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僕の純文学作品集

昭和くんが泣いているのは

作者: Q輔

 私は、通う大学の近くにあるスーパーマーケットで、週に3回アルバイトをしている。仕事の内容は、食品売り場などで、新商品・オススメ商品を実際に食べてもらい、PRをすること。いわゆる試食販売のアルバイトだ。


「わ、試食だ! 試食をやっている!」


 その日、店内にホットプレートを設置して、新商品のレモン風味のウインナー焼いていた私のところへ、一人の男の子が駆け寄って来た。


「ねえ、お姉ちゃん、俺、腹ペコなんだ。このウインナー、食べていい?」


 歳は七歳とか、八歳とか、たぶんそれぐらいかな。近くに保護者らしき人はいない。一人で店内ぶらついているのだろう。ジャイアンツの野球帽にアニメのプリントTシャツ、学校の体操着と思われる短パンには、習字の時間に垂らしたと思われる墨汁のシミ。膝小僧にバンソウコウ。まるでギャグマンガの主人公のように垂れた鼻水。人を見た目で判断してはいけないが、なんと言うかその、見るからにお育ちの悪そうな、いやいや、人を見た目で判断することは絶対に良くないことであるのだが、でもなんと言うかその、見るからに頭がよろしくなさそうな、そんな男の子である。


 最近、ゼット世代と昭和世代を比べて笑うという新趣向のバラエティー番組が放送されていた。その番組で観た昭和時代の子供みたい。私は、男の子のことを、密かに『昭和くん』と呼ぶことに決めた。


 ぶっちゃけ、昭和くんにこの商品を買ってもらえる見込みは百パーセントない。でも、試食は全てのお客様に平等に勧めるようにお店から指導されているから――


「もちろんです。はい、おひとつどうぞ」


 包丁で三等分にして焼いたレモン風味のウインナーを、ひとつ爪楊枝に刺し、私は、昭和くんに手渡す。


「うまい!」


 ウインナーを一口食べた昭和くんは、途端に歓喜の声を上げた。


「ほんのりレモンの味がする! 僕、こんなにおいしいウインナー食べたことがない! お姉ちゃん、もうひとつだけ食べていい?」


「あら嬉しい。はい、もうひとつ召し上がれ」


 なんなのこの子。ひと切れのウインナーで、何だか申しわけないぐらい感動をしてくれている。私は、試食の追加を昭和くんに手渡した。


「うんま~い! 本当においしい! ねえ、そこのママ! そこのお兄さん! このウインナー食べてごらんよ、すごくおいしいから!」


 感極まった昭和くん、あろうことか店内で買い物をしている他のお客様に、私が焼いた試食のウインナーを勝手に勧めはじめた。マジでなんなのこの子。


「ほら、食べなって! これ、試食だよ! ただだよ! お金いらないよ!」


 ところが、まあ当然といえば当然なのだか、店内で大声を上げて試食のウインナーを勧めて回る奇妙な子供の出現に、周囲の大人の反応は冷ややかだ。どの大人も、見て見ぬふりをするばかり、昭和くんをまるで相手にしない。


「ねえ、そこのおばさん! こっち来て、このウインナーを食べてみなってば! なんで逃げるのさ! 騙されたと思って食べてみなよ!」


 大人たちの醒めた態度に業を煮やした昭和くんは、たまたま通りかかった品のあるご夫人の服の袖を引っ張って、私の前に連れて来た。


「痛い痛い痛い。痛いから手をひっぱらないでちょうだい。いったいあなたどこの子よ?」


「ほら、おばさん、このウインナーおいしいよ! 試しに食べてみなよ!」


「おほほ。嫌だわ。誰がおばさんだ、誰が」


「あの~、お客様、よろしければ、おひとついかがですか? 新商品のレモン風味のウインナーです」


 事の流れで、私は、ご夫人に試食を勧めざるを得ない状況。ご夫人も試食をせざるを得ない状況。ご夫人は、試食のウインナーをしぶしぶ口に入れた。


「……ふ~ん」


 うわ~、「いまいち」って顔に書いてあるう~。


「今日の晩御飯の一品にいかがですか?」


「はいはい。ひとつ頂きましょうね。試食しちゃったしね。買えばよいのでしょう買えば。あ~あ、まったく今日はなんて日かしら。突然変な子供に拉致されるわ。買いたくもない食材を店から押し売りされるわ。厄日だわ」


 ご夫人は嫌味を言いながら商品を一袋買い物かごに入れ、この場を逃げるように去った。押し売り? 人聞きの悪いこと言わないでよね。でも、結果的にそうなったのかも?


