ウェポンスミスとフラッグガーディアン
「フレッグを、旗護に任命する」
定例会の最中、ギルド長が宣言した。
その言葉を受け、ギルドメンバーから歓声とも、驚きとも取れる声が上がり、ざわつく。
しかし、僕は解っていた。これは嫌がらせだ。僕のことを嫌っているメンバーからの遠回しな嫌がらせなのだ。
「よかったな、フレッグ!ギルド戦の花形じゃないか」
同期のアルスーチが肩を組んできた。
さも、仲の良いように見せているが、この男は嫌がらせメンバーの主犯格だ。僕のことが気に食わないらしく、あの手この手で、今まで嫌がらせをしてきた。陰湿でありながらも些細なものばかりだったから、簡単にいなせたが、今回は本気のようだ。
「ありがとう、アルスーチ。嬉しいよ」
僕は満面の笑みで、応えた。
「ちっ」
僕の笑顔が気に食わなかったのか、アルスーチは小さく舌打ちした。聞こえてるよアルスーチ。
「これからも、よろしくな、フレッグ」
先程の舌打ちとは裏腹に、アルスーチは笑顔を崩さず、僕の肩を叩き立ち去った。
今までの嫌がらせは、大したことのないもので、気にも留める必要もなかった。
しかし、今回のものはヤバイ。アルスーチの言う通り、旗護は、ギルド戦の花形と言ってもいい。それに任命されたということは、とても名誉なことだ。
そのため、自ら旗護を降りるということは、ギルドを辞めると宣言していると同義だ。
「参ったな、これからどうするかなぁ」
名誉とは裏腹に、僕の気持ちは晴れなかった。
街外れの鍛冶屋、ここが僕の家だ。
「ただいま…」
「なあ、頼むよアルク。オーダーメイドで武器を作って欲しいんだよ」
「はぁ?アタシに作って欲しいんだった、もっと自分のレベルを上げてから来るんだな!」
帰ってくるなり、言い合いの現場に遭遇した。
同居人のアルクは鍛冶師だ。しかも凄腕である。そのため、依頼が後を絶たないのだが、彼女は客を選ぶ癖がある。
「おい、アルク。あのモブイさんが頼んでるんだぞ?受けろや!」
「あぁ?あのってどのだよ。大したレベルでもねぇくせによ、さも大物みてぇに言ってんじゃねぇよ!」
始まった、いつも通りの揉め事だ。彼女は、こうやって依頼人を選び、彼女の認めたレベルに達していない人物からの依頼は、決して受けない。
「アルク…」
「やめろフーベイ、見苦しい」
僕が止める前に、そのモブイさんとやらが、下部を止めた。
「今回は引き下がる。でもな、余り調子に乗るなよ、アルク」
「けっ、レベル上げてから来いや!」
もう、アルクの言い方はチンピラだ、これでは、どちらが悪者か分からない。
モブイと、その取り巻きは、悪態を吐きながら、店を後にした。
「ふう~……あ、おかえり、フレッグ」
僕に気付いていなかったのかい!まあ、興奮状態だったから、仕方ないか。
「また仕事選んでるの、叔母さん。いくら売れっ子とはいえ、そんなに傲慢じゃ……いだだだだだだだだ!!!!」
アルクが、僕の頭頂を拳でグリグリしてくる。その痛みは鋭く、僕は耐えられず悲鳴を上げる。
「お・ば・さ・ん、じゃ、ねぇだろうが!」
「いだだだだだだだだ!!!!!」
拳の力が強くなり、僕の悲鳴が大きくなる。何て強さで僕の頭をなぶるんだ。容赦がない。
「わ、悪かったよ、姉さん」
拳から逃れた僕は、頭を摩りながら言い直した。
この同居人のアルクだが、母の妹で、僕の叔母さんに当たる。しかし、年齢は僕の四つ上という若さだ。
