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夜会

クレール伯爵邸―――

 シャルロッテを迎えに行ったアルベルトは口を阿呆のように、ぽかんと開けて呆然としてしまった。目の前に現れた女性はアルベルトの予想を遥かに超えていたのだ。ジークと同じ顔で何度も会って見慣れているとは言っても夜会用のドレスを着たシャルロッテは驚くほど綺麗だった。絹糸のような髪は高く結い上げられ光る粉を振りかけているせいか光り輝いて、白い陶器のような肌を惜しげも無く出したドレス姿は絶品だった。細い首にぐっと窪んだ鎖骨の線は美しく、胸のふくらみは強調され胴は折れそうに細かった。ジークと同じく背が高く女性でも溜息をついて羨ましがるような均整のとれた肢体だ。妹のようだと思っていた筈なのに動悸がしてしまう。アルベルトはもう只ただ、馬鹿のように突っ立ってしまった。

 すると目の前の佳人が美しい眉を少し寄せた。


「そんなに変か?アルベルト」


「えっ?その口調・・・ま、まさか・・・まさか!お前、ジーク?」

 アルベルトはまさか!と腰を抜かさんばかりに驚いた。

「な、な、な、何で!」

 驚き過ぎて呂律も回らない。

「・・・シャルロッテが緊張しすぎて熱を出してしまった・・・」

「ね、熱?で・・・まさか彼女の・・か、代わりに?」

 ジークが珍しく嫌そうな顔をして頷いた。

「父上が絶対に行かないと駄目だと言うから・・・」

「そんな・・・幾ら同じ顔だからってお前、女の格好なんかしたこと無いだろう?それで歩けるのか?」

 男から見ればそう思ってしまう程、女性のドレスは大変そうなのだ。

「女の服くらい着たことある・・・」

「ちょっと待ってくれよ。子供時代の話だろう?それって?」

「大丈夫、何とかなる」

「何とかなるって冗談だろう?ダンスとかもあるし、それにその喋り方は不味いって」

「踊らなければいい。それに喋り方は気をつける―――大丈夫よ。アルベルト」

 ジークの女言葉にアルベルトは思わず、ドキッとしてしまった。しかもジークが普段近衛服の下に隠している首や肩、それに胸元が露出していて目に毒だった。背が高くても男に比べれば遥かに華奢で柔らかそうな身体つきは、やはり女だったのだと思わずにはいられない。化粧と着る服の違いでこんなにも変わるものかとアルベルトは驚くばかりだった。

「しかしやっぱり不味いんじゃないか?」

「まだ何か問題があるか?」

「き、綺麗過ぎるんだよ!女好きのドレーゼの馬鹿息子に気に入られてしまったらどうするんだ?代理でそれは不味いだろう?」


「綺麗?私が?」


 怪訝な顔をしたジークは自分の姿を見下ろして見た。

「確かに綺麗なドレスだが・・・」

「違う、違う!ドレスなんかじゃない!ジーク、お前が綺麗だって言っているんだよ」

 アルベルトは単刀直入にそう言いながら顔を赤くしていた。いつもなら女性を褒めるのにこんなに疲れることは無い。詩を詠むようにすらすらと飾った言葉を紡ぐのにジークだとそうはいかないのだ。

「綺麗と言うのならローラント皇子のような方を指すものだろう?闇夜のような髪に月の光のような瞳。私はあの方以上に綺麗な人を見たことは無い」

 アルベルトはジークの正直な感想に頭が痛くなって来た。ジークが詩の一文のように称える我が儘皇子の姿を思い浮かべたが・・・それとこれとでは話が違う。

「確かに皇子の容姿は冥神のごとく美しいだろ――」

 反論しかけたアルベルトがジークに睨まれて言葉を止めた。

「アルベルト、皇子を冥神に例えては駄目だ。皇子が一番嫌悪されることなのだから言葉には気をつけないと駄目だ」

「あ、ああ・・・すまん。つい・・・でも皇子が綺麗なのは認めるが男なんだから比べる基準が違う。男の俺から見れば女のジークの方が遥かに良いに決まっている。だから心配なんだよ」

 何でこんな事を力説しているのだろうとアルベルトは自分でも可笑しかった。ジークは自分の魅力に無頓着過ぎるのだ。それが余りにも無垢さを強調して目眩がしそうだ。

「・・・じゃあ、前髪は下してずっと俯いていることにする。それなら良いだろう?そして挨拶をしたら壁際にいるようにする」

「まぁ・・・招待客も多いだろうし目立たないようにすればどうにか乗り切れるかな・・・俺が助けるよ」

「・・・アルベルト頼む・・・お前だけが頼りだ。夜会は初めてだからどうしていいのかも分からない・・・剣の試合より緊張する・・・」

 少し困ったように眉を寄せてアルベルトを見上げるジークは本当に少し震えているようだった。思わず抱きしめてしまいそうな衝動に駆られてしまう。


(うっ、駄目だ!駄目だ!相手はジークだぞ。そんなことしたらブスッと串刺しだ!)


「ま、任せておけよ。無事に任務完了してみせるからな」

 アルベルトはジークの麗しい姿に目眩しながらも強気に胸を叩きながら言ったのだった。

 

 ドレーゼ公爵邸に到着した二人は思ったより盛大な夜会にほっと胸を撫で下ろした。これなら目立たずに行動すれば何とかなりそうだった。煌びやかな花嫁候補達も勢ぞろいでわざと地味目に装っているジークに誰も目を留めないようだ。アルベルトは周りを見渡しながら大きく息を吐いた。

「やれやれだ。息子はいなかったけどドレーゼ公とも挨拶したし一安心だな。一先ずゆっくりしよう。喉渇いただろう?飲み物取ってくるよ」

 ジークはアルベルトの気遣いに頷いて去って行く彼を見送った。そのアルベルトが同伴しているジークから離れた途端、令嬢達が彼を追いかけていた。名門ランセル侯爵家の跡取りで近衛隊の所属と言う肩書きは妙齢の令嬢達にとって実に魅力的なようだ。昔からアルベルトは身分だけでは無く朗らかな性格で男女を問わず人気者だった。ジークはそんな幼馴染を自慢に思いながらも少しむかついてしまう。


(アルベルトは相変わらず人気者だな・・・)


 ジークが親友と呼べるのはアルベルトだけだ。しかしアルベルトには他にも友人は沢山いてもちろんその中に親友という存在はいる筈だ。そんなアルベルトを独り占めしたいと思う気持ちがこんな場面に遭遇すると湧いてくるのだ。


(情けない・・・こんな気持ちアルベルトが知ったら呆れられてしまう・・・)


 ジークは気持ちを紛らわすように周囲を眺めた。普通の娘のように夜会というものに興味を持っていなかったジークだったが意外と退屈なものでもなかった。身体を動かすことが好きなジークはダンスが特に気に入ったようだった。貴族の嗜みのひとつだがジークの場合、女子の踊りは嫌でかといって男子の踊りにも気乗りせず結局習わなかったのだ。今思えば残念なことだった。ひらひら舞う蝶のような女性とそれをリードする男性のダンスは見ていて心が浮き立つ。もっと近くで見たいと思いついつい前へ出た時、小柄な女性とぶつかってしまった。

「きゃっ、どこを見ていらっしゃるの!」

 その女性は自分からぶつかって来たのにジークに向って文句を言った。

「申し訳ございません」

 ジークは自分の注意が足りなかったと思いすぐに謝った。その女性は一人の男性を取り巻いている令嬢達の一人のようだった。そしてぶつかった拍子にジークをまともに見たようでアルベルトの目を釘付けにした容姿に驚いていた。しかしすぐに、ぎょっとした顔をしたのだ。その視線はジークの左腕に注がれていた。


「何それ!まぁ嫌だ!気持ち悪い。そんな醜い傷、私だったら恥ずかしくてこんな華やいだ場所になんかに出られないわ。嫌だ。くすくすくす・・・」

 ぶつかった拍子にジークが腕の傷を隠していたショールがずれて見えていたのだ。女は自分より綺麗なジークに嫉妬して先日妖魔から負わされた傷を醜いと貶めた。その彼女と一緒にいた男も嫌な顔をしてジークの傷を見ていた。そしてその周りの女達も、くすくす笑っている―――

 ジークは、さっと傷を隠したが少しだけ気分が滅入ってしまった。皇子を護った傷は男なら勲章ものだが女なら忌み嫌われるものなのだと実感してしまったのだ。その集団と入れ替わるようにアルベルトが駆け戻って来た。


「どうした?ドレーゼの馬鹿息子と何かあったのか?」

 アルベルトは遠くからその集団がジークを囲んでいるように見えたのだ。急ぎ戻ってみればジークの様子が可笑しかった。

「ドレーゼ?ではあれがオイゲン殿?」

 アルベルトがそうだ、と嫌そうな顔をして頷いた。ドレーゼ公爵には挨拶したがその場に今日の主役の息子オイゲンは居なかった。アルベルトが馬鹿息子と呼ぶようにかなりの放蕩息子らしい。それでも力の強い公爵家の跡取り息子ともなれば誰もがちやほやするものだ。だから取り巻いていた女達は彼の妻の座を狙う花嫁候補達なのだろう。

「・・・私が来て良かった。候補から外れて一安心だ」

「?何?」

「これを見て嫌われたようだ。連れの女性曰く醜く恥ずかしいものらしい・・・」

 ジークは左腕にかけ直したショールを少しずらして傷跡を見せながら答えた。

「そんなこと言われたのか!あいつら!」

 アルベルトが息巻いてオイゲン達を追いかけようと踵を返した。

「アルベルト!」

 ジークは慌ててアルベルトを止めた。

「アルベルト、落ち着いて。私は大丈夫だから。他人から見ればそういうものなのかと知って少しだけ気が滅入っただけだから・・・」

 確かにジークの腕の傷跡は範囲が狭くても妖魔の鋭い牙で抉られていて日にちが経って肉が盛り上がってきても酷いものだ。アルベルトも包帯がとれて初めて見た時思わず、ぎょっとしたぐらいだ。普通の女性なら気にして悔やむどころか嘆き悲しむ類いのものだろう。