 その時、私の目の前に立ち尽くす昭和くんは、ホットプレートの上でチリチリと音を立てて焼かれる試食のウインナーを、ただ黙って見ていた。まるで鉄仮面のような無表情。


 良かれと思って勧めたのに、何故みんな迷惑そうなのだろう? 何故試しに食べてくれないのだろう? 唯一試食をしたあのおばさんは、何故自分の舌に合わない商品をわざわざ買ったのだろう? 何故あんな捨て台詞を言う必要があるのだろう? そんなことを考えているのかもしれない。


 人間は、様々な感情が極度に入り乱れると、逆にこのように感情を消し去るものだ。分かってもらえないって辛いね。理解者がいないって孤独だよね。勤務中の無駄話になるから、直接声こそ掛けなかったが、私は、心のなかで昭和くんに同情をした。


――――


 翌日。私が、昨日と同じ場所で、同じレモン風味のウインナーの試食販売をしていると――


「ほら、母ちゃん! こっちこっち!」


――野菜売り場の方から、あの昭和くんが、母親の服の袖を引っ張りながら、こちらに向かって来るではないか。


「おいおい、母ちゃんをどこに連れて行くつもりだよ。お菓子なら絶対に買わないからね。今日は大根とモヤシを買いに来ただけだからね」


 強引に息子にここまで連れて来られて、明らかにご機嫌斜めの昭和くんの母親。歳は二十代後半ぐらいかな。金髪のロングヘアー。真っ赤なスウェットの上下にサンダル履き。人を見た目で判断してはいけないが、なんと言うかその、この親にしてこの子ありというか、いやいや、人を見た目で判断することは絶対に良くないことであるのだが、でもなんと言うかその、見るからに、あなた昔相当悪かったでしょう? って感じの母親である。


「ほら、見て、母ちゃん、試食だよ! ウインナーの試食!」


 昭和くんが、私のいる試食販売コーナーを指差す。


「わ、ほんとだ、試食じゃん! わわわ、ウインナー、めっちゃうまそう。よ~し、偉いぞ、さすが私の息子だ。よくぞ母ちゃんをここへ連れて来た。褒めて遣わすぞよ」


 先ほどまでの不機嫌な態度はどこへやら、昭和くんの母親は、試食のウインナーを見た途端に満面の笑みを浮かべ、少しおどけながら昭和くんの頭をよしよしと撫でた。


「おひとついかがですか? 新商品のレモン風味の――」


「いただきや~す!」


 商品説明の途中でもお構いなし、昭和くんの母親は、私が手にした試食のウインナーを奪うように食べた。


「うんま~い!」


「でしょ! うまいでしょ、母ちゃん! 母ちゃんならきっと分かってくれると思った!」


 昭和くんは、目を輝かせて母親にそう叫び、それから、ちらりと私の方を見た。私は、小さなガッツポーズを、そっと昭和くんに贈った。


「ほんのりレモンの味がする! 私、こんなにおいしいウインナー食べたことがない! お姉ちゃん、もうひとつだけ食べていい?」


「もちろんです。はい、どうぞ」


「うまい。マジで、ちょ~うまい。さすがは私の息子だ。母ちゃんの好みをよく分かっている。偉い。偉いぞよ。褒めて遣わすぞよ」


 母親が、昭和くんを激しく褒めそやす。試食販売コーナーを通り過ぎる他のお客様の冷笑のなか、なんだかんだで、母親は計8個のウインナーを試食した。


「今日の晩御飯の一品にいかがですか?」


「ごめんね、これだけ食べておいて悪いけれど、買うのは今度にしておくわ。だって、今日は大根とモヤシを買いに来ただけだから」


 か、買わんのか~い! ふと見ると、母親の横で、昭和くんが大粒の涙を流して泣いている。


「なんだい、この子は。ウインナーを買ってもらえないぐらいでメソメソと泣くんじゃないよ。見るからに物欲しげな顔をしちゃってさ、情けないったらありゃしない。いくら泣いたって、母ちゃんは、買わないったら買わないからね」


 こうして、泣きじゃくる昭和くんは、母親に手を引かれ、野菜売り場の人だかりの中へ消えて行った。


 お母さん、物欲しげな顔だなんて、人を見た目で判断してはいけません。だって、たぶん、きっと、昭和くんが泣いているのは、その涙のわけは、ウインナーを買ってもらえなかったからなんかじゃ、ありません。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 人の心が見えるいい話ですね。 昭和くんのお母さんも貧乏ながら、子供を愛しているようで、よかったです。
[良い点] タイトルを見て、昭和くんって何者?って思ったのですが、確かに昭和くんでした。 [一言] 低学年ですか。 墨汁が付いてるなら3年生でしょうか。でもお下がりかもしれませんね。 泣くかなぁ…うち…
[良い点] 子供って、シンプルだからこそ、本質をついている時がありますからね。 大人は柵がふえ、経験から余計な邪推がふえて、賢くなったようでいて、賢しいだけだったりしますから。 このシンプルな「感…
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