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リンリンの父、モンモンが営む拳法道場に1人の男が現れた。
黒い道着をまとった熊のような大男は「この道場で1番強い奴を出せ!」と吼えた。
10人の門弟たちは困惑する。
「何を!」
頭にきたリンリンが前に出た。
リンリンは18歳。
幼い頃の修行中に負ったバツ印の傷が、額に残っている。
道場では父に次ぐNo.2の実力だ。
「リンリン、やめなさい!」
モンモンが制止した。
「我が流派は他流試合禁止だ!」
「でも!」
リンリンは悔しかった。
これまでも何度か、同じような思いをしている。
「ちっ、腰抜けめ」
逆立った黒髪を揺らし、男がペッと板間に唾を吐いた。
「オレの名はジャラジャラ!」
ジャラジャラが豪快な構えを取った。
「ジャラジャラ流に恐れをなしたか?」
「そう思いたいなら、勝手に思いたまえ」
「父さん!」
リンリンが、父に詰め寄る。
「お願い、戦わせて! あんな奴に負けないよ!」
「否。お前では勝てない」
モンモンが首を左右に振った。
「ほーう」
ジャラジャラが、ニヤッと笑う。
「どうやら少しは出来るようだな。オレの実力を見抜くとは」
ジャラジャラが、リンリンたちに背を向けた。
「看板は貰っていくぞ」
「ええ!?」
リンリンが青ざめた。
かつて看板を取られたことはない。
それは最大の屈辱を意味する。
リンリンが後を追おうとしたところで、とうとう堪忍袋の緒が切れた門弟の1人が、ジャラジャラに飛びかかった。
「ホァーッ!」
ジャラジャラのバックハンドブローが、門弟の顎をクリティカルで打ち抜く。
「よくも!」
倒れた仲間を見た他の門弟たちも、次々とジャラジャラに向かっていった。
「ホァッ、ホァッ、ホァーッ!」
ジャラジャラの流れるような拳と蹴りが、瞬く間に門弟全てをノックアウトした。
「そんな!」
リンリンが愕然とする。
父がリンリンでは敵わないと言った理由が今、理解できた。
レベルが違う。
ジャラジャラは、倒れた門弟に追い打ちを入れようと構えた。
「待て!」
モンモンが前に出た。
「何だ? ようやく、やる気になったか?」
ジャラジャラが笑う。
「やむを得まい」
2人の間に闘気が満ち、バチバチと火花が散った。
「ホァーッ!」
「てーい!」
ジャラジャラの烈火の如き攻撃をモンモンの両手が巧みにいなす。
「ぬうぅ!? や、やるな!」
ジャラジャラが苛立ち「これでも喰らえ! ダブルデビルハンドーーッ!」と渾身の諸手突きを繰り出した瞬間。
モンモンが胸を押さえ、動きを止めた。
「ぐうぅっ、こんな時に!」
「父さんの持病が!」
リンリンが叫ぶ。
モンモンは心の臓を患っていたのだ。
隙だらけとなったモンモンの胴に、ジャラジャラのダブルデビルハンドが直撃する。
「ぬあーーっ!」
モンモンは吹っ飛び、道場の壁に叩きつけられた。
「父さん!」
リンリンが慌てて駆け寄る。
「ふん、老いぼれめが!」
ジャラジャラが再び、唾を吐いた。
「この程度の奴を倒しても何の足しにもならぬ! オレは1ヶ月後の拳法トーナメントで優勝し、名声を手に入れるのだ!」
そう言うと、ジャラジャラは道場を出ていった。
「くっ…」
リンリンは、その後ろ姿を見つめ、悔し涙を流すのだった。
モンモンの怪我は、何とか致命傷を免れた。
しかし、しばらくはリンリンに支えてもらわねば歩けない。
門弟たちは1人も足腰が立たず、今のところは稽古に来れなくなった。
「父さん。あたし、拳法トーナメントに出場するよ! そしてジャラジャラを倒す!」
「バカを言うな。お前が勝てる相手じゃない」
「ううん! 必死で鍛える!」
「まったく」
モンモンが、ふと優しい眼をした。
「言い出したら聞かないのは、死んだ母さんにそっくりだな」