ここからどうやって行くかが問題なんだ!!」


「この選択はあまりにもリスキーすぎる、だけど……」


「それだけはダメだ!! 僕が許さない!!」


「なら他に何が残されている!?」


「考えろ……もっと安全な策があるはずだ!」


「もうこの選択肢しか僕達には残されてない!!」


「僕が君をおんぶすれば良い! 犠牲になるのは僕だけだ!」


「バカを言うな! 逝くなら僕も共にする!」


「……………本当にどうしようか」


「歩くしかないよね」


「まぁ、それ以外ないよね。タクシーがあればよかったんだけど」


「タクシーないっぽいね」


「あはは、君は突然の茶番にもノってくれるから楽しいよ」


「えへへー!」


その時、ふらりと彼女の身体が傾いた。僕は彼女の身体を支える。どうやら石につまづいたらしい。


「大丈夫?」


「さっきの電車ぎゅーぎゅーだったから疲れちゃったのかな。とにかく大丈夫!」


「……………」


「どうしたの?」


「……いや、なんでもないよ」




時々彼女の様子を確認しながら、田舎道を歩き続けた。案外それ自体は悪い気分にはならなかった。


「意外と疲れなかったね!」


「意外とね」


「バスが来るのはあと1時間くらい後だから余裕があるよ。あ、スマイルひとつくださいな!」


「それ他の店でやるやつだから」


「そうなの?」


「うん」


「そういえば、旅館ってどんなところ?」


「それ聞いちゃう?」


「聞いちゃ不味かった?」


「別に、普通の旅館だよ」


「僕はアルカディアと一緒ならどこでもいいよ!」


「………君さぁ」


「アルカディア照れてる! 可愛い!」


「その減らず口を閉ざしてやろう」


「むぎゅー!」


僕は彼女の口を掴んで塞ぐ。


「あうあいああっおいいー! ああいー! うおいー!(アルカディアかっこいいー! かわいー! つよいー!)」


「口を塞がれてるのに喋り続けるな!」


「うー!」


彼女は嫌な顔ひとつせずに僕に口を塞がれていた。


僕は、今までで一番幸せだ。


そして、同時に哀しいんだ。


これは僕だけなのか? 彼女はなんとも思っていないとか?


わからない、僕は彼女じゃないから。


彼女を楽しませよう、それだけを考えて旅館へと足を運んだ。



――――――――――――――――――――



「ようやく着いた」


僕達はバスでここまで来たわけだが、その道のりはあまりにも壮絶だった。あんなの歩きでこれるわけないだろ!


「案外遠かったね!」


「歩いてたら2人とも竜田揚げになってたよ」


「ご飯の話したらお腹すいちゃう!」


「そういえば、ご飯までまだ時間あるから浴室の場所確認しておこうか」


「見取り図ここにある! ここは2階だから……1階のここだ!」


「そこトイレ」


「あれ? じゃあここ!」


「そこ管理人室」


「あれ?」


「ここだよ、ここ。さぁ、行こう」



そうして浴場までやってきた、入り口にはこう書かれていた。


『本日、男湯と女湯の臨時メンテナンスのため使用不可です。おひとり様の場合は混浴へ、おふたり様以上でお泊まりの方は家族、恋仲専用温泉へご入浴ください』


「頭の中でデデーン流れたんだけど」


これやばくない? 普通にやばくない?


「一回受付の人に聞いてくるよ」



「すみませーん」


「どうかいたしましたか?」


「今日は男湯と女湯使えないんですか?」


「あー、今日少しトラブルが起きまして使用不可なんですよ。すみません」


「なるほど」


「あと、ふたり以上のお客様はなるべく全員で入浴ってほしいんです。お時間がかかって入浴れないお客様が出るかもしれないので……」


「………君はどうする?」


「うん? 僕は別にアルカディアと一緒で構わないよ」


「why!!?」


どうして混浴に抵抗を表さないの!!! 混浴だよ!!?