アルクは、母が十八の時に生まれた、年の離れた姉妹だった。僕は母が二十二歳の時に産んだ子供なので、今のような年の差の関係となった。
だから、僕にとってアルクは叔母に当たるのだが、年齢が近いので、叔母と言うと怒られる。
そんな僕たちが、何故同居しているのかというと、僕がギルドに所属するにあたり上京することになったからだ。いわゆる就職というやつだ。
ギルドが王都にあるのだから当然、実家のある村からは通えない。そこで、母の提案で、元々王都で働いていたアルクの所に厄介になる事になった。
実際にアルクの所に転がり込んで分かったことは、アルクが実は凄い人間だということだった。
職業は鍛冶師なのだが、武器を作るブラックスミスと、武器を磨くホワイトスミスの両方を担っており、しかも、どちらの仕事も、王都から表彰され、更に王都御用達の「ウェポンスミス」の称号まで受ける程の腕前だった。若くして技量もあることから、人気が高く、依頼者も多い。そのため、かなり先までスケジュールが埋まっていた。
スケジュールが埋まっていることから、アルクは仕事を選ぶことにした。本当に作るべき相手の武器しか作らなくなったのだ。それは、先の会話の通り、きちんとしたレベルに達し、腕前のある人の武器だった。
つまり、アルクが認めた人の武器しか作らない。
最近は、その姿勢が気に食わない人が多く出始め、巷では「売れてるから調子に乗っている女鍛冶師」という、不名誉なあだ名が流れるほどだ。
僕は、アルクのやっていることは間違っていないとは思うだけれど、やっぱり、あのガサツな物言いが、反感を買うんだろうなとも思っている。もう少し物腰柔らかければ、状況も変わっていたのだろう。
でも、鍛冶師という世界で、女性が上にいくには、仕方ないことでもあるのだろうなと思っていた。
さらに驚いたのは、アルクも僕と同じギルドに所属していることだった。
鍛冶師が本職なのだから、ギルドに所属しなくてもいいのだが、アルク曰く、まだ売れていない時に、ギルド専属になることで、ギルドの武器を作る仕事を請け負い、生計を立てていたそうだ。
そんな恩もあり、まだ所属を外れていないのだという。しかし、僕のギルドからの依頼は、そんなに多くなく、無理な注文はないそうだ。そんな待遇も、アルクは有り難いと言っていた。
「今日は、これくらいにして、店を閉めるかな。飯にしよう」
仕事の区切りが良かったようで、アルクは後片付けをし始めた。
「じゃあ、先に支度を始めているね」
「おう」
僕は家の奥に入り、ご飯の支度を始めた。炊事に当番とかはなく、いつも二人で作っていた。
アルクの鍛冶屋は、僕が家を出た後に開店し、僕が帰ってくると閉店する。そんなサイクルだったため、一緒に作るのが、すっかり当たり前になっていた。例外として、アルクの注文スゲジュールが過密で、遅くまで作業している時は、僕がご飯を作った。居候の身なのだから、本当は、全ての炊事を受け持つのが道理なのだろうが、アルクはそういうことは嫌がった。
野菜を刻んでいると、アルクが並んできた。
「何を作るんだ?」
「炒め物だよ」
「分かった。じゃあ、アタシはスープを作るか」
アルクが自分のまな板を出して、野菜を切り始めた。
「今日は定例会だったんだろ?何かあったのか?」
アルクはギルド所属とはいえ、あくまで鍛冶屋だ。ギルドの計らいもあり、イベント事に参加することは滅多にない。
「何で、そう思うの?」
「浮かない顔してるからよ」
視線を野菜に落としたまま、こちらを見ずに言ってきた。そんなに顔に出てたかな。
