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言葉の重さ

 ジークリンデは翌日まるで遅れを取り戻すかのように夜明け直ぐに登城して来た。昨日宿直だったアルベルトは驚いて彼女を迎えた。

「ジーク、早いな。傷は大丈夫か?」

「大丈夫だ。血は止まっているから迷惑はかけない。アルベルトも早いな」

「ああ、俺は宿直だったから・・・あっ!そう言えば宿直!隊長も分かっているだろうから大丈夫だと思うけど・・・お前の宿直は俺と一緒にして貰えるようにしてもらわないと大変だ!」

「何故?」

 アルベルトはまた頭が痛くなって来た。


(隊長!どうにかして下さい!俺に自覚させるより本人に自覚させて下さい!)


 昨日も一連の報告後、散々注意を受けたライナーにそう叫びたかった。しかしそれはぐっと我慢したアルベルトは声を落として言った。誰かに聞かれたら大変だ。

「ジーク、お前少しは自覚しろよ。近衛隊は一般の軍隊と違って貴族で構成されているから待遇はずっといい。それでも風呂は共同だし、寝る場所は個別だが鍵なんかかかって無いし誰が突然入って来るかも分からないんだ。新人なんかいい憂さ晴らしの対象だからな。着替え一つ気を遣う。ばれたら大変だろう?」

「なるほど。私事が侵されると言うことか・・・気を付ける」

 あっさりとそう片付けたジークにアルベルトは、どっと疲れが倍層してしまった。


「ところでアルベルト、調練とかあるのだろう?ライナーが指導するのか?それに模擬試合とかあるのか?」

 珍しく弾むような口調で言うジークの目が輝いている。

「はぁ~相変わらずだな。お前、本当に生まれ間違ったんじゃないか?」

「私もそう思う」

「だろうな。まあいい。俺からしたらどっちでもジークはジークだから関係無い」

 アルベルトはそう言ってジークの肩を叩くと、にっと笑った。

 そんな友人にジークリンデは真っ直ぐな瞳を向けた。

「アルベルトには他にも友人がいるだろう?でも私には君だけ。こんな私を友人と呼んでくれて感謝している。ありがとうアルベルト」

 ジークリンデはそう言うと感謝を込めて微笑んだ。アルベルトにはそれがとても眩しく感じてしまった。今までに無い感情が湧いてくるようだった。


(何だ?これ?)


 久し振りに会った幼馴染は腕をあげて剣術大会で優勝した。その姿は凛々しくもあったが幼さが抜け落ちて不思議な魅力が滲んでいた。ふとした表情に、どきりとしてしまう。これもやはり男のように振舞っていても異性を惹き付ける隠しきれない女の何かが作用しているのかもしれないとアルベルトは思った。しかし彼女が女だというのは隠し通さねばならない上司命令だ。

「ジーク、とにかく・・・とにかく君はくれぐれも気をつけてくれよ。俺も出来る限り助けるからな。それとローラント皇子をあまり刺激しないでくれ」

「刺激?何が?」

「はぁ~やっぱり無意識だったんだ・・・俺からしたら十分刺激的だったよ。皇子には誰も口答えしないし、もちろん反抗的な態度は厳禁だ。それでなくても気難しいお方だから機嫌を損ねたら大変なんだよ」

「最初は少し腹が立ったかららそういう態度だったかもしれない。でも後はそんなつもりじゃなかった・・・皇子は気分を害していたのか・・・」

 ジークが急に沈んだ感じになった。これも珍しいことでアルベルトは自分が悪い事をした気分になってしまった。

「ジーク、そ、そんなに落ち込むなって。確かに昨日は少し失敗だったかもしれないが皇子の危機を救ったんだから皇子も悪い気はしていないだろう」

 アルベルトはそう元気つけながら皇子の機嫌が良いようにと祈った。その祈りは虚しくローラントの機嫌は最悪な感じだった。


 皇子の護衛官は場所によって異なるが城内なら最低でも二名が常に近侍している。妖魔の動きが活発な今は危険が少ない城内であっても昨日のような場合も十分考えられるのだ。だから私室の中までは入って行かないがそれ以外は全て彼らが同行する。