「せっかくの温泉旅行ですよ? 入浴りましょうよ!」


「いやでも混浴って流石に……」


「ヘタレ男ー! 漢気見せろよー! 一緒に入るぞってかっこよく言えよー!」


「今ヘタレって言いました?」


「アルカディアはどうするの?」


「……わかった。僕も温泉に入浴りたいし、一緒に入浴ろう」


「わーい!」


「いいですねー。ヘタレからちょいヘタレにグレードアップです!」


「ちょっと受付の人黙らせてくる」





僕達は揃って温泉に浸かった。彼女が僕にくっついてくるのが少し困る。


とりあえず、何か話そう。


「………君は」


「うん?」


「この旅行…………楽しい?」


これは一度聞いておきたかった。彼女はどう思っているのか気になっていたから。


「楽しい! 疲れたけど楽しいよ!」


どうやら杞憂だったらしい。


「アルカディアは楽しい?」


「楽しいよ」


初めての旅行なんだ、楽しいに決まってるじゃないか。大好きな人と一緒なんだ、楽しいに決まってるじゃないか。


「………時間が経つのは早いね」


「僕達一週間も経たないで付き合うってよくよく考えたらおかしいね! あは!」


「それくらいがちょうど良いんだろうね」


しばらく間ができる。


「この関係がずっと続けば良いんだけど」


「………本当に、ごめん」


「アルカディアは何も悪くないよ」


「考えたくないな、この先の結末なんて」


気づいたら、僕は弱音を吐いていた。


「ごめん………本当にごめん……僕だって嫌なんだ……僕が何をしたっていうんだ……でも、今はそのことは忘れて楽しもう」


「……それもそうだね」





部屋に戻って一休み。なんだか気まずい。


「お布団敷いたよ!」


「ああ、ありがとう。もう寝ようか」


「うん!」


「…………ちょっと待って。なんで布団が一枚しかないの?」


「元から一枚だったよ?」


「嘘だろ!?」


僕は入念に探す。しかし、どこにも見当たらなかった。


「そういえば、あの受付の人が『布団一枚にしておきました!』って言ってたよ」


「女郎ぶっ殺してやる!!」


「アルカディアー、一緒に寝ようよー」


「なんで君は嬉しそうなの!!」


「嬉しいから?」


「二人で一枚の布団なんか使ったらぎゅうぎゅうで眠れないだろ!」


「むー」


珍しく抗議の表情を浮かべる。


「せっかくの温泉旅行なんだぞー! もう行けないかもしれないんだぞー!」


「わかったわかった! わかったから!!」


僕は電気を消して彼女と布団に入る。月明かりが部屋の中を照らす。


「色々あったね、一週間」


「あまりにも濃すぎて胃もたれしそう」


「でも、やっぱり足りないや」


「何が?」


「時間。あまりにも足りなすぎる」


「………そうだね」


この選択は果たして彼女にとって正解だったのだろうか。僕は、この選択を選んで良かったのか?