「旗護に任命されたんだ」
「へぇ、名誉なことじゃないか」
アルクが抑揚のない声で言った。何だかそれが、無性に腹が立った。
「名誉とか言うわりに、嬉しそうじゃないね」
「そりゃ、お前が嬉しそうじゃないからな」
言われてハッとした。確かに、僕自身が嬉しくないのだから、アルクも喜べるはずがない。
「旗護って言ったら、ギルド戦の花形だけど、嫌だったのか?」
「花形なんて、形だけじゃないか」
「ふ~ん、そんなもんなのかねぇ。まあ、詳しくは、飯を食いながら聞くよ」
それから、僕とアルクは会話することなく、黙々と食事を作った。
「「いただきます」」
手を合わせ、二人同時に言った。
「それで、旗護の何が不満なんだ?ギルドの旗を守る最終防衛者じゃないか。信用されてなきゃ、任命されないだろ?」
アルクの言う通り、明らかに弱い人間は任命されない。そういう意味では、僕の強さはギルドに認められているのだろう。
しかし問題は、その役割ゆえの難しさにあった。そのため、花形と呼ばれる裏に、もっとも就きたくないポジションのナンバーワンといわれていた。
ギルド戦では、各ギルドのシンボルである旗が使われる。この旗をフィールドに立てて、それを破壊することで勝敗が決まる。ギルドの命ともいうべき旗が破壊されるのだ、負けた時の敗北感は計り知れない。
そして、その要となる旗を護るポジションが旗護だ。ギルド戦の最終ラインとなる、ギルドの護り人だ。
ギルドの護り人という肩書と、最終ラインという説明を聞けば、レベルの高い、強い闘士が選ばれる、名誉なものに感じる。
「確かに名誉のあるポジションだよ。でも、その実は、体のいい人切りの場所さ」
「人切り?」
「そうだよ、辞めさせたい人間をそこに配置して、ギルド戦に負けた時に、責任を追及して、ギルドから去らせる。そんな風に使われてるのが、実質の旗護のポジションだよ」
そう、僕を疎ましく思っているアルスーチは、ギルド戦に負けた時に、僕の責任の所在を追及して、辞めさせる気なのだ。
「そんなことないだろうよ。相手の旗を先に破壊できなかったのは、前衛のせいだし、自陣の旗まで敵を行かせたのは防衛のせいだろ?」
「でも、事実そうなってるんだよ」
僕は静かに言った。途端に、アルクの顔が険しくなる。
「てめぇ、自分の任された仕事を一度もやらずに、負けた気でいんのかよ!」
胸ぐらを掴まれて、怒鳴られた。
「僕には、母さんやアルクのベジバーグ一族の天才の血は流れていないんだよ!」
たまらずに叫んだ。今は隠居して、郊外の村で農業を勤しんでいるが、元々、母さんもギルドに所属し、「戦神乙女」の称号を得るほど強い人だった。
母さんの旧姓であり、アルクの現姓のベジバーグ一族は、天才一族と言われるほど、才能に溢れている人ばかりだった。事実、母さんは戦神乙女だし、アルクはウェポンスミスだ。僕なんか、まだ何の称号も受けていない。
「ふんっ、腑抜けた顔してるわりには、でけぇ声出せんだな」
アルクは、僕の胸を離すと、キッチンに消えた。僕の弱々とした態度に、愛想が尽きたのだろう。
「乾杯するぞ」
キッチンから戻ったアルクの手には、酒瓶とグラスが二つ持たれていた。
「乾杯って…」
アルクは僕の話を聞いていなかったのだろうか。僕は今回の任命が嫌だと言ったはずだ。
「名誉あるポジションに任命されたことは事実なんだ。乾杯させろよ」
「あ…うん」
アルクの気持ちもわかる。甥っ子がいいポジションになったのだ、当然、祝いたいだろう。