 交替制だが皇子の指名によりアルベルトが比較的に多く仕えていた。夜勤明けは交替するのが普通だが今日も連続しての警護だった。それにジークが加わった。新人のジークは慣れるまでアルベルトが面倒を見るという名目で誰にも不審がられずに行動を共にすることが出来るようにとライナーが配慮した。受け入れ態勢は万全で多少無理があったとしても難なくこの密命を遂行出来るとアルベルトは思っていたのだったが・・・


(昨日といい今日といい・・・)


 運が無いと思い直した。私室から飛び出すように出て来たローラントの形相に今日の運命が決まったようなものだ。後ろから慌てて大神官が追い掛けるように出て来た。早朝にも関わらず何の揉め事か?

「皇子!お待ちを!私の話をどうぞお聞き下さい!」

「うるさい!それ以上言うと不敬罪で手打ちにする!」

 ローラントは吐き捨てるように怒鳴った。

「皇子、お待ちを!うわ――っ!な、何をする!無礼者!」

 大神官ダマーの急な叫び声にローラントは振向いた。皇子を追い掛けていたダマーをジークが取り押さえていたのだ。

「ジーク!止めろ!そのお方は大神官ダマー様だ!」

 アルベルトが慌てて止めに入ったが、ジークは放さなかった。

「大神官だろうと皇子を害しようとするのは止める。邪魔をするな」

「放さぬか!皇子を害そうなどと思ってない!これっ」


 唖然と見ていたローラントが笑い出した。

「くくくっ・・・傑作だなダマー?私の新人護衛官は優秀だろう?はははっ」

「皇子、笑い事ではございません!早く放すように言って下さい!」

「さあ、どうしようか?お前の話は煩いし・・・いっそこのままお前が奉る冥神にでも会ってきたらどうだ?そこのお前、遠慮なくやっていいぞ」

「お、皇子!」

 愉快そうにローラントは笑っていたがカチャリと剣を抜く音が聞こえた。ジークが剣を抜いて大神官の首に突き立てようとしていた。

「ご覚悟を。大神官殿―――」

 驚いたのは大神官だけでは無い。仰天したのはアルベルトとそしてローラントだ。


「ジーク!止めろ!」


 アルベルトの制止にジークは反応しない。

「止めろ!冗談だ!冗談も分からないのか!直ぐに剣を下せ!」

 ローラントの制止にジークはピタリと剣を止め鞘におさめた。へなへなと大神官は床に座り込み、アルベルトは、ほっと大きな息を吐いた。

「お前は冗談も分からないのか!」

 平然としているジークにローラントは苛々しながら怒鳴った。

「ご冗談だったのですか?それは失礼致しました。殺せと言うようなご命令が冗談に言う類いのものとは思いませんでしたので申し訳ございません」


(うわっ、言った!だからジーク・・・刺激するなって・・・)


 アルベルトは頭どころか胃まで痛くなるようだった。恐る恐る皇子を見れば案の定、整い過ぎた顔は怒りで歪んでいる。

「大神官殿、失礼致しました。皇子のご冗談とは思わず無礼な事を致しまして申し訳ございませんでした。深くお詫び申し上げます」

 更に皇子に対する嫌味のように大神官を助け起こし丁寧に詫びた。もちろんジークは嫌味では無い。嫌味では無いが皇子に怒っていた。無闇に人を殺すような言い方は良くないからだ。しかもそれを可能にする権力者なら尚更だ。

「冗談の分からないお前は誰もが冗談だと思うような事でも命令と思ってやるのか?」

 ローラントは腹が立って仕方が無かった。ジークを言い負かしたいと言う気持ちが膨らんで言い募った。

「もちろんでございます。貴方様のご命令ならば」

「アルベルトを殺せと言ったら殺すのか?」

 アルベルトは、ぎょっとした。それをジークは、ちらっと見て答えた。

「もちろんです」

「はっ!薄情な親友だ。それこそ親でもか?」

「はい、もちろん。親でも兄でも・・・貴方様が殺せと言われるのでしたら従います。私は皇子の護衛官です。貴方様のお命はもちろん、あらゆるものからお護りするのが使命。その貴方様が必要と思われたご命令に従うのも私の使命と心得ます」