でも、昔よりずっと楽しくて、世界を満喫できているのは確かなんだ。


「死んでも心の中に居るってよく言うじゃん。大丈夫だよきっと」


「そっか」


嬉しそうに彼女は僕を見て、身体を近づける。


「な、何?」


「えへー♪」


「……早く寝よう。明日のためにも」


「はーい!」


そうして彼女は眠りについた。


「………そういえば」


まだ、キスをしていなかったな。まぁその機会を僕が作れば良いか。そうして僕も彼女の後を追うために目を閉じた。



――――――――――――――――――――



ああ、もう朝か。


「………まだ寝てるか。そっとしておこう」


そこで、扉をノックする音が聞こえる。


「今行くよ」


その扉の先に居たのは、見知らぬ龍だ。あれ、なんだか面影が……


「やぁ、こんにちはで良いのかな?」


「ダリナンダアンタイッタイ」


「俺のことはどうでもいいんだよ。ここから、俺と同じ匂いがする。生き物という定義から外れかけた、そんな匂いが」


「are you fucking kidding me!?」


「そういうわけじゃないんだよな。まぁいい、ここから少ししたところに神社があるんだよ。そこは結構有名でな、何かしら願いが叶うかもしれない」


「生き物の定義うんぬんっていうのは?」


「ただの雰囲気。ここの旅館に宣伝の許可もらってるし。それだけさ」


「まぁ行ってみるだけ良いかもしれない」


「はは、良かった。主の加護があればいいな」


嵐のようにやってきて、嵐のように去っていった。


「………そろそろご飯の時間だよ。起きたまえ」


「ごはんーー!!」


「ぐはっ!!」


どうやったら起きて早々タックルができるんだ!!




「すいませーん」


「チェックアウトですか?」


「それもそうだけど、聞きたいことがあって。さっき淡白色の龍がやってきたんですけど何か知ってますか?」


「淡白色の龍……? いえ、存じ上げておりませんが……」


じゃあさっきのアレは嘘だった? なんのために?


「ここの近くに神社がありますので、そこの霊とかかもしれませんね」


「なるほど」


「でも、きっと悪霊ではありませんよ。あの神社相当のご利益があると噂されているので」


「アルカディアー、なんのはなしー?」


「君が寝てる間に色々あってさ」


「そういえば! あの神社龍を祀ってるって言ってましたよ。もしかしたら神様直々にやってきたのかもしれません!」


「神様直々に宣伝してきたんですけど」


「……どういうことでしょうか?」


「僕が知りたい。とにかく、受付さんありがとうございましたー」


「良い旅をー」




僕達は早速例の神社に向かうことにした。


「ここがその神社か」


「ボロボロだ!」


「あんまりそんなこと言っちゃいけません。とにかくご利益あるらしいし、何か願い事でもしてみよう」


にしても、どうしてあの人は嘘をついてまでここに足を運んで欲しかったのだろうか。何か理由があるのだろうか。


「五円あった!」


僕達は賽銭箱にお金を投げて、二礼、二拍手、一礼を行う。僕が顔をあげると、彼女はまだ願い事をしているようだった。


「アルカディアもう終わったの!?」


「まぁね」


「何をお願いしたの?」


「他人に自分の願い事を言っちゃだめなんだよ」


「そうなの!?」


「例外ありだったら気兼ねなく話せたんだけどね」



「よぉ、おふたりともお熱いね」



声が聞こえた。神社の屋根にあの龍が居た。龍は地面に降りて言葉を続ける。


「いや、本当に来てくれるとは思っていなかったよ」


「………さっきの」


「俺の名前はグローだ」


「アルカディアの知り合い?」


「この龍が僕が言ってた人だよ」


「悪かったな、有名っていうのは嘘だ」


「どうして嘘を?」


「ここはご利益があるからな。お前達はお似合いの恋仲だが、同時に儚い感じがした。だからここでどうにかできないかって思った、ようするにお節介さ」


「………生物の定義から外れそうっていうのは」


「どうだろうな。俺はただの龍でしかないし」


「儚いってどういうことー?」


「なかなか鋭いな嬢ちゃん。なら、俺はこう答えさせてもらおう。まだ、答えることはできない」


「まだ? もう会うことは……」


「答えを知りたいなら俺を連れて行くことだな」


「………は?」


「俺をお前らの家に泊まらせるしかないよな」


「それが目的だったのか!」


「んなわけねぇだろ。んで、どうすんの?」


「………どうする?」


「僕は答えが気になるな!」


あ、この子こういうの好きなタイプだ。


「……わかった」


「決まりだな。じゃあ俺はお前達の少し後ろからこっそりついていくわ。二人の時間を邪魔するわけにはいかないからな」


「そう言われるとなんか申し訳ないな」


「にしても、嬢ちゃんはこの神社に何を願った? 俺に言っても大丈夫だから教えてくれよ」


「本当!?」


「…………はははっ! それはそれはきっと叶うぜ!! 俺が保証するさ!!」


「やったー!」


彼女は何を願ったんだろう? 気になる!