僕は素直にグラスを受け取った。そのグラスに、アルクが酒を注ぐ。
「フレッグの新たな門出に乾杯!」
僕は無言で、グラスを合わせた。アルクは一気に飲み干し、二杯目を注いだ。
「アタシはな、天才って言葉が嫌いなんだ」
アルクはぽつりぽつりと話し始めた。
「天才って、才能だけで、全く努力しないように思われがちじゃねぇか?」
確かにそうだ。実際僕はそう思っていた。
「それって、自分のやってきた努力を否定されたみたいで、嫌なんだ」
僕は何も言えなかった。確かに、天才の努力なんて考えたこともなかった。努力せずに何でもできる人たちのことを言うものだと思っていた。
「アタシはウェポンスミスの称号を得るために鍛冶師になったわけじゃねぇ。ただただ、凄い武器を作りたいからなったんだ。そのために、鍛えのブラックスミスと磨きのホワイトスミスの鍛錬を、毎日やった。それこそ、他の奴の数倍やった。材料費だってバカにならねぇ、だから、失敗した武器を譲ってもらって、それを溶かして材料にしたり、メンテナンスの仕事をこなして、材料費にした」
話からも、その過酷さが伺える。僕はアルクのことを見誤っていたのだ。恥ずかしい。
「二つのスミスをやるなんてと、周りからは叩かれたさ。それぞれの職人からしたら、気に食わないものだったんだろうな。でもアタシは、どちらも高水準な位置にまで高めた。そして、おまけで称号を得たわけだ。アタシには、称号なんて、ついででしかなかったぜ。まあ、そのおかげで、仕事がたくさん来るのは有り難いけどな」
確かに、仕事というのは、称号を得るためにやるものではない。自らの腕が認められて、初めて得るものだ。僕は色々と勘違いをしていた。
「フレッグ、姉貴から現役時代の話を聞いたことはあるか?」
「ううん、母さんは一度も話してくれなかったよ。僕の剣技の稽古をつけてくれたのも、父さんだけだったし」
「そっか。じゃあ、少し姉貴の話をしてやるよ」
「母さんの話?」
初めて聞くかもしれない。父さんの話はよく聞いたけど、母さんの話は、現役時代に戦神乙女の称号を得たという、ただ一つのことのみだった。
「戦神乙女の称号を得たのは知っているな?」
「うん。過去最年少でなったって」
まさに天才。そう聞いている。
「そうだな。じゃあ、そのポジションがどこか聞いてるか?」
「前衛じゃないの?」
「旗護だ」
「え」
初耳だった。まさか、母さんが僕と同じポジションになっていたなんて。しかも、そのポジションで称号まで得ている。
「アタシは姉貴の引退戦しか記憶してないけど、脳裏に残るほどの強さと美しさだったよ。四歳のアタシに衝撃を覚えさせるだけの強さがあった」
アルクは、酒を口に運び、一息ついた。
「だからさ、フレッグが旗護に任命されて、嬉しかったぜ」
僕を見据えて言った。その真っ直ぐな視線が、腐っていた僕には痛い。
「さっきも言ったけど、アタシは天才って言葉が嫌いだ。努力を否定されるって意味では、本当にネガティブな言葉だと思うぜ。だからアタシは、姉貴が天才って言われて、憤りを感じたもんな」
「どうして?」
「姉貴は努力の人だったからだよ。毎日毎日、過酷な鍛錬をしていた。それこそ一日も欠かしたことはなかったぜ。アタシはそれを見てたから、毎日の鍛錬の大事さを知っているし、アタシもそうすることで、この地位にまで上り詰めることができた。努力は裏切らねぇんだよ」
耳が痛かった。僕はちゃんと努力をしていただろうか?