 毅然として言うジークにローラントは次の言葉が出なかった。結局、ローラントの言葉は重いのだから迂闊に人の生死を奪うような事を言うなと諭されたようなものだ。大神官もジークの意図が分かり感心したように頷いていた。ローラントもそれが分かったが癪に障って仕方が無かった。正論を言うジークの鼻柱を折ってやりたい気持ちが膨らんだ。

「では・・・私が今とても気分を害しているのは分かるな?その原因も?これは不敬罪に等しい。では命令だ。その者をこの場で処刑せよ」


「皇子!」「皇子、なりません!」


 アルベルトと大神官が叫んだが、ジークは顔色一つ変えなかった。真っ直ぐな瞳でローラントを見つめ答えた。

「承知致しました――」

 ジークリンデは自分の気持ちが皇子に届かなくて残念だったが、処刑は当然だろうと思った。主と決めた皇子の気分を損ねたのだ。万死に値する。潔く短剣を抜き首の動脈に当て、ぐっと力を入れかけた。しかしそれは首に薄っすらと切り傷を付けただけで止められてしまった。間近で皇子の怒ったような顔が見えた。ローラントがジークの短剣を持つ手を止めたのだ。

 ジークが短剣を抜いてもローラントは本気にしていなかった。いつ謝って止めるかと静観していたのだ。しかしそれが驚きに変わった―――ジークが本気なのだと感じたのだ。だから慌ててその手を止めた。


「お前は何って馬鹿なんだ!冗談だ!」


「・・・先程も申しましたが私は冗談と捉えません。それにご気分を悪くさせたのは事実ですから正当なことでございます」

「ああ、もう分かった。このような冗談はもう二度と言わない。それに私の機嫌ぐらいで処刑していたら切りが無い。そのようなことをしたら近侍が一人もいなくなってしまう」

 ローラントはきまり悪くそっぽを向きながら言った。この新人の護衛官に関わると調子が悪い。それでいて昨日から感情の起伏が激しい気がした。退屈している暇が無いのだ。良いような悪いような奇妙な感覚だ。その変な思いを振り切るようにローラントは、くるりと皆に背を向けて立ち去り始めた。それに再びしつこく大神官が纏わり付き、その後ろをジーク達が付き従ったのだった。

 煩く言い募る大神官の小言をジークは驚きながら聞いていた。そして朝食が準備された広間の中まで送った後、その入り口付近で警護に付いた。皇子の周りには給仕をする侍女と大神官だけだ。皇子が朝食をとり始めたにも関わらず大神官の話は終る様子は無い。


 ジークリンデはアルベルトに耳打ちした。

「あれでは皇子が憤るのも分かるような気がする」

「そうだろう?いつものこととは言え気の毒になる」

「いつも?皇子は寛大だな。大神官とは言えあのように言われても不敬罪を冗談で済ませるなんて」

「寛大?そうか?今日はお前に言われて少しは反省したから大人しく聞いているんじゃないかな。いや、反省なんかしないか・・・でもジークもかなり失敬だったのにお咎め無しだし・・・寛大と言っても良いかもな」

「・・・それは・・・反省している。しかし大神官の話は理解し難い・・・」

 大神官の小言は皇子の女性問題についてだった。今関係しているその相手が相応しく無いとかその親密度の詮索までしていた。その疑問はアルベルトが溜息混じりに答えてくれた。

「皇子の第一子を産む相手は吟味されるから仕方が無いんだよ。如何に冥神の血統を濃く次代へと繋ぐのかが重要だからな。迂闊に皇子が無闇やたらに種まきしたら不味いだろう?だから皇家の婚儀を司る大神官が煩く言うんだよ」


 ジークリンデは皇子が気の毒に思えて来た。貴族社会の婚姻も家柄だとか血筋がだとかが重要視されるのだから世継ぎとなればその極みだろう。しかしそれは意図的により良い品種を作ろうと色々掛け合わせる家畜のように感じてしまった。

「・・・皇位継承者と言うのも大変だな・・・」

 ジークリンデは呟くように言った。そしてライナーから聞かされた皇子の存在意義を思い出していた。冥神の血統の保持だけが優先されるような感じ・・・それが大事だと言うのは分かる。分かっているが・・・

「ダマー、お前の小言はもう沢山だ!ぐだぐだと言う前に私の子を産ませる女を連れて来い!お前の言う責任を果たしてやる!」

 ローラントは勢いに乗った大神官の小言に再び耐えかねると大きな声で言い放った。皇族の婚姻相手は神殿が決める。ローラントがそう言うのは最もなことだった。しかし大神官は急に勢いを無くしてしまった。


「い、今暫く・・・いえ・・直ぐにそれは・・・」


「直ぐ?それは知らなかった。もう選別出来ていたのか?私の花嫁はどの家の者か?」

「そ、それは・・・」

 大神官の顔の赤みが無くなり段々青くなっていくようだった。

「まあ・・・いい。どの家の者だろうがどんな娘だろうが関係無かったな・・・何でも思い通りに出来る私が唯一拒否出来ないものだ。お前達の選んだ者に文句を言えないのならどうでも良いことだ。そうだろう?ダマー?美醜など文句は言わぬ。その女が子を孕むまで寝所から一歩も出ないでいてやる。だから早く私の閨にお前の言うそれを連れて来い」

 皮肉たっぷりにローラントは言った。しかしこれを言えば大神官が黙ると知っての事だった。


 ローラントの花嫁候補―――この選別がまだ出来ていないのだ。

 これといってずば抜けた血統の良い娘がいなかった。本来なら皇族内で探すのが一番なのだがローラントとつり合う親族が居なかったのだ。それは妖魔のせいでもあった。昨日妖魔が皇子を真っ直ぐ狙って来たように他の皇族達もこの近年狙われ命を落としたものが多かったのだ。

 親族が駄目ならば皇族と姻戚関係があった貴族へと話が移っていくのだが今度は勢力争いの様相が絡んでくる。血統は大切だがそれらを無視して外戚が力を持つようになれば国自体を滅ぼしかねないのだ。そうこう吟味を重ねているうちに早婚の皇家にも関わらず皇子の婚姻は遅れに遅れている始末だ。だからその間にローラントが迂闊に女性と付き合ってもらっては困るという話のようだった。


 黙ってしまったダマーにローラントは追い討ちをかけた。

「ダマー、あまり待たせるな。遊びで付き合っている女をいちいち煩く言われると子を孕まない男に走るかもしれないだろう?聞いた話によるとあれは癖になるらしい。そうなったら女が抱けなくなるかもしれないぞ。はっははは・・・」

 皇子の爆弾発言に大神官の顔は真っ青を通り越して真っ白になってしまった。そんな皇位継承者が過去にもいたからだ。その当時の神殿の苦労は並々ならないものだったと記録されている。ぞっとしたダマーはごにょごにょと言葉を濁しながら退室して行った。その背中に皇子の笑い声が追い掛けて来た。食事が面倒になったローラントが席を離れると入り口に向い同じく広間を後にした。


「あははははっ、ダマーもこれで暫くは大人しいだろう。なあ?アルベルト」

 ローラントは歩きながら後ろに従うアルベルトへ振向くと愉快そうに言った。

「確かに皇子の最後の言葉はかなり強烈でしたから大神官が卒倒されるのでは無いかと心配しました」

「あれには良い薬だ。だいたい考え過ぎにも程がある。妃一人目を決めるのにこんなに時間がかかっては第二、第三、第・・・何まで決めるのか知らないが全部揃うのに何年かかるか・・・」

 悪態をついていたローラントはアルベルトの隣にいるジークに視線を移した。何か言いたそうな顔をしている?とローラントは思った。どうしてそう思ったのか分からない。相変わらず表情は無いに等しいのに?

「何か言いたそうだな?新人」


(えっ?)


 ジークリンデは何故皇子にそれが分かったのだろうかと驚いた。そう思っていても顔には出ていなかった筈だ。感情を表に出すのが苦手なのには理由があった。

 ジークリンデが負った心の傷。それは―――


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