「お前達は本当に仲が良いんだな! ついていくのが躊躇われるぜ」


「まぁこれも何かの縁だよ。あまり気にしなくても良いと思う」


そうして僕達は帰路を辿る。グローは絶妙な距離で僕達の少し後ろをキープしていた。隣に居ても構わないのに。



―――――――――――――――――――――



「ただいま、家」


「旅行の疲れが吹き飛んでいく…! この特有の空気がしみわたるー!」


「何かテレビやってる?」


「うーんとね」


彼女がリモコンに手を伸ばして電源のボタンを押す。途端にこの部屋に叫び声が聞こえた。


「うおっ!?」


「ホラー映画やってるよ! 見よう!!」


「えぇ……」


「怖い?」


「怖くない。ぜぇんぜん怖くない」


「じゃあ一緒に見よう!」


ちなみにグローはもう寝てる。



「うわああああ!! やめろ!! やめてくれ!! もう消してくれ!! グロい!! グロすぎ!! 音量下げて!!!」



「……これただの映画だよー?」


「ああああああ人の頭がとれたああああ!!!」


「うぎゃあ!!」


「やめろこっち見るな!! ピエロ怖い!!!」


「か、身体壊れるー!」


「テレビから出てくる!! 絶対出てくる!!」


「井戸の人じゃないんだから出てこないよー!」




「アルカディアー、終わったよー」


「………ああ、叫び疲れた」


「僕は身体が痛いや」


「ごめん。ああ、今夜寝れるか心配だ…」


「グローと寝れば?」


「どうして野郎と一緒に寝なきゃいけないんだよ、じゃあおやすみ」


「うん、おやすみ」





僕は自分の部屋に行った。グローが僕に言う。


「………怖いもの見て眠れないんだろ」


「なんでわかった」


「顔に書いてある」


「……少し話さない?」


「ああ、俺もちょうど話し相手が欲しかったんだ」


「……グローは本当に神様なの?」


「……はははっ! 俺はただの龍さ。 なんの能力もないただの龍。仮に俺が神様だとして、一体何ができるっていうんだ?」


「まぁ、それもそうか」


「それに、今回ばかりはどうにもできねぇよ……」


「……何か言った?」


「いや何も。とにかく、俺は神様なんかじゃねぇってことだ」


「そうか……」


「そんながっかりするなって。どうにかなるさ、きっと。お前達には、お前達の慰め方があるんだから。神様には到底わからないような」


「なんだか説得力があるね」


「よく言われるわ」


僕は机の引き出しからひとつの茶封筒を取り出した。


「それは?」


「………兄さんからの手紙」


「………なるほどな」


僕と封筒を少し見ただけでグローは察したようだ。僕は封筒を開けて、手紙を広げる。



 アルカディアへ


  これをお前が見ているってことは、俺はすでに死んでいるのだろう。にしても、お前がこの手紙を見るのは何回目だ? まぁ、なんだって良いんだけどさ。お前はこの手紙を読む時、自分を責めているだろう。だから言わせてもらう、あれはお前が悪いんじゃない。仕方がないことだ。仕方がないことなんだ。でも、俺はお前の兄貴でいられたことをすごく誇りに思ってる。俺はお前を恨んでなんかいない、これっぽっちもな。そして、お前のことを好きになった相手もきっと同じことを思うはずだ。だから、自分を責めるな。良いな? 絶対に自分を悪者にして壊れるんじゃないぞ。


                  エルドラド




「そんな手紙を読んでる暇があるのなら、彼女との時間を大切にしたらどうだ? 兄貴もそう望んでるんだろ?」


「……でも、僕は……」


「最低最悪、と。でも、時間は残されていないぞ。本当に、冗談抜きでな。そうだ、あの時の嬢ちゃんの願いなんだか知ってるか? 『アルカディアが自分を責めませんように』だってよ」


「………………」


それを聞いた僕は即座に彼女の部屋へと向かった。


「居ない………!?」



―――――――――――――――――――――



二、三年くらい前の出来事だ。


残り短い寿命の人間に、人狼が情けをかけて半獣にしたという事件があった。


その人間は驚異的な力を得たにも関わらず、その力を使って悪事を働こうとは思わなかった。むしろ、それを非難した。


それを見た人狼はその人間を認め、桜が散る季節人間が息を引き取るまで傍に居たという。


それを、僕はとても美しいと思った。僕もそんな風に死にたいと思った。





「……ここだ。綺麗な桜だなぁ。よく見たら緑色がところどころある。もう桜の季節も終わりなんだね」


僕はそうして桜の木の下に腰掛けた。


「アルカディア……」


昨日までの旅行が嘘みたいだ。僕のこの身体は今生命活動を止めようとしている。


「アルカディア、悲しむかな……」


ただ、それだけが気がかりだった。優しい彼のことだ。僕が死んだことに対して自分を責めなければ良いんだけど……


「アルカディア………もっとアルカディアと一緒に居たかったよ………」


僕はただ彼の名前を呼ぶ。その時だった




「ドラヘル!!!」



アルカディアが僕の目の前に立っていた。


「どうして、ここに?」


「……君がどこに居るかなんてすぐにわかる、僕は君の彼氏だから」


「そっか……嬉しいな」


アルカディアは僕を抱きしめて、喘ぐように僕に伝える。


「ごめん……ごめんドラヘル……やっぱり、あの時ちゃんと言うべきだった!! 死ぬのは、僕ではなく君だと!!! 僕は、僕のことを好きになった人の寿命を奪ってしまうんだ!!! 僕は、君に嫌われたくなくて……自分可愛さで、嘘をついた!!! 嫌われたくなくて、嫌われるのが怖くて……!!!」


「………なんとなく、わかってた」


「ッ!?」


「だって、あの話をする時決まってアルカディアは悲しい顔をするから……アルカディアが自分が死ぬってわかってたら、アルカディアはちゃんと言うはずだもん。僕を、不安にさせたくなかったんだよね? 大丈夫、アルカディアは悪くないよ」


「ッッ!! ドラヘル!!! 今すぐに僕を嫌いになれ!!! まだ間に合う!!! 今嫌いになれば今まで奪った寿命は君に返ってくる!! 嫌いになれ!! 僕に幻滅しろ!!! 早く僕のことが大嫌いだと言え!!!!」


僕は、アルカディアの頬に触れて告げる。


「……やーだよ」


「ッ、ふざけるな!!! ふざけるな……」


アルカディアの涙が僕の頬にこぼれ落ちる。


「もう嫌なんだ!!! 誰かが僕のせいで死んでいくのは……」


僕は、アルカディアを宥めるように



顔を近づけて、キスをした。



「えへー、ようやくできたね」


「なんで、なんで今なんだ!!! なんで……なんで……」


「泣かないでアルカディア、アルカディアが泣いてるところなんて見たくない」


「僕は、君を殺したんだ……僕はクズだ、底辺だ!!」


「……違う。これは、僕が決めたことだ。僕が選んだ選択肢だ。アルカディアは悪くない。アルカディア、僕は死んでもアルカディアを忘れないよ」





「ドラヘル、見える? 緑の葉が出てきているんだ。もう春が終わりを迎えているんだよ」


……ドラヘルから返事はこなかった。


「ああ……別れの季節が来てしまった」


僕は耐えきれず嗚咽した、獣のように天に吼えた。


「うわあああああああああッッッ!!!!」


世界に僕の慟哭が響く。その衝撃でなのか、一枚の桜の花びらが僕の目の前に落ちた。




『僕はずっとアルカディアのことが大好きだよ』




「ああ……僕もドラヘルのことが大好きだ……ずっと、ずっと大好きだ……」


春が終わって夏が来る。


大丈夫だ、きっとなんとかなる。


彼女は、ずっと僕の心の中で生き続ける。


僕が忘れない限り、彼女は生きている。


そう言ったのは、君だよ。ドラヘル……




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