「何だよその顔」
僕の何とも言えない表情に、アルクが笑い出した。
「フレッグはちゃんと鍛錬を欠かしてないだろ。アタシはちゃんと見てるぜ。だから、前ポジションの前衛でも、フラッグ破壊数が多かった。優秀な闘士だと思うぜ。だから、純粋にその腕が認められて、今回、旗護に任命されたんだと思うぜ」
「そうなのかなぁ…」
「そうさ!」
アルクは力強く、僕の肩を叩いた。
でも、アルクの言う通り、やりもしないで文句を垂れていては前途多難だ。先ずは、自分の任された仕事を全力でやらないでどうする。
「お、目つきが変わったな」
「うん、ありがとうアルク。僕、頑張ってみるよ」
「それでこそ、アタシの甥っ子、姉貴の息子だ!」
アルクは大笑いをして、残りの酒を豪快に飲み干した。
ギルド戦のルールを改めて調べて、自分が認識してないことが多いことに驚いた。ギルド所属者として、恥ずかしい限りである。
先ず、旗を立てなくてはいけないというルールはなかった。破壊されたら負けというだけで、旗を持ち歩くことは、問題ないのだ。加えて、旗に対して、防御魔法などを使うことも問題ない。更に、旗の材質の制限もなかった。
どうりで前衛をやっていた時に、破壊しづらいものと、破壊しやすいものがあったわけだ。材質と、防御魔法の分析ができれば、もっと破壊しやすかったのではないだろうか?今まで自分たちが、どれだけゴリ押しで攻略してきたかが分かる。こんな方法では、上位ギルドには勝てないだろう。
以上のことから、僕の護り方が見えてきた気がする。幸いなことに、僕の近くには凄腕の鍛冶師かいる。アルクの協力を得ることで、旗の素材を変え、破壊されにくいものに変えることができる。そうだ、更に軽くすることで、持ち歩き易くすれば、持って逃げるという戦法も取れて、戦術の幅が増える。
先ずはアルクと相談して、合った素材を考えてみよう。
「それで、話ってなんだ?」
昼間のうちにギルド長から旗の材質の変更の許可は得た。これで、僕の理想の旗に変えることができる。
「ギルド戦において、うちの旗の材質を変えようと思うんだ。ギルド長には許可を得てあるよ」
「ほう。何で材質を変えることを考えたんだ?」
「アルクの話だと、母さんは、旗を中心に戦う戦闘方法だったって言うじゃないか」
「そうだな」
「でも、僕には、そんなフットワークの軽い戦闘方法はできない。だから、旗を持って戦うことにしたんだよ」
「それはまた、大胆なことを考えたな」
「実際、僕は自分以外のものを護りながら戦う方法はやったことがないし、今から習得するにしても、ギルド戦までには時間がない。だから、付け焼刃の戦法になってしまうと思うんだ」
「まあ、確かにな。でも、旗を持ちながら戦うってのも、やったことがないんじゃないか?」
「それはそうだけど、突き刺したものを護るよりかはマシだよ」
「しかし、強度を上げて軽くしてって、まるで武器みたいだな」
その発想はなかった。確かに、素材を変えれば、旗も武器になり得るんじゃないだろうか。
「その案、いいね」
持ち歩くのなら、いっそのこと武器にして使用してしまえ。
「おいおい、いいのかよ。護る対象だろ?」
「壊れなければ大丈夫でしょ。ようは、攻撃の道具として使うだけにして、防御には使わなければいいんでしょ」
「そんな上手くいくかね」
「そのために、アルクと素材の相談をするんじゃないか」
「まあ、そうだな。それで、旗だから、柄の長さから考えて、武器としては槍か?」
「そうだなぁ……あ!」
旗の形状を思い浮かべて、一つ特殊な形状の武器を思いついた。うちのギルドの旗の形は、長い五角形をしている。この形を利用できると考えたのだ。
「ねえ、こんな武器はどうだろう?」
僕は思いついた武器を、アルクに話した。
「面白い武器を考えたな。作ってみる価値はありそうだ。でも、元の旗と、若干形状が変わるから、ギルドの方に許可が必要なんじゃねぇか?」
「確かに。素材の変更は許可貰ったけど、僕が考えた形状だと、元の形と若干変わるよね。後で、許可を貰ってくるよ」
「オーケー。じゃあ、アタシは素材の調達をしてくるか」
「え?直ぐに作ってくれるの?仕事立て込んでるんじゃないの?」
「可愛い甥っ子の頼みだ、先に作ってやるよ」
アルクは、僕に親指を立てて答えた。
「おいおい、俺にはレベルが足りないとか言っといて、俺よりもレベルの低い甥っ子の武器は作るのかよ」
鍛冶屋の入り口から声が投げかけられた。その声には怒気が込められており、そして、聞き覚えのあるものだった。
「モブイか」
アルクが苦虫を噛み潰したような顔をする。
「身内には甘いんだな」
「当たり前の話じゃないのか?」
「でも、それじゃあ、依頼者は納得しないぜ」
「お前の依頼は受けてねぇ」
「俺の依頼は受けてなくても、この話を広めることは出来るぜ」
「くっ」
モブイの言う通り、鍛冶を仕事にしている以上、私情で作成順番を変えることは、本来あり得てはいけない行動だ。
「そこで、俺の提案を飲んでくれたら、この話は聞かなかったことにしてやる」
「お前の武器を作れってのか?」
「それも面白いけど。もっと面白いことを思いついたぜ」
モブイはイヤらしい笑いを浮かべた。その表情からも、提案内容がロクなものでないことが伺える。
「今度、うちのギルドと、アルク、お前の所属するギルドの試合があるみたいでな」
僕が旗護としての初対戦が、モブイの所属しているギルドなのは、初耳だった。
「そのギルド戦で、うちのギルドが勝ったら、俺の専属鍛冶師になれ。勿論タダだ」
「なっ!」
あまりにも酷い提案に、僕は驚愕の声を上げた。
こんな、くだらない賭けの代償が専属鍛冶師だって?