「・・・今度、俺がこれを隠す腕飾りを贈るよ」


 アルベルトがジークの傷跡のある左腕に触れて、ぽつりと言った。

「優しいなアルベルト。お前が女性にもてるのがわかった。でも私に無駄使いしなくていい。もうこんな格好をすること無いだろうから」

「ジーク・・・」

「しっ、今はシャルロッテ」

「うっ、それを言うならその喋り方気をつけろよ」

 アルベルトはジークに耳打ちした。それもそうだ、とジークは小さく肩を竦ませるとアルベルトの腕にそっと触れた。

「な、何?」

 アルベルトは見慣れない魅惑的なジークに、じっと見上げられてまた、どきりと鼓動が跳ねる。

「アルベルト、人目の無い場所に行きましょう」

「ひ、人目の無い場所だって!」

 アルベルトの声がひっくり返った。

「そう、そこで私にダンスを教えて」

「な、なんだ・・・ダンスか・・・びっくりした」

「何を驚く必要があるんだ?」

 ジークが、ほっと胸を撫で下ろすアルベルトに耳打ちした。

「い、いや・・・その・・・人目の無い場所へって誘われたらあれかと思って」

「あれ?」

 適当にあれとか言って誤魔化してもジークの追求から逃れられなかった。男同士なら笑いながら言うが・・・そういう訳にはいかない。

「えっと・・・ほらっ、皇子が人気の無い場所でよくしていた・・・その・・・女性と・・・」

「逢引?」

「そうそう、連れこんで押し倒して・・・あっ!」

 アルベルトは慌てて自分の口を手で塞いだ。そして、ちらっとジークを見る。彼女は無表情だがきっと呆れたに違いない。

「えっと・・・これは一般的な・・・違う、違う!一部の考え方で・・・とにかく!そういう言うと誤解を招くというか・・・その・・・」

「―――言いたいことは分かった。男性側から言うのは良いが女性側から言うのははしたないのだろう?本当に女というのは損なものだ」

 男女の恋の駆け引きを損得で片付けたジークにアルベルトは呆れてしまった。


(ジークの兄上達が心配する気持ちが分かるな。女という意識が無い上に男に免疫が無いんだから・・・ううっ胃に穴開きそうだ)


 ライナーやジークの兄達の怒った顔が目に浮かんだアルベルトは思わず胃を押さえた。ジークに無害な男として彼らから信頼を受けているアルベルトだったが自信が無くなりそうだ。前を見れば手が届く所に夢のように美しい女性がいる。しかも彼女は無防備でもしかしたら身を任してくれるかもしれない。しかしそれに手を出せばどうなるか・・・とにかく早くこの甘い責め苦から逃げ出したい。

「あっ、用事思い出した!すまん、ちょっと行って来る!」

 アルベルトは頭を冷やす為に用も無いのにあると言って何処かに消えてしまった。急に取り残されてしまったジークは仕方ないと言うように小さく溜息をつくと庭に出て行った。賑やかな広間から続く庭園にも、ぽつりぽつりと灯りが点されて幻想的な雰囲気を作っていた。そんな素敵な演出なのに外には殆ど人がいなかった。昼間は過ごし易い季節とは言っても夜になると少し肌寒いからだろう。もう暫くすると雪降る季節が訪れる―――

 ジークは周囲を見渡した。庭にいるのは恋人達だけのようだった。お互い自分達の世界に浸っていてジークを気に留める者はいない。


(アルベルトの言う通りだ・・・)


 ジークは成程と感心すると噴水のある泉の前で足を止めた。その人工の泉は見事なものだった。中央には冥の神々を模した彫像を配し、その一番上から常に水が流れ落ちつつ下からはその彫像に向って噴水が上がるのだ。それはまるで音楽を奏でているかのように方々から交互に吹き上がっている。そのお蔭でジークの姿を隠してくれるみたいだ。履き慣れない窮屈な女物の靴を脱ぎ捨てたジークはスカートをたくし上げてその泉に足を交互に浸した。

「ふぅ、気持ちが良い・・・」

 そして慣れない結い上げた髪を解くと頭を左右に振った。少し巻きが残る長い髪が、ふわりと広がり背中に流れた。開放されて気分が良くなったジークは裸足のままその縁で見よう見真似のダンスを踊りだしたのだ。ドレスの裾を踏まないようにしっかり持ち上げるととても踊り易かった。くるくる回ったり前後左右に足を動かしたりと広間から聞こえる音楽に合わせて踊った。

 その裸足で踊る彼女を唖然と見ている者がいた。誰も見ていない筈だったのだが見られていたのだ。しかもその人物はこの場にいる筈の無いローラント皇子だ!


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