王都御用達の称号を得ている鍛冶師を専属にするのに、一体どれだけの金額がかかると思っているんだ。それをタダだって?いくらなんでも、賭けのレートが違い過ぎる。
「面白ぇ。乗ろうじゃねぇか」
「アルク!?」
微塵も考えず、アルクが承諾した。
「何で、こんなレートも無視した賭けに乗るんだよ!」
僕には理解できなかった。あまりにも馬鹿げている。
「違ぇよフレッグ。これは賭けなんかじゃねぇ。決闘宣言だぜ」
「決闘宣言?」
「そうさ。アタシの作った武器を持ったフレッグと、モブイの技量、どっちが強いかって話だ」
「よく分かってるじゃないか。俺は前衛、そこの甥っ子は旗護。まさしく戦場では一騎打ちになる可能性が高い」
いや、ポジションで考えると、明らかに僕が多人数を相手にする状況になる可能性が高いだろ。この男、適当なことばかり言う。
「それは嘘だ。いくらギルド戦に参加したことのないアタシでも、一対一になることが殆どないことは知っている。明らかにフレッグが多人数と戦う状況になるだろう」
さすがのアルクも分かったか。この戦いは分が悪すぎる。
「じゃあ、どうする?降りるか?」
「いや、その挑戦は受ける。でも条件を一つ加えてくれ」
受けるのか!?
アレクの言う条件で、この不利な状況が変わるのだろうか。
「それで、その条件ってのは?」
「ギルド戦には、アタシも参加する」
「えぇ!?」
何ていう提案だ。でも、戦闘経験の少ないアルクが加わって、戦力になるのか?
「あっはっは、そんなことかよ。いいぜ、その条件飲むぜ」
モブイもアルクが加わっただけなら、戦力にならないと高を括っているのだろう。これに関しては、僕も同意見だ。そのため、アルクの提案の意図が読めない。
「ギルド戦の日を楽しみにしてるぜ」
モブイは笑いながら去って行った。
「アルク、本当に大丈夫なの?」
「問題ないよ、アタシに考えがある。取り敢えず明日、旗の形を変えても大丈夫なように、ギルドに許可を得てきてくれ。承認がもらえること前提で、旗の訓練用の模造武器を明日中に作っておく」
「分かったよ。アルク、後は頼んだよ」
「おう、任せとけよ」
旗の形状を変えることの許可を得て、僕の旗武器の作成が開始された。
完成するまでの間、僕は練習用の武器で、ひたすらに鍛錬を続けた。
旗の武器は非常に使いづらく、その切っ先は、槍とも薙刀とも違う独特な軌道を描くため、ヒットポイントをきちんと相手に当てることが難しかった。
それでも、何度も何度も練習を重ねて、何とかモノにできたと感じてきた。そして、ギルド戦当日に旗が完成した。
「当日になっちまった、すまねぇ」
旗を僕に渡し、アルクが謝ってきた。
旗を持ってみて思った。練習用に渡された模造武器と重さが同じだ。試しに、旗を広げて振ってみる。挙動も変わらない。さすが匠の技。練習用の武器と寸分違わない。
「初めて持ったけど、模造武器と変わらないね。ずっと使ってたみたいに、手に馴染むよ。ありがとう、アルク」
「そうか、なら良かった」
さて、いよいよ本番だ、この戦いにはアルクの未来が掛かっている、何としてでも勝たなくてはならない。
「へぇ、今日はアルクさんが参加するって聞いてたけど、本当に来たんだね」
アルスーチが話しかけてきた。そして、その視線をアルクから僕に移し、その目が旗に釘付けになる。
「フレッグお前、何だその旗…」
驚きで目が見開かれる。
「新ギルドフラッグだよ。面白い形だろ」
「面白いっていうか…」
僕の持つ旗の形状の異常さに、それ以上アルスーチは言葉が出てこなかった。
「ともあれ、今日はよろしくな、アルスーチ」
僕はアルスーチの肩を軽く叩くと、会場に足を進めた。
「なあ、フレッグ。アタシ、面白い作戦を思いついたんだけど、乗らないか?」
アルクがニンマリと笑う。こんなに楽しそうな彼女の顔を見るのは、いつぶりだろうか。
「面白い作戦?」
「そう。アタシとフレッグで、相手ギルドの旗を破壊しに行かないか?」
「旗護の僕が!?」
とんでもない作戦だ。面白いというより奇抜というほかないだろう。防衛すべき旗を持った人間が、前線に立とうというのだ、とんでもない話である。前代未聞だ。
でも、その作戦に僕は、驚きと同時にアレクの言う通り、面白さを感じてしまった。
今回、僕が提案して作ってもらった、この旗の武器も、言ってみれば前代未聞の所業である。もう一つ前代未聞が増えたところで変わらないだろう。
それに、折角、武器の形態にしたんだ、使わなくては勿体ない。
「いいね、乗った」
「そう来なくちゃな!」
僕とアルクはハイタッチをした。
「ところでアルク、ずっと気になってたんだけど、その手に持っている物は何?」
アレクは布に包まれている物を、ずっと手に持っていた。まだ、その中身を見せてはいなかった。
「ああ、これか?これはアタシの武器だ。後で見せてやるよ」
今じゃないのが、勿体ぶっている。
そうこう話しているうちに、開始の鐘が叩かれた。
双方、闘士たちが、一気に走り出す。相手ギルドの目標は、当然僕の旗だ。
僕はそんな事はお構いなしに、旗があるであろう、相手陣地の奥へと走る。
「えぇ!?」
「何ごと?!」
敵も味方も、僕の姿を見て度肝を抜かれ、一瞬硬直する。
当然だ、味方からすれば、自陣の奥にいるはずの旗が前線にいて、敵からすれば、敵陣奥にいるはずの旗が自陣に突っ込んでくるのだから。
「そら!」
一瞬でも硬直してくれたのならば、僕にとっては十分な隙だ。固まった相手ギルドの闘士を、次々と斬り付けていく。
「何だあの旗?武器なのか!?」
「いやでも、あの旗って、破壊対象だよな?」
敵陣はまだ混乱している。この隙に、一気に旗まで走り抜けたい。
「おっと、そう簡単には行かせねえよ」
僕の前に立ちはだかる人物が現れた。モブイだ。
「わざわざ自分から破壊されに来てくれてるんだ、こんなに楽なギルド戦はないよな」
言うとモブイは、手に持つ大剣を振り下ろした。僕は咄嗟に避けたが、その切っ先は地面をえぐり、砂埃を巻き上がらせた。
「そこだ!」
「ぐっ」
砂埃で塞がれた視界から、横に一閃、斬撃が放たれる。判断が遅れ、避けることができなかった僕は、咄嗟に旗の柄で防いだ。
しかし、それでも斬撃の勢いは落ちず、そのまま吹っ飛ばされた。
「フレッグ!」
「人の心配をしている場合か?」
砂埃から姿を現し、今度はアルクに斬撃を浴びせた。
「クソ!」
頭上からの斬撃に、布に包まれた武器で受け、そのまま切っ先を逸らした。再び斬撃は地面をえぐり、土をまき散らす。
モブイの斬撃により千切り飛ばされた布の下から現れたのは、アルクの身長と同じくらいの長さの細身の鉄棍だった。棒の端からは、長い鎖が伸びていた。
「何だ、その変な武器」
モブイが言う。僕も、こんな形状の武器は見たことがない。
アルクはモブイの問いには答えず、素早く僕のそばに跳ね寄ってきた。受け身を取っていた僕は、直ぐに体制を直し、アルクと並んだ。
「大丈夫かフレッグ」
「問題ないよ。アルクは?」
「すまねえ、ちょっと、しんどい。やっぱり、ギルド戦をやっている人間とは、同じという訳にはいかないよな」
肩で息をしながら言った。
「でもな、今回はどうしてもこの武器で参加したかった。この武器は、お前の武器とセットになることで意味がある」
「でも、わざわざ自ら参加しなくても」
「ああ、ちょっと無茶したかもな。でも、アタシ一人では、どうにもならなくても…」
アルクはそこまで言って、僕に顔を向けた。
「今日は相棒がいるだろ?」
そして笑った。
初めて言われるその言葉に、むず痒くなると同時に、嬉しさが込み上げてきた。アルクに認められた気がした。
「二人で行けば、突破できるだろ?」
「当然。アルクとどれだけ一緒にいたと思ってるのさ」
「いい返事だ…いくぞ!」
「オーケー!」
アルクが先陣を切り、その後を僕が追う。
待ち構えていたモブイが、アルクに対して大剣を振り下ろした。その刃に、アルクは自らの武器だと言っていた鉄棍で受け止めようと構える。
「そんな細い棒で、俺の剣が受け止められるかよ!」
大剣が鉄棍に触れると、棒が折れた。
「受け止める気はない」
いや違う。棍が折れたのではない、自ら分解したのだ。
「多節棍。それがこの武器の名前だ。棍の中を通っている鎖の長さを調整して、節の数を自在に増やせる」
そう言うと、アルクは武器を十節に分けて、モブイの右手に絡ませて動きを封じた。十節まで増えた鉄棍は、拘束具としては良い役割を果たした。
「その状態じゃ避けられないね!」
剣と右手を封じられたモブイに斬りかかる。
「そんなゆっくりな軌道、俺が避けられないわけないだろう!」
モブイは体を逸らして、僕の振り下ろした旗の柄の先端を避けた。
「この武器の切っ先はそこじゃないよ」
「え?」
僕が旗を振り切ると、モブイは胸から血を吹き出して倒れた。
「この武器の名前は、エッヂフラッグ。文字通り、旗の部分が刃になっているのさ」
旗の縁に鋸のような刃が付いているのが、この武器の特徴だった。旗が刃になっている為、槍の様に切っ先が柄の先ではなく、柄の後ろに発生する。とても癖のある武器となった。
「このまま、一気に行くぞ!」
「ああ!」
僕たち二人の武器が見たことのない特殊なもので、その後の相手闘士は対策が打てないまま、僕等にやられていった。こうして、僕とアルクはあっという間に、相手ギルドの旗を破壊した。
そのギルド戦は、旗護が相手ギルドの旗を破壊するという前代未聞の試合となった。
更に僕は、試合中、最も闘志を倒したとし、表彰され、その異質な戦いぶりから「旗護前衛」という、奇妙な称号を貰った。
「ところでアルク。その多節棍は、この旗とセットだって言ってたけど、どの辺がセットなんだい?」
「ああ、これな」
そう言って、アルクは鎖を上手く操って、節の数を変えていき、組み立てた。
「旗スタンドになるんだよ」
「何だよそれ」
僕は、その意外な使い道に大笑